第二十章 21
「やっと寝付いた所だ。できるだけ大声や大きな音の類は避けてくれ」
扉を前にして、一同の方を一度振り返り、八重は注意を促す。
(朽縄寛子のことなのだろうが、不眠症か!? それとももっと別な理由で眠れずにいたのか!?)
八重の言葉を訝る美香。
しかし美香の予想は外れていた。扉が開き、中にいた二人を見て、驚愕に目を見開く。
一人は四肢の無い女性。布団の上に寝かされ、とろんとした濁った瞳で天井を見上げて、へらへらと笑っている。予め写真で確認してある。ここへ来た目的の一人、朽縄寛子だ。
もう一人は美香のよく知る人物だ。いつもと服装が異なり、着物など着せられている真だった。顔のあちこちに痣や傷痕を作り、静かに寝息をかいている。
「そちらも知り合いか」
美香の視線が主に真の方に向いているのを見て、八重が口を開く。
八重が真の方へと歩み寄り、額に手を乗せる。
「薬の飲みすぎで危険な状態だった。いや、今も危険だ。先程ようやく少し落ち着いた所だ」
「薬だと……?」
美香の喉より、怒りに満ちた静かな声が発せられる。深く激しい怒りが渦巻いている事が、その場にいる全員にわかる。薬を過剰に飲ませた当人である明彦は、特に恐怖した。
「大人しくしてもらうため、穏やかな心にしてもらうため、儀式の際に我等の言う通りに動いてもらうため、仕方が無かった。だが如何なる手違いがあったか、分量を見誤ったようで、精神が錯乱して幻覚を見るまでに至った。また、もう一つの手違いで、部屋の暖房器具が落ちてしまい、寒い部屋の中長時間放置され、風邪をひかせてしまった」
美香の目を見据えて、申し訳無さそうに語る八重。美香は怒りも覚えたが、八重から謝意と誠意も感じられたので、怒りのボルテージが上がりきらない。
「何故真がここにいる?」
獣之帝が真の前世であると聞いていたから、真をここの主として据えるつもりなのはわかっているが、それでもあえて聞いてみる。
(主に据えるつもりなら、あまりにひどい扱いだ! 例え手違いがあるにしても!)
真がよほどひどい暴れ方でもしたのだろうかとも考えたが、他にも理由があるのではないかと思って、美香は探りを入れることにした。
「彼こそ、我々の主――妖怪達の王――獣之帝の魂を持つ者。現世に再び蘇ることは、左京が占いの奥義を尽くして、予見していていた。魂の行方など、通常は占いきれるものではない。だが左京は多くの生贄を用い、気が遠くなるほどの回数――それも複数の運命操作術を繰り返し、百六十年以上かけて探り続けた。左京の執念は実り、ようやく帝の魂を持つ者を探しあてた。正確には獣之帝の死後、一度か二度、転生を挟んでいる可能性があり、その時には見つけられなかった」
八重の解説を聞き、美香は根源的な疑問を一つ抱く。
「前世で妖怪でも、今は人間だろう。それが貴女達の主となりうるのか?」
「妖の器に、彼の魂を移し替えるだけのこと」
事も無げに口にした八重のその言葉に、美香は激昂した。
「身勝手だ! お前達のそんな都合で主に据えられた所で、真がお前達の主になると思うか!?」
「静かにと言ったはずだが? その対処もすでに考えてある」
八重が明彦を指す。
「明彦様は獣之帝のクローンだ。昔、大妖術師雫野累に討たれた帝の体の一部を、左京が大切に保存していた。その細胞から現代の技術で作り上げたのが明彦様だ。明彦様の御体に帝の魂を入れれば、帝は復活する。だが帝の体と力を制御するのは、怒りと呪いの化身である明彦様の精神だ。一つの体に二つの魂。しかし制御する意志は一つでいい。帝の魂には眠っていただく。例え眠ったままでも、肉体の中に魂が宿っていれば、帝としての力は取り戻せるであろうというのが、左京の見通しだ」
脚斬り腕斬りの計画の全貌を知り、美香は慄然とした。
(純子に知らせてやりたいな! どんなリアクションをするか! いや、面白がってけらけら笑うだけか! 純子のことだから、明彦の体自体を手に入れたがりそうだ!)
