第二十二章 16

 プルトニウム・ダンディーの面々――克彦、エンジェル、怜奈、そして来夢の視線は、全て百合へと注がれていた。


「おじさん――蔵大輔はプルトニウム・ダンディーを創ったボスだった」


 恨みも怒りも感じさせない、非常に静かな口調で喋る来夢に、百合は奇妙な感覚を覚えていた。まだ子供だというのにひどく達観としており、そして超然とした不思議な雰囲気を持っている。


「百合は何でおじさん――蔵を殺したの? 獅子妻を助けただけじゃなくて、わざわざおじさんだけを殺すよう命じた。何か意図があるはず」

「蔵を殺したがっていたのは獅子妻ですし、殺すよう命じたわけではありませんわよ」

「でもおじさんの死を真に見せて、ほころびレジスタンスの二人を次の狙いとしてほのめかしたのは、あんたの指示だ。それは何のため?」

「ただのあてつけですわ。彼は純子や真や累と一緒に暮らしていたでしょう? その彼を殺したとあれば、あの子達は哀しみ、そして怒る。そう思って殺しただけですわ。そのことで何か不都合でもありまして?」


 来夢と百合のやりとりを聞いて、何より百合の台詞を聞いて、凜と晃は理解した。この人物が今回の件の黒幕であるのはわかっている。そのうえ純子達の敵であり、その目的が嫌がらせのあてつけであるとしたら、純子達へ自分達の死を見せ付けるのが目当てで、ここにおびきよせられたのであろうと。


「あるよ。悪そのものだよ」

 静かに言い放つ来夢。


「純子達が嫌いなら、純子達を殺せばいい。それができないからいじけて、つまらない嫌がらせしてる、惨めな百合」


 非常に整った中性的な美貌に、愛らしい微笑を浮かべ、来夢は嘲る。


「ふふふ……私、とても見てみたくなりましたわ。貴方のその澄まし顔が、狂い死ぬ時にどのようにして歪むのか」


 にっこりと笑って百合が片手を払うと、百合の足元から何十もの悪霊が噴出し、渦巻きとなって百合の体を覆う。


 悪霊の渦巻きは縦に横に斜めにと不規則にうねりながら、来夢めがけて襲いかかる。

 来夢に届く寸前に、大きく伸びた悪霊の渦巻きが、一斉に床に叩きつけられた。


 何が起こったのかわからず、術を仕掛けた百合は呆然とする。全ての悪霊が、床に押しつけられて平たくぺちゃんこになって、呻いているのだ。


「霊って感情の塊みたいなものだよね。それなら、重力の影響も受けるはずだと思ったし、ちゃんと証明された」


 潰れて床に平面状になった悪霊の大群を見下ろし、口元に手をあて、おかしそうにくすくすと笑う来夢。


「そもそも霊が物理的影響を一切受けないなら、地球の公転にもついていけない。宇宙空間に吹っ飛ぶ。何を持ってして霊が大地に固定されているのか、考えればわかる」


 来夢の言葉を聞きながら、霊体はプラズマだと主張していた、純子の説を思い出す百合。


「俺も百合の断末魔の無様な顔が見たい。見せて?」

「頭の中で想像することすら許しませんわ」


 百合が不敵に笑い、白い煙を噴出する。先程凜に向けて使用したのと同じ術だ。周囲にもうもうと白煙が立ち込める。


「それを少しでも体に浴びると、浴びた部分が蝋燭みたいになる」

 凜が注意を促す。


「教えてくれてありがと」


 礼を述べつつ、反重力を放ち、白煙をあっさりと吹き飛ばす来夢。

 その吹き飛ばされた白煙の中から百合が現れ、来夢へと迫る。


(白煙は接近するための煙幕代わりに使ったのね。でも何で、雨岸百合は吹き飛ばされなかったんだろう)


 凜が疑問に思う。


(重力に切れ目を入れたのか。そんなことも出来るんだ)


 百合が何故反重力によって吹き飛ばされたのか見抜き、来夢は感心した。百合は床と水平に放たれた反重力の波動に対し、自分の前方だけに切れ目を入れることで、力を逸らして反重力の影響を受けずに、接近したのだ。


(オーバーライフの私に、能力をひけらかしたのが運のつきでしてよ。最早解析済み。力の来る方向が認識できれば、その力を部分的に解除することができますわ)


 来夢の能力を全て無効化できるとまでは言わないが、攻撃が来るとわかっていれば、その方向だけ、自分の周囲の空間くらいならば、百合には打ち消せる。悪霊の渦を重力で潰した際に、百合は来夢の能力を解析することができた。解析したからには、解除もできる。


