第二十三章 3

 翌日、義久はヴァンダムにインタビューをしに、都心へと向かった。


 美香のインタビューは、表通りの住人にも見られるように、普通の動画サイトへとあげておいた。一応売り込みのために自分の名前も投稿者欄に書いてある。

 討論番組以来沈黙し続けていた月那美香の声明及び宣戦布告ということで、動画はそれなりに話題を呼んでいる。しかし、やはり動画の内容そのものに対するインパクトは乏しいように、義久には思える。


(相手も見ているんだから、美香への反応も聞かないとな)


 そこが一番の要となるだろうと義久は見ている。


 義久はヴァンダムより、グリムペニス日本支部ビルへ来るように言われていた。義久がここに来るのは初めてではない。恐らくはヴァンダムの安全面を考慮しての場所指定であろう。

 ビルの中の応接室で待つこと一分弱、すぐにヴァンダムが現れた。


「ようこそ。ほう、実物を見ると中々の体躯ですな。少しイメージと違ったかな」


 手を差し出し、ヴァンダムが営業用スマイルと共に称賛する。


「ラグビーやってましたからね。始めまして。高田義久です。本日はよろしくお願いします」


 朗らかに笑いながら、ヴァンダムと握手する義久。

 義久はこのコルネリウス・ヴァンダムという男に、強い畏敬の念を覚えている。純子を表通りに晒し者にしたあげく、たった一日とはいえ、警察に逮捕されるまでにこじつけたあの件は、リアルタイムで見ていて義久は震えていた。


(ああいうのこそ、俺がやりたかったことだ)


 それを実現できる男がこの世に存在した事に、感動すら覚えて興奮しまくったものだ。


「早速インタビューに入ってよろしいですか?」

「勿論。始まるタイミングだけ教えてくださいよ」

「では始めます。3、2、1、スタート」

「早い早い。あ、今の早いは後で編集してくださいよ」


 笑いながら言うヴァンダムを見て、ホッとする義久。ある程度ノリが良くて人との接し方が上手い人のようなので、やりやすそうだと。気難しくて冗談も全く通じない相手だと疲れる。


「よろしくお願いします。それでは早速質問ですが、昨夜動画サイトにあがった月那美香さんの声明は御覧になられていますか?」

「もちろん」

「あれを見てどう思われました?」

「彼女が口惜しがるのは当然のことですな。あの討論番組は著しく公平性に欠けた、ふざけた代物だった。私が月那さんの立場だったとしたらどうするかと、帰ってから何度か脳内でシミュレートしてみたが、正直ぞっとする。魔女狩りそのものではないか。そして私も知らぬうちに魔女狩りをする側に加担していた。番組途中から、私の発言が著しく乏しくなっているでしょう? あれはそれに気がついて、私も番組サイドに激しい怒りを覚えたからですよ。月那さんが気の毒でもあったしね。正直さっさと帰りたかった」


 まずは番組批判の持論から入るヴァンダムに、義久は内心唸らされる。世間でも番組が叩かれているのを見たうえで、後付の保身の言い訳ではなく、自身もあの番組に不快であったと、その証明をここで行ったのだ。ヴァンダムが途中から発言が無くなっていたのも、確かな事実である。


(それを人々が信じるかどうかは、また別問題だけどさ)


 と、義久は思う。もちろん義久も鵜呑みにはしていない。


「彼女が二週間だんまりだった理由が何なのかも知りたいですね。沈黙の間に牙を研いでいたのか、ただ心の傷を癒していたのか。後者だったら私としてはありがたい。心のケアに二週間もかかる程度の繊細な女の子なら、また傷つけて戦闘不能にしてやるのは、そう難しくありますまい?」


 言い回しがいちいち格好いいなと、義久は聞いていて思う。しかし同じ台詞を同じ年齢の日本の親父が言っても、サマにはならないとも思う。いかにも精力的な年配の外人であるヴァンダムだからこそ、絵になっている。


「まあ、今後の動きが楽しみではありますな。しかし……もう一度討論したいというが、それに関しては、私は気が進みませぬが」

「何故です?」


 意外な言葉を吐くヴァンダムに、さらに突っこむ義久。


「私は一応ルシフェリン・ダストの支援者ではあるし、裏通りの存在を認めがたいとする考えです。しかし、やはりあの討論番組はいただけない。裏から手を回して、あのような形で罠を仕掛けるのはいかんでしょう。見ていて気持ちのいいものではない。私も雪岡純子に罠をかけて晒し者にしたが、あれはいいのですよ。あれは見ていた皆が気持ちよかったでしょう? この違いだ」


 純子がこのインタビューを見た時の顔を見てみたいと、義久はこっそり思う。


「ああいうやり方をする組織とは……例え支援者の立場でも、距離を置きたいというのが本音ですな。そして吊るし上げた月那さんに対して、引け目のようなものも感じます。月那さんはあの番組と同じメンツでもう一度したいのかもしれないが、私はちゃんと一対一で行うか、あるいは同じ人数の助っ人を連れて立ち向かうか、いずれにしても公平に戦う形が良いと思いますね」

