第二十一章 18

 獅子妻は朝からネットの反応を見て、ほくそ笑んでいた。


『よくやった! 感動した!』

『胸がスカッとしたおっ。もっと殺せだおっ』

『悪しき社会が報いを受けた。これぞ因果応報。どんどんやれ。今度は上級国民を狙え』

『この社会を甘受している奴は全て敵。踊れバクリテアは、その敵を俺達に代わって殺してくれた英雄だ! 正義の使途だ!』

『殺された人は可哀想だけど、話のネタとして俺は楽しませてもらっている。俺は痛くもかゆくもない。テロリストの皆さん、このままどんどんどうぞ』

『踊れバクテリアを真面目に応援します。この国にはテロが必要なんです』

『踊れバクテリアが死んでも、また同じような奴等が出てくるさ。その原因は間違いなく、この社会そのものにある。その現実から目を逸らすなと言いたい』


 自分達が行ったテロに対する称賛の声が、実に心地好かった。自分達と同じく、世界に虐げられた者達が、世界を憎む者達が、心の底から喜んでくれている。彼等の恨みと呪いと鬱憤を代わりに果たした事そのものが、獅子妻にとっても嬉しい。

 殺された者達の苦しみや恐れ、その遺族の悲しみや怒りよりも、喜ぶ者達全員の喜びを足した感情の方が圧倒的に大きい。そして差し引きの計算としてそれは、社会に多大な善をもたらす結果となっている。獅子妻はそう考える。


(敬愛する先人達よ。伴大吉と薄幸のメガロドンの勇者達よ。貴方達の精神は私が引き継ぎ、腐った社会に制裁を与えている。しかしこれは私達だけではない。きっと他の者達にも引き継がれていく。そして虐げられ、貶められた者達の怨嗟を形として、破壊と殺戮を成す。それによって多くの喜び巻き起こる。その喜びの大きさ、多さに比べれば、一部の哀しみなど米粒のようなものだ)


 心の中で、天国にいると信じて疑わぬ、伴大吉と薄幸のメガロドンの面々に語りかける。獅子妻。

 獅子妻にとって伴大吉と薄幸のメガロドン信者が行ったテレビジャックは、天啓にも等しい代物であった。


「もっとだ……」


 宙に浮かぶディスプレイに向かって笑いかけながら、獅子妻はぽつりと呟く。


「どこまでいけるかわからないが、行ける所まで行く」


 獅子妻はこのままテロを続けて、そう長く生き延びられるとは思っていない。国そのものを敵に回す行為である。

 いくら雪岡純子のマウスといっても、いずれは物量に押されて屍を晒す運命だ。しかしそうなる前に、できるだけ多くの命を奪い、この国により多くの喜びをもたらしたい。


 獅子妻は克彦、木田、ロドリゲスの三人を呼んだ。早速次の行動に移したかった。


「テレビのコメンテーター共は口を極めて罵っているが、ネットの反応は予想通り絶賛の嵐だ」

「見たよ。俺達のしたことがちゃんと評価されてるし、こっちまで嬉しくなっちまうな」


 本当に嬉しそうに言う木田。


(木田さんには悪いけど、俺はげんなりだ。自分達ではやれないからって、代わりにやってくれる俺達が現れて、それで喜んでいるような最低な連中じゃないか。そんな奴等に称えられても、ウザいだけだ)


 そう思う克彦ではあったが、ここで水を差すのもどうかと思い、黙っておく。


「この世に善と悪があるなら、私達は善だ。民衆のこの反応を見ても明らかだ。世に多くの喜びをもたらす者が、悪であろうはずがない。この腐った社会の倫理と法の裁きにかけられれば、我々は悪という処断を受けるだろう。しかしもしもあの世に天国と地獄が存在し、完全なる公正なる裁きの元に、そのどちらかに行くとしたら、私達は絶対に天国に行く。私達のしていることは善行だからだ」


