第二十章 34

 青葉と八重の妖怪達の指導者二人と共に、美香、麗魅、累、七号、十一号、十三号は、炎が渦巻く村へと降りて行く。

 歩いている最中、火に巻かれている穏健派達が住んでいた地区より少し離れた場所に、動物達が集まっているのを見た。水車小屋の前だ。


「熊もいるぞ!」

「本当です。熊なんて私、初めて見ます。感激です」


 美香が叫び、十三号が表情を輝かせる。


「今度皆で動物園に行こう!」

 クローン達を意識して、場違いなことを言う美香。


「東京に熊っていたのかよ。ていうか熊の上に誰か乗ってるぞ」

 と、麗魅。


「真……ですね」

 累が言った。


「熊なんかの上に乗って大丈夫なの?」

「熊がいるのに、鹿とか他の草食動物が逃げようとしないのがシュールだなー。どうなってんだ?」


 十一号と麗魅がほぼ同時に疑問を口にする。


「獣之帝の復活の予兆ですよ……。かつて獣之帝も、多くの動物をはべらせて……いましたし」

 累が解説する。


 水車小屋へと向かって歩きながら、小屋の前に明彦の姿があるのを見て、ヘルムの下で眉をひそめる十一号。


「本当に……彼に――朽縄明彦に、力を与えていいの?」

「正直な所、不安ではある」


 十一号が漏らした言葉に、青葉が反応した。


「左京の企みで、ひどい育てられ方をしたと聞く。結果、あのようにすっかりひねくれてしまわれた。かつての獣之帝とお姿は瓜二つでも、陛下が一度も見せたことのないような面をするのを見るだけで、私は辛いよ。陛下のあのような歪んだ表情、見たくはなかった。まるで出来の悪い鏡に映った姿を見ているかのようだ」

「自分達の都合で作っておいてその言い草?」


 十一号は青葉を睨んだ。流石にこの発言にはかなり頭にきた。明彦のことは許せないが、同情している部分はある。同じクローンとして感じ入る部分もある。


「左京に任せっぱなしにしていたとはいえ、耳が痛いな」

「とりあえず行くぞ!」


 少し早足になって、動物達の集まる水車小屋へと向かう美香達。


「金太郎禁止な」

「何のことだ!?」


 水車小屋前に着いて合流するなり、熊の上にいる真が脈絡の無い台詞を口にしたので、美香が尋ねたが、真は答えようとはしなかった。


 明彦は真っ先に、ピンクジャージ姿の十一号に視線を向ける。


「青葉と八重とも和解した! 村のこの有様は左京の仕業で、二人からしても想定外だったらしい!」

「左京とは……袂を分かった。長い付き合いではあったがな……」


 美香が報告し、青葉が苦渋と哀愁を漂わせた面持ちで言った。


「左京の運命操作術は正常に作動する! その後押しとケアは、みどりと累に任せる!」

「イェア。気乗りしねーけど任せて。あばばばばば」


 美香に改めて頼まれ、親指を立てて変な笑い方をするみどり。


「俺……救われるのか?」


 明彦が怯えたような顔で問う。彼の視線の先には、十一号がいた。


「十一号、お前もそれでいいのかよ。俺なんか無様にくたばればいいって思ってるだろ? 俺なんか一生ずっと不幸なままで、絶対に幸福なんか手に入れてほしくないって思ってるだろ? お前はそれを見逃す気か?」


 静かに語りかける明彦。十一号の表情はヘルムに隠れてわからないが、明彦は虚しさ全開といった顔だった。

 十一号が少し思案し、答えようとしたその時であった。


「フゴオオオッ!」

「ブエエエエッ!」

「キッキッキキキッピーキーッキーッ!」


 獣達が一斉に泣き喚く。


「時間だね」


 純子が携帯電話で時刻を確認する。丁度零時になった。左京が定めた運命の日。占いによって最良とされている日。運命の特異点により、獣之帝の復活予定を定められた日の訪れだ。動物達はそれに反応して鳴きだしたのだろうと、その場にいる何名かは察する。


