第二十章 32

 麗魅が左京の足を撃っている間に、美香と八重、十一号と青葉が交戦に入っていた。十三号は支援に徹している。


「ピンクバズーカ!」


 青葉の振り下ろす斧も恐れることなくパンチを放つ十一号。

 斧が素手で弾かれるという信じられない事態に直面し、青葉は一瞬戸惑う。


「ピンクバズーカ!」


 その隙を見逃さず、十一号が叫びながら右ストレートを放つ。狙いは顔面だ。

 慌ててスウェーバックしてかわそうとした青葉であったが、避けきれず、頬を拳がかすめる。

 かすめただけで頬骨に痛打をくらった青葉は、十一号のパンチの威力にぞっとした。まともに食らったら、一発で死にそうな気がする。女の腕力ではない。いや、人間の腕力を大きく超えている。


「ピンクバズーカ!」


 速度も相当なものだが、救いなのは、技術そのものが稚拙であることと、いちいち攻撃前に叫ぶので、それを頼りにかわせることだった。


(いちいち技の名を叫ばねばならんのか?)


 真剣に戦っているつもりの青葉だが、どうしても心の中で突っこまざるをえない。


 一方で八重は十三号と美香の二人がかりで押されていた。


「愛という薔薇に緊縛プレイのぬかるみラバぁぁぁ~。人目も気にせず殴って抱きついてえぇぇ」


 十三号の歌により、八重は全身にちくちくした痛みを与えられ、体の動きが全体的に鈍く重くされていた。

 美香の撃つ銃を、かなり際どい所で交わし続けている八重。接近することはほぼかなわない。


「偶然の悪戯!」


 美香が運命操作術を発動させつつ、足元にあった石を八重めがけて蹴り上げる。

 八重とは距離が離れているため、石は八重に届く前に勢いを失くして地面に落ちる。だが石の軌道上を飛んでいた蝙蝠が、驚いて方向転換し、八重めがけて飛んでいく。


 蝙蝠が八重に当たることは無かったが、八重と美香の間の視界を一部分だけ、一瞬だけ遮った。

 その一瞬とうまく重なり、美香が銃を撃つ。美香は蝙蝠の存在に気がついてはいない。よって、蝙蝠の動きを計算したわけではない。運命操作術の発動のおおよそのタイミングに合わせただけだ。


 八重は苦し紛れに斧と鉈を頭部と胸部守るように交差させたが、美香は元々それらの位置を狙っていない。

 右太ももに銃弾を受け、八重の体勢が崩れる。


「八重!」

 十一号と戦っていた青葉が、それを視界の隅に捉えて叫ぶ。


「ピンクバズーカ!」


 その隙をつかれ、残った一本の斧もパンチで弾き飛ばされる青葉。


(技量では私が勝っていたのに……何たる不覚……)


 八重の身を案じて気を取られたが故の結果であった。青葉は歯噛みして呻く。


「勝負はついた! 潔く降参しろ!」


 美香が叫ぶ。元々殺人など好まない美香であるが、青葉と八重がどういう人物であるか多少なりとわかってしまったせいもあり、殺すには躊躇われる。


(こいつらは決して弱くは無かったがな!)


 美香は勝因を冷静に見極めていた。十三号と美香の二人がかりであったからこそ八重を倒し、青葉が八重に気を取られるという痛恨のミスを犯したたが故に、ここまでスムーズに勝利を収めることが出来たと。


 麗魅はというと、左京がおかしな動きを見せないかと見張っていた。


「わかった。降参だ。しかし私達を抑えた所で、獣之帝の復活は止められんぞ。こうなったら……余計にな」


 燃え盛る家々を横目に、青葉が言う。


「くっくっくっ……馬鹿を言うな。私がいなければ、帝は復活しない。私にしかそれはできない。つまり――だ。運命の特異点に引き寄せられ、帝の体と魂は、きっとこの場所にやってくるという事だ。運命は、帝の復活へと動いている。ダメ押しの犠牲で、それも確実になった」


 地面に突っ伏したまま、嘲笑と共に言い放つ左京。先程の麗魅の言葉に対しての台詞であった。

 その左京の台詞を聞いて、美香は思い出した。真と純子が、いっそ獣之帝を復活させてしまおうと言っていたことを。


(復活がどうしても防げないとすれば、こいつの前では復活させないという方向性でもよくないか!? そうすれば、無駄な争いをしなくてもいい! それに、人の命を踏みにじってきたこいつの願いとやらを、かなえなくても済む!)


 運命操作術の作用が止められないとすれば、抗わない方が良いと思えてしまう美香であった。


「よし! 決めたぞ!」

「んん?」


 突然叫ぶ美香に、麗魅が訝しげな声をあげる。他の面々も、美香に視線を向ける。


「すまん! 私も方針変更したい! 純子や真に賛成し、獣之帝を復活させる方向で行く!」

「はあ~っ!?」

「突然何を言うの、オリジナル」


 麗魅と十一号が抗議の声をあげる。


「私も運命操作術の使い手だ。運命の特異点という上級運命操作術が如何なる物かも知っている。知ったうえで抗おうとしていたが、今は疑問を抱いている。しかも村を丸々一つ生贄に捧げるという暴挙まで働いたとあれば、その力はますます強まっただろう」


