第二十二章 15

 純子はエントランスにて、刹那研究所のマッドサイエンティストに囲まれ、あれこれ質問をぶつけられていた。


「雪岡さん、何故貴女は頑なに、人型ロボット兵器による戦闘を否定するのですか?」

「量産型だけではなく、合体変形巨大ロボにも否定的ですよね。その理由がわかりません。あれこそ我々マッドサイエンティストの悲願であり、夢であり、浪漫だというのに」

「いや、だから私はそういうのに興味なくて、ケモミミ美少年メイドヒューマイノイドの量産の方がねえ……」

「それなら魔法少女にすべきですよ。マッドイエンティストによる魔法少女開発。こっちの方が余程崇高でしょうっ。科学の進歩の証明となりますしっ」


 取り囲まれて質問攻撃議論攻撃を受けまくり、辟易としている純子を遠巻きに見て、郡山と村山は談笑していた。


「もてもてだねえ、雪岡さん」

 コーヒーカップを片手に村山。


「そりゃあねえ。『三狂』の一人だし、マッドサイエンティスト達の羨望の的だからな。以前からこの研究所への投資もよくしてくれるし、懇意にしている研究員も多い」


 郡山が言った。彼も純子とは親しい一人だが、今この場では、他の技術者が話をしたいであろうから、遠慮している。


「あ、戻ってきちゃいましたね……」


 そこに、純子と別れて研究所内の探索に出ていた真と累が戻ってくる。


「どうだったー?」

「一階の東側は異常なかった。西側と北側に行ってくる」


 尋ねる純子に、真が答えた。


「二階には魔法少女製造部の部屋がありますよ。そして魔法少女製造部の者が一人しか戻ってこないので、岸部さんと雲塚君が探しに行った所です」


 移動しようとする真に、郡山が声をかける。


「じゃあ一階調査を終えてから、そちらに向かってみるか」

 真がそう言った直後――


『はくしょんっ』


 同時にくしゃみをしてから、思わず顔を見合わせる純子と真。


「誰か……噂しているんですねかえ。真と純子のことを同時に……」

「かもねー」


 微笑みながら言う累の言葉に、純子も小さく微笑んでいた。


***


 幸子の作った亜空間の中で、十夜と幸子は仮眠を取っていた。


 いつでも寝られるというのは、重要な技能の一つだ。少しでも寝ることができれば、疲労は大きく回復できる。深い眠りにつくことができれば尚更だ。幸子も十夜も、それなりに修羅場をくぐってきた結果、その術を自然と身につけていた。


 体は疲れているが、精神状態によっては眠りが浅く、夢を見ることもある。

 幸子は悪夢にうなされていた。地獄に堕ちた自分が、今まで殺して盲霊化した者達に追われ、捕まえられ、様々な道具で何度も目を潰される夢。


「私だってこんなことしたくなかった!」


 目から血を涙のごとく流しながら、幸子は喚く。

 そういう術の流派に生まれ、術師として、戦闘者として育てられたが故に、そうせざるをえなかった。


(じゃあ、やめれば良かったじゃない?)


 もう一人の自分が囁く。それはもっともだ。しかし他に何も持たなかった。


「私には力が必要だった! だから……」

(結局は選択の結果でしょ。それなのに何を被害者ぶってるのよ)


 嘲笑するもう一人の自分を、空洞の双眸で睨む。


(盲霊にしているのは悪人だけだからいい? 暇な日には募金活動しているからいい? わざわざメモまでとって、本当滑稽ね。この偽善者)


「うるさいっ!」

「うるさいのはどっちだよ……」


 溜息交じりの声がして、幸子は目を覚ました。


「もうちょっと寝ていたかったんだけどな」

「ごめんなさい……」


 どうやら悪夢にうなされて喚いていたおかげで、十夜を起こしてしまったようだ。幸子は謝罪する。


「俺も力が必要だった。だからこんな力を得たんだ」


 幸子の気を紛らわせるように、緑色のタイツをつまんで笑ってみせる十夜。


「でもそれは、誰かを犠牲にして得る力の類ではないでしょう? 私の行使する術は、人の死が必要不可欠なのよ。しかも盲霊を作るには、目を潰して、光を失って絶望している者に死さえ気付かせずに殺害し、失明の絶望を維持させて怨霊化させる必要があるの。世にもおぞましい術理だと思わない」

