第二十章 23

「入る前にあたしと御先祖様で精神分裂体を飛ばして、中がどーなってるのか、出来る限りチェックしてからがいいと思うんだよね」


 洞窟に入ろうとした麗魅達を呼び止めたみどりが、そう提案する。


「ぐえぇぇ~、でたよでたよ。ゲームする際に攻略サイト見て事前情報仕入れてから、ダンジョンに入るタイプ」

「ゲームでそれやったらつまんねーけど、リアルじゃ事前に徹底して調べるのは基本っしょー」


 からかう二号に、みどりが言う。


「中の構造や、真君や美香ちゃん達がどの辺にいるかわかれば、確かに有利だねえ」


 雫野の妖術師二人の術の存在を失念していた純子が言った。


「わかりました……。二人がかりで飛ばしてみましょう……」


 精神分裂体を飛ばす術の使い手でありながら失念していた累が頷く。


「便利だなあ、潜んでいる敵の場所も丸分かりか」

 と、麗魅。


「この術、あたしは第二の脳があるから、かなりの数、分裂できるけど、御先祖様は一つか二つがせいぜいだと思う~」


 みどりが言った。雫野の術師なら大抵持っている、複数の精神制御と大量の記憶の管理するための『第二の脳』であるが、第二の脳の製法を編み出した雫野流妖術の開祖である累は、所持していないという話をみどりは聞いた。


「今……作ってますよ。時間かけて、とびっきり高性能のを……」


 累がにやりと笑ってみせる。こんな表情は滅多に見せない累であるため、余程自信がありそうだと、みどりと純子は思った。


 みどりと累が並んで、ほぼ同時に短く呪文を唱える。純子とその背後に常にいる者の目だけに、分裂した幾つもの精神体が、みどりと累の体から出て、洞窟の中へと入って行くのが見えた。


 しばらくしてから、みどりが口を開いた。


「まずは真兄や美香姉がいる所、行くよね? 真兄が様子おかしいし。着物着せられて寝かされてるんだわさ。美香姉のクローン達もそこにいるみたい」

「捕われてるの?」


 純子が尋ねる。


「ふわぁ、それっぽいかなあ。拘束こそされてないけど、部屋の前に妖怪が何人も待機してるしさァ。足斬りと腕斬りが混ざったような女の子が部屋の中にいる。これが変異種の首斬り童女って奴かな」

「はん、オリジナルといい劣化コピーズといい、情けない連中だぜ」


 みどりの報告を聞いて、二号が吐き捨てる。


「驚きました……。獣之帝と……瓜二つの顔です。これが……獣之帝のクローンですか。角は無いし、頭髪と肌の色は……違いますが」


 みどりとは別の場所を探っていた累が、明彦の姿を確認する。

 洞窟内の構造と、美香や真の居場所をおおまかに把握して、累とみどりは飛ばしていた精神分裂体を体に戻した。一応、飛ばしながら本体も動くことはできるが、それは面倒だと累が言っていたのを純子は聞いていた。


