第二十章 35

「ふ、ふざけんなよ。あははは……」


 膝をつき、歪な笑みを浮かべる明彦。


「俺は……どうすればいいんだ? こんなギャグみたいな結末……」


 一瞬だけの復活と言われて、これで全ておしまいかと思った明彦であるが、自分の手を見て、まだ体色が変化したままである事に気付き、同時にもう一つの事実にも気がつく。


「終わっては……いないようですよ。皆、気を引き締めて」

 累が警告する。


「一瞬でも復活させたから、獣之帝の情報が、多少は明彦の中に残っているみたいね。でも……」

 みどりもその事実を悟る。


「へー、そりゃ面白い」


 みどりの言葉を聞き、研究所に連れ帰って実験台にできないかと考える純子。


(例え私に敵意を剥いても、死なない程度にして捕獲ってのも、他の邪魔が入りそうで難しいねえ。あるいは死ぬ直前で、命を助けてあげる前提で実験台契約ってのも……難しいかなあ)


 せめてこの場に自分一人ならどうにでもなるが、他の面々が邪魔になると、純子は判断する。


「でも?」

 麗魅がみどりのその台詞の先を促す。


「でも、フルスペックってわけじゃあない。これは例え真兄の――獣之帝の魂が中に入っているままでも変わらないよぉ~。いくらクローンだろうと、いくら本人の魂があろうと、完全な再現ていうわけじゃないもんよォ~」

「みどりの言うとおりですね。鍛えぬかれ、磨かれた当時の獣之帝のそれには全く及びませんから、例え同じ体であろうと、同質の力を引き出す事は無理があります」


 いつもの途切れ途切れの口調ではなく、すらすらと喋りながら、闘気をまとって前に進み出る累。


(前世の力でタナボタパワーアップは、実行すれば身の破滅に繋がる。体がついていかない。僕も一度それを実験した。高価な精神増幅魔道具を一つ使い潰してなお、部分的にのみ引き出しただけで、体はガクガクになったからな)


 かつてドリームポーパス号で鳥山正美との戦いに、みどりの力を借りて前世の力を引き出した事を思い出す真。


(こいつはそれに気付かずに暴走して、破滅するのが目に見えている。だがその前に、こいつの道連れを食らう展開だけは避けたい所だ)


 累とみどりに、それを食い止める役を期待したい真であった。


「十一号……」

 明彦が十一号の方を見て、声をかけた。


「あはは……おそろいだな……」


 自分の体の色と、十一号の装着しているジャージスーツを指して、明彦が笑う。


「ぷっ、そう言えばそうだ。ないすバカップルっ」


 二号もつられて笑い、からかう。しかし笑っているのが自分だけなのを見て、居心地悪そうな苦笑いへと変わる。


「俺は……何が望みかって言えば……やっぱりまずはお前だ。お前が欲しい。俺のものになれ。身も心も。そうすれば……ここにいる他の奴等は助けてやるよ」


 明彦の要求に、十一号はヘルメットの下で呆れ顔になる。その場にいる他の何名かも、露骨に呆れ顔になっていた。


「そんな脅迫をする人間に、心を委ねられる人が、どこにいるっていうの?」

 冷めた口調で問う十一号。


「委ねられなくても委ねる努力しろって話だ。好きでなくても好きになるように心がけて、従う努力をさ。俺も……自分で馬鹿なこと言ってる自覚はあるんだ。でも、俺は馬鹿だから、こういうやり方しか思いつかない。他にできない。第一、俺もお前も人じゃないだろ? クローンだろ?」

「お前は――!」


 激昂し、何かを叫ぼうとして美香を、十一号が手を軽く上げて制した。


「私は貴方の悲しみを理解できる。共感もできる。同情もしている。その台詞を言われても腹が立たない。別に罵っているとも思わないし、そのつもりでないことも知ってるから」


 静かな口調で十一号は話す。


「でも――貴方が犯した罪を許せるかどうかは別問題よ。貴方が犯した罪を悔いているなら、そのうえで罪を贖ったうえでなら、考えてもいい。さっき答えられなかったけど、私の望みは、貴方に罪を償ってほしい。罪を認めてほしい」

「自首して死刑にでもなれば、そこから考えるってのか? ふざけんなっ! それに俺は、自分が悪いことをしたなんて少しも思えねえっ!」


 怒りに顔を歪め、明彦は叫ぶ。


(ひどい顔です……。本物の獣之帝はあのような醜い表情など、一度も見せなかった)


