第二十二章 34

 エンジェルの銃撃の後には、怜奈、白金太郎、亜希子がほぼ同時に突っこんでいた。


「ハシビロ突っつき!」

「白金粘土リルーっ!」


 怜奈がバイザーを上げて正面から頭突きを見舞い、手をドリル状にした白金太郎がパンチを側面から突き入れる。亜希子は白金太郎とは反対側から、魔法少女の側面から背後へと駆け抜けるようにして、小太刀で脇腹を切り裂く。

 三人の攻撃の内、怜奈の攻撃はあっさりとかわされ、白金太郎の攻撃もギリギリかわされたものの、亜希子の斬撃だけは回避できず、魔法少女の腹部から血が噴き出た。


「白金粘土リルーっ!」

「ハシビロ突っつきッ!」


 魔法少女に反撃の暇を与えることなく、さらに白金太郎がドリルの腕を繰り出し、怜奈がバイザーの刃で突かんとする。亜希子は連続攻撃をしようとはせず、反撃を警戒して少し距離を取った。

 いずれの攻撃もかわした魔法少女だが、二人の目論見通り、魔法少女はかわすだけで精一杯で、反撃はできない。


「ハシビロ突っつき~!」

「白金粘土リル~!」

「しつ、こーい!」


 また同じ攻撃をする二人に、魔法少女は回避もやめて、攻撃を食らう覚悟で反撃を試みる。


 杖を回そうとした魔法少女の腕をエンジェルの銃弾が直撃する。さらに亜希子が背後から後頭部に小太刀を突き刺し、睦月が蛭鞭を振るって袈裟懸けに鞭の痛打を浴びせる。


 完全に動きが止まったかに見えた魔法少女だが、杖を振る動作が無くても『魔法』はある程度発動できるようで、衝撃波が全方位に放たれた。亜希子、怜奈、白金太郎の近接組が同時に吹き飛ばされる。

 衝撃波自体の威力は低いようで、吹き飛ばされた三人はすぐに身を起こす。


 魔法少女に次の攻撃をさせまいと、睦月の刃蜘蛛が飛びかかる。エンジェルがさらに銃を二発撃ち、胸と腹に当たる。

 蜘蛛の刃の脚が魔法少女を切り裂く。あちこちに傷を負い魔法少女は血だるまになって、衣装を赤黒く染めていた。

 睦月がさらに鞭を振るう。魔法少女は避けれず、顔面に鞭の一撃を正面から浴びせられ、多きくよろめいた。


「ハシビロ突っつきっ!」

「白金粘土リルっ!」


 意地でもその攻撃を当てたい怜奈と白金太郎の二人の、ようやくその執念がかない、ドリルが魔法少女の左腕をえぐり、バイザーが頭部を切り裂いた。


「うあああーっ!」


 悲痛な叫び声と共に、魔法少女があらんかぎりの力を解き放つ。


 魔法少女の全身から炎の渦が巻き起こり、怜奈、白金太郎、亜希子を包んだかと思いきや、三人の体は何かに引きずられるかのように、凄い勢いで魔法少女から引き離されていた。

 いや、実際三人は引き離されていた。克彦の黒手によって。


 三人が魔法少女から離れたのを見計らい、来夢が巨大な重力弾を魔法少女の上空に解き放った。巻き起こった炎の渦は一瞬にしてかき消され、魔法少女の体もぺちゃんこに潰される。


 通路の両脇の壁が大きくへこみ、床も円錐状に大きくへこむ。魔法少女の体は平面と化している。


「え……?」


 共鳴していたアルラウネの気配が完全に消えたのを感じ取り、睦月が怪訝な声をあげた。


「死んだよ。あっさりと」


 無惨に潰れた魔法少女を見下ろし、確信をこめて睦月が言った。


「マジですか。前はあんなに手強かったのに。今回は……」


 怜奈が意外そうな声を発する。


「もしかして分裂って、綺麗に三等分したわけではなくて、本体から少しずつ二体分けただけなんじゃないかなあ?」


 数人がかりでふるぼっことはいえ、あまりにも呆気なく勝利してしまったので、睦月はそう疑った。


「ということは、本体は依然強力なままということか。分裂した分、多少は力が弱まったかもしれないけど」


 と、エンジェル。


「これまでのダメージの蓄積もあると思う。いや、そう思いたい。エントランスに行こう」


 来夢に促され、一同は潰れた魔法少女の亡骸から視線を外し、移動を開始した。


***


 真の銃撃が、魔法少女との交戦の開始の合図となった。


(睦月達も多分、最初はエンジェルの発砲から始まっただろうな)