「二手に分かれようか。私とみどりちゃんで真君達の救出に。累君は麗魅ちゃんと二号ちゃんと一緒に、獣之帝コピーを抑えに」

「何で……僕を真の救助組から外すのですか……? せっかく頑張ってここに来たのに……」


 純子の提案に、累が不貞腐れる。


「また御先祖様はそうやって駄々こねる~。本当に五百年以上生きてんのォ~? 精神年齢も見た目のまんまじゃんよ」


 呆れるみどり。


「累の面倒はみとくよ。じゃあ、行こっか。累、二号」


 強引に累の手を引こうとする麗魅だが、その麗魅の手を振り払う累。


「恥ずかしいです……。それより、分かれて行動する意味が……無いでしょ。敵が逃げようとしているわけでも……ないんですし……」

「んー、そっかー。分担した方がリーズナブルだと思ったけどなあ。仕方無い。全員で真君と美香ちゃんを助けに行こう」


 仕方なく折れる純子であったが、十数分後、純子はこの決定を激しく後悔することになる。


***


 洞窟内に自室を与えられ、洞窟暮らしもすっかり馴れた明彦であるが、一日中洞窟の中にいるわけではない。昼間はできるだけ外出する。

 だが今日は洞窟から出る気にはなれなかった。今この名も無き村はどたばたしている。おかしな侵入者もいるし、うろつくのは危険だろうと勝手に思っていた。


「明彦様」


 ノックがして聞き覚えのある声がかかる。左京だ。全ての計画を立案し、中心になって進めている元締め。


「はいはい、どうぞ」

 明彦が許可すると、ドアが開き、部屋に左京が入ってくる。


「この場所はすでに割れています。村に安全な場所を一つ確保してありますので――」


 左京がその場所を指定し、向かうように告げる。


「もう少ししたら行くよ」

 明彦が億劫そうに言う。


「できれば今の方がよろしいのですが」

「占いにそう出たのか?」


 皮肉っぽく笑い、尋ねる明彦。

 何もかも全て運命、全て占い、全て願掛けで、この村を気が遠くなるほどの年月動かしてきた左京に対し、明彦は激しい嫌悪の感情を抱いている。


(例えその占いとやらが正しく機能してもな。そんなもんに頼って動いて動かされて……そして俺もその一つに組み込まれている)


 嫌悪する理由の一つは、自分の出生も絡んでいるが故だ。自分のろくでもない人生は、全て目の前の小さな妖によって仕組まれたものであると知るが故、明彦は左京を嫌悪する。だがこの左京が自分を救いもするというから、結局は頼ってしまっている。


「なるべく早くお願いします」

 恭しく頭を下げる左京。


 自分を主と見立てているが故か、左京は明彦の前で下僕としての態度を貫いている。それがまた明彦からすれば気持ち悪い。妖怪にチヤホヤされても嬉しくないし、自分に辛い目を合わせてきた元凶にチヤホヤされるのは、もっと嬉しくない。


「俺は騙されてるんじゃないかねえ……」

「我々が明彦様を騙さなくてはならない理由があるのですか?」


 ぽつりと呟いた明彦の言葉に、今まで無表情だった左京が、不審げな面持ちへと変わる。


「無いだろうな。俺なんか騙して得することはない」

「自虐せずともよいのです。貴方様はこれから我々の王として君臨する方。ここに至るまでの道程は、避けられぬ艱難辛苦として割り切っていただくしかございません。我等は明彦様が受けた恥辱と苦痛を全て払います。報います」


 真剣な眼差しで語る左京だが、明彦はその言葉を素直に受け入れられない。


「もし俺がここで自殺したらどうする? お前の計画も全部台無しだ」

「それはありません。運命の特異点は獣之帝の復活という結果に向けて、全ての運命を集約しているのです。その流れに抗う行為は、苦しい結果をもたらすだけです」

「それは何度も聞いた」


 結局自分はその流れとやらに流されているしかないと、明彦は結論づける。


 明彦は獣之帝となって、大きな力とやらを手に入れられることに期待している。それによって今までの悲惨な人生を覆せるものなら覆したいと思うが。

 だが力だの王になるだのといったことも、曖昧すぎて何ら具体性が無い。


 幸福というものは一体何か? 弟が生まれる前までの小さい頃に、両親に愛されていた頃の記憶。あれしかない。だが成長した今、子供に戻って同じようなものを得たいとも思わない。


 形の見えない漠然とした期待。渇望しているわけでもないが、すがっている。そんなものにでもすがっていないと、明彦は心がもたない。


「貴方も私も同じなのです。同じ望みを持っている。いくら私が貴方を怒りの化身となるよう作ったといっても、明日には望みがかなうのです。どんなに今まで辛くても、最後に望みがかなうなら、それで不服はないでしょう?」

「妨害しようとしている奴等がいるんだが、そいつらを確実に退けられるっていう保障はあるのか? それも運命の力で退けるとか言う気か?」

「もちろん。然れど、運命操作術にのみ頼るわけではありませぬ。運命を動かすには、実際に我々が動く努力も大きく作用しますが故」

「それも何度も聞いた」


 溜息をつき、手をぱたぱたと振り、追い払うかのように左京に退室を促す明彦。左京は一礼し、無言で部屋を出て行った。


「十一号……」


 はっきりとした希望の形である少女を思い浮かべ、その呼び名を口にする。


「一番欲しいものはどうせ手に入らない」


 自嘲と共に吐きすてる。想う度に結論づけ、絶望する。もう自分の中だけで何百回と繰り返したこと。

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