 明彦の怒りに歪んだ顔を見て、累は嘆く。


「死ねとは言わない。でも、貴方が自分の罪を認めない限りは、私は貴方を絶対に許せない」


 静かに言い放つ十一号。その刹那、明彦の後方に、幾条もの眩い光が降り注いだ。


 空中に残る、無数の紫電の残滓。雷が落ちる瞬間を間近で見るという体験をした者など、そう多くはいないであろうし、この場で初体験という者も多い。

 無数の轟音が響く。凄まじい雷鳴が同時に鳴り。何名かが耳を押さえる。動物達が逃げ去っていく。


「おい、僕は残りたいんだが……」


 熊も真を乗せたまま遠くへと避難するので、真が声をかけたが、熊は真を下ろそうとはしない。離れすぎて、戦いが見えなさそうな場所まで移動する。


「まさか今の雷……あいつの仕業にゃ?」


 七号が恐々と言う。電撃くらいは作れる七号だが、雷そのものを呼びよせるなど、とてもできない。


「そのまさかですよ。獣之帝は、天候を操る力を有していましたから」


 累が言い、明彦の前に進み出て、黒い刀身の刀をアポートで呼び寄せる。


(落雷の誘導は、現在の人類の科学でもできるし、威力の低い数百万から数線万ボルト程度の人工雷を作る事も可能。でも、瞬時に雷雲を作り上げて、数億ボルトに達する本物の雷を作り出すなんて……。範囲にもよるけど、天候そのものの操作は生物一個体ではとてもまかなえない、相当量のエネルギーが必要だよ。妖術でも魔術でも巫術でも、長い時間をかけて儀式を執り行えば可能だろうけどねえ)


 天候操作がどれだけ凄まじい力を要する驚異的な能力か、純子が最もよく理解していた。その気になれば、都市機能一つ麻痺させる事も可能であろう。


「僕が相手をしますので、皆下がっててください。どちらも手出しもしないように」


 その場にいる全員を見渡して累は穏やかな口調で告げた。


「私が相手をしたいんだけど」

 その累の前に立ち塞がり、十一号が申し出た。


「ああ、こりゃあいいや。俺もお前と戦って、ドラマチックにお前に殺されたいな。いや……お前を手に入れることが出来ないなら、俺の手でお前を殺して、俺も死にたいわ。ははは、馬鹿そのものだな、俺。お前らも馬鹿だと思ってるだろ。そりゃそうだ。馬鹿だ」


 自虐的に言った直後、明彦の上着が弾け飛ぶ。その理由は一目でわかった。背中から生えた昆虫のそれを連想させる透明の翅が広がったためだ。


 翅を高速ではばたかせ、明彦は飛翔した。


「御先祖様ァ、どうするのぉ~?」

 緊張感の無い声をかけるみどり。


「人喰い蛍」


 累が呪文を一言発し、三日月状の光滅が累の周囲に無数に現れたかと思うと、即座に空中にいる明彦へと襲いかかる。

 様々な方角、様々な軌道から飛来する謎の光の点滅に、明彦は逃れようと羽ばたくが、翅のコントロールに慣れていないので、思うように動ききれない。


「痛ぇっ」


 光は主に明彦の翅を狙っていた。たちまち羽が穴だらけになり、落下する明彦。翅だけではなく、胴体や腕も何箇所かえぐられている。


(本物はもっと目にも止まらぬ速度で飛びましたし……もう何もかも劣化で、本当に見ているのが辛いです)


 あっさりと落下した明彦を見て、累は再び嘆息する。


「おのれっ!」


 青葉が得物を手に取る。かつて相対し、己の主を殺害した累が、再び明彦と戦おうとしている場面を見て、流石にいてもたってもいられなくなった。


「おい、手を出すなよ。一応タイマンだろ。暇ならあたしが相手してやる」


 その青葉に向かって、麗魅が静かな口調で言い放った。


「私達がここで戦うのは無意味だ。加勢した所で、結果は目に見えている。心中する意味も無い」


 八重もやんわりと青葉を制した。


「私達の悲願はもう達成された。そもそも獣之帝は、あそこにいる」


 そう言って八重が、遠くに離れた熊の上の真を指す。


「解釈一つの問題だが、動物達はちゃんと見抜いていると言える。我々よりもずっとな」

「むう……」


 青葉が得物を収める。だが心中は複雑だ。八重の主張はわかるが、そうなると今まで自分達は何をしてきたかということになる。多くの犠牲を出して、何を目的に生きてきたのかと。


(だがここでなお戦い、さらに犠牲を出す意味の方が、よほどわからん。それでは彼と同じだ。最早明彦様は、身の破滅を望んで戦いを挑んでいるようなものだ)


