第二十三章 1

 裏通りの是非を論ずる公開討論番組が、堂々とゴールデンタイムに放映された日以来、まるで世界が激変したかのように、それまでタブーとされてきた、メディアの裏通りへの呪縛が解かれ、テレビでも雑誌でも新聞でも、公然とテーマとして扱われるようになった。

 あの番組自体が公平性に著しく欠けるものだという事は、多くの視聴者も理解して見抜いていたし、月那美香を吊るし上げる格好とした番組制作サイドへのバッシングもかなりあったが、それ以上に、世間では裏通りの存在に対しての感心と、反発の気運がたかまっていた。


 そのうえタイミングを見計らったかのように一斉に、各国報道陣や各国政府から、日本と裏通りへのバッシングが開始され、その様子も日本国内で報道された。特にアメリカ、イギリス、中国、韓国がひどい。

 これまではメディアに対して、裏通りや政府からの圧力があって、裏通りに深く触れさせなかったが、ルシフェリン・ダストと、それを支援することを正式表明したグリムペニス、さらには海外の報道機関と政府がアンチ裏通りを掲げているため、最早圧力も通じない。

 今までその存在を誰もが知りながら、目を背けてきた裏通りに対し、人々は半ば強制的に向かい合わされる事となったのである。


 裏通りの住人の中からも、裏通りそのものが滅びるのではないかと予感する者さえ、出てくる始末であった。


 世間の熱など時間の経過と共に冷める。民衆は常に新しい刺激を求めているし、マスコミはそのニーズに答えるため、新たなる他人の不幸に蝿の如くたかる――と、たかをくくっていた者もいたが、討論番組から二週間が経った現在でも、反裏通りの熱は冷めることなく持続している。


 表通りの報道機関だけではなく、裏通りの機関紙サイトでも、この話題はずっと扱っている。ただし表通りとは異なるアプローチでだ。

 裏通りの情報屋達は、ルシフェリン・ダストに何とか潜り込んで――あるいは組織の者に金を掴ませて、公にされていない内部の情報をバラそうと試みていた。

 しかし彼等の努力は実らず、大した事は判明しなかった。わかったのはせいぜい、ルシフェリン・ダストが寄せ集め集団であるが故に、内部での連携が中々上手く取れずに、明確なボスもいない状態のまま、幹部同士で好き勝手にやっているかのような状態であるという事くらいである。


 フリーの情報屋であり、裏通りの機関紙サイトに、ジャーナリストよろしく取材したネタを投稿している高田義久もまた、ルシフェリン・ダストに注目していた。


 義久はこっそりと忍び込んで情報を奪おうとしたり、組織の下っ端構成員を篭絡しようとしたりはしない。正面から堂々と取材申し込みを行っていたし、ルシフェリン・ダストも義久の立場と姿勢を見たうえで、それに応じてくれた。

 しかし、取材成果はいまいちな代物だった。何を質問しても答えられないと言われてばかり。しかもその答えられない理由は、同じ組織内でも知らされていない、判然としていないが故という理由が多い。


(正義を掲げるくせにこそこそしているな。こういう輩は信ずるに値しないわ)


 ルシフェリン・ダストの秘密主義のひどさに呆れつつ、正面から取材で得られるものは乏しいと、手を引きかけていた義久に、ある日電話がかかってきた。


『はじめまして。私は安楽市市長を務め、中枢最高幹部『悦楽の十三階段』に籍を置く、毒田桐子と申します』


 とんでもない大物から直接電話がかかってきたので、義久は驚愕する。


『高田さんは現在、ルシフェリン・ダストに対して頻繁に取材に辺り、裏通りの情報組織のサイトに投稿しておられるようですが――』

「ああ、面白くも無い記事ばかりですけどね。ガード固くてなんとも……」


 もしかしてその行為が中枢にとって都合の悪い事であるが故、電話をかけられたのではないかと勘繰った義久であるが、それならわざわざ中枢の最高幹部が電話するまでもなく、下っ端にでも警告させればよいことだ。


『これは中枢からの依頼です。そのままルシフェリン・ダストの取材を行い続け、彼等の情報をできるだけ集めて欲しいのです。もちろんそのまま機関紙に投稿して構いません。ただ、極めて有用な情報が得られた場合は、こちらに先に流していただけないでしょうか?』

「ようするに、彼等の弱み――付け入る隙が無いか、取材しつつ探れってことですか? それはとっても難しいと思いますけどね。ここ数日取材した感覚で言わせていただきますと、ね」


 中枢が自分に目をつけた理由がいまいちわからないが、その趣旨だけは理解した。


『取材というスタイルを取りながら、情報屋として働いても難しいですか?』


 ようするに正面からの取材だけではなく、他の情報屋同様に、非合法手段も交えて嗅ぎまわれないかと、問うている。


「それは他の情報屋達が散々やってるでしょ。あんまりうまくいってないようですけど」


 やや皮肉めいた口調で義久は言う。


『そうですか……。では引き続き、彼等の情報を公の場に引き出す努力をお願いします。発端となった純子に全面協力させます。そして月那さんにも助力を請いました。彼女の裏と表に通じる性質を活かしてください。本人も承知のうえですので』


 しかし毒田切子は引く事無く、意外なカードを切ってきた。


(この二人の名を出されたら、俺も引きがたいな。話として魅力的でもある)


 裏通りに落ちたばかりの頃、純子と美香の二人と同じ陣営にいたことを思い出す。


 しかし中枢としては、ルシフェリン・ダスト打倒のために自分を使おうとしている。それが引っかかる。


「いや、純子の協力があっても、彼等の情報を掴むのは難しいでしょう。門前払いされてるんですから。それに……正直、俺は裏通りに否定的なんですけどね。妹が死に、俺や俺のダチの人生も狂わされた原因ですし。無ければ越したことが無いとさえ思っている。それにあの討論で否定派の連中が言ってたことの方に、共感を覚える」