「それは……確かに怖いね……」


 幸子の話を聞いて、十夜は素直な感想を述べた。


「でもさ、それで凄い力が得られると思ったからこそ、そんなおぞましい術でも習得したんでしょ? 選択したんでしょ?」


 夢の中と同じことを言われて、幸子は少しむっとする。夢の中でもう一人の自分に言われている時点で、それは自身でもわかっていることだ。


「選択しておきながら、悔やんで、罪悪感に怯えてる。確かに滑稽よね」


 自虐的な笑みをこぼして幸子は言う。


「杜風さんはいい人すぎるんじゃないかな。多分俺や晃や凜さんがその盲霊を操る術を習得しても、心を痛めることもない。割り切ると思う。割り切れるのは、善より悪の心が強いからか、善の心が大して大きくないからだと思うんだ。人間は悪の心も必要だし、あまり善の心が強すぎるのも考え物だって言われた意味、杜風さんを見て、今わかった気がするよ」

「誰が言ったのよ、それ……」

「純子だけど……」


 己の組織と組織のボスの天敵の名を出され、幸子はがっくりとうなだれた。その言葉に真理もあると受け止めて、余計にげんなりしてしまう。


「いろんな人に慰められ、諭されているんだけどね。どうしても乗り切れない、飲み込めない、折り合いがつけられないのよ」


 その方法が悪になることだと言われても漠然としすぎているし、無理があると幸子は思う。あまりにも答えが飛びすぎているというか。


「自分がいい子ちゃんでいたいという気持ちがあるからでしょ」


 自分の半分とちょっとくらいしか生きていない子供に指摘され、幸子はさらに腹が立つ。


「悲劇のヒロインぶってる。それも選択の結果じゃない? そういう自分でありたいっていう」

「もうやめてくれない?」

「ごめん。悪かった。でもそういうのって凄く気に食わなくて」


 幸子に睨まれて謝罪しつつも、言いたいことは最後まで言う十夜。

 幸子からすると、ここまで言われてのは初めてであるし、目から鱗であった。十夜の指摘は、見当違いだとも思えない。


(汚れてみることも、汚してみることも必要なのかな。いい人であるってことは、よいことではない。そういう答えかしら)


 ずけずけと言ってくれた十夜を忌々しく思いつつも、意識の改変に繋がるかもしれないとも思い、少し感謝する幸子であった。


***


「何を躊躇ってますの? 睦月」


 一向に凜と晃にとどめをさそうとしない睦月を見て、百合が声をかける。


「もう人を殺せないとでも言いますの? あんなに殺して殺して殺しまくった貴女が」

「こないだの百合の仕掛けた遊びでも殺したよ。殺したくはなかったけどさぁ……」


 俯いて苦しげな顔を百合に見せまいとする睦月。


「もう一度言いますが、例え貴女がこの二人を見逃したからといって、この二人が感謝して恩返しをしてくれるわけでもなければ、逆の立場になった際、見逃してくれるわけでもありませんのよ? こちらの仲間を殺す可能性とてありましてよ。所詮は敵ですのよ」

「僕、見逃すよっ。先にそのことを教えてくれれば見逃すっ」


 場違いなおちゃらけた声を出す晃。


「わかった……」


 しかし晃より百合の弁を重く見た睦月は、晃に狙いを済まして、鞭を振るわんとする。


(本気で万事休すじゃんかー)