「蝙蝠ってこんな声で鳴くんだな。わりとイメージそのままだ」


 ずっと頭にへばりついている蝙蝠の鳴き声を聞いて、真が呟く。


「では……始めましょうか」

「オッケイ、御先祖様」


 累とみどりが、真の魂の移動の準備に入る。真と明彦の中間の位置に、二人して並ぶ。


「僕達は何もしなくていいのか?」

「そのまま動かなければいいよぉ~」


 熊の上に乗ったまま、明彦を見つめて問う真に、みどりが答えた。


「いよいよか。本当にこの時が来たのだな……」


 青葉が呟く。長年の悲願がようやくかなう瞬間が訪れ、体が震えている。


 実の所、術をメインで行うのはみどりであり、累は緊急時の抑制が役目だ。みどりがしくじらなければ、累は何もしないつもりでいる。

 そのために、スケッチブックを取り出して構える累。明彦の体に入れた魂の回収まで含めて、みどり一人でも出来るであろうが、念には念を入れて、みどりがしくじった際に累もすぐに術を発動させて、真の魂を回収するつもりで身構えている。


 向かい合い、見詰め合う、明彦と熊の上の真。その両者とこれから起こる事を、固唾を呑んで見守る、美香、青葉、八重、七号、十一号、十三号、梅尾、有馬、梅雄とその使用人達、そして動物達。

 純子、麗魅、二号の三名は、気を抜いて見世物気分であった。


「じゃあ、いくよぉ~」


 みどりが真の霊魂を意識の手で握り締め、一気に体の外へと引きずり出す。

 累の場合は他者の霊魂を体外へと出す際に、絵という媒介を使用し、術という形で行うが、みどりは生来の超常の能力そのものを用いている。もちろんみどりも、術という形でも実行できるであろう。

 また、霊魂を引きずり出しても死ぬわけではない。霊魂と肉体は繋がっている状態なので、意識を失った状態になる。もちろん身体の方は動けないから、殺すのは容易であるが。


 真の魂を体内に入れられた際、明彦は確かに自分の中に誰か別人が入ってくるのを感じた。

 真の記憶や人格全ての情報が、明彦の脳へと流れ込んだわけではない。しかし明らかに真が自分の中にいることがわかる。その気になれば部分的に情報を引き出すこともできるし、合意があれば主導権を渡す事もできる。

 だが重要な事柄は一つだ。真の中のある輪廻の記憶だけを奪えればいい。


(魂の奥底に眠る――転生を超えた記憶を寄越せ)


 明彦が願う。しかしその情報は得られない。うんともすんとも言わない。


(どういうことだよ。ここに来て……)

(なるほど、そういうことか)


 理解できない明彦と、理解する真。互いに心の呟きも聞えている。


(運命の特異点の作用は、みどりもセットに組み込まれていたんだ。即ち、前世の力と記憶を蘇らせる術を会得した者の介入を。左京にはきっと出来なかった事だ。だからこそ左京は、脱落した。これこそ因果応報だな)


 術という形で運命を操っていた左京当人が、その運命に選ばれず、運命の流れから弾き飛ばされるという皮肉な話。

 左京に出来たのは、霊魂の移動程度である。それで済むと左京は考えていたが、実際にはそれだけでは足りないからこそ、左京は運命によって弾かれた。それが実行可能な者に任された。


(運命に逆らうより受け入れた方がいいと僕と雪岡が悟り、獣之帝を蘇らせる事のできる力を持つ者を選ばせるに至るまで、運命の特異点によって組み込まれたシナリオだ。そういうわけだ。みどり、やれ)

(あばばばば、今なら真兄の体が負担を背負うことも無いしね~)


 みどりの意識の声は、明彦にも聞こえた。明彦が、真とセットでついてきたみどりの存在に疑問を抱いた直後、明彦の心と体が、大きく弾けた。


「くううぅうぅぅぅうううぅぅぅぅあああぁぁぁぁぁぁっ!」


 明彦が喉の奥から空気を搾り出すような声で叫ぶ。

 体が弾け、心が弾け、何もかもから解放されたようなイメージ。そして底無しに力が溢れだしてくるのが実感できる。


「おお……帝の叫びが……」


 かつての獣之帝を知る青葉が、落涙しながら唸った。累も感慨に耽る。


(すげえ爽快感……。本当にこんなことが起こったよ……)