 何故かふと真はそんなことを考える。


 晃と凜も真に続いて銃を撃つ。


「銃はあまり効かないよ、先輩」


 何発も銃弾を食らい、ひるみはしているし、血も流しているが、倒れる気配は見せない魔法少女を見つつ、晃が声をかける。


「わかっているけど、全く効かないこともないだろ」


 言いつつなおも銃を撃つ真。


「集中攻撃で一気に決着をつけましょうか」


 累が十夜に目配せをして、魔法少女へと向かって駆け出した。十夜もワンテンポ遅れてそれに続く。


「メジロアリキック!」


 スライディングするかのように下半身を大きく滑りこませて、十夜が魔法少女の足に蹴りを見舞う。


(これはまた、随分と懐かしいですね)


 魔法少女にケリが離れている隙に、その側面へと回りこみながら、この技が誕生した戦いをリアルタイムで視聴していた累が、十夜を見て思う。接近しきらずに、やや距離のある場所から警戒しつつ放った攻撃は、この難敵相手には有効と感じられた。


 ひるんでいる間に、累が側面から黒い刀身の妖刀で突きにいく。累の実戦剣術では、突きが基本であり、雫野の術師達にもそれを叩き込んでいる。

 魔法少女の脇から胸部に、刀が突き刺さる。


 その直後、魔法少女の背後から、亜空間トンネルを越えて出現した凜の黒鎌の刃だけが現れ、その肩口から胸に食い込んで、一気に引き裂いた。


「十夜、離れて」

 累が静かに言い放つ。


「メジロカンガルーキック!」


 十夜はそれに応じる形で、ジャンプすると同時に体を丸めて前転すると、両足を思いっきり突き出して魔法少女へとキックを見舞い、その反動を利用して、転がって距離を取った。


「黒髑髏の舞踏」


 雫野流妖術の奥義の一つと呼べる術が発動される。魔法少女の周囲一帯に何十体もの黒い髑髏の群れが現れる。それらは国も年代も民族も職業もバラバラな、様々な衣装を身につけている。日本、中国、インド、ネイティヴアメリカン、フランス、司教、狩人、商人、乞食、武士、宦官……

 黒髑髏の群れは物凄い勢いで魔法少女へと殺到し、己の体の骨を折って凶器として魔法少女へと突き刺していく。あるいは腕の骨を折って、その先をそのまま突き刺す、噛み付くなどして、とにかく次から次へと魔法少女を攻撃していく。


 さらに凜の放った青い炎球が、黒髑髏にたかられている魔法少女に直撃し、焼き焦がす。黒髑髏の骨が溶けるほどの高温ではないので、炎の巻き添えをくいながらも、髑髏達は攻撃を続ける。


 やがて黒髑髏が消えると、全身黒こげになり、体中あちこちに刺し傷や切り傷の損傷を負った魔法少女の亡骸が横たわっていた。


「これで終わり? 一方的にぼこっただけだけど」


 晃が黒こげ死体を見下ろして、拍子抜けした面持ちで言った。


「生きている気配はありませんね。しかし確かにこれは……弱すぎる。分身だったからでしょうか」


 あっさりと死んだ魔法少女は、いくらなんでも先程戦った個体と、同一の存在とは思えない累であった。

 真が無線を受ける。


「怜奈からだ。向こうも倒したそうだ。あっさりとな。本体が存在していて、本体から分裂した方だから弱かったのであって、本体は依然強いままではないかと言っている。ああ、こっちもそうだった」


 怜奈か受けた報告を皆に聞かせつつ、怜奈にも報告する真。


「純子のところに戻りましょう」


 累が言ったが、真がかぶりを振る。


「いや、ダメだ。分裂した奴等がまだいるかもしれない。もしそうだったら、僕らが持ち場を離れた隙に、結界の支柱を破壊するだろ。怜奈、お前達も移動するな。戻れ」


 真が累と無線に告げる。怜奈達はすでに移動中だった。


「本体は純子の所ってわけね。丁度いい割り振りになったじゃない」

「だねえ。純子達なら負けないでしょー」


 凜の言葉に、晃が気楽な口調で同意する。


「百合と純子の二人がかりで負けるとは思えませんが、一つ不安要素があります。彼女達の担当している場所はエントランスであり、そこには魔法少女の餌となる者が多くいることです」


 累の言葉に、気を緩めた晃の表情が引き締まる。


「つまりあの場にいるマッドサイエンティスト達が吸収されれば……」

 唸る十夜。


「雪岡だってそれがわからないほど間抜けではないし、一応警戒するだろう」


 真が言う。それよりも純子が欲を出して、魔法少女を生きたまま捕獲しようとして、ややこしいことにならないかと、真はそちらの心配をしていた。

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