 獅子妻の語り草を聞いて、どこかの土人丸だしの野蛮な宗教みたいだと呆れる克彦。


(伴大吉の――薄幸のメガロドンは、死後天国にいけるとかそんな教義じゃなかったはずだ。欲望に忠実であれという教義を貫いた結果が、あのテロだったのに。何だか獅子妻の言ってること、変な具合にズレてきてるぞ……)


 克彦の中で、獅子妻に対し、どんどん不審と疑念が大きくなっていく。


「今日もやるぞ。走れるだけ走り、行ける所まで行く」

「おおっ」


 獅子妻の命に、木田が嬉々として声を上げ、ロドリゲスも無言で頷く。


(でも獅子妻はまた安全圏で一人待機だろ……)


 一人だけローテンションの克彦は、己の反抗心を悟られないようそっぽを向き、心の中で吐き捨てていた。


***


 来夢の家へと訪れたその翌日の昼。純子から電話がかかってきた。


『踊れバクテリアの位置を特定できるレーダーを送るよー』


 蔵が電話を取るなり、純子は前置き無しに告げた。


「いよいよか」


 プルトニウム・ダンディーの面々を見渡し、蔵は彼等を意識して言った。電話のボリュームを上げ、彼等にも純子の声が聞こえるようにする。


『例え場所がわかるようになっても、初回で必ずしも全員やっつけられる保障は無いから、いきなりアジトに攻めるよりかは……』

「わかっている。連中が動き出した所に攻撃を仕掛ける方がいいな。一度で全員殺せる保障も無いし、こちらが位置を特定できるというアドバンテージがある事を、悟らせないためにもな」


 一から十まで全て言われないとわからないというわけではないと、アピールするニュアンスも兼ねて、蔵は純子の言葉を先回りして言う。


「ところで君は来ないのか?」

『もちろん行って見物したいけど、別の用事が入っちゃってねー。私が行ける時まで待ってほしいって言ったら、桐子ちゃんが怒っちゃったし』


 元々純子が蒔いた種であるにも関わらず、自分が見物したいから、踊れバクテリアがテロに及んでも手出しを控えるなどと言われれば、そりゃ怒るだろうと、蔵は呆れる。


 電話を切り、早速送られたレーダーを見る。

 画面に映った安楽市の地図に、四つの怪人マークが記される。


「向こうも四人か。そのうちの三つが揃って市内を移動しているな。テロを起こすつもりかもしれん」


 動かない一人は、非戦闘員か指揮役なのだろうと蔵は察する。


「こちらもすぐに動いた方がよさそうだ。できればテロを起こす前に接近し、成敗したい所だな」


 それが理想ではあるが、そうそううまくいくとは思えない。すでに動いているのであるから、こちらが追いつく前に向こうがテロを起こす可能性の方が高い。


「闇タクシー呼びますねー?」

 携帯電話を取り出して確認を取る怜奈に、蔵が頷く。


「私も現地に行く。現地で直接状況を見て指揮を取った方がいい。特に来夢は不安定だからな」

「来夢に過保護すぎじゃないですかー?」


 蔵にジト目を向けつつ、怜奈が非難するかのような口調で言った。


「ふむ。過保護か? 実際来夢は不安定で、お目付けが必要なほど未熟だ。それを放置しておいた方がよいのか?」

「そ、それは確かに……。しかし本人の前ではっきり言いますかねー」


 蔵の言葉に説得力を感じつつ、苦笑いをこぼす怜奈。


「俺が駄目な子だから仕方無い。でも迷惑かけないようにちゃんとするつもりだし、いつかはおじさんに認められて、安心して任せられるように頑張る」


 すねているわけでもなく、真摯な口調で静かに力強く、来夢は宣言する。


「懸命に、己の低位ヒエラルキーを上げんとしている天使を見守るボスに、俺は敬意を表する。もちろん来夢も応援しよう」


 にやりと笑い、エンジェルが言った。


「う~……エンジェルさんまでそんなこと言って、私だけが悪者みたいですー」

「いや、怜奈のように冷静でシビアな指摘をする役割も、組織には必要だ」


 不服そうな顔をする怜奈に、蔵がフォローする。しかしとってつけた慰めというわけではなく、実際そう思っている。

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