第二十章 8

 美香の事務所に寝泊りしているクローン達の間には、幾つかの決めごとがある。

 その一つは、売られ先の主の話題に関して、できるだけ語らないことにするというものだ。理由としては、十三号と七号は心無い主であったために、いい思い出が無く、特に七号はPTSDになっている程である。十一号は主と深い絆で結ばれていたが、殺害されるという悲劇が起こった。


 いずれにせよ三人共、もう主と会うことはない。七号の主は生きてはいるが、警察に逮捕され、何人ものクローンへの暴行や強姦の罪で、実刑判決を受けるものと見なされている。


 一方で二号だけは、未だに主人と会っている。

 十一号と同じく、主との仲は良好だ。しかし主の体調が極めて思わしくなく、ずっと病院で寝たきりの状態にあった。

 美香が二号を見つけた際、二号の主は、病室で自分の側にいて寝たきりの自分に構うより、新たな人生を見つけた方が良い、二号の時間を潰したくはないと言い、美香に二号を預けると申し出た。その際に二号は嫌がったが、主とじっくりと話をした結果、美香と共に生きることに決めた。


 二号も二号で、あまり主の話題には触れたくない。それは二号の主が、もう長くないからという理由によるものだ。


 夜、二号は主のいる病院と電話をしていた。


「どうだった?」


 帰宅した美香が、いつもと異なる深刻な面持ちの二号に、静かに声をかける。丁度電話を切った所だ。他のクローン達も固唾を呑んで見守っている。


「ぐへへ、なーにお通夜モードしちゃってるわけ? まだしぶとく生きてるよ。明日がヤマらしいけどさ」


 無理していつもの表情を作り、ねちっこい喋り方をする二号が、皆の目には痛々しく映る。


「行ってやれ。タクシーを呼ぶ」

「寝てるって。今行ってもしゃーないし、面倒でーす。明日行くわ。なーに、あの爺はそう簡単に死にやしねーもん。今までだって散々死に掛け死ぬ死ぬ詐欺しやがって、こっちの気をやきもきさせて、結局生き延びてやがんだからさ。どーせ今回もそれだわ。あひゃひゃひゃ」


 二号の笑い声が、ひどく虚ろに響く。


「明日、十一号の家族を殺した者達の本拠地かもしれない場所へと赴く!」


 二号にこれ以上この話題を振るのもよくないと判断し、美香は本題を切り出した。


「かもしれないなのかよ。無駄足になりそー」

 二号が茶化す。


「お前達も来い!」

「あたし、パスでよろ。明日は御主人様のお見舞いに行きたいっス」


 美香に声をかけられ、二号が即座に言った。


「許可しよう!」

「何様だよ、このオリジナル様は」


 毒づく二号。


「私達はオリジナルの世話になっているのですよ。それを忘れてはいけません」


 普段の空気を取り戻そうと、十三号がやんわりと注意する。


「おー、出た出た、優等生ちゃん。本当それムカつくんスけどー」


 二号もそれに合わせるかのように、いつものように憎まれ口を叩く。


(無理をしている感じが如実に見える! 不安で仕方ないからこそ、いつも以上に口数が多い!)