 ただし、主張はともかくとして、ルシフェリン・ダストという組織そのものは、胡散臭いと感じている義久であった。


『ええ、純子から話を聞いた限りでも、高田さんはそういう人だと思いました。しかしそういう人材だからこそ、この仕事にうってつけなんです。高田さんも裏通りに否定的だからこそ、彼等に歩み寄ることができる』


 すでに純子とナシがついているのかと、苦笑する義久。


「似た者同士だから向こうが油断するってことですか。でも俺、取材申し込みも断られまくってますが? それに俺が本気であいつらと仲良くしちゃって、裏通りに敵対する立場になるとかは考えないんですか?」

『まず後者への答えですが、しないと断言できます。理由として、高田さんは依頼者を裏切るようなことは決してしない人だと、純子が太鼓判を押してくれましたし、私自身もこうして少し会話しただけで、そう感じました。それにもう一つ。ルシフェリン・ダストを支える面々が全てクリーンというわけではありません。彼等は裏通り撲滅という、正義の旗を掲げてはいますが、そこに様々な思惑も潜んでいるのです。それを知ったうえで、果たして高田さんが彼等に協力的になるでしょうか? 私はならない方に賭けます』


 悦楽の十三階段のメンバーともあろう御方に、高く買ってもらっていることは嬉しいが、少し買いかぶりすぎではないだろうかと、義久は冷静に思う。


「引き受けたとして、取材が断られている件はどうしたらいいでしょう? 上手い手がありますかね? それとも中枢が何か協力してくださるので?」

『もちろん中枢は出来る限りバックアップします。こっそりとですが。取材の件に関しては、純子に策があるということなので、まずは彼女に直接伺ってみてください』

「そこまでナシがついてるんですね。はい、では引き受けさせていただきます」


 最早断れぬ空気を感じ、義久は依頼を受けた。


***


 久しぶりに雪岡研究所を訪れた義久。応接間に通され、純子と向かい合う。


「せっかく来てくれたのにねえ、真君とみどりちゃん、都心の方へ遊びに行っちゃっててさあ。帰ってくるの遅いと思う」

「ひょっとして純子も遊びに行く予定だったの、俺が来たからキャンセルしたとか?」

「あははは、そんなことないよー。私は寝坊して置いていかれただけだから。その後に義久君から連絡きたんだし。それに元々桐子ちゃんに、義久君に動いてもらおうって勧めたのも私だし、そろそろ来るとは思っていたから」


 遊びに行く前に、真とみどりは、寝ている純子を起こすという考えには至らなかったのか、それとも起こせない別の事情が何かあるのだろうかと、疑問に思う義久だったが、何も言わないでおく。


「で、どんな策があるんだ?」

「んーとね、ルシフェリン・ダストに直接の取材をするより、その支援者達に取材したり、こないだの討論番組に出た美香ちゃんに取材したりするのが、いいと思うんだ」

「そんな所からルシフェリン・ダストの情報が出てくるか? 美香ちゃんに取材する意味もわからないな」

「中枢の依頼内容はルシフェリン・ダストの情報を探ることだけど、中枢が実際にやりたいことってのは、ルシフェリン・ダストの弱体化と、今の世の中の流れを変えたいことだよねえ。だったらいっそのことそれを義久君と美香ちゃんの二人で、中枢の代わりにやっちゃえばいいと思うんだ」


 笑顔であっさりと大それたことを告げる純子に、義久は啞然としてしまう。


「お、俺と美香ちゃんの二人で、世の中を変えるぅ? 飛躍しすぎだろー」

「いけるいけるよゆうよゆう」


 現在の反裏通り一色で染まった空気をたった二人で変えるなど、義久には全く想像できない。


「まず美香ちゃんにインタビューをして、裏通り側の言い分を喋ってもらって、それを裏通りの情報組織が運営する機関紙サイトじゃなくて、表通りにも裏通りにも見てもらえる所に、売りつけるのがいいんじゃないかなあ」


 純子のアドバイスを聞いて、義久は幾つかあてを思いつく。


 実の所、美香に関しての取材も考えはしたものの、わりと早い段階で諦めていた。相手は多忙であるし、最近はクローンの件もあってか、全てのインタビューを拒否しているという話を聞いていた。だがこの件に関しては、現在のタイミングであれば、そして純子の口利きもあれば、取材も可能になろう。

 そしてこのタイミングでの美香への取材は、非常に価値があるものとなる。


「その後、ルシフェリン・ダストの支援者達にも話を聞いていく、と。それによって、ルシフェリン・ダストも門戸を開く流れになるかもしれないし、それ以上に世論も変えられるかもしれない。世の中の空気なんて、何かのきっかけであっさりと変わるものだしねえ」


 純子にどのようなヴィジョンが見えていて、そのように結びつくのか、義久にはさっぱりわからない。まだ口にしていない策もあってのうえで、語っているのかもしれないが。


「そんなに上手くいくかねえ。だんまりを通すかもしれないじゃないか」

「だんまりを通させないようにするのが。義久君の役目だよー」

「それ以前に純子の理屈がいまいちわからないな。支援者達へのインタビューで、どうしてそんな影響を及ぼすんだ? 奴等がボロを出すっての?」

「出すかもねえ。それにさ、状況の変化次第、支援者達やルシフェリン・ダストの出方次第、世間の反応次第で、別の手も思いつくかもだよ」


 あるいはその別の手とやらをせざるえない状況に陥るかもしれないと、義久は漠然と考えていた。

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