 来夢に接近戦を挑まんと、間近にまで迫った百合であったが、それを防がんとするエンジェルの銃撃によって、足を止めずにいられなかった。


「来夢、ぼーっとすんな!」


 克彦が叫んで亜空間の入り口から黒手を放ち、いつの間にか来夢の背後まで迫っていた刃の蜘蛛を振り払う。


「何だい、あのにょろにょろの手は。もう少しだったのに」


 百合とタイミングを合わせて、こっそりと刃の蜘蛛で攻撃しようと試みた睦月であったが、気付かれてしまった。


「ありがと、克彦兄ちゃん。でも克彦兄ちゃんが頼りになるから、俺は安心してぼーっとしていられるんだよ」


 克彦に向かって茶目っ気たっぷりに笑いかけると、来夢は怜奈に目配せをする。

 怜奈が来夢の前に立ち塞がり、構える。どう見ても近接格闘向きのヒーロー系マウスと、百合の目には映った。


(しかも銃の使い手や重力の使い手という組み合わせに、あの奇妙な黒い手。中々分が悪いですわね。ほころびレジスタンスの二人も、いつ復帰するかわかりませんし、こちらは消耗していますわ)


 屈辱的ではあるが、一時撤退した方がいいと百合が考えたその時、睦月が百合の側まで迫り、その体を担ぎ上げた。


「逃げよう。いくらなんでもキツいよ」


 睦月が百合の耳元で囁き、了承を待たずに駆け出す。


 来夢が二人に向かって重力弾を放つが、百合が無効化して防ぐ。

 エンジェルも銃を撃ったが、刃蜘蛛が銃弾を弾き、蜘蛛はそのまま睦月の後を追った。


「逃げられた」


 ぽつりと呟き、来夢は亜空間トンネルの方へと顔を向けた。中からは凜と晃が顔だけ覗かせている。


「ほころびレジスタンス――貴方達のことは純子に聞いている。今の女――百合の標的にされたみたいだね。百合一党の一人、獅子妻っていう狼男のマウスに、俺達のボスは殺された。その仇を討つために、ここに来た」


 凜と晃が問うより前に、来夢の口から説明がなされた。


「助けてくれてありがとさんっ。僕はほころびレジスタンスのボスの雲塚晃。こっちが構成員の岸部凜さん」


 笑顔で自己紹介しつつ、穴の中から這い出る晃。


「私とは異なるタイプの亜空間トンネルね」

 凜が克彦に話しかける。


「この手が呼び水になっているのね。手の導きが無いと入れない、と」

「うん。ていうか、そこまですぐわかるんだ」


 自分の能力を見抜いた凜に、克彦は少し驚いた。同じ系統の力の持ち主なら、見抜いても不思議ではない所だが、克彦の立場からすると、例え同じ亜空間トンネルの使い手だろうと、その詳しい性質まで理解できそうにはない。


「純子達もここに来ている。俺達は全員純子のマウス。敵も同じ。俺達は仇討ち目的でここに来たけど、純子に援軍として要請された身でもある。そっちとこっち、協力しあうのがいいよね?」

「拒む理由はないさ~」


 来夢の申し出に、晃が笑顔で手を差し伸べる。来夢は地に着いて晃の方へと歩み寄り、ボス同士で握手を交わす。


(純子も来ている、か。純子が詳しい事情を知っていそうだし、問いただす必要があるね)


 凜が頭をめぐらす。あの百合という女は、純子に恨みを抱いているが故、そのあてつけで周囲の人間を殺している。そして自分達もその一環としてここに呼び出され、殺されかけた。


(わざわざこんな場所に呼び出し、結界を張って外界と隔絶したうえで行うというのは、どういうこと? 何か他にも企みがあると見た方がいいか)


 実際にはただの遊び心で舞台を用意しただけであったが、凜にはそこまではわからなかった。


***


 階段を上がり、二階の廊下を移動する。四階の根城の部屋に直接逃げるような真似はしない。つけられているかどうか反応を伺いつつ、遠回りに逃亡を図る。


「百合さあ……」


 走りながら、腕の中にいる百合を見下ろし、睦月は声をかける。


「俺がいなかったら負けてたかもしれないよねえ? 亜希子に教えちゃうよお?」

「私も切り札を幾つか温存していましたわよ。それに私は、勝ち負けにこだわりませんわ。生き延びることが何より重要でしてよ」


 百合が真顔で述べる。


「そしてまだ私は生きてますわよ。むしろ敗北して生き延びるというのは、途轍もなく素晴らしい幸運でしてよ。敗北は人をこのうえなく成長させますからね」

「あはっ、確かに」


 百合の口から、百合には似合わない前向きな台詞が出たことがおかしくて、睦月は微笑をこぼした。

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