 美香は二号の心情を見抜いていた。


「ま、お見舞いの後で遅れて行くから、場所だけ後で教えておくんなまし」

「来なくていい! 主の側にいてやれ! 来ることは許さん! 教えん!」

「……」


 美香に拒絶され、二号は美香もクローン達も、これまで一度も見たことのないような顔になった。今にも泣き出しそうな顔へと。


「お前一人を仲間はずれにしようというんじゃないぞ! 今は――」

「わーってる、わーってる。でも、気遣いありがと……」


 顔を片手で覆い、消え入りそうな声で礼を言うと、二号はゆっくりとした足取りで、自室へと向かった。


「二号っ……えぐっ……可哀想だにゃ……えぐっ……」

「お前が泣くな!」


 泣きじゃくる七号を美香が一喝する。


「私の主を殺したかもしれない者って、やっぱりあの妖怪なのよね?」

 十一号が尋ねる。


「うむ! 詳しい話は今からする! かなり厄介そうだぞ!」

「あたしも後で聞くから、録音しといて」


 二号が戻ってきて、扉から顔だけ出して言うと、美香に何か言われる前に引っ込んだ。


「一応録音しておきますねっ」

「いら……いや、頼む」


 十三号が気を利かせて申し出たことに対し、美香は脊髄反射で拒もうとしたが、それもどうかと思い、言葉途中で改めた。


***


 鍾乳洞の中に、住居が作られている。

 朽縄明彦はこの村に来てから、主にその鍾乳洞の中で生活している。足斬り童子と腕斬り童子の指導者達も、そこで暮らしている。ここが彼等の城だか役所に相当する場所なのだろうと、明彦は見ていた。


 妖怪達も、頻繁にこの鍾乳洞を出入りしている。奥には広間があって、なにやら宗教めいた怪しい儀式が行われている。大勢の腕斬りと足斬り達が、毎日一心不乱に祈りを捧げている。


 人間の姿も見受けられる。彼等はこの村では奴隷のような扱いだ。畑仕事、工事、大工、運搬、火事、雑務、料理、性欲処理兼子作り等、あらゆる仕事を押し付けられている。


 足斬りの長である左京という妖怪に聞いた所、彼等は百六十年以上にわたって、ずっとこの村を支配してきたそうだ。獣之帝を失い、左京と青葉の二人でこの村に落ち延びてから、村を支配し、女達を孕ませて子孫を月々と増やし、妖怪が人間を支配する村を作りあげたと。


 そしてこのように妖怪に支配されている隠れ里は、日本のあちこちにあるのだそうだ。人間と妖怪が仲良く共存している隠れ里もあるという。


 その日の夜、明彦は、足斬り腕斬りを支配する三人の指導者の、ミーティングのようなものに付き合っていた。


「思ったより手強いな。白狐も朽縄も銀嵐も。こちらは犠牲者が多数出たが、こちらの成果は、雑魚を除けば白狐の下っ端妖術師を二名倒したのみ」


 腕斬りの長である青葉が戦果を報告する。彼は足斬りと腕斬りを率いて、村の外でかつての怨敵達の動きを封じるために戦う役目であったが、獣之帝の魂を持つ者を捕獲したので、一時的に村へと戻っていた。


「帝の転生をお連れしたのは上出来と言えよう」


 そう言ったのは、八重という名の少女の妖怪であった。彼女は足斬りでも腕斬りでもない。いや、両者の特徴を備えた外見をしている。額からは角が一本生え、肌はぬめぬめと輝く紫。四本の腕に、二本の鋭い牙が口の中に見える。身長は十代前半の少女程度だ。

 八重は首斬り童女と呼ばれる、この村にただ一人いる突然変異であった。基本的に、足斬りにも腕斬りにも女はいない。女は生まれない。足斬りと腕斬りが混ざった八重だけが、唯一の例外と言えた。そしてその能力は秀でており、高い知性も備えていたので、指導者の一人として、開祖とも言える青葉と左京の二人と同格のポジションに置かれたのである。


「明彦様の体に魂を移せば、獣之帝は蘇る。全て定められた運命に従って動いている。『運命の特異点』に引き寄せられて、な」


 厳かな口調で、足斬りの長である左京が告げる。彼が実質的なナンバーワンであり、全ての計画の立案者であった。


「そのうえあの怨敵雫野累が、帝の魂を持つ者にすでに成敗されていたという話であるぞ。何とも僥倖な話よ。これも左京の運命操作術の賜物か?」

「そうかもな」


 青葉が笑顔で言い、左京も小さく微笑む。最大の強敵と思われていた者が、自分達の崇拝する主の魂を持つ者に、知らぬ所でリヴェンジを果たされていたなどと、思いもよらぬ展開であったし、また痛快な話でもあった。


