第二十章 24

 美香と三人のクローン、寝かされている真と朽縄寛子、それに八重の計七人がいる部屋は、六畳程度の広さである。


(二号や純子達がここに来たとして、ドンパチになったら、真とこの女性を人質にとられないようにしなくてはな!)


 警戒すべきはそれだけであろうと美香は思う。拘束されていないとはいえ、武器は全て奪われてしまった。十一号もジャージを脱がされてしまっているので、戦闘力はあまり期待できない。七号の能力はこの狭い空間では、味方も傷つけかねないので使えない。


(できれば八重も傷つけずに……いや、それは甘く危険な考え!)


 敵とはいえ、殺めたくはない相手というのは時として現れる。しかしあくまで敵は敵。油断していると悲劇へ導かれることを、裏通りに堕ちて決して短くない美香は、重々承知している。


 その時はすぐに訪れた。八重とクローン達と部屋にすし詰めにされてから、大して時間は経っていない。

 外で明瞭な戦闘の気配。怒号と銃声が飛び交う。八重は立ち上がり、美香達が動かないように武器を構えていたが、やがて扉が開く。


「やっほ。美香ちゃんとクローンちゃん達」

「達でまとめられたにゃー」


 屈託の無い笑顔で手をあげる純子に、七号が不服の声をあげる。


「外の奴等は皆倒したぜ。何人かは生きているから、すぐ治療したら助かるかもね」


 麗魅が純子の後ろから顔を覗かせて告げる。室内で構えている八重に向かって言っている。


「八重! 降参しろ! 貴女の腕が立つことは知っているが、この人数とメンツ相手には勝てん!」

「気遣い感謝する。しかし仲間を殺されて、私だけ降参して生き残るというわけにはいかん……」


 美香が叫ぶが、八重は引こうとしない。


「おいおい、仲間が降参したら、あんたは『仲間が殺されてるのに降参するな。全員死ぬまで戦え』って言うのか?」


 麗魅が銃で肩をたたきながら、軽い口調で問う。


「無駄な血は流さんでいいと思うがね。でもまあ、何が何でもやりてーんなら、あたしが相手になってやるよ」

「いや……やめておく」


 相手の言うことももっともだと思い、八重は観念して得物を全て捨てた。


「美香ちゃんがストップかけるようだから、悪い人でも無さそうだしね。そして真君見っけ」


 奥に寝かされている真に目をつけ、そちらへと歩いていく純子。累もそれに続く。


「薬物で寝かされているようだ! 睡眠薬ではなく、違法ドラッグの可能性が高い!」


 美香が純子に報告する。


 布団をめくり、着物の胸の部分をはだけて手を入れたり、閉じていた瞼を開けてみたり、手首の脈をはかったりして、真の容態を診る純子。


「脈拍がかなり荒く、高くなっているねえ。頻脈、瞳孔散大、発汗も激しいし、ダウナー系の薬……じゃあないのかな。LSDかなんかに近い、幻覚作用のある系統の薬物かなあ。詳しいことはわからない?」

「いや……私が調合したわけではないので」


 純子に問われ、申し訳無さそうに目を伏せて答える八重。


「馬鹿な質問かもしれないが、薬の種類とか関係あるのか?」


 ドラッグには全く知識の無い麗魅が尋ねた。


「コカイン、LSDの類ならいいよ。身体依存の乏しい――もしくは全く無い麻薬だからねー。精神依存だけで済むから、もう少し薬が抜ければ、真君なら気合いでどーとでもできるよ、多分ね。でもヘロインやモルヒネは、身体依存もあるから厄介なんだよねー。流石に気合いだけではどーにもならないから、研究所に連れて帰ってゆっくり治療しないと」


 と、純子。


「体の依存を精神力ではねのけるーっていう、漫画的な展開は無理なわけ?」

「んー、いくらなんでもねえ……。真君は苦痛に対する拷問訓練は受けているけど、そこまで至るには、改造でもしない限り無理だよ」


 さらに尋ねる麗魅に、純子は苦笑する。


「ううう……」


 その時、丁度いいタンミングで真が目を覚まし、呻き声を漏らす。


「真君、私がわかる? 助けにきたよー?」

「僕もいますよ」

「私もな!」


 純子と累と美香が声をかける。


「何だ、このアピール合戦は」

「純姉はともかくとして、御先祖様と美香姉は露骨なアピールだよね~」


 呆れて気味に笑みをこぼす麗魅とみどり。


「水……」


 真の言葉に、一斉にきょろきょろして、室内に水が無いか探し出す純子、累、美香。


「はい、どうぞ」


 十三号が部屋の隅に置いてあった茶碗とポットを持ち、美香へと差し出す。


「ふっ……」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、美香が茶碗にポットの中身を注ぐ。普通のお湯だ。

