第二十三章 2

 翌日、義久はまず、雪岡研究所で美香のインタビューを行う事になった。

 例の討論番組から二週間経った現在に至るまで、全く表舞台に姿を現さなかった美香の独占インタビューであるが故、世間の注目を集めるには実に良い宣伝になるだろうと、義久は見る。


 応接間にて、義久と美香が向かい合って座り、義久の後方で純子が撮影し、みどりが見物している。

 当然美香は、毒田桐子と純子から、予め話を全て聞いている。このインタビューの意味する所も理解している。


「それでは月那さんにお伺いしますが――例の公開討論についての率直な気持ちをお聞かせください」


 一番重要な所から入っていく義久。


「応! 最悪だ! 以上!」

「いや、もうちょっと具体的に……」


 美香らしいと苦笑しながら、義久は促す。


「冗談だ! まあ……力及ばず醜態を晒しまくって、己の無能さに底知れぬ怒りと悔しさを感じている! おまけにあの番組以降、裏通りへのバッシングが起こり、それは留まる事を知らない。私には大きな責任があると受け止めているし、裏通りの住人達には申し訳なく思っている。この通りだ!」


 義久の前で平身低頭してみせる美香。


「ただのパフォーマンスじゃない! 本心の謝罪だ! もし機会がもらえるならば、この腐った流れを巻き返す役割を務めさせてもらいたい! 具体的にどうすればいいかは、今の時点では口にはできないが、このまま引っ込んではいられない! 勝手に裏通りを代表するなと言われるかもしれんが、私は裏と表に通じ、どちらでも名が知れている! 自画自賛するわけではないが、私が出るのが役割として、最も適しているはずだ!」


 この主張の仕方はどうなんだと、義久は激しく疑問を覚える。人から聞けば、思い上がった言い分のようにも聞こえかねない。


(己自身をはっきりとアピールすることが尊ばれる、アメリカとかならともかく、出る杭を打つ事と人の足を引っ張る事が好きで、腐った謙虚さを美徳とする日本人からすると、わりと嫌われる主張の仕方だ。美香ちゃんみたいにひた向きに生きている人ならば、受け止めてくれるだろうが……世の中そんな人間ばかりじゃない)


「かなうならば、もう一度討論がしたい! あの時は状況に混乱してしまった! 今度は負けん!」

「それをしたからといって、時流が変わると思いますか?」


 義久の質問に、美香は数秒沈黙した。


「意気込みだけで変わると言うのは簡単だが、勝算は有る。ここでは触れないし、ここで今、私が勝算が有ると言った時点で、相手は二度と乗ってこないかもしれないがな」


 急に静かな声になって、しかし不敵な笑みを浮かべ、挑発するように美香は語る。


(虚勢だな)


 義久はあっさりとそれを見抜いた。美香に勝算など無い。直感であるが、ただのはったりであるとわかってしまった。その手の嘘をつく人間と何人も会ってきたが故、義久にはわかる。


「語ることは以上だ! 他にも私にできることがあるのであれば何でもする! このままにしてはおかない!」


 純子が持つカメラに向かって指差し、威勢よく宣言する美香。そのポーズのまま、また数秒沈黙が流れる。


「んー? これで終わり?」


 カメラを止め、拍子抜けしたような声をあげる純子。


「ふえぇ~……美香姉、ちょっとあっさりしすぎてるんじゃない? もうちょっとサプライズが欲しくね?」


 両手を後頭部に回して椅子にふんぞりかえった格好で、みどりが声をかける。


「現段階ではこれ以上のアピールは思いつかん! さっきの勝算どうこうというのも実は嘘だ!」

「あ、やっぱり……」


 あっさりと白状する美香に、思わず呟いてしまう義久。


「君等に何かいいアイディアはあるのか!? ならば聞こう!」

「イェア、例えば『くっ、今はこの程度の償いでっ……!』とか言いながら、悔しさと羞恥が入り混じった表情で、チョイエロ画像出すとかさァ」

「あ、いいねえ、それ」

「却下だ! 断じて却下! ふざけるな! 真面目に考えろ!」


 みどりの案に純子は同意したものの、美香は憮然とした表情で拒む。


「インパクトはいまいちかもしれないけど、美香ちゃんが意思表明をしたというだけでもいいんじゃないかと、俺は思うよ」


 今の美香にこれ以上期待の上乗せはできないという本音を抱きつつも、義久は明るい笑顔を作ってウィンクしてみせる。


「じゃあ次のプランを練ろう。まず美香ちゃんのインタビューをしたってことで、次はルシフェリン・ダスト側の声を聞きたいよねえ」


 と、純子。


「それが全く上手くいかないんだよ。俺はもちろんのこと、マスコミの取材を悉く拒否しているらしいしな」


 義久が渋面になって、頭をかく。


「凄い秘密主義だぜ。実態が全くわからん組織なんだ」

「昨日も言ったけど、ルシフェリン・ダストそのものではなくて、その支援者に話を聞く方がいいよ。それでもルシフェリン・ダスト側の声として、世間には通じるからね。討論番組に出演した四人とかどうだろ? コルネリス・ヴァンダム、サラ・デーモン、大月槻次郎、上野原上乃助の四名ね。この人達、あの番組以降、全員ルシフェリン・ダストの支援者であることを公言して憚らないしさ」