「その前に十一号を連れてこいと言ってるだろ。何失敗してんだよ」


 その美貌を歪め、明彦が左京を責める。


「十一号がいなければ、俺はお前らの言いなりにはならないぞ。今までどれだけ待たされたと思ってる」

「待たせてしまったのは申し訳ないと思っている。私の占いの秘儀と、風水によって導き出された、最良の吉日。その日を待つ必要があった。その日に向けてできるだけ争いを起こさず、運気を貯める必要があった。さらに呪術と運命操作術の組み合わせ、その定められた日へと集約する。上級運命操作術――『運命の特異点』を発動させ、必ず獣之帝の復活が成就するように、運命は動く。阻まれる事は無い。妨げる事も出来ない。運命には逆らえない。だが何もしないでよいわけではない。運命操作術は不安定。我等が必死に動くことで、その成功率を上げ――」


 左京の長話を、明彦は話半分に聞いていた。ようするに、大掛かりなおまじないをしようとしている程度に、解釈していた。

 足斬りの指導者にして占い師である左京が、最良の吉日と定めた日。つまり今日を皮切りに、一斉に動くようにとされていたので、腕斬り足斬りらは、それまでは準備が整ってもひたすら待っていた。昨日まではできるだけ争いを起こすことなく、運気を貯めろと指示されていた。


 しかし帝となる者だけは先に定めて、説得する必要があったため、明彦の言いなりになってその家族を殺した。争いを起こさずの禁忌に触れるかどうか怪しいところであったが、明彦の我侭に従わざるを得なかったし、一方的に殺したことにより、争いそのものは起こっていないという理屈である。


 十一号をさらうようにと頼んだ明彦であるが、それは遂げる事ができず。十一号はオリジナルである月那美香に保護されてしまった。


 これ以上は定めた日の言いつけを破ることはできない。運勢が変わりかねないとして、今日という日を待ってもらっていた。だがいろいろと手違いや連絡の不備があり先走って昨日に、銀嵐館の長を襲撃するというミスも犯してしまった。


「くどくどうるさい。十一号をさらうのは、また失敗してるじゃねーかよ。そっちは重要じゃないからって手を抜いてるんじゃねーのか?」


 左京の長広舌にうんざりして、妖怪達を前にして臆せずに言いたいことを言う明彦。

 明彦は足斬り童子と腕斬り童子の計画に加担しつつも、彼等を快く思っていない。それどころか激しく不快感を抱いている。


 朽縄明彦という存在は、左京によって意図的に作られし者だ。身も心も。

 明彦の母親の朽縄寛子は、左京が百年以上かけて手引きをして、朽縄と白狐と銀嵐の全ての血を継いだ女だ。怨敵との血を掛け合わせることで、呪術的サラブレッドとして生み出されたのが、明彦の母親である。


 明彦が産まれた後、明彦を怒りの化身とするように、左京は寛子に言いつけた。

 最初の頃は甘やかす一方で、突然理不尽なことで厳しく叱りつけるなどして、明彦の性格を不安定にした。さらに弟を産んでからは弟を溺愛して、明彦の方はほったらかしにして冷遇した。

 結果、明彦は極めて癇癪持ちで、根暗でひねくれていて、我侭な性格になった。


 そして一年前、明彦の前に左京が現れ、己の出生の意味を全て聞かされた。

 明彦は激しい怒りと絶望を覚えたが、いずれ比類なき力を得られるという事を知り、妖怪達が全て自分に従い仕える存在となると告げられ、多少は腹の虫が収まった。


 それでも明彦は、人生に希望を持てない。

 力を得たから、自分の家来が出来たから、それでどうなるというのか。何もしたい事はない。

 ただ一つだけ欲しいものがある。初めて好きになった少女。ある意味自分と同じ境遇である少女。月那美香十一号と呼ばれるクローンの少女だ。しかしそれも期待は薄い。

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