第二十章 20
ほとんど勘だけで、最初の銃弾をかわす八重。銃を想定した戦闘訓練も徹底的に行ったし、相手の銃口の微かな向きの違いも、弾道も読み取ることができる。そのはずであったが、今は全く見えていなかった。
初めての実戦。初めての命がけの戦いという事があって、完全に及び腰になっている。
(見た目はともかく、こちらの中味は百年以上生きている婆さんで、相手は二十も生きていない小娘だというのにな)
世の中には、老人になれば腹が据わると思っている者もいるようだが、それが大嘘であることを八重は知っている。むしろ逆だ。老いればいろんな意味で臆病になる。恐怖への耐性も薄れる。守りに入る。もちろん人にもよるであろうが、少なくとも八重は腹が据わることなど無かった。
次はしっかり見ろと自分に言い聞かせながら、八重は左右にステップを踏みながら、美香との間合いを詰めていく。
(速いな!)
文字通りの人間離れした八重の速度を見て、美香は慄く。接近されたら相当不利になるが、接近される可能性は高いと踏んだ。
「十三号!」
「ありがちな~、さるまねの~、てんぷれな~、あおくさい~、らぶそんぐ~」
美香の叫びに応じて、突然歌いだす十三号。
「ぐっ……!?」
突然頭が割れるような強烈な頭痛に襲われ、八重の動きが鈍る。
それだけではない。頭の中に虫が這いずっているかのような、強烈な不快感と違和感が、八重をさいなみ続ける。
明らかに動きの鈍った八重に、美香がさらに二発撃つ。一発は弾道を見てかわす。もう一発は八重がかわした先を予想して撃ったものだが、美香の予想は外れ、八重は逆側に跳んでいた。
(あの子の歌で……)
十三号の歌が、自分の体にだけ悪い作用を発生させていることを察する八重。美香の後方にいるため、彼女の歌を止めることはできない。
頭の中の違和感を堪えながら、八重はさらに美香に迫る。
美香が二発撃つが、八重はかわすことなく、鉈と斧を交差させて二発とも弾く。はっきりと弾道を見切った。
危機的状況になって、八重は力が漲っているのがわかった。震えも消えた。恐怖はあるが、その恐怖が自分の生存本能を押し、力となってくれているような気がする。
とうとう八重は自分のアタックレンジまで、美香に接近した。
美香は後方に逃げることはできない。後ろには三人の少女と明彦がいる。接近戦は避けられない。
だが十三号の歌の効果で、八重も動きが鈍って本調子を出せない。四本の腕で繰りだす斧と鉈の嵐のような連続攻撃も、美香は何とか回避し続けている。
(接近戦なら私向けの相手だと思うけど……)
十一号がもどかしさを覚えるが、明彦を押さえているのでそれもかなわない。
美香単独なら苦戦すると思われる相手だが、十三号の歌による支援があるため、八重の方が、圧倒的に分が悪い。
「ふにゃあ……見てるしかないにゃ……」
七号がおろおろしながら呟く。七号はこの狭い場所で戦うには向いていない。
とうとう八重の鉈が美香を袈裟懸けに斬りつけたが、防刃防弾仕様の服を切り裂くには至らなかった。
動きが止まった八重に、美香が果敢に銃で殴りかかる。八重が慌てて後方に跳んでかわす。
(迂闊だった……)
油断して動きを止めたことと、仰天して距離をとりすぎたことに、八重は臍を噛む。
(二対一でよく戦っている! こいつの身体能力は相当なもの! 私と一対一だったらと思うとぞっとする!)