 最早どうにもならないと、本日何度目かの死の覚悟をする晃。


 その時、睦月の鞭が何かに押し潰されたかのように、床にへばりついた。いや、見えない何かに実際に押し潰されている。鞭ごしに、睦月はそのように感じられた。


「な、何だ、これ……重い」


 鞭が見えない何かを乗せられたように、重さをかけられている。動かそうとしても動かない。


 突然の事態に驚く睦月と百合。一方で百合は、ある気配を感じ取っていた。


(近くの空間が歪んでいる……。亜空間の扉を開きましたわね)


 百合が凜の方を見る。しかし凜は亜空間トンネルを開いていない。

 てっきり凜が逃走をはかろうとして亜空間トンネルを開けたかと勘繰った百合であったが、立つ事もできない今の凜が、亜空間トンネルを開いた所で、どうにもならない。


 百合が周囲を見渡す。別の何者かが現れたに違いないと見てとるが、先に凜の方を見た分、反応が遅れた。


 亜空間トンネルの扉が開いたのは、睦月の後方であった。曲がり角の影の辺りだ。しかも床に穴のような形で開いていた。

 さらに穴の中から無数の長い黒い手が伸びていく。骨が無い触手のようにうねうねと動く黒い手は、晃と凜の元へと伸びると、その身体に巻きついていく。


「な、何これっ」

「守っているだけだから、慌てなくていいぜ」


 穴の中から、晃と同じか一つ上と思われる歳の少年が這い出て、穏やかな声で告げた。


 凜が質問しようと口を開きかけたその時――


「ハシビロフラーイ!」


 高らかなかけ声と共に、穴の中から青っぽい人影が、文字通り飛びだしてきた。声は女性のものだった。


「ハシビロダイブ!」


 さらなる叫び声と共に、藍色の全身タイツに身を包んだ女性が、睦月めがけて滑空する。その両手は羽根の生えた鳥の翼と化している。


 蛭鞭が重しをかけたように動けなくされている睦月は、鞭を手放して、横っ飛びに鳥女の攻撃をかわそうと試みたが――


「ぐあっ!?」


 睦月の身体にも上から重圧がかけられ、その場にうつ伏せに倒れる。見えない何かに押し潰され、動くことができない。


 その倒れた睦月の上を、鳥女が滑空して通り過ぎて、少し離れた所で着地した。


「ちょっと来夢! 抜群のタイミングで余計なことしたおかげで、かわされちゃったじゃないですかーっ!」

「どうせ外れてたよ」


 抗議する鳥女に、穴の中からゆっくりと浮遊して現れた半裸の中性的な美貌の少年が、どうでもよさそうに言う。その背中からは、板のようなものと布のようなものが、翼を模すかのような形状で生えている。


「おっと、忘れてました。ブルー・ハシビロ子! 参・上!」


 全身青タイツに鳥を模したヘルメットをかぶった女がポーズをつけ、高らかに名乗りをあげる。


「純子のヒーロー系マウスのようですわね」


 百合の呟きで、睦月、凜、晃の三人は、彼等は純子が送り込んだ援軍ではないかと推測する。


「貴方達、純子の飼い犬ですの?」

「違うな。通りすがりのただの天使だ」


 穴の中から現れた四人目が、気取った口調で告げる。そのリーゼント頭の男は、凜と晃と睦月も知っていた。エンジェルという痛い通り名の、有名な始末屋だ。


「プルトニウム・ダンディー。この名は獅子妻から聞いてない?」


 百合を見据え、宙に浮かぶ最年少の少年が問う。顔だけ見ると、少女にも見える。しかし素肌の大部分を晒して短い布切れを軽く巻いただけの上半身を見た限り、胸の膨らみは全く見受けられない。


「俺は砂上来夢。プルトニウム・ダンディーの二代目ボス。先代ボスを殺した、獅子妻を殺しにきた」


 特に憎悪や怒りや気負いを感じさせず、淡々と述べる。


「雨岸百合……獅子妻があんたの庇護下にあることもわかっているし、あんたがどういう存在かも、真から聞いた」


 自分を見つめて静かに語る来夢に、百合は警戒の眼差しを向けた。

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