と、美香は思う。
「真は私の友人だ。お前達の好きにはさせん」
静かに言い放つ美香に、八重は目を伏せる。
「ああ、それが当たり前だ。私が貴女の立場でも、同じことを考え、同じことをする。しかし、先程も言った通り、やっと寝静まったばかりでね。続きがしたいのであれば、外でしようか。それと、明彦様の母上は連れて帰ってもよい。もう正気は失っているが、明彦様の玩具にされているのも不憫」
静かに宣言する美香を好ましく見るかのような微笑を浮かべ、八重は告げる。
「俺の意志を飛び越して勝手に決めるなよ。ていうか、明日には魂取り出して体は用無しの奴に、そんな気をかける必要があるのか?」
皮肉っぽい口調で明彦が口を挟む。
「明日どうなろうが、彼は今こうして生きています。それをぞんざいに扱ってよい道理などありませぬ」
明彦を見つめ、きっぱりと言い切る八重。
「ここの主となる俺に何て言い草だよ」
「主だからとて、如何なる振る舞いも許される道理もありませぬ。心は、力だけで従えることなど不可能であるが故」
「俺をこんな糞野郎として育てたくせして、よく言うぜ」
明彦が憎々しげに八重を睨みつける。
「もとはといえば、全てお前達だ。お前達の勝手な都合で、俺は不幸のドン底に生まれた。でもそんなお前達に頼ることで、俺は生まれ変わることが出来る。絶対的な力を手に入れられる。そう言われたから、ほいほいついてきた。その証として、馬鹿親父と糞弟を殺させたし、この屑女もここで甚振っていた」
明彦のその言葉に、十一号がマスクの下で顔色を変える。
「やはり……あなたが博お坊ちゃんを殺したのね」
十一号の怒りに満ちた声を聞き、明彦は一瞬ひるんだが、再び憎々しげな笑みを広げて見せる。無理して悪ぶって作ったつくり笑顔だった。
「あいつが生まれて、あいつばかりちやほやされて、俺は冷遇されて、ひでーもんだった。なのにさ、あれだけちやほやされたにも関わらず……いや、だからか? あの馬鹿あっさりと不登校のヒキになってやんの。んで、クローンの奴隷まであてがわれてさ。どんだけ甘やかされてるんだっつーの」
明彦が精一杯悪ぶっているのが分かったのは、八重と美香だけであった。人生経験の乏しいクローン達はそれが見抜けず、真に受けている。
「許せない……」
マスク越しに明彦を睨み、低い声で唸る十一号であったが、その言葉に、明彦はカッとなる。
「許せない? 許せないのは俺の方だ! 馬鹿! 俺が今までどんな気持ちで生きてきたか……わかりもしないくせに! 俺はな、こいつらの勝手な都合で作られただけのクローンだ! こいつらの勝手な都合で、今まで悲惨な人生を強いられてきたんだ! そんな糞運命がやっと明日には終わって、まともな人生歩めるようになるかもしれないんだぞ! その邪魔をするんじゃねーよ!」
目に涙を貯めつつ、明彦は喚きちらす。
同じクローンとして、誰かの都合で作られた明彦に、同情の念が無いわけではない十一号であったが、だからといって、自分の主である博を殺された事を許す気にはなれない。
「随分と騒がしいな」
部屋の扉が開き、一同が振り返る。そこには複数の足斬りと腕斬りの姿があった。
「そして同じ顔ばかりの客人とは、愉快な事態だ」
祈祷師然とした衣服を纏った足斬り童子が皮肉げに笑う。
「左京。いい所に来たな」
明彦が笑う。
(こいつが左京か!)
全ての仕切り役と思しき足斬り童子を見やる美香。体こそ小さいが、その佇まいは威厳に満ちているよう感じられた。
「騒がぬようにと言っているが、言うことを聞いてくれない方ばかりでね」
八重が言いつつ、真の方を見やるが、薬の力も手伝って深い眠りについた真は、全く起きる気配が無い。
(多いな……)
左京の後ろに控える妖怪達の数を見て、舌打ちしたい気分になる美香。明らかに十人以上はいる。そのうえ敵の大将格が二人に増えた。
「明らかに形勢は逆転したと思うが、なおも抗うか? 争わず済むなら大人しくして欲しい所だが」
美香を見据え、静かに言い放つ八重。
「わかった」
これは如何ともし難い状況だと、美香は抵抗を諦めた。そして八重を信じることにした。この少女に従うならば、そう悪い扱いも受けないであろうと。
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