 いつもの叫び口調をやめ、美香は静かに語る。


「運命が一つの方向に流れ、動いていて、止められぬのであれば、もう敵味方を越えて、無駄な犠牲など生まぬ方がいい。獣之帝の復活に抗わなければ、それは無くて済む。だが!」


 美香が左京を睨みつける。


「左京! お前の思い通りにはさせん! お前の願いはかなわん! かなえさせない! 獣之帝は復活させるが、お前には会わせん! お前は獣之帝と会う事なく、一人で死ね! それが多くの犠牲を強いた罰と知れ!」

「何をほざくかと思えば……痴れ言も甚だしい。私でなければ、獣之帝を蘇らすことはできんのだぞ。つまり、運命によってこの場に帝が導かれ……」

「残念だな! 他にそれが可能な者がいるのだ!」


 嘲笑う左京の言葉を遮り、美香が叫ぶ。


「ふーむ……ま、それなら、あたしは納得して引いてもいいぜ」

 麗魅が銃を収める。


「オリジナルに従いますっ」

「そうね……。こいつの願いがかなわない形になるなら、私もそれでいい」


 十三号と十一号も美香に同調する。


「馬鹿を言うな。そんな特異な術を使える者が、都合よく貴様等の陣営にいるだと? そんなことが……」

「オリジナル見っけたにゃーっ!」


 左京が喋っている途中に七号の声がかかり、左京の台詞が遮られる。七号と累が、美香達が来た方の道から駆けてきた。


「き、貴様は! 生きていたのか!? 陛下は斃したと仰っていたというのに!」

「な……し、雫野ぉおぉっっ!」


 累の姿を確認し、怒号を上げる青葉と左京。


「すまん! 累! 七号! せっかく来てもらった所を悪いが、やっぱり獣之帝を復活させる方向で頼む!」


 まず謝罪をしておき、美香はたった今麗魅達に話したことと同じ内容を、累と七号にも話した。


「なるほど……そういうことなら……獣之帝の復活、協力しましょうか。危険な事には変わりありませんが……」

「は……?」

「な、何と……怨敵雫野が陛下の復活に力を貸すだと……? そんな馬鹿な……」


 累の言葉を聞き、呆気に取られる左京と青葉。


「えっと……僕は確かに獣之帝を……斃しはしましたが、あの時は……戦わざるをえなかったのです。そして成り行きだったとはいえ、帝と僕は……憎みあっていたわけでもなく、互いに納得済みで……戦いました。帝のさらに前世では、僕の大事な人でしたし……。今の帝の魂を持つ者も、僕とは……家族です」

「いろいろ事情があったってことだよ。あんたらは江戸時代から頭が固まって止まっちまってるみたいだけどさ」

「大正時代です……」


 フォローのつもりで口を出した麗魅であったが、累が訂正する。


「前時代はあくまで前時代での出来事。今は時を経て事情も変わり、味方とわりきった方がよいぞ」


 八重が青葉をたしなめる。


「そ、そうだな……。ではお願いする。うーん……物凄く複雑な心境ではあるがな……」


 かつての敵である累に向かって、深々と頭を下げる青葉。


「何をしているっ! 陛下を討った憎き怨敵に頭を下げたあげく、私の意志も無関係に、帝の復活をさせるなど! 認めんっ! 許せんぞ!」


 今までの冷徹な態度をかなぐり捨て、必死の形相で喚く左京。


 その左京に、冷ややかな視線が集中した。青葉さえも、凍りつくような眼差しで左京を見下ろしている。


「これで我等の願いはかなう。これでもうよい。それとも何か? 左京よ。お主ただ一人が獣之帝と再会する、そのためだけの運命の特異点であったのか? そのためだけの呪術による願掛けであり、風水であり、運命操作術であったのか? そのためだけに時間をかけ、多大な犠牲を強いてきたのか?」


 静かで、それでいて疲れたような口調での青葉の問いに、左京は青ざめていた。


「理屈からいって、同胞の願いの力を集めるには――祈りの力を集約するには、そのような手前勝手な願掛けでは通じぬであろう。つまり、だ。運命の特異点とは――獣之帝の復活そのものに対して、運命を導くようにしたものであろう。例え左京が帝に会えずとも、それは起こるという事だ」


 そう言ったのは八重だ。彼女は心なしか、哀れむような目で左京を見ていた。


 八重の言葉を聞いて、左京は倒れたまま絶望の表情で震えていた。


「話はまとまったかい?」

「反対する者はいないな!?」


 麗魅と美香が確認を取る。異論を挟む者は最早いなかった。それを見て、美香が先頭に歩き出し、青葉と八重を含めて他の者も後に続く。


「うがああああああっ! ふざっ、ふざっ、ふざけるなあああっ! ぅおおぉのれえええええええぇ! おのれらっ! 呪ってやるゥ! 恨んでやるぞおおぉっ!」

「ふざけてるのはあなたでしょ。呪われているのもあなたよ」


 悪鬼の形相で呪詛を喚く左京に、十一号が冷ややかな言葉を投げかける。


「二号達は無事なのでしょうか……」


 炎が渦巻く村の方へと歩きながら、十三号が心配げに言う。


「純子といい真といい二号といい、そんなに簡単にくたばるような奴等ではない!」


 きっぱりと言い切る美香。実際そう信じて疑わず、全く心配していなかった。

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