第二十二章 35
「残り二組が相手にした分裂体は、大したこと無かったそうだよ。つまり、今私達の前にいるのが本体で、残りは本体から分裂した小さな個体のようなものってことだねー」
怜奈から連絡を受けた純子が、百合と幸子に告げる。
百合と幸子は魔法少女と交戦中だった。
幸子は亜空間からの抜き様の刀剣の一撃を何度も見舞ったが、最初の一発が腕を切断しただけで、その後はかわされている。斬った腕はすぐに繋がった。
幸子だけでは手に負えないと見て、百合も積極的に近接戦闘に臨んだ。相手に取り込まれる可能性があるので、近接戦闘を行うのが非常に危険な相手であることはわかっているし、できれば避けたい所であるが、八鬼に続いて幸子が取り込まれて、また強化されたのでは話にならない。
「貴女、退きなさいな。遠距離からの援護に徹して、取り込まれないように注意なさい」
いい加減幸子が邪魔に思えてきて、百合が容赦なく撤退するように要求する。
幸子は不服もなく撤退した。百合の方が明らかに自分よりも近接戦闘に長じているのはわかっているからだ。自分では邪魔になっている意識は無かったが、その相手に邪魔と感じられたら、引くしかない。
「女の子が人を殴りにかかるってどうなのー? すっごく野蛮~」
百合の義手による手刀の連続攻撃をいなしつつ、魔法少女がけらけらと笑いながらからかう。
百合は軽口を叩く余裕すらない。油断して取り込まれないように、そして相手を仕留めるために、堅実かつ慎重に攻撃を続けている。何度かは魔法少女に当たっているが、決定打にはなっていない。
「痛っ」
こめかみに手刀が当たり、魔法少女が顔をしかめて大きく後方に跳んで、距離を取った。百合はそれを追わずに、あえて見送った。
そこに幸子の銃撃。三発のうち二発が、魔法少女の右腕と右太股を穿つ。
(何かしようとしていますわね)
(あれは何か狙っているねえ。これまでの流れ変えようとしている)
計らずとも百合と純子は、魔法少女の様子を見て同じことを考えていた。
「手強いなあ。今のままでも勝てなくもないと思うけど、ここは一つ……」
魔法少女が浮き上がり、エントランスの端に離れて戦いを見守っていた、研究員達に視線を向ける。
「最悪な展開になりそうですわね。だから先に殺しておけばよいと言いましたのに」
魔法少女が何をしようとしているかを察して、百合が忌々しげに呟く。
「さあさあ、あなた達から願いをかなえてあげますよー」
ギャラリーに徹していたマッドサイエンティスト達の方へと、飛んでいく魔法少女。
「お願いしますっ」
「馬鹿かっ!」
魔法少女製造研究部の何名かが進んで餌になりに行こうとしたが、他の所員に殴られ、もしくは取り押さえられ、強引に引きずられていく。
逃げ惑う研究員を追う魔法少女。そこに幸子が後ろから何度も銃を撃ち、その度に衝撃でひるむ。
「出でよ、たかる者共」
所員を追っているために隙だらけになっている魔法少女に、百合が術による攻撃を仕掛ける。蝿の大群が現れて、魔法少女にたかり、その肉をついばむ。
「あー、もうこれ嫌いっ!」
叫びと共に全身より衝撃波を放ち、イメージの蝿を吹き飛ばし、百合を睨みつける。
「しつこいのよっ、おばさん達!」
『おばさんっ……!?』
百合と幸子の声がハモった。
「さっきは女の子って言ってたのに。まあ私も実際年齢は、おばさんどころか、お婆さんだけど」
純子がにやにや笑う。
「私は肉体年齢を二十代前半で止めてますわよっ」
「私だってまだ三十路前だし!」
我を忘れて抗議する二人に向けて、魔法少女が力を解き放った。二つの爆発が起こり、あっさりと吹き飛ぶ百合と幸子。
邪魔者がいなくなって、魔法少女はにっこりと笑う。
「あれがいいかなあ」
逃げ惑うマッドサイエンティスト達の中で、魔法少女は一際強い願望の持ち主を見つける。
軽い衝撃波を起こして、マッドサイエテンィスト複数を転倒させる。その中には村山の姿もあった。
「村山君っ」
郡山が声をかけ、部下を助けに行こうと駆け出す。
