第二十二章 魔法少女と遊ぼう
第二十二章 四つのプロローグ
それは望まれて生まれた命。
それは望まれて造られた命。
試行錯誤の末にたまたま完成した、ただの偶然の成功作。
命は感じていた。生まれた瞬間、己が祝福されていたことを。
命は知っていた。己が強く誰かに何かを望まれていることを。
命は理解していた。何者かの望みに応えるために、己は在るのだと。
命は受け止めていた。受け入れていた。生まれたばかりの時は、そのつもりだった。
それが……その命が生まれて程なくしてからの話。
***
砂城来夢に加え、安生克彦も『プルトニウム・ダンディー』のアジトで暮らす事となったが、ボスの蔵大輔の言いつけにより、週末は来夢の家へと帰る運びになった。
「あー、でもやっぱり不安だなあ」
蔵と来夢を前にして、そわそわする克彦。
「せめて事前にどんな言い訳するか聞かせてくれよ」
克彦が来夢の方を向いて尋ねる。明日、克彦と来夢は、来夢の家へと行く予定になっているが、自分まで来夢の家に泊まりに行く事に、克彦はとても抵抗を感じている。来夢はうまいこと言い訳してくれると言っていたし、一度は安心した克彦であったが、またぞろ不安になってきた。
「克彦兄ちゃん、記憶喪失で一年間彷徨っていたけど、俺と出会って、ショック療法で直したって言う」
「それで通じるのかよ……。そういや俺の家は……」
夫婦は殺害され、一人息子は行方不明という事も、当然来夢の家族は知っているだろう。それを考えると気が重い。殺したのは他ならぬ克彦だ。どこまで報道されているか不明だが、自分が殺したと疑われても仕方が無いし、その話題を出されるのもキツい。
「我慢」
「え?」
単語で答える来夢に、思わず聞き返す克彦。
「それくらいは我慢。自分で蒔いた種だよ。俺もちゃんとかばってあげるし、何か言われても黙っていればいい。でも心配しなくていい。うちの父さんと母さんは頭いいし空気読むし、克彦兄ちゃんが苦しむようなことは、あまり言わないはず。花は馬鹿だから、そっちは気をつけた方がいいけど」
「馬鹿だとはっきり言うもんじゃない。あんなに君を慕っているのに、可哀想だろう」
蔵が苦笑しながら口を出す。
「でも花は馬鹿なんだ。嫌いじゃないけど、わりとウザい」
妹のことを思い出し、来夢は小さく息を吐く。
「おじさんには家族いないの?」
いきなり自分の方に振られ、ぎょっとする蔵。
「いることはいる。しかしすっかり疎遠だな。冠婚葬祭くらいでしか顔を合わすことがない」
そして葬式関係で顔を合わすことが増えてきている。いずれ葬式だけのお付き合いになるのではないかと思い、蔵は笑みをこぼした。
「変なこと聞いちゃうけど……ボスの家族は、ボスが裏通りの住人だってこと、知ってるの?」
「知るわけが無いし、教えもしないよ。疎遠になっていようと、無用な心配を与えるだけだ。来夢の両親ほど人間が出来ているわけでもないからな」
克彦の問いに対し、蔵はどことなく他人事のような口ぶりで答える。
「俺の親、ろくでもない親だったらよかったのに。それなら後ろ髪引かれる事も無かった」
「何、贅沢なこと言ってるんだよ」
来夢の呟きを受けて、克彦が呆れと怒りが混ざった声をあげる。
「俺の親なんて糞そのものだったから、それで散々辛い思いしたんだぞ。もう親離れしたからいいけどさ」
両親の殺害に関しては全く悔いていないし、良心も痛まない。ただ、親殺しをしたという事実に対する引け目はある。
「子供に殺されるくらいだから、克彦兄ちゃんの親はきっととんでもなく駄目だったし、比べるべくもない。でも俺の親も、俺にとっては面倒なんだ。善人すぎるのが、逆に俺と合わない」
言いつつ、来夢が蔵を見る。
「おじさんみたいに適度に悪も知っている人だったら、尊敬できたし誇れたんだけどな。おじさんのことはこの世で唯一尊敬してる。俺に光を与えてくれた。尊敬できる大人」
「そ、そうか……」
臆面も無く言い切る来夢に、蔵は照れ笑いを浮かべ、克彦はむっとする。
「あ、克彦兄ちゃん、おじさんに妬いてるの?」
来夢がその克彦の方を見て、容赦なく問う。
「いや、別に妬いてなんか……」
「尊敬しているのはおじさんだけど、一番好きなのは克彦兄ちゃんだから、心配しなくていいし妬かなくてもいいよ」
「お前っ、そういうこときっぱりと人前で言うなって」
相変わらず臆面も無く言い切る来夢に、むっとしていた克彦が照れまくり動揺しまくる様を見て、蔵は保護者気分で微笑んでいた。
(私は結婚もしなかったから、子を持つ親の感覚など知らずに生涯を終えると思ったが、今感じている気持ちが、そういう気分なのだろうか)