美香が思う。近い距離で、互いの動きが止まる。一瞬のインターバル。
「誰か来る」
その瞬間を狙い済ましたかのように、十一号が報告した。銃声を聞きつけたのか、複数の足音がこちらに近づいてくるのが、十一号だけには聞こえた。
「こっちの味方である可能性は低いよね」
十一号が言う。他のクローンも美香も同じ考えだ。
「十一号! 朽縄明彦の見張りを七号に変えて、追加で来た敵と応戦しろ!」
「わかった」
やっと出番が来たと思い、十一号は不敵な笑みを浮かべつつ服を脱ぐ。
「え?」
「は?」
十一号の行動及び、服の下から出てきたドギツいピンク色のジャージを見て、八重と明彦は思わず怪訝な声をあげる。
「ジャージ・オン!」
ジャージの襟首を両手で掴み、十一号が叫んだ。
ピンクのジャージが蛍光ピンク色に変色し、さらにドギツくなる。そして襟首の部分が頭部へと伸び、頭を覆ってマスクへと変形する。
「ピンク・ジャージ!」
両手を肩まで上げて手首から先だけを下げ、右足を膝まで上げてポーズを取り、高らかに叫ぶ十一号。
「ジャージ戦隊! ジャジレンジャー!」
さらに膝を床につき、体を横に傾けたポーズへと変え、高らかに叫ぶ十一号。
時間が止まった。空気が凍結した。八重の動きさえ停止した。
美香はすでに一度見たことがあるので、正気を保っていたが、この隙をついて八重を攻撃するのも抵抗を感じ、硬直が解けるまで待つことにした。
「一人しかいないのに何で戦隊……他の月那美香は変身しないの?」
「しない! 十一号だけだ!」
当然の疑問を口にする明彦に、美香がきっぱりと叫ぶ。
果たして足音の主は、銃声を聞きつけて加勢にきた腕斬り童子と足斬り童子が一名ずつであった。後方から現れたその二人に対し、ピンク・ジャージと化した十一号が進み出て応戦する。
(乱戦になってきてるけど、もし八重達が負けたらどうするんだ……。俺、このまま黙って見てていいのか?)
人質状態で立ち尽くしながら、明彦は考える。
(おまけに八重達が勝てば、十一号が死ぬかもしれない。どっちにしろ俺には悪い展開だ。せっかく力を手に入れられるかもしれないのに、せっかく十一号とも会えたのに、何だよ、それ……)
それどころか、八重も十一号も死に、自分は何も得られないという最悪の展開も脳裏によぎる。
「やめやめやめーっ! お前等一体何で戦ってるんだよ!」
突然ヒステリックな声で喚いた明彦に、全員の動きが止まる。
「おい月那美香! それに八重も! 一体何で突然戦いだしてるんだ!」
「それは……侵入者を排除して、明彦様を救うためですが……」
ポカンとした顔で答える八重。
「月那美香! お前達は!?」
「お前を連れてここを抜け出すためだ! 今その子の名前を呼んだな!? やはり妖怪達とつるんでいたのか!」
「うるせー! 最初からつるんでたわけでもねーっ! そんなことより、くだらん殺し合いやめろ! 話し合いで解決しろ! いや、何でもいいから平和的に解決しろ!」
「いや……そう言われましても……。この者達は帝の復活を妨げる輩でしょう?」
八重が美香を見据える。
「私の用件は、そこにいる朽縄明彦と、その母親の朽縄寛子の安否の確認と、場合によっては救出という目的でここに来た! ここにいる十一号の願いでな!」
真の救出と、真実の解明という目的もあるが、それは口にしないでおく美香であった。
「十一号……お前が?」
ピンク・ジャージと化した十一号を見る明彦。
「八重、こいつらの言葉を信じて、あの馬鹿女に会わせてやろう。それから先は俺が話す」
「承知しました」
明彦の言葉の裏に隠された真意を読み取り、八重は頭を垂れる。
(時間稼ぎか。さらなる増援――場合によっては左京と合流すれば、彼等を打ち倒す確実性も増す)
八重はそう判断し、遠回りな道のりで連れて行くことにした。
(話がうまくいきすぎている! 何か企んでいる可能性大と見た!)
美香は、明彦の言葉に八重があっさりと引き下がったのを見て、不審がる。
(二号や純子達を呼ぶか!? いや、ここで電波が通じるか!?)
携帯電話を取り出し、堂々とディスプレイを投影して確認すると、ちゃんと電波も届いているようなので、堂々とメールをうち、洞窟の中へ入るよう促す。
「仲間を呼んだ! 何か悪い企みがあるなら、相応の報いを受ける事になるぞ!」
「ハッタリじゃないのか? 仲間が他にいるなら、何で一緒に入ってこないんだ。しかもわざわざ俺達に見せるようにして……」
明彦が勘繰る。
「潜入するには多すぎると思ったからだ! しかしバレた時は強攻策に出るしかあるまい!」
美香の言葉が本当かどうか、八重には判別がつかない。
(本当かもしれない。だとすると、まごついているよりも、さっさと彼女の元へと届けた方がよさそう)
方針を変更し、八重が歩き出す。
「こちらへ。貴方達も」
十一号と交戦していた足斬りと腕斬りにも声をかけ、歩き出す八重。それに明彦と足斬り腕斬りが従い、美香達はその後ろをついていく格好となる。
(機会は必ずできる。せめて明彦様を逃がすか、この二人に応援を頼むだけでもいい)
その機会は、これから向かう部屋に行った所で訪れると、八重は踏んでいた。
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