第二十章 33

 少しだけ時間を遡る。


 夜になっても動物達はずっと真の周囲を取り囲んだまま、まだ衰弱したままの真を心配するかのように、見つめていた。

 その動物達が、一斉に動き出した。外へと向かってダッシュする。全ての動物が動いたわけではない。熊や鹿は残っている。真以外は気がついていないが、蝙蝠も一匹だけ残り、真の頭にくっついていた。


「んー、どうしたんだろ」

 訝る純子。


「これはあれだ。鼠が沈む船から一斉に逃げるあれだ、きっと」

 冗談めかして言う二号。


「いや、本当にそうなんじゃないか?」


 真が言った直後、真の服を熊と鹿がそれぞれくわえて、真の体を外へ出そうとする。


「梅尾さん、有馬さん、あなた達も外に逃げた方がいいよー。何かここにいると危険みたい」

「わかった」


 純子の忠告に従い、有馬が寛子を掲げ、梅尾が使用人である人間の少女二人を促し、すぐに持ち出せる物を適当に拾って、外へと出て行く。

 一方で真は、鹿二匹がかりで体を持ち上げられて、熊の背中の上へと乗せられていた。


(鹿によって熊の上へと乗せられた奴なんて、人類史上僕が初なんじゃないのか?)

 などと思う真。


「あー、いいなー」

 熊の上に乗せられた真を見て羨む純子。


「うひゃはははははっ! 金太郎! 金太郎だ、これ!」

 熊の上に乗せられた真を見て爆笑する二号。


「……」


 純子の台詞にはちょっとだけ優越感を覚えた真であったが、二号の台詞を聞いて、猛烈に降りたくなる。


 そのまま熊と二匹の鹿と共に、家の外へと脱出する一行。先行して逃げ出していた動物達は、少し離れた所で固まって待っていた。


「ただいまー……って、うおおおっ!? 真兄が金太郎だ!」

 熊の上に乗っている真を見て、みどりが仰天する。


「デスヨネー。どう見ても金太郎なんだぜ」

「うん、いいよねえ。私も金太郎したい」

「……」


 二号と純子に言われ、真は無言で熊の上から降りようとする。


「あ、何で降りようとしてるの? せっかくだから乗せてもらっておきなよ。熊に乗るなんて稀少な体験なのに」


 純子が真の体を押し返して、熊の上へと戻した。


「お前等が金太郎扱いするからだ。まさかりかついでるわけでもないのに。大体な、自分が金太郎扱いされた時どんな気分になるか、想像してみろよ」

「何が悪いんだろ……」

「あたし金太郎~って、喜ぶけど?」

「まあ……言われてみると嫌かな~……」


 純子と二号は真剣にわからない様子であったが、みどりだけ苦笑いをこぼしていた。自分があんな格好でおかっぱ禿頭にされているイメージで想像し、確かに嫌なものだと。


 みどりが、自分が金太郎化した姿を思い浮かべた直後、突如爆音と共に、そこら中の家屋が一斉に炎に包まれる。


「なるほど、動物達はこれを察したわけかー」


 道なりに連なって建っていた家屋が全て炎に包まれたのを見て、純子は納得した。


「ばっ、爆弾!?」

 二号が叫ぶ。


「いや、この感じは、仕掛けておいた術だと思うよ。普通の炎とは、噴き上がり方が違ってたし。昔似たような術を見た事ある。多分、火炎を発生させる呪符の類を家の周囲にくまなく貼るか埋めるかして、それを一斉に起動ってところかな」


 東京ディックランドの爆破騒ぎを思い出しながら、冷静な口調で純子。


 火の勢いは凄まじく、建物が完全に炎で覆われ、村に炎の嵐が吹き荒れているかのようであった。


「燃えているのは全部穏健派の家だ。あるいは人間の……」


 火に巻かれている家を呆然と眺める梅尾。火の勢いを見た限り、中にいる穏健派の妖怪や人間達は、どう考えても無事ではない。


「あっちにある好戦派の家は全て無事っぽいぞ」

 有馬が言った。


「ふえぇ~。これは多分生贄じゃないかなあ……」

「生贄!?」


 みどりの言葉に目を剥く有馬。


「なるほどー。呪術的な願掛けのために生贄を大量に捧げ、それをさらに上級運命操作術の運命の特異点と連動させたわけだねえ。燃えているのが穏健派と人間の家だけってことは、このためだけに今まで生かされていた感じ?」


