第二十章 19

 シルヴィア率いる銀嵐館、正和率いる朽縄一族は、昨夜から今朝にかけて延々と、足斬り及び腕斬り童子と、戦闘に明け暮れていた。


 敵の戦い方が変化し、無理をしないヒットアンドアウェイによる防戦気味の戦い方をしている。それでいて相変わらずの、ある程度戦うと撤収し、入れ替わりにまた元気な大多数がやってくるという波状攻撃。そのために敵を中々崩せない。こちらの被害も少なくなったが、流石の強者達もその疲労は深刻だ。

 敵のやってくる間隔が徐々に狭まってきて、深夜になると間断なく敵が襲い掛かってきた。朽縄と銀嵐館もそれに合わせ、休憩組と戦闘組を入れ替える戦いを行っていたが、当然その分、一度に戦える戦力は低下する。


(数を利用した波状攻撃の持久戦。効果抜群だな。しかし……こいつら何かおかしい。本当に俺らの体力削るだけが目的か? 何か時間稼ぎでもしてんじゃないか? 何のために?)


 シルヴィアは思う。本気で自分達を潰す事だけが目的ならば、総力戦を仕掛けてもいいはずだ。だがそうはしてこない。自軍の犠牲を少なくするためとも考えられるが。


 本当にいよいよ危険とあれば、表の力の介入も考えなければならない。それは本当に最終手段であるが。


(本気で俺らを潰しにかかれば、俺達も然るべき手段に出る。それを防ぐために、しかし俺達の動きも封じるためにこんな戦い方をしている――と考えれば合点もいくな)


 シルヴィアのその推測は、部分的に当たっていた。


***


 都内某所のホテル。仮眠を取っていた青葉が目覚め、部下に報告を促す。ホテルの部屋には、複数の腕斬りと足斬りが滞在している。


「状況は?」

「大分効いているようです」

「そうか」


 目をこすりながら、青葉がにやりと笑う。


「昨夜戦った連中にはしっかり休息を取らせておけ。そろそろ左京から撤収するよう指示があるだろうが、そのまま休ませておいていい」


 現時点では、本気で朽縄や白狐を滅ぼすつもりではない。時間を稼ぎ、獣之帝を蘇らせる予定の時刻に、彼等怨敵を動けない状況に追い込めばいい。


 左京曰く、この行動そのものも願掛けの一環であるとのことだ。かつて自分達を打ち破った怨敵の子孫との戦いも、彼等をあえて生かしておいて、大願成就が果たされるのを止められなかった絶望を味あわせる構図にすることが、運気をいざなうという。

 かつての怨敵達の末裔を本気で滅ぼすなら、獣之帝を蘇らせた後の方がいい。それまでは無用な犠牲を出す必要もないと、青葉も思う。


(銀嵐館の当主への襲撃は、明らかに無駄な犠牲であったがな。しかしそれも左京の占いによる指示だ。運命を導くための布石と言われて、一見無意味なことまで行うのは、どうも釈然とせぬが)


 左京が行使する上級運命操作術、『運命の特異点』。それは運命を指定した結果へ導くというもので、それに抗う者も阻む者も、運命操作術の作用で排除してしまう。

 だがそれを発動させるためには多大な下準備がいる。中には一見して理屈に合わないと思えるようなものも。


 左京によると、運命のシナリオは緻密に建てられた四次元の塔のようなもので、完成された塔の最上階にその解があり、塔を積み上げるためにはフラグという名の建築材がいるという。左京はそれを占いで探り、実行させている。左京とて行動にいかなる意味があるか、わかっていないらしい。


(そんなものをあてにして、我々は命を散らしている。左京の力を疑うわけではないが、運命などという目に見えぬもののために戦い、わけもわからぬまま大願成就のみを信じて死ぬ。正直これは辛いものがあるな)


 その想いは、青葉の中でずっと刺さったままの刺だった。青葉は左京が村の人間を奴隷のように扱っている事も好まないし、彼のやり方の多くを手放しで賛同しているわけでもない。

 わりとぎりぎりの所で我慢している。同じ時代を生き、同じ絶望と怒りを抱き、同じ目的のために全てを投げ打ってきた同胞であるという意識があるからこそ、左京への疑念と不満を抑えている青葉であるが、何か決定的なボーダーラインを踏み越えてしまえば、それは爆発してしまい、百六十年以上もの間の絆も、あっさり砕け散ってしまうのではないだろうかと予感している。


「いよいよ、明日か……。撤収するのは夜……いや、夕方か? 移動の時間もかかるから、正午辺りが良いと思うがな」


 青葉が呟き、時計に目をやったその時、電話が鳴った。相手は左京だ。


『占いでお主は早くに帰還した方が良いと出た。予定を多少前倒しして、今日中に村へ帰るがよい』

「承知した」


 電話を切り、息を吐く青葉。


「何でもかんでも占い占い、運命運命。そんなものをあてにしてずっと踊り続けるのも、そろそろ終わる時が来るか?」


 皮肉げに笑いながら青葉は呟いた。


***


 変異種である首斬り童女として生まれた八重は、飛び抜けた身体能力、優れた知性、温和な人柄、非の打ち所の無い少女として、村の派閥の垣根すら越えて人気と羨望を集め、人間達からも頼られていた。