「来ないでくださいっ! 郡山さんも殺られてしまうっ!」
身を起こし、こちらに来る郡山を見て叫んだ所に、魔法少女が飛翔して迫る。自分が狙われていると思い、絶望して青ざめる村山。
しかし魔法少女は村山の上空を飛び越し、その後方に転倒している存在の前に降り立った。
「ジャ、ジャジャジャップ……?」
「何でこんな所にイルカさんが? しかも手足ついてるし」
転倒したまま、震える声と共に自分を見上げるイルカ人間――アンジェリーナを見下ろし、魔法少女は微笑んだ。
「この子から一番強い願いの波動を感じるのよね~。きっと吸収すれば、私は凄く強くなる」
「ジャジャジャアーップ! ジャップジャップジャップジャアーップ!」
魔法少女に取り押さえられた格好で、手を伸ばし、悲痛な声をあげて必死に助けを乞うアンジェリーナ。その頭部に、口を大きく開けてかぶりつく魔法少女。
「うわああーっ! アンジェリーナあぁぁっ!」
泣き喚きながら助けようと駆け出す村山を、郡山が後ろから羽交い絞めにして取り押さえた。
「止せっ、離れるんだ、村山君っ。もう手遅れだ!」
「お、俺のアンジェリーナが! 俺が毎日可愛がりまくっていたアンジェリーナがっ!」
毎日過酷な実験を繰り返すうちに、いつしか愛情が芽生えていた村山であった。
「純子、何で止めませんの?」
比較的近くにいたので、止めようと思えば止められた純子に、百合が声をかける。
「いや、あれを食べたらどれくらいパワーアップするか、ちょっと興味が沸いて」
「そんな理由で止めなかったの……?」
「相変わらずですわね……。どうなっても知りませんわよ」
心底呆れる幸子と百合。純子が止めようとしなかったので、二人共、てっきり何か目論見があるのかと思って手出しをしなかった。
「ていうか、雪岡純子……。貴女さっきから一人だけ全然戦わないのは何でなの?」
刺のある口調で問う幸子。
「私達と魔法少女を戦わせて、適度に両者が弱った所で、魔法少女を生きたまま回収するつもりですのよ……」
「あははは、流石は百合ちゃん。私のこと何でもわかって見抜いてるー」
諦めきった口調で代わりに答えた百合に、純子が無邪気に笑う。
一方、魔法少女の方は、思いもよらぬ変化が起こっていた。
「あれ……ヤダっ、ヤバっ、何これ……乗っ取られるっ。嘘っ、この人の自我強すぎぃっ。やめて、お願いっ、入ってこないでっ」
抱えていたイルカの体を落とし、全身をぷるぷると震わせ、頭を抱えて蒼白な顔になって、魔法少女が混乱した声を発する。
「私が私で無くなるっ。いやあっ! 誰か助けてえっ!」
泣きそうな顔で悲鳴をあげる魔法少女を見て、純子と百合が同時におかしそうに笑う。
「あらあら、これまた面白い展開になりましたこと」
「精神逆乗っ取りそのものはありがちだけど、ここでそんな事態になるとは思わなかったなー」
どう見ても、より危険な事態の兆候だというのに、平然と笑っている純子と百合を見て、呆れ果てる幸子。
純子と百合が笑って見守る中、魔法少女の姿が変形していく。下半身がドロドロに溶け、足元に転がるイルカと繋がる。
やがてそれはゆっくりと宙に浮かび上がった。
衣装は変わらないし、手には目玉ステッキが握られていたが、体つきが少女のそれから、肩幅が広く胸板も厚く首も太い、ゴツゴツしいものへと変わった。足は失い、腰から下の下半身は逆さまになったイルカと直結している。顔も少女のそれではない。日本人のそれですらない。腰から下のイルカは血まみれで、脳みそと片方の目玉が飛び出しているという有様だ。
「あれは……」
百合はその白人女性の顔に見覚えがあった。
「アンジェリーナ・ハリス?」
その名を口にする百合。行方不明になったグリムペニスの幹部である。百合とも面識がある。
「私は魔法少女アンジェリーナ」
翼の如く大きく伸びたヒレをゆっくりとはためかせ、天井近くまで浮かび上がった彼女が名乗ると、エントランスにて自分を見上げる者達を、憎々しげに見渡す。
