第二十章 22

 少し時間を遡る。


「これ、中は灯りついてるみてーだな。美香達は中にいるようだが、あたし達も入るか?」

「ぐへっ、何か不気味なムード。ゲームはともかく、リアルでダンジョン探索なんかしたくないね。変な虫とか頭の上に落ちてきそうよ? ゲジゲジとかさー」

「キモいこと言うなよ。入ったらずっと頭上意識しちまうじゃん」

「コウモリのうんことかも絶対落ちてくるし、意識しててもとても避けられないでやす。げへへへ」


 鍾乳洞を前にして、麗魅と二号が喋りあうが、穴を覗き込んだまま、中々、中には入ろうとはしない。


「うへへ、ひょっとして麗魅さん、暗くて狭い所が怖いん?」

「あんたがキモいこと言うから、変に意識しちまっただけだっつーの。そういうあんたはどーなんだよ」

「あたしははっきりと嫌ですー」


 二号が肩をすくめたその時、二号と共にへらへら笑いあっていた、麗魅の顔が引き締まる。

 その麗魅の変化を見て、二号は周囲を警戒する。二号には接近者の気配が全く感じ取れなかった。


 しかし現れたのが見知った三人組だったため、麗魅は緊張を解く。


「麗魅ちゃん、やっほ」

「おお、雫野姉と雫野弟っ。それに純子っ」

「お早い御到着だな」

「何で僕が弟なんですか……」

「へーい、麗魅姉、おっひさー」


 純子、二号、麗魅、累、みどりの順番に挨拶を交わす。


「そっちにいるのは美香じゃないです……よね。クローンの誰かでしょうか……」


 二号を見て累が尋ねる。


「そりゃあーね~。美香姉はこんな陰険な面構えしてないよぉ~」

「うひっ、人の顔見て陰険呼ばわりする無礼者現る……うひっ、うひひっ。ていうか、こっちは覚えてるのに、雫野弟はあたしのこと忘れてたんかーい」


 みどりの言葉を受け、二号がみどりに向かって卑屈に笑い、累に対しては半眼で突っこむ。


「で、何してたの?」

「美香達が洞窟にもう入ったみたいなんだけど、あたしらも追っていいのかどうか迷ってたんだ」


 尋ねる純子に、麗魅が答えた。


「んー、全員でぞろぞろ入るのもどうかって言われて、私達には外で待つようにって言われてたんだけどねえ」


 と、純子。


「じゃあ待つか」


 麗魅が言った時、二号が携帯電話を取り出して、ディスプレイを空中に映す。純子も同時に着信があり、同様に確認する。


「オリジナルからだ。洞窟の中に入れだってさ。ピンチで救援要請だって~、ダセーっスねー」


 麗魅にそう報告し、後で絶対からかってやろうと心に決める二号。純子に届いたメッセージも、同じ内容だった。


「洞窟の中も電波通じるんだねえ」

「そりゃこの中に住む妖怪さん達も、電話使いたいから、通じるようにしてあるんだろうねえ」


 みどりと純子が言う。


「じゃあ入るか」


 麗魅が言い、洞窟の中へと入っていく。他の三人も麗魅の後に続こうとしたが――


「へーい、ちょっと待った、麗魅姉」

 みどりが呼びとめ、一同が足を止める。


***


 美香とクローンら四人は、真と同じ部屋に監禁されることになった。もちろん発狂している寛子もいる。


 真同様に薬をうたれそうになったが、最初に薬をうたれそうになった七号の能力が暴発する形で発動し、美香が七号の能力を説明して、薬は諦められた。

 その後、八重も室内にいて監視することで話は、落ち着いた。部屋の外にも複数の妖怪が見張り、厳重な警備状態だ。銃も取り上げられている。


 七号の能力は、感情が昂ぶった時にのみ発動する代物だが、何が起こるかわからない、本人も制御できない厄介なものだ。大体において広範囲に発生し、炎や電撃や腐蝕や真空波といった現象を引き起こすものである事が多い。純子に言わせれば、化学反応をランダムで起こす傾向にあるとの事だ。

 七号は主人に虐待されていた際、違法ドラッグも用いられていたので、特に薬には拒絶反応を示した。自分だけではなく、美香や十一号や十三号がうたれそうになった際にも、能力を発動させて、薬物を分解してしまった。


「こちらも寝ずの番になってしまう。明日は大事な儀式だというのに」


 八重が冗談めかして言う。現在八重は、堂々と美香達に隙を見せて、部屋の隅にある調理場で、何か作っている。

 八重がいろいろ融通を利かせてくれたので、助けが来るまでは大人しくしていることにする美香であった。彼女にだけは出来る限り、危害を加えたくないという理由もある。


「お粥か!」

「美味しそうにゃー」


 八重が持ってきた鍋の中身を見て、美香が叫び、七号が目を輝かす。

 れんげに粥を取ると、八重はふーふーと息を吹きかけ、自分の口に含む。そしてゆっくりと、寝ている真の顔に自分の顔を近づける。


「待て待て待て待て待てーいっ! 何をする!」

「食事を食べさせているのだが?」


 慌てて八重を引き剥がして止める美香に、八重が不思議そうな顔で言った。


「私にやらせろ! じゃなくて! 普通に食わせればいいだろう!」

「こぼさないようにするには、口で押し込むのがいいと思っただけだ。唾液と混ぜる作業も含めてな。やりたいなら貴女がやるか?」

「いや……こんな形でファーストキスというのも……うぐぐ……」

「純然たる看病なのだから、接吻の勘定に入れなくてもよかろう」


 そう言った時点で、ようやく八重はぴーんときた。


「貴女はこの子が好きなのか?」

「いや……それは、その……違う。片想いで、告白空振りしたし……凄まじく最悪な形だったし……。でもまあ失恋ソングは売れたし……」


 しどろもどろになる美香と、完全に同じタイミングで揃ってうんうん頷く七号、十一号、十三号。


「そうか」


 納得した風の八重。そして申し訳無さそうに美香を見る。


「貴女達を助けてやりたいという気持ちはあるが、私にとっては、何よりこの村が大事なのだ。左京や青葉の願いをかなえてやりたくてな。いや、例えかなわなくても、最後まで彼等と同じ物を追っていたい。ずっとそうしてきたからな」

「立場があるなら仕方がない! 私も立場上は敵とはいえ、貴女のことは嫌いではないし、傷つけたいとも思わん!」


 力強く言い切る美香に、八重は微笑をこぼす。


「どんな結末になるかはわからないが、何か残るといいな。何かを残したい。ずっとそう思っている。自分が生きた証が、世の中に、人の心に、何か残ればいい」


 微笑みながら静かに語る八重の言葉が、美香にはとても物悲しく響いた。

 物凄く慎ましい自己顕示欲。とても謙虚な承認欲求。そんなフレーズが、美香の脳裏をよぎる。


(どういう人生を生きればこんな考え方になる!? 私などもっと欲望いっぱいでぎらぎらしているというのに!)


 八重はこれまでとても小さな世界で、自分を殺して生きてきたのではないかと、美香は勘繰ってしまう。

 気の利いた言葉をかけてやりたい衝動に駆られる美香だが、何も思い浮かばない。


「貴女はアイドルだから、大勢の人々の心に、多くの物をいっぱい残したな。正直羨ましい」

「アイドルと言うな! ミュージシャンだ!」

「そうか、すまなかった」

「いや、そんなに真面目に頭を下げなくていい!」


 頭を下げる八重を制する美香。


「じゃあ聞くが、アイドル扱いは何が悪いのだ?」

「何となく浮ついている感じだろう!」


 八重の質問に、美香はきっぱりとそう答える。


「アイドルに失礼にゃー……」

「そうよ。オリジナルのお友達の大日向まどかさんだって、アイドルとして一生懸命頑張ってるのに、それをけなしているみたいじゃない」


 異論を挟む七号と十一号。


「ぐぬぬぬ……別に他人のディスってるわけではないっ! 私が言われるのが抵抗あるというだけだっ!」

「でも浮ついているって言ってたにゃー。それって……」

「黙れ! この話はこれまで! オリジナル特権で禁止だ!」


 突っこむ七号を、自分でも意味不明だと思う言葉で抑え付ける美香であった。

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