 純子の口から、自分を徹底的に言い負かしたメンツの名をあげられ、義久以上の渋面になる美香。


「支援者一人ずつインタビューしていくことで、今は口を閉ざしているルシフェリン・ダストの組織の言い分も聞きたいと、世間の注目がさらに高まるな」


 義久が言った。現時点でも、注目自体はされている。完全に口をつぐんでいることに対しても、マスコミや言論人たちの間では不審や疑念を抱かれている。


「んじゃー、まずヴァンダムさんからいこう」


 笑顔でラスボス級な相手の名をあげる純子に、呆れる三人。


「ふえぇ~、一番難易度高いじゃんよ~」

「この中では一番知名度高くて大物だし、先にインタビューすることができたら、インパクト大きい思うんだよねえ。他の人にも声かけやすくなるしさあ」


 言いながら純子が電話をかける。相手はそのヴァンダムだ。


「もしもーし、ヴァンダムさーん? おひさー」

「おいおい……」


 言い出すなり即座に行動に移す純子に、義久は引きつった笑みを浮かべる。


『まさか君からコンタクトがあるとはね。今度は何を企んでいるのかな』


 純子はボリュームを大きくして、ヴァンダムの声が室内にいるほかの三人にも聞こえるようにする。


「ルシフェリン・ダストの件で話があってねー」

『なるほど。例の生放送で君の名を引き合いに出してしまったな』

「それはいいんだけど、今や裏でも表でも話題になっているルシフェリン・ダストの支援者に、インタビューがしたいっていう人がいるんだよー。私の知り合いの情報屋さんでねえ。ルシフェリン・ダストそのものは取材許可に応じてもらえなくて、せめて支援者から話を――って感じかなあ」

『ほう……。しかし……ふーむ……支援者である立場の私の話などインタビューして、それで読者の気を惹く良い記事になるのかな……?』


 皮肉ではなく、真面目に疑問視している様子でヴァンダムが問う。


「ヴァンダムさんは大物だから十分インパクトあるでしょー。それにさ、一応ほら、私とも面識あるしー、私が直に頼んでみれば、引き受けてくれるかなーと思って」

『敵同士の間柄だというのに、その発想が出るのは理解できんな。別の狙いがあって、罠かもしれないだろうに』


 あけすけすぎる純子に、流石に呆れ口調になるヴァンダム。


「こういう形で罠を仕掛けるのは私の趣味じゃないんだよねえ。それに、私のすることはただの橋渡しでしかないよー。取材するのはその情報屋さんなんだしねえ。その人は元々表通りの新聞社に務めていた人で、裏通りの記事を書きたくても自由に書けないということで、裏通りに堕ちて情報屋になったんだよー。高田義久って人。結構、取材記事をいろいろ投稿しているから、調べてみればどんな人か大体わかるよー」

『なるほど。そういう話か。それが事実であれば、取材を受けるのは問題無いが、君が絡んでいるという事が、非常に引っかかるな。それに、だ。いくら中立の橋渡しを謳い、実際にその情報屋が君の子飼いでは無かろうと、敵の紹介の時点でお断りだ――と、私に狭量な判断をされるとは思わなかったのかね?』

「それを狭量だと、自ら口にしている時点で、ヴァンダムさんは違うって言ってるも同じだよねえ?」


 純子の返しに、ヴァンダムは沈黙し、電話の向こうで十秒ほど思案していた。


『好奇心は猫をも殺す。今度は私がその猫になる番かな? まあいいだろう。興味はある。引き受けよう』

「もう情報屋さんのこと調べたの?」

『これから予習するつもりだが、君がすぐにバレる嘘をつくはずもないかろうし、言ってることは本当なのだろう。その情報屋の方に、よろしく言っておいてくれたまえ』


 電話が切れた。


「まさかストレートに依頼するとは思わなかった! 普通断られるだろう! 雪岡純子とグリムペニスといえば、不倶戴天の敵同士の間柄だというのに!」


 美香が興奮と呆れが混ざった声をあげる。


「普通ならねー。ヴァンダムさんは普通じゃないもん。度量の大きさという問題だけではなく、ビジネスに徹する人だしねえ」


 純子がおかしそうに言った。


「でも俺が純子と繋がりのある人物だと、ルシフェリン・ダスト側に知られてしまったようなものだぞ。それは今後不都合があるんじゃないか?」

「逆だよー。むしろヴァンダムさんクラスならこう考えるはず。雪岡純子が目をかけているほどの人物であるから、自分とも接点を持っておけば、いずれ利用できる手札になるかもしれない。その可能性があるかどうかを見極めよう――ってね」


 義久の疑問に、純子は微笑みながら、人差し指を立てて答えた。


「大物連中にいきなり目かけられまくりとか恐縮だね」


 皮肉っぽく言う義久。実際には恐縮などしていない。それどころか、反感のような感情が沸き起こっている。


「取材よりもいっそ、出だしから私とヴァンダムでサシの討論とかどうだ!?」

「いいアイディアだし、それを美香ちゃんがやってくれるのはありがたいが、奴等との直接対決は、今は保留しておこう。それは美味しいイベントだからこそ、切り札の一つとして温存しておきたい」


 勢いづく美香の提案に対し、義久は慎重さを示す。


「あはは、よっしーも考えるようになったね~」

「どういう意味よ。俺まるで今まで頭使ってなかったみたいじゃんよ」


 にかっと歯を見せて笑いながらみどりにからかわれ、義久も悪戯っぽく歯を見せて笑い返し、相変わらずの不器用なウィンクをしてみせた。

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