 純子が抱き起こし、美香が真に湯を飲ませる。

 一気に湯を飲み干すと、真は口を半開きにして呆然と虚空を見上げたまま、それ以上何も言おうとしない。目の前の見知った面々にも反応しない。


「おお……目が死んでるぞ……。これがレイプ目という奴か」

「こら、二号。からかっていい場面じゃないですよっ」


 真を見て面白そうに呟く二号を、十三号が咎める。


(しかし実際これはヤバい状態だな! 私達がいるのもわかっていない様子だ……)

 不安に駆られる美香。


「真君、私の声、聞こえる?」

「うん……」


 しかし純子の声に対して、真がやっと意思のある反応をして、美香はほっと胸を撫で下ろした。


「大丈夫みたいだねー。水まだ欲しくない? どこか苦しいとか気持ち悪いとかない?」

「純子が欲しい。抱きたい」


 優しい声をかけ続ける純子に、真がとんでもないことを口走り、室内の空気が凍りついた。


「うっひゃあ……今……真兄、純姉のこと、雪岡じゃなくて、名前で呼び捨てたよぉ~」

「いや、注目するのはそこじゃねーだろ……」


 みどりと麗魅が半笑いで言いあう。


「そ、そう……抱っこしたいんだ? う、うん……御指名だし、病人だから……ね?」


 純子も半笑いになり、きょろきょろと美香と累の顔色を伺い、言い訳じみた確認を取る。

 美香と累は殺意の波動の一歩手前の険悪なオーラを放ちながら小さく震え、言葉を発しようとしない。


「うわっ!?」


 やにわに真が純子の体を下から抱き寄せ、純子が目を丸くして小さく叫んだ。


「したい……今度は……普通に……」


 うわ言のように呟き、真は純子の体を服の上からまさぐりはじめる。


「ちょっとちょっとっ、すとっぷすとーっぷ!」

「ひょっとして……真、薬の影響で発情しているんですか……?」

「こらっ! 真っ、やめろ!」


 悲鳴をあげる純子の体を、累と美香が二人がかりで、真から引き離す。


「あー、びっくりした……」

「びっくりしたのはこっちです……」


 目を回す純子に、憮然とした顔で言う累。


「裸が見たい」


 未だ正気と言い難い真が、さらにおかしなうわ言を口にする。


「むう……ま、まだしばらく寝かしておいた方がよかったな。うむ……」


 何を言うか、何をしでかすかわからない状態になっている真を横目に、美香が唸る。


「最高の肌……裸だった……」


 なおもうわ言を口走る真に、一同が耳を傾ける


「僕が知っている中では……最高だった。肌の滑らかさ、色、プロポーション、瑞々しさ、肉付き、感触……何人もの女を抱いてきたけれど、純子以上は無かった……」

「ちょっとちょっとちょっと! すとっぷすとーっぷ!」


 純子が顔を真っ赤にして叫び、手近にあった座布団を真の顔に乗せて、それ以上喋らすまいとする。


「うっひゃあ……」


 累と美香から、怒りと絶望と嫉妬と欝が入り混じったオーラが迸っているのを見て、みどりが体ごと引く。


「ご、合流したことだし、真も助けだせたしっ、目的の人物も一人確保できたし、一旦洞窟から出よう!」


 上ずった声で美香が方針を決定する。

 真は麗魅が、寛子は十一号が運ぶことになった。


「彼女はどうします?」

 十三号が八重を見て尋ねる。


「放っておいて、敵と合流されてまた襲ってこられても面倒だ!」

 と、美香。


「じゃあ殺すのか?」

「いや! 拘束して連れて行く!」


 麗魅の問いにそう答え、美香は室内にあった衣類を伸ばして、四本の腕を後ろで縛る。


「殺してしまった方が後腐れ無いというのに」

 当の八重が言った。


「情けをかけてもらおうと、隙が出来たら私はまた貴女達と相対するぞ?」

「その時はその時! 私は貴女を殺したくない! だから殺さん! 以上!」


 きっぱりと言い切り、それ以上は問答しようとせずに部屋を出ようとする美香の後ろ姿を見送り、八重は微笑を浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る