「全てのジャップを駆逐するのが私の望み! 私はそのために生まれ変わった! これは神からの授かり物よ!」
魔法少女の知識も取り入れて、流暢な日本語でアンジェリーナは高らかに宣言した。
「どう見ても少女ではないと思うけどねえ。魔法アラフォーってところかなあ」
アンジェリーナを見上げ、笑顔のまま、思った事を口走る純子。
「我の強さによって主導権が変わるなら、百合ちゃんを吸収させればそれで済んだんじゃないかなあ」
「あら、私も今丁度同じことを思いましたのよ。純子が吸収されれば、それで解決しましたのにね。しかし発想が純子と同じレベルだったなんて、ぞっとしない話ですわ」
「私が吸収されてさらに力を得たら、一番困るのは百合ちゃんなんじゃなーい?」
にこにこと笑いながらディスりあう百合と純子。
「死ねええええっ! 忌まわしいイエローモンキー共ォっ!」
一方でアンジェリーナは、マッドサイエンティスト達めがけて杖を振り、ピンクの怪光線で何人かを塩の塊へと変える。それを見たマッドサイエンティスト達が、悲鳴をあげてエントランスを四方八方へと逃げ惑う。
「オー、アンジェリーナ……」
そんな中で、村山がアンジェリーナを仰ぎ、両手を広げる。
「君のそんな変わり果てた姿、見たくなかった。殺戮なんてやめるんだ。思い出してくれ。ここで実験台として僕と一緒に過ごした、甘く楽しい日々を……。君の中にある僕への愛を探してくれっ」
「こ、こら、村山君っ、やめたまえっ」
郡山が遠巻きに制止の声をかけたが、遅かった。
「ジャアアアアァップ!」
憤怒の形相で村山を見下ろして叫ぶと、逆さになった血まみれのイルカの口から、高圧力で水が吐き出された。直撃を受けた村山の顔面に、ぽっかりと穴が開く。
「再生力があるのをいいことに、毎日毎日私にあらゆる苦痛を味合わせて嬲っておいて、何言ってるの!」
「だよなー……」
村山の屍を見下ろし、半笑いでアンジェリーナに同意する郡山。
「でもそれが村山さんの愛の形だったのに、それをあっさり殺しちゃっていいのー?」
純子が微笑みながら問いかける。
「いろんな意味で気持ち悪いこと言わないで! 雪岡純子! 貴女にも引導を渡してあげるわ!」
「おやおや、魔法少女のヘイトが純子に向けられましたわね。これはまた愉快なこと。私は今のうちに少し休憩しておきましょうかしら」
憎々しげに純子を睨みつけて宣言するアンジェリーナに、百合がおかしそうに笑いながら、吹っ飛んで逆さになっているソファーを直して、腰を下ろして高みの見物モードへと入った。
実の所、百合はただ余裕をふかして座っているだけではない。八鬼、村山、それに塩の塊にされた死体から、生気の残りを吸収して、力の回復を図っている。
「ジャアアァアァァァップ!」
純子めがけて何度も水圧砲やピンクの光線を放つアンジェリーナであるが、純子は巧みにかわしていく。
「んー、姿が変わって、水攻撃が追加されただけで、大した変化無いみたいだねえ。もっと面白いことできなーい?」
空に浮かぶアンジェリーナを見上げ、純子が問いかける。
「ジャアァアアァアアアァァァァァッブ!」
純子に馬鹿にされていると受け取り、アンジェリーナは全身に血管を浮かびからせて激昂する。
「少しは疲労が取れましたわ。死体の生気を吸っての回復など、たかがしれていますが」
百合が椅子から立ち上がって言った。全快するには睡眠を取らないと、いくら他者から死体を吸ったところで、完全には回復しきらない。
「怨霊は吸収されて力に変えられると警戒していましたが、そうでないと知れば、こっちのものでしてよ」
不敵な笑みと共に、百合の足元から夥しい数の怨霊が噴き出る。それら怨霊を凝縮できるだけ凝縮した後、怨霊群砲として放った。
百合より放たれた怨霊の塊が、アンジェリーナと向かい合う純子の背に、猛スピードで迫る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます