第二十二章 33
時間を少し遡り、エントランス――
「結界の支柱が二つ潰されましたわ」
百合が報告する。潰されたのが誰も守っていない場所であることは、わざわざ口にすることもないと考え、言わなかった。
「ま、予想通りだよねえ。支柱の数がもっと多ければ、時間も稼げたし、敵の力も削げたし、何より相手の動きがわかって、こちらから仕掛けることもできたかもしれないんだけど」
結界の力場を発生させる支柱の数が多ければ、破壊する魔法少女のルートを辿ることが出来るので、先回りして全員で迎えうつという方法も取れる――そういうニュアンスを込めて純子は言った。
「結界は力場が少ない方がより強いので、私は今回の六つというのも悩みどころでしたのよ。しかし少なすぎると、破壊されるリスクも上がりますし、結界で囲まねばならない範囲も広いですし」
結界の構築には最低三つの力場を形成するための支柱が必要であるが、この支柱が少ないほど――つまり小さい多角形の形になるほど、結界そのものの強度は上がる。しかし支柱の少ない結界は、それだけ範囲も狭くなるうえに、支柱破壊による結界崩壊のリスクも高くなる。
「ま、それもわかってるけどねえ」
「わかっているのなら、甘い結果だけを求めて、無理な願望を口にするのはやめてくださる?」
「別に百合ちゃんを責めたわけじゃないのに、何でそんな取り方するかなあ? ほんの軽口じゃない。前からそんな刺々しい子だったっけ?」
純子に言われた言葉に、百合は軽いショックを受けた。苛々しているのは確かだが、それを純子に曲解されたのがショックだった。
「単にイラついているだけですわ。誰かさんが側にいるせいでしょう」
「そっかー。私はてっきり、久しぶりに私の側にいれて嬉しいかと思ったよー」
「よくそんな台詞を私の前で……いえ、堂々と自分で口にできましてね。思い上がりもはなはだしいですわ。純子こそ、そのような台詞を口にする子でしたかしら」
さらに苛立ちを増幅させる百合。
「来たみたいだねえ」
純子が少し離れた場所にいる幸子と八鬼に視線を送り、警戒を促す。
「私には何も感じませんが」
純子がどうして敵の気配を察したのか不思議に思い、百合が尋ねた。ある程度接近すれば百合も超感覚で察知できるが、それにしても純子の察知は早すぎる。
「アルラウネの精神波が放たれているのが、わかっちゃったからねえ。でも……」
それにしてもこれは異質だと純子は感じていた。
待っている時間に、純子は郡山からバトルクリーチャー部の研究データを全て見せてもらい、WH4がアルラウネの単純移植ではなく、アルラウネの性質そのものを付与したという事を知った。結果、知性も精神も持つ寄生植物であるアルラウネが、寄生生物でも植物でもなく、動物として、何者かの願いをかなえて進化を促す生き物となったのが、今この研究所で脅威となっている魔法少女なる存在だ。
(かつてアルラウネの遺伝子を引き継いだ例もあったけど、あの時ほど混ざってわかりにくいものではないね。アルラウネの性質がもっと濃い。コピーよりもずっと……)
純子がエントランスの奥の廊下に視線を向ける。百合と幸子と八鬼も同様に注視している。
廊下から一人の少女が現れ、エントランスの所員の何名かもそれに気がつく。
「下がれ」
所員に手出しをされないよう声をかけつつ、八鬼が廊下の方へ向かう。幸子もそれに続く。
「へー、随分と可愛いじゃない」
純子は動く事無く、その場で魔法少女を見て呟いた。
「わあい、こんな所に人がいっぱいいたー。はーい、皆さん注目~。私は魔法少女WH4=Ⅲ。皆の願いをかなえるためにやってきましたー」
嬉しそうな笑顔で声をかける少女に、エントランスがどよめいた。その大半は恐れであったが、中には研究欲の好奇心を抱く者や、不埒な欲望を抱く者もいる。魔法少女製作研究室の者達に至っては、明らかに喜んでいた。
「余計なお世話だ。帰れ」
八鬼が正面から魔法少女を見据え、にべもなく言い放つ。
「お兄さんの願いももちろんかなえてあげるからねえ。例え私の悪口言っても、私を殺そうとしても。だってそれが魔法少女の使命だもんっ」
「なら死ね。それが望みだ」
八鬼が魔法少女へと向かっていく。マントで体全体を隠しているので、滑るように移動しているかのようにも見えた。
魔法少女が杖を振りかざそうとしたが、幸子が銃を撃ち、それを防いだ。腕を撃たれ、魔法少女の手の動きが中断される。
ひるんでいる間に八鬼が魔法少女の目の前に迫る。マントの前方が開き、夥しい数の槍が一斉に飛び出し、魔法少女を串刺しにせんとする。
八鬼の攻撃を避けようとせず、文字通りの串刺しになりながら、魔法少女はにっこりと笑った。
「捕まえた」
槍を引き抜こうとした八鬼は戦慄した。槍が肉圧によって固定されて抜けない。そのうえで魔法少女は、笑顔でこの台詞を言い放ったのである。
八鬼の槍の仕掛けは、八鬼の胴体と直結している暗器であるため、全ての槍を一斉に切り離すことはできない。槍を全て受け止められて掴まれるなど、想定してはいなかった。
魔法少女が八鬼の顔に己の顔を寄せ、躊躇うこと無く八鬼の唇に己の唇を重ねる。八鬼はそれこそ魔法でもかけられたかのように、それを避けることができなかった。
次の瞬間、八鬼の頭部が一瞬にして魔法少女に唇から吸いこまれ、八鬼の首から上が消失し、マントだけがその場に残された。
首の断面は見えているので、マントの中の胴体は残っているが、首から下がマントで覆われているので、一見してマントだけに見えてしまう。
「ジャアアアァアァアァップ!」
八鬼の無惨な亡骸を見て、手を叩いて小踊りし、嬉しそうにはしゃぐアンジェリーナ。
「ふむふむ。食べる前に記憶や感情を取り込んでいるね、あれは。『食べる』必要は実際には無いと思うな。一種の儀式なのか、あるいは初期段階では食べる必要があったけど、現時点ではもう必要なくなっているかだねえ」
八鬼が魔法少女に取り込まれて殺害される様を見て、興味深そうな笑顔で観察結果を語る純子。
「どうしてそう判断できるのですか?」
郡山が純子に尋ねる。
「単純にあの子の表情の変化だよー。食べる前に、頭部に手を触れた時点で、彼女の中に大量の情報が急激に流れ込んでいたみたいで、心ここにあらずって感じだったし」
「なるほど……私の観察力が足りませんでしたね」
決まり悪そうな表情で顎に手をやる郡山。
「この人の願いは……裏通りの撲滅だって。よーし、その願い、私がここを出てかなえちゃうよっ」
魔法少女が弾んだ声で高らかに宣言する。
「裏通りを維持したいという願いがあった場合、どうなさるつもりですの? 貴女は全ての人の願いをかなえるつもりなのでしょう?」
「う……それは……」
百合の指摘に、魔法少女があからさまにうろたえる。
「矛盾に気がつきましたわね。どう都合よく解釈するのか、ぜひ聞かせていただきたいですわ」
「う~……」
意地悪い口調と笑みで指摘する百合に対し、真剣に考え込む魔法少女であった。
そこで無線が入る。相手は怜奈だった。
「そっちで魔法少女が出た? いや……こっちにもいるんだけど……」
怜奈の報告を聞き、それが何を意味するかすぐに看破する。
さらに無線。今度は真だ。
「えーっと……こっちにもいるんだけど。分身ていうか分裂したんだと思う。来夢君達の方にも現れたってさー」
百合と幸子にも聞こえるように声をあげる純子。
「こちらの作戦もこれでパーね。でもまさか分裂して全て同じ力を維持ってことは……ないでしょうね?」
と、幸子。
「能力の性質そのものは全て同じだと思うよー。ただし、力の程はどうかなあ。生物的に考えて、分裂直後は弱まっているはず。でも分裂する生き物になぞらえて考えれば、時間の経過によって、元のサイズに戻ることもできる。つまり魔法少女がその気になって、十分な時間さえあれば、同じ力を持った個体の数をどんどん増やせるんだよ」
純子の話を聞いて、幸子は背筋が寒くなった。その場にいる多くの研究員も同様だ。一部には喜んでいる者や興奮している者もいたが。
「その理論が正しければ、長時間放置しておけば、真剣に人類滅亡の危機に繋がるのではなくて? ましてやあの化け物は、人の願望を取り込むことで、より強い生命へと進化していきますのに」
「うん。誇張でなく、これを解き放てば人類のピンチになると思うよ」
顔をしかめる百合に、純子は緊張感の無い声と表情であっさりと言い放つ。
「じゃあ……強い方の望みを持つ私を優先させるしかないね。私同士で戦って、それを証明するしか」
先程の百合の問いに対して、気乗りしない顔でそう答える魔法少女であった。
「つまり、分裂した自分同士で戦わせますの? あるいは矛盾する願いがあれば、また分裂して戦わせると? 都合の良い解釈ですこと」
「むー、じゃあどうすればいいって言うのよ~」
「知りませんわ。ようするに貴女の存在そのものが大いなる矛盾ですのよ。貴女は、人の願いをかなえるとのたまいつつ、人の命を奪って取り込むという、実に手前勝手ではた迷惑な存在。人にとっては、いない方がよろしい存在でしてよ?」
むくれる魔法少女に、上機嫌かつ意地悪い口調で言い放つ百合。
(百合ちゃんは人をディスるのが本当に好きだねえ。まあその毒舌も、輝明君にはかなわないだろうけど。一度対戦させて、へこませてみたいなあ)
気持ち良さそうに魔法少女を罵る百合を見て、純子は思う。
「ふんっ、その悪口も、私に取り込まれれば言えなくなるし、次は貴女を取り込むことに決~めたっ」
百合を指差し、魔法少女は弾んだ声で宣言した。
***
「魔法少女、分裂して純子のところにも現れたそうです。あちらの救援は期待できそうにないです」
怜奈の報告を聞いて、克彦と睦月と白金太郎が暗澹たる面持ちとなる。
「皆もうボロボロだってのに……。助っ人来るためのキープが精一杯だと思ってたのに、戦って倒さなくちゃならないのか」
克彦が呻く。克彦自身は元気いっぱいだが、主にサポートがメインの自分が元気いっぱいでも仕方がないと、歯がゆい思いに捉われる。
「私はまあまあ回復しましたよ。みそ妖術って凄いんですね。私のこの体にも通じるなんて」
魔法少女の前に進みでる怜奈。
「私の体はそう簡単に死なないようになっているみたいですし、精一杯頑張ってみます。皆さんも頑張りましょう」
「それは俺も同じだよ。粘土ボディーだし。イガグリヘッドだし」
鼓舞する怜奈の横に、白金太郎が明るい表情で進み出た。
「俺も同じなんだよねえ。不死身比べでもするぅ? あはっ」
睦月も負けじと主張するが、彼女は主にミドルレンジからロングレンジの戦いを得手としているので、前方に進み出ることはしない。しかし怜奈と白金太郎が崩れたら、自分が前に立たないといけないと思っている。
「私は不死身じゃないけど近接組だから、睦月はサポートしてよ~」
「はいはい。なるべく亜希子のガードを意識してあげるよぉ」
前に出る亜希子が笑いながら声をかけ、睦月も笑顔で応じる。
「今、天使のお告げがあった。俺達が負けることはないそうだ。安心して、しかし油断せず戦うとしよう」
エンジェルが言うと、銃を撃った。それが戦闘開始の合図となった。
「克彦兄ちゃん。負傷者の回収も大事だけど、今回はあいつの行動の阻害もお願い。タイミング見計らってね」
交戦開始されてから、来夢が克彦に声をかけた。
「ああ。来夢に合わせる」
来夢のやることなら大抵わかるため、そのタイミングとやらを見誤ることはないと、絶対の自信のある克彦であった。
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