そしてこんな日々がこれからも続いていくのだろうかと思い、蔵は快さを覚えていた。
「ところで気になってることがあるんだ」
来夢が部屋の窓辺に立ち、窓の外を指す。
「庭にあるあのパンダ、あれは何?」
来夢の視線の先には、パンダか熊の形に切られて生えている植木があった。
「ああ、あれか。もう大分昔だが、ここを改築する前から生えていた。おそらく、私がアジトにする前にいた人の趣味だろう。よく出来ているから、失くしてしまうのも勿体無くて、そのままにしておいた。手入れは怠っていたが、まだまだ元気みたいだな」
「なるほど。新しいアジト引っ越すなら、あれごともっていこうね」
「そ、そうか……」
それは大変なんじゃないかと思ったが、口にしないでおく蔵であった。
それが昨日の話。
***
「あんたに情報を流したの、失敗だったねえ。おかげで真の知り合いが殺されちゃったよ」
痩せ気味の男を前にして、睦月は不機嫌そうに告げる。
その男は三十代後半だったと睦月は記憶しているが、同年代の男に比べても明らかに若いように見える。かといって、断じて若者には見えない。
「別に俺が仕向けたわけじゃないから、文句言われる筋は無いぞ」
ポケットに手を突っこんで壁に背を預けた格好で、その男――犬飼一はへらへらと笑いながら言った。
「恨みのある人間を百合と引き合わせるようなことすれば、こうなるのが当たり前だろ」
「遅かれ早かれって奴じゃないか? 百合の目的は、嫌がらせだろ。大嫌いな雪岡純子の大好きな相沢真を苦しめて壊すために、真と親しくなった奴を殺していくのが目的ならさ。実にセンスの無い、つまらん復讐方法だがな」
睦月の指摘に、犬飼はのらりくらりとかわすような受け答えを続ける。
「真と純子が百合を仕留めない限り、それは続くんだよねえ」
アンニュイな声を発する睦月。
「いずれにせよ、あんたと接触するのはもうこれっきりにしておくさぁ」
睦月が犬飼に情報を流すようになったのは、犬飼から話を持ちかけてきたからである。このとらえどころの無い男に協力する事が、百合を追い込めるのに役に立つことになるかもしれないと、睦月は期待していたが、逆に真や純子に害を及ぼす結果となった。それに――
「今回は運悪く、悪い方向へと転んだだけだろ。俺は敵ってわけじゃないぞ」
「あははっ、俺にとって使える人になりそうかもと、俺も期待していたんだけどねえ。そうでもなかったみたいだしさあ」
食い下がろうとする犬飼に、睦月は意地悪く笑う。
「期待に添えなかったうえに、機嫌も損ねちゃったか。まあ、しゃーない。できれば俺のことは黙っていてほしいがな」
「約束はできないねえ。まあ少なくとも俺に不都合なことしない限りは黙っておくよ。あはっ」
その会話は数日後の話。
***
ジョギングを終え、雪岡研究所へと帰宅した真は、リビングにいた純子の目の前で、テーブルの上に蔵の生首を置く。そしてその横に、蔵の口の中に突っこまれていた写真を広げてみせた。
「獅子妻が僕の前に現れて置いていった」
冷たい怒りを宿した視線で純子を見下ろし、真は報告する。
純子がホログラフィー・ディスプレイを投影する。画像に移っていたのは、世界地図と、日本地図と、東京都の地図の三つだ。
「気に留めていなかったけど、生存反応は無いんだよねえ。居場所もわからないしさあ」
「マウスは全てGPSでわかるんじゃなかったのか?」
おそらく純子は今それを調べていたのだろうと察しつつも、尋ねる真。
「一部のマウスとラットは、わからなくされているみたいなんだよねえ。何かしらの術が施され、妨害されているみたいだよ。そして獅子妻さんも急にわからなくなった。それに……」
純子が、蔵の生首の横に広げられた写真を一瞥する。
「あ、十夜君の居場所もわからなくなってるねえ。凜ちゃんもだ」
写真に写った二人の少年のうち、片方の名を挙げる純子。もちろんもう一人は晃だ。
「十夜達もお前の敵の側に寝返ったってことか?」
その展開は予想していなかった真である。
「んー、あるいはもう死んでいて、体内のGPSも破壊されているかだねえ」
あっさりとした口調で、可能性を告げる純子に、真は苛立ちを覚える。
「焦っちゃ駄目だよー。こういう時こそ冷静にならないと」
「わかってる」
その真の苛立ちを即座に見抜いた純子が静かに告げ、真もすぐに呼吸を整える。
(睦月とも連絡が取れない。どうなっているんだ)
先程睦月に電話をかけた真であるが、通じなかった。
それは翌日の話。
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