 幼い頃から特別扱い持て囃されてはいた八重であるが、ずっと孤独感に近い感情を抱いていた。

 自分は一人しかいない。足斬り童子と腕斬り童子の双方の遺伝子を受け継いでいても、自分は一人。他に自分のようなものはいない。その意識をずっと引きずるが故、心を開けない。


 唯一気を許せたのは、同じ腹から生まれた、人間の弟だった。

 弟が待つ家に戻る時だけ、八重は心底安らぎを得る。彼だけが家族と認識できた。弟も八重の気持ちを全て理解していたし、二人揃って温和な性格であったため、喧嘩一つしたことが無かった。


 左京が八重に婚姻の話を持ちかけた時、八重は初めて左京に逆らった。しかも激しく拒絶したので、左京は驚いてその話を諦めた。左京としては、八重が子を孕めば、八重と同様に能力の高い首斬りが生まれるのではないかと目論んでいたが、それだけは八重も承認できなかった。

 八重が拒んだのは、弟以外誰にも心が開けないという理由があったからだ。弟と二人暮らしの状態がずっと続いていたし、そのままでいたかった。

 それに加え、首斬りが生まれたとして、自分と似たような気持ちを味あわせるのが、嫌であったからという理由もある。


 歳をとらずに少女の姿のままでいる自分と、時と共に青年となり、中年となり、とうとう老人となってしまう弟。やがて老衰という形で死ぬ弟。同じ腹から生まれたにも関わらず、不老の妖怪として生まれた八重と、人間として生まれた弟。

 別離の恐怖に怯える八重の気持ちも、弟は見抜いていた。


『私といた思い出は、姉さんの中にちゃんと残ってくれるだろう?』


 九十を越えた所で、床に伏した弟は八重を見上げ、皺くちゃの顔で笑いかけた。皺くちゃなはずなのに、八重には幼かった頃の弟のあどけなくも瑞々しい笑顔が、浮かんで見えた。


『人はただ生きているだけで、何かを残せる。もちろん妖である姉さんもね。そして残した何かは世界に残る。いろんな形で残る。そして受け継がれる。私はそう思っている。姉さんの中に私が残っただけで、私は満足だよ』


 弟が最期に言い残したその言葉は、強烈な言霊として八重の魂に刻まれた。


(綺麗な顔で逝ったな……)


 弟の死に顔を見て、泣き笑いしながら八重は思った。


 弟の死を境に、八重はできるだけ孤独を意識すまいと心がけ、この村の指導者の一人として尽力する覚悟を決めた。青葉と左京の夢をかなえるため、二人の力になるために、本当の意味で村の同胞の一人になるため。


 覚悟を決めたはずの八重だが、今は、手も、首も、足も、震えが止まらない。

 目の前には、自分に殺意を向ける美しい少女。テレビの中で何度も見た顔。


(生まれて初めての戦い……。ここで私の人生は終わるかもしれない)


 意識し、恐怖で震えている事を自覚する八重。しかしだからといって、ここで戦いを放棄してしまうわけにもいかない。同胞達は皆、村の外で命を投げ出して戦っているというのに、指導者の立場の自分が逃げられるわけがない。


 目の前にいる少女は動こうとしない。銃という飛び道具を持っている時点で絶対的に有利であるはずだが、それで余裕ぶっているというわけではない。自分が恐怖に震えているのを見てとり、出方を見極めようとしているのかもしれないと八重は思う。


 月那美香。こうして直に対峙していると、テレビの中以上に強いオーラがあふれ出ているように感じられる。薄暗い鍾乳洞の中でも、その気合いの入った顔つきと、覇気にあふれている眼差しは、八重の目にははっきりと見てとれた。


「綺麗な顔だ」

「なっ!?」


 微笑みながらついこぼして八重のその一言に、美香は場違いにも顔を赤らめる。


「例えここで私が死のうと、弟のいる所へ行けるだけだが……」


 震えを抑えるための時間稼ぎも兼ねて、八重は語りだす。


「ただで死にたくはないな。もし私が負けて死ぬなら、何かを残したい。例え敵である貴女にであろうと。ただの思い出でもいいが」


 時間稼ぎでもあるが、本心でもある。


「そんな気持ちで戦っても本当に死ぬだけだ! 何が何でも生き残るつもりで戦え!」


 敵である美香に一喝され、八重は驚きに目を丸くする。


「そうだな。失礼した。いざ」

 八重が斧と鉈をかちあわせ、火花を散らす。


「来い!」

 美香が叫び、引き金を引いた。

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