 みどりの方を向いて、純子が言う。


「だろーねー。上っ等っ。さっきの子供に仕掛けた呪術トラップといい、中々ド外道なことしてくれるじゃんよぉ~」


 みどりが不敵な笑みを浮かべる。機会があったら自分の手で、これを仕掛けたであろう左京に、とっておきの制裁を下してやりたいと思うが、競争率は高そうな気がした。


「もしそれが本当なら……左京や青葉を生かしておかない……!」

「青葉は関知してたのか? 左京の暴走じゃないのか?」


 怒る梅尾に、有馬が冷静に告げる。


 ふと、動物達が一斉に動き出した。


「どこへ向かうつもり?」

「多分、獣之帝の体――クローンがいる場所だと思う。動物達によって導かれ、引き合わせられるんじゃないかな」


 疑問を口にする二号に、純子が言った。


「それも運命操作術の効果? 何でも運命操作術って言っておけば解決ですかそうですか」

 二号が軽口をたたく。


「それもあるし、獣之帝の本来の特性が作用もしていると思うよー。とりあえず私達も追ってみよう」


 純子に促され、一同は動物達の後を追った。


***


「何だ、これ……。村が燃えてる……」


 水車小屋の中から村が燃えている様子を見て、明彦はぽかんと口を開けていた。


「軍隊が攻めてきたのか? 空から爆撃とかか?」


 妖怪達と、国お抱えの妖術師達やらが戦っているとは聞いていたが、後者が負ければ軍隊の介入もあるのではないかと、青葉が口にしていたことを思い出す。


「やっぱり……何も手に入れられず、俺は終わるのか?」


 虚無的な面持ちで呟いたその時、明彦は動物の群れがこちらにやってくるのを見た。


「熊までいるし。しかも熊に……」


 熊の上に乗っている少年が、獣之帝の転生であることを見て、明彦は驚いた。

 動物だけではない。少女五人と、足斬り童子二人も、自分のいる水車小屋の方へ向かってくるのを視界に捉えた。足斬り童子は四肢の無い中年女を抱えている。明彦の母親の寛子だ。


 少女の一人には見覚えがある。


「月那美香? それとも十一号?」


 顔は同じなので、ここからでは判別がつかない。別のクローンかもしれない。


「うおっ!?」


 動物が扉を開けて、水車小屋の中へと入ってきたので、仰天する明彦。特に熊に驚いた。


「こんな所に隠れていたのか」


 熊の上に寝そべった真が、明彦を見下ろして言った。


「どうするんだ? 俺を殺すのか? ていうか何で熊に乗ってるんだよ……」


 諦めと怯えが混ざった顔で、真に問う明彦。


「もうすぐ日が替わる。そうしたら、獣之帝を復活させる」


 思ってもいないことが真の口から出て、明彦は一瞬きょとんとした後、自分がからかわれているのかと疑う。


「いろいろあってねー。そっちに協力することにしたんだー」


 と、純子。純子とみどりと二号も水車小屋へと入ってきた。


「復活させれば……本当に俺は、救われると思うか?」

 うつむき加減になって尋ねる明彦。


「救われるって?」

 純子が問い返す。


「俺の腐った人生も、新たな存在へと昇華すれば救われると、欲しい物は何でも手に入る帝王の力が身につくと、左京が言っていたからさ。ふっ……ふふふっ、そんな馬鹿なって感じだよな。そんな都合のいい話……」


 誰でもいいから話を聞いてほしいという心境で、明彦は話す。


(こいつも……睦月と同じなんだな。人生そのものを加工された、ある意味被害者だ)


 明彦に少しだけ同情の念を抱く真。


「おえ~、暗い奴ぅ。十一号が嫌うわけだこりゃ。ふへへへ」

「ふぇぇ~、あんたも別の意味で十分暗いじゃんよ」


 明彦をおちょくる二号に、呆れるみどり。


(やっぱり……嫌ってるよなあ。俺はこんな性格だし。そのうえあいつの主である博を殺したんだし)


 軽い気持ちで罵った二号であったが、明彦の胸は激しく軋んでいた。

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