第二十章 25

 明彦はたまに思い出す。まだ両親が優しくしてくれていたことを。

 しかしあの優しさも、その後の冷たさも、全て仕組まれていたにすぎない代物だと意識すると、思い出したくもなくなる。浸ることが馬鹿らしくなる。


 学校に通っている時間だけは救われた。普通に友人もいたし、部活もした。だがそれも高校一年の二学期までの話だ。

 明彦にとって学校が逃げ場になっていることを悟った両親は、無理矢理高校を辞めさせた。

 両親にくってかかる明彦であったが、親は二人して笑いながら明彦を殴打して言った。「お前には必要無いからだ」と。


 そのうえ両親は館の中の一室に、明彦を監禁するまでに至った。

 あの時は理解不能で絶望したが、今となってはそれらの理由は全て理解できる。


 一年間もの監禁生活を経て、ようやく自由を与えられた明彦であるが、その時にはもう生きている事に絶望しきっていた。友人達と連絡をする気力すら失せていた。


 腕斬りと足斬りが自分の前に現れ、全ての真実を告げられた時、その証明として左京を両親の前に立たせてみた。左京にへつらう両親の姿を見て、二人共、左京の言いなりに動く奴隷であることを確信できた。


 そして明彦は左京に命じた。父と弟と使用人を殺し、特に凄惨な虐待を行った母は生かさず殺さずの地獄を見せ、十一号をさらえと。

 十一号の誘拐以外は全て実行した足斬りと腕斬り達に、多少は明彦も溜飲が下がったが、それだけで満たされるはずもない。


(普通の人生だけでも良かったんだがな。それすら俺には許されなかった)


 やりきれない憎しみと怒りに心を焦がしていたが、今は投げやりな気分の方が大きく占めている。


(ざまあみろだ、左京め。お前の目論見通りの怒りの化身になんかならなかったぜ。計算違いだ。案外この計算ミスで、お前が作り出す運命の特異点とやらも、崩れるんじゃないのか?)


 そう思う明彦であるが、それが崩れても明彦は何も得をしない。左京の言葉の全てを信じるなら、むしろ損失だ。


「明彦様」

 それを意識した時、またノックがした。


「また来たのか。今度は何だよ」

「捕縛していた侵入者達を逃しました。帝の魂を持つ者と寛子も連れ去られ、八重は人質にされている様子」

「あははははっ」


 左京の報告を聞いて、明彦は声をあげて笑ってしまった。


「また十一号を逃したのか。どこまで無能なんだよ、お前」

「返す言葉もございません。しかし問題もありません」


 嫌味を口にする明彦に、左京は涼しい顔でそう言ってのけた。


「予定通り――いや、占い通り、青葉が戻ってきました」

「どういうことだ?」


 青葉が戻るのは復活する日の予定と聞かされていたので、訝る明彦。


「私が先程呼び戻したのですが、そうするようにと、占いの結果で出ました。ただの占いではなく、運命操作術と、風水と、生贄つきの呪術を混ぜた、特製の代物です」

「それも何度も聞いた。それが何だって言うんだよ」

「この村から出さないよう気をつければ、どうとでもなるということです。そして青葉が戻ったからには、侵入者の脱出も不可能です」

(いや、こいつはどうせまた失敗するだろう……)


 余裕ぶっている左京を見下ろし、明彦は呆れながらそう思う。


「私の占いも、運命操作術も、今のところ正常に働いています。明日、全てが決まる。明彦様、最早ここにいるのは危険なので、予定通り例の場所に避難していただきたい」

「はいはい、わかったよ」


 嫌味たっぷりの口調で返事をすると、明彦は左京の脇をすり抜けて、部屋の外へと出た。


***


 美香、二号、七号、十一号、十三号、純子、真、累、みどり、麗魅、八重、寛子の計十二人が押しかけてきて、梅尾と有馬と使用人の少女二人は面食らっていた。


「こんな大人数になったのは初めてだ。当たり前だけどな」


 ほとんどすし詰め状態で座る面々を見て、呆気にとられる有馬。


「よりによって八重まで連れてくるとは……」


 四本の手を縛られたまま座る八重を見下ろし、梅尾が顔をしかめる。


「裏切り者として告発はしない。案ずるな」


 梅尾の不安を見透かしたかのように、八重が言った。


「今はいいけど、寝る時は、月那美香達以外は別の穏健派の家に行ってくれ」

「また達でひとまとめじゃー。クローン差別じゃー」


 梅尾の言葉を受けて、二号がおちゃらける。

 ひとまず落ち着いた所で、美香はこれまでに仕入れた情報を全て、後から来た麗魅と二号、それに純子達に話して聞かせた。


「私が真君を見つけるまで千年もかかったのに、その左京って人はたった百六十年で見つけちゃうなんて。なんだかなー」


 運命操作術なのか占いなのかは計り知れなかったが、獣之帝の転生が真であることを突き止めてさらったことに、純子はいろいろと思う所があった。


「左京は明日の儀式のためにありとあらゆる手を打った。一見不合理とも見える行いも幾つかあるが、それは全て運命操作術の条件を満たすためのものらしい。例えば、帝が復活する前に、朽縄、白狐、銀嵐館に戦いを挑んだこともな」