 夢見心地の表情で、明彦は嬉しさのあまり泣きたくなる。


 変化は目に見えてわかった。明彦の肌が薄い桃色に、目と頭髪の色が赤く変わっている。頭からは二本のピンクの角が生えていた。肌は色が変化しただけではなく、奇妙な光沢を放っていて、妙に艶っぽい。何より、明彦からは全く感じられなかった、強烈なオーラ。


「くうぅうぅうぅぅぅぅぅああぁぁぁぁっ!」

「何だ!? これは!」


 空気を吐き出すような、明彦の独特の叫び声を耳にして、意味不明な戦慄を覚え、自分の体中が震えていることに驚く美香。


「何か知らんけど、ブルってるな。この叫び……どっかで聞いたこと、あるような気もするんだが……」

 必死に震えを押えようとしつつ、麗魅が言う。


「帝の咆哮です……」


 累が麗魅を見て、ぽつりと呟く。かつてそれを累は聞いたことがある。そしてその咆哮を聞くことは二度と無いと思っていたが、時を越えてまた耳にする事となった。


「そうだ……この咆哮こそ、かつてあらゆる妖達を畏れさせ、獣達の心を鎮めて陶酔させた、帝の咆哮だ」


 ガタガタと全身を震わせて泣きながらも、歓喜の表情を浮かべる青葉。


「これは一体……」


 有馬が呻き、周囲を見る。梅尾も、使用人達も、美香も、美香のクローン達も、麗魅も、あの鉄面皮の八重さえも震えている。平然としているのは純子と累とみどりの三人だけであった。一方で動物達は心地良さそうな、穏やかな顔を明彦に向け、瞑目している。


(もういいな。後はどうなっても知らん。一応、運命の特異点はこれで終了だろ?)

(だねえ。獣之帝は指定の日に復活させたんだし。それじゃ撤収~。お邪魔様でした~)


 真と、真とセットでついてきたみどりの意識が、明彦の心の中で呟くと、その意識が消える。


「ああっ!?」


 明彦が思わず叫ぶ。全身をかけめぐる爽快感が消え、何よりももっと大事な、無くてはならないものが喪失した気がした。


 動物達が一斉に眼を開き、視線を明彦から真へと移す。真を乗せている熊だけは視線を向けることができないが、意識そのものを背中にいる真へと向ける。


「おう、震えが消えた?」


 二号が呟く。他の者も、明彦から受けていた得体の知れぬ畏れの呪縛から解放されていた。


「ただいま」

 熊の上にいる真が目を開き、言った。


「むう……これは……どうなって?」


 青葉が呻いた。明彦の体色は変化したままで元に戻らなかったし、角も生えたままだが、明らかに今まで発せられていた、強大な超越者のオーラが消えていた。


「えっと……つまり、これで終わり?」

「だな」

「そういうこと」


 純子が問い、真とみどりが同時に頷く。


「お、終わりぃ?」


 明彦が素っ頓狂な声をあげ、愕然とした顔でみどりを見る。


「うん。あんたの体と真兄の魂を使って獣之帝の復活、ちゃんと達成したでしょ? 一瞬だけだったけどさ。一瞬だけだろうと復活は復活だよね?」


 みどりがその気になれば――真の身が危険でこそあるが、いつでもそれは達成できたが、一応は、獣之帝のクローンである明彦の体を使うという条件にも、指定の日時にも沿って行った。


「左京が超苦労して仕掛けた運命の特異点も、これにてお開き。このしょーもない馬鹿騒ぎも、これにて終~~~了~~~。あぶあぶあぶぶぶぶ」

「うぃーッス、皆さん、おつかれさままま~。はい、撤収~。あ、今この辺にスタッフロール流れてるか?」


 みどりが独特の笑い声をあげ、二号もそれに乗って悪ノリするが、この場にいる多くの者は、呆然もしくは啞然とした顔で立ちすくんでいた。



第二十章 自分のクローンと遊ぼう 終?

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