第二十章 7

 再び時間は朝へと戻る。


 真はジョギングを早めに切り上げ、安楽大将の森のベンチで、三人の妖怪の話を聞くことにした。


「今を遡ること百六十余年昔、大正と呼ばれていた時代の話です。多くの妖怪が、一人の大妖怪の下に集結しました。妖怪の王として君臨せし、その者の名は――」

「獣之帝」


 青葉の言葉を先回りして、その名を口にする真。


「おお……知っておられましたか」

 感嘆の声を漏らす青葉。


「しかし人間共も強力な術師を募り、我等に戦いを挑みました。朽縄一族、白狐家、銀嵐館、そしてあの憎き大妖術師雫野累。我等は破れ、帝は亡き者となりました。しかし帝に仕えし妖怪のうち、腕斬り童子と足斬り童子の頭目は生き延び、じっと力を貯め、機会を伺っていたのです。子孫を増やし、術を磨き、技を磨き、何よりも、獣之帝を復活させるための方法を探っていました」


 累の名が出た時点で、真は笑いたい気分になってきた。しかし青葉は大真面目に喋り続ける。


「機は熟し、獣之帝を復活させる術も編み出しました。長年にかけて、その準備を整えました。復活の邪魔をされてもかなわないので、我々は全てを同時進行する事にし、本日、朽縄、白狐、銀嵐館に戦を仕掛ける所存であります。そうすることで復活を成就できるという、占いに従っているという面もありますが……」


 現実感に欠ける話だと、真は聞いていて思う。しかし青葉は大真面目なようだし、嘘は言っていないと思われる。


(朽縄と白狐って、日本の霊的国防を担う大家だって聞いたけどな。そのうえあの銀嵐館までも同時に敵に回すほど、こいつらは力があるのか……)


 百六十年という途方も無い時間をかけて準備をしてきたとあれば、それだけの規模で力をつけたとしても、不思議ではないかもしれない。


「然れど、我等が帝の命を奪った、あの数百年を生きる伝説の大妖術師、魔人雫野累だけは、ようとして居所が掴めず! 奴めが最大の障害になる事はわかりきっています」


 憎々しげに語る青葉。


(タスマニアデビルでピアノ弾いたり、僕と一緒に朝のジョギングしてたりするけどな。こいつらの情報網が大したこと無いのはわかった……)


 力は有りそうだが、頭の方はいまいちなのではないかと、真は思い始める。


「累なら僕が倒した」

「は?」


 唐突な真の台詞に、青葉はぽかんとなる。


「そのままの言葉の意味だ。こないだとっちめてやった」

「な、な、ななんとっ!? それはまことですか!?」

「ああ、ネトゲにハマっておかしなことしようと企んでいたからな。力ずくでやめさせた」


 そう口にしてから、嘘は言ってないと自己確認する真。


「ネトゲを用いて謀……ですか。詳しい事情はともかくとして、我等の手を借りるまでもなくすでにあの伝説の魔人を打ち破っているなど……しかも、覚醒前の陛下が……」

「あいつも相当衰えていたからな。苦戦はしたが、何とかやっつけた」

「素晴らしい……」

「流石は陛下……」

「最大の難敵である雫野累をすでに打ち破っていたとは、敬服いたします」


 腕斬り達が口々に褒め称える。


(ここでタイミングよく累が来たら、ギャグマンガみたいになるんだけどな)


 今日は休むと言っていたので、それも有り得ない。


「これなら我々の大願は成就したも同然。さらに陛下に覚醒していただき、完全復活を遂げてもらえば磐石。それでは我々と共に御足労くださいませ」

「じゃあ……」


 椅子を立ち、走り出す真。


「ぐぬぬぬ……止むをえん、やるぞ!」


 青葉の号令に従い、腕斬り童子達が真の上空めがけて何かを放り投げる。

 上に投げられ、真めがけて頭上から降り注ぐそれは投網であった。


 真はそれらをかわそうとするが、複数を同時に投げられたせいで、網の広がる範囲も広く、二つかわした所で、三つ目の投網にかかってしまう。

 すぐにナイフを抜き、網を切断して中から抜けようとする真であったが、網を切断した所で、さらに追加で網がかぶせられた。


 追加の網も切り裂こうとした所で、首に妙な感触を覚える。


(網を切断するのに気をとられてた)


 吹き矢の筒を構えている腕斬り童子の姿を確認しつつ、真は首に刺さった吹き矢を抜き、頭の中で苦渋の表情を思い浮かべる。


「無礼ではありますが、どうしても御同行願います。百六十年の苦渋を耐えての我等の悲願でありますが故」

「主と敬う者も、自分達の都合で思い通りに動かそうというのか。見上げた忠誠心だ」


 網の中で青葉を睨みあげ、薄れる意識の中、皮肉たっぷりに真は言い放った。


***


 片づけを終えて、美香が事務所を出た頃には、すでに日が沈んでいた。


 雪岡研究所を訪れた美香は、リビングに通され、純子、累、みどりを前にして、これまでの経緯を語ろうとしたが――


「真はいないのか!?」

「それがねえ……。朝、ランニングに行ったきりで戻らないんだよー。電話しても出ないしさあ」


 美香の問いに、純子は困ったような顔でそう答えた。


(あの真が行方不明だと!? 嫌な予感がする!)


 そう思いつつも、ここに来た本題の方を優先し、これまでのことを話しだした。


「んー、その妖怪さん達は、獣之帝の仇を討つために、百六十年も時間をかけて力を蓄えていたったこと? 復讐なんかによくやるねえ……」


 呆れたような顔で純子が言う。普段、あまり純子が見せない表情だ。


「奴等の主の、獣之帝が蘇ろうとしてるいらしい! あるいは蘇らせようとしているのか! 奴等の一人が死ぬ前に口走ったそうだ」


 その話は、朽縄正和にもシルヴィアにも、すでに連絡してある。


「彼等に獣之帝の復活など……無理でしょう」

 累が言った。


「何故そう言いきれる!?」

「すでに獣之帝の……魂は、現世に……あるからです」


 美香に問いに対し、意外な答えを返す累。


「知っているのか!?」

「知っているも何も……真の前世が、獣之帝ですよ……」

「リアリィ!?」


 意外どころではない答えを返す累に、美香は驚愕する。


「ふわぁ~、何でそこで英語ぉ~?」

 みどりが突っこむ。


「んー……真君が戻らないのって、ひょっとしてその妖怪達と、接触したからじゃないのかな?」


 純子が言い、ホログラフィー・ディスプレイを投影する。画面には地図が映っている。


「真君の体内にこっそり埋め込んでおいたGPS見ると、変な場所にいるしねえ。安楽市の北東部寄りの場所にいるよ。ここがその妖怪達の本拠地の可能性があるかもねえ」

「ひょっとして……私の体の中にもこっそり埋めてあるのか……?」