 青葉は思う。いくら獣之帝の力を手に入れようと、雫野累他、多くの敵がいるこの状況で、勝ち目があろうはずがない。そして本物の獣之帝を知る青葉も見抜いていた。明彦の持つ力が、かつての獣之帝には遠く及ばない事も。


「別に一対一にはこだわりませんよ。というか、譲りますよ」

 十一号に笑顔を向ける累。


「飛び回るのは鬱陶しいので、墜ちていただきました。それと……あの雷を落とされないようにしておきますよ。雷をかわすということは、ほぼ不可能ですから」


 累が解説し、十一号の頭部に向けて手をかざす。


「それでは御武運を」

「何だかわからないけどありがとう」


 累に礼を述べると、落下した明彦に向かって、十一号はゆっくりと近づいていく。


「くあぁっ!」


 明彦が叫び、向かってくる十一号めがけて雷を落とす。


 雷はあらぬ所へと落ちた。途中までは十一号に落ちていたそれが、十一号の左側のはるか遠くに、紫電の残滓を残している。

 累が十一号の頭上の空間を曲げて防いだだけの話であるが、明彦にはそれがわからない。


(んー、確かに落ちてくる雷を無傷でかわすのは、困難だね。例え先読みしてかわしたとしても――直撃雷を避けても側撃雷もあるし、側撃雷を避けても地面を伝って感電する誘導雷もありうるし、運良くそれらを回避しても、電気によって空気が熱せられて起こる熱爆発の、衝撃波で吹き飛ばされる、と。累君もそれを知ってるわけかー)


 累の対処を見て、累がかつて落雷の作用で痛い目をあったからこそ、最も確実な防御策を取ったのではないかと、純子は推測する。


「くぅぅっ!」


 明彦の口が開き、レーザービームのような光が一直線に伸びるが、十一号はあっさりとかわし、明彦へと向かう歩調を速める。


(攻撃する際の前振りと殺気が、わかりやすすぎて素人丸出し……)


 累が今夜何度目かの嘆息をする。かつて自分が戦った者の劣化コピーを目の当たりするのは、非常に哀しい。


 十一号があっさりと明彦の側まで接近する。


「ピンクバズーカ!」

 必殺技の名を叫びつつパンチを繰り出す十一号。


 かわすことも防ぐこともできず、顔面にパンチを食らって吹き飛ぶ明彦。あまりに見事に入ったので、パンチを放った十一号自身が動揺する。


 身体の耐久度そのものが引き上げられているため、それでお陀仏になることは無かったが、脳震盪一歩手前の衝撃を食らい、明彦はふらつきながら立ち上がる。


「くああぁぁっ!」


 明彦も肉弾戦を挑む。大振りに腕を振り回す。

 避けようと思えば避けることもできた十一号であるが、あえて避けずに食らうことにした。自分だけ殴ったのでは、何となく悪いような気がして。


 十一号のヘルメットの上の部分を平手で叩く明彦。十一号の体が少しだけ揺れる。しかし大してダメージにもなっていない。


 明彦は生まれてこのかた、喧嘩の一つもしたことがない。人を殴るのは初めてではないが、殴りなれてはいないし、力の加減もわからない。


(相手が私だから遠慮してるのね)


 平手でわざわざヘルメットの固そうな部分を狙って叩いた事に、十一号はそう判断した。


(やっぱり……心の底から腐っている人じゃあない)


 そう思いつつ、十一号も平手で明彦の顔――右頬を張った。


「ううっ……」


 ひるんだところに、今度は左頬へのビンタが飛ぶ。それで明彦の動きは完全に止まった。


「どうしたの? やり返していいのよ」


 今にも泣き出しそうな顔の明彦に向かって、柔らかい口調で告げる十一号。


「殺せっ、殺せよっ……! 今度は俺を嬲って楽しむつもぶっ!」


 喚く明彦に、さらにビンタを飛ばす。今度は強めに殴った。


「一方的に殺されたいのがお望みならそうしてあげるけど、遠慮せず抵抗していいのよ」

「じゃあ……お前も加減なんてするな。一思いにやってくれ」


 静かな口調で、互いに言い合う。


 明彦が震える拳を握る。


「わかった」

 それを見て十一号が頷き、本気で攻撃を放つ決意をする。


「くあああっ!」

 明彦が叫び、拳を引く。


「ピンクバズーカ!」


 明彦の拳が空を切り、十一号のパンチが明彦の胸の中心をとらえ、明彦の体が大きく吹き飛んだ。

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