「えっと……月那美香さんの件以外にも、さらっと本音を聞いてしまいましたが、ヴァンダムさんはルシフェリン・ダストに……」

「今言ったとおりです。私の気に入らないやり方をしたので、手放しで称賛できる組織とも言いがたいし、距離を置いた付き合いをしたいとすら考え始めている。勿論、あの組織がそれを認めて反省のポーズを示したなら、話は別ですがね」


 きっぱりと言うヴァンダムに、義久は震えた。己と同じ陣営への批判を公然と行うなど、思考停止の全体主義が半ばデフォルト化している日本人社会においては、非常に抵抗のある行為である。きっとこのインタビューを流したら、ルシフェリン・ダストも頭を抱えるだろうと、容易に察する。


(あるいは擁護のつもりでの批判のポーズ――とも考えられるが、ルシフェリン・ダストという組織そのものが、これをどう受けとるかだよな。いや……あらかじめインタビューでこうやって内部批判することも、ナシつけてるのかもしれない。あるいは、ヴァンダムとルシフェリン・ダストがぎくしゃくしていて、その牽制のためっていう可能性もあるか)


 高速で頭を回転させ、ありとあらゆる可能性を探ってみる義久であった。


「ルシフェリン・ダストへの不満は他にもありますか? あの組織は秘密主義がひどくて、世間一般からは全く実態がわからないのですが」

「裏通りと戦うからには、その実態を秘匿しておくのは当然と見るべきです。公開する義務もありませんよ。その辺は察して然るべきでしょう。そして質問の方ですが、当然不満は幾つもあります。今、一つ言ってしまったことだし、これ以上はやめておきましょう。向こうも困るだろうからね」


 肩をすくめるヴァンダムを見て、流石にそううまくぽんぽんと情報を聞き出せないかと思った義久であるが、ここで引く事もしない。


「どんな事情があろうと、どんな大儀を掲げようと、人々は隠匿された空間でコソコソ動く組織など、信用しないと思いますよ? ヴァンダムさんの方から、ルシフェリン・ダストにもう少しオープンな姿勢になってもらえるよう、訴えてはもらえませんか? そうすれば私も取材がしやすくなり、世間にルシフェリン・ダストが如何なるものかも伝えられます」


 ある意味とても無遠慮な要求であるし、公開する予定のインタビューの途中に挟むのは反則に近い事も、義久はわかっている。


「ほほう、それをこのインタビューの合間に堂々と頼むわけか。中々面白いですな。いや、確信犯か。おっと……確信犯という言葉の使い方、これは違うのだったかな」


 ヴァンダムが不快を示す可能性も覚悟していた義久であったが、杞憂で済んだ。ヴァンダムはおかしそうに微笑んでいる。


「失礼なのはわかっていますし、もし問題あるようなら、この部分はカットしますよ」

「いや、いい。それくらい貪欲で、計算を働かせるくらいでないとな」


 断りを入れる義久に、ヴァンダムは微笑んだまま電話を取る。


「ハロウ、ミスター甲府。コルネリス・ヴァンダムだ。情報屋を一人、本部への立ち入り許可と、取材許可を与えてくれないか? もちろんフルオープンとは言わない。出来る限りでいい。秘密主義もあまり度を越すとよろしくないし、彼は信じてよいと私が保証しよう。そうか、早い答えで助かる。名は高田義久と言う。そうだ。月那美香のインタビューをネット上に上げた人物だ。今私の前で私を相手にインタビューをしているよ。うむ。ありがとう」


 電話の相手が、ルシフェリン・ダストのお偉いさんであることはわかった。


「と、いうわけです。本部ビルの一階に限り入ってもよいそうです。構成員への聞き込みも、個人の許可次第で構わないと言っています。今の電話の部分は、カットしておいてくださいよ。関係者の名前も出してしまっている」

「ありがとうございますっ」


 カメラをヴァンダムに向けて固定したまま、義久は深々と頭を下げる。その一方で、関係者の名を出したことこそ確信犯だろうと、義久は笑っていた。


 その後もインタビューはつつがなく進んだが、以降は特にこれといって注目するような話にはならずに終わった。


「今日はありがとうございました」


 しかし十分すぎるほど意義のある結果を出せたと思い、義久は満足しながら礼を告げる。


「君は中々面白い男だね。なるほど、表通りの新聞社程度の規格には、収まりきらなかったわけだ。しかしだからといって、裏通りの情報屋というのも、どうなのだろうね?」


 別れ際にヴァンダムが、意味深な台詞を口にしたのが、義久の心に引っかかった。


「ヴァンダムさんだって、俺が思っていた以上に面白い人でしたよ」


 気の利いた返し言葉を思いつかず、当たり障りの無いつもりの答えを返しておく。


「君の今後の活躍、注目しているよ」


 明らかに社交辞令の枠を超えた何かを含ませた声で告げるヴァンダムに、義久は単純な嬉しさ以外に、何か心にまとわりついてくるような奇妙な感覚を覚えた。

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