 八重が美香の話に補足するように告げる。


「呪術的作用と、運命操作術の作用……。二つの組み合わせを……狙っているのでしょうか……?」

「あまり詳しいことは私にもわからぬ」


 累の質問に、八重はかぶりを振る。


「そのために村の者に犠牲を出しまくる価値は有るのか?」

 梅尾が呆れきった声で口を挟んだ。


「価値が有ると信ずる者が好戦派となり、無いと見なす者が穏健派となった。我々は穏健派と好戦派に分かれても、穏健派に咎めも無く許容して放置している。そちらに何も強要はしていないのだし、口出しせずともよいだろう?」


 穏やかな口調で八重は言ったが、梅尾は気に入らないようで、鼻を鳴らす。


「真がいなければ、儀式は完成しないんだろ? だったら真連れてとっとと脱出でいいんじゃないか? 美香や純子は一応目的達成したわけだしさ。あたしはここのトップをとるという目的があるけど」

「ではやはり私を生かしておく理由も無い。私もこの村の指導者の一人であるが故」


 麗魅の言葉に反応し、八重が言う。


「またそれか。しつけーな。あんたは左京ってのが死んだら、左京の意志を引き継ぐのかい? それなら今ここで殺してやるよ」


 麗魅が八重の方を向いて言った言葉を聞き、その場にいる何人かが緊張する。


「それは無い……な。命惜しさに言っているわけではない。彼等の手助けをしたいという気持ちはあったが、彼等が死んでなお、必死に帝の復活や復讐にこだわる意欲は、私には無い。その頃に生まれていなかった事もあるが」


 麗魅は左京だけを狙い、八重は無理に殺すことは無いという意思を告げているのを見てとり、八重はありのままの本心を語った。


「しかし、左京と青葉が生存中は、私も全力で貴方達に抗う。先程も言ったが、同情せずに今殺しておいた方がいい。私は貴方達のように、情で加減をするような事も無き故」

「美香も言ってたけど、そん時はそん時だな」


 しつこく殺せと口にする八重に対し、麗魅が美香の方を一瞥し、笑顔を見せる。美香もそれを見て微笑みを浮かべる。


「よし、いいこと思いついたよ」

 純子が口を開く。


「オッケイ、どうせ研究所に連れてって実験台にするとか言い出すんだぜィ……」

「う……」


 みどりの突っ込みに、純子は一声呻いて、押し黙った。


「取りあえずは撤収という方向性でいい! 八重も連れていく! 実験台にはさせんが!」


 美香が叫び、電話を取り出してかける。相手はシルヴィアだ。


「こちらは片付いた! 麗魅以外で帰還する!」

『無理だと思うぜ』


 電話の向こうから、冷めた声でシルヴィアが言った。


「何故だ!」

『うちらとドンパチしていた足斬りと腕斬りが、一斉にそちらに向かった。衛星からの映像だと、村に入らずに入り口をかためてる。ようするに、お前達を逃がさないためなんだろう。数百人相手に無双できるってんなら、止めはしないが、こっちの応援を待ってろ』

「そっちはいつ来れるんだ?」


 麗魅が尋ねる。


『こっちも結構被害出てるし、ずーっと戦いっぱなしで、休憩を挟む必要がある。明後日だな』


 シルヴィアの言葉に、一同顔を見合わせる。獣之帝の復活を定められた日は明日だ。


「どうにかして今日来れないか!? 明日、獣之帝が蘇らされる!」

『そりゃこっちの台詞だ。一晩中戦って朝明けてもしばらく戦ってたんだぞ。そっちでどーにかしろよ。そのためにお前らはそこにいるんだろうがよ』


 不機嫌そうな声で言い、シルヴィアは乱暴に電話を切った。


「なるほど……これこそ……ただ単に計算しただけではなく……占いと、幾重にも施した大掛かりな呪術と運命操作術の効果……ですか」

「計算もあると思うけどねー。運命操作術の後押しで、計算も上手くいったか、あるいはその逆かなあ」


 累と純子が言う。


「左京と青葉の大願は、左京の占い通り、明日には成就するであろう。そうなるように動いている。そうなるよう運命を動かしているのだ」


 八重のその言葉は、まるで託宣でも告げているかのように、その場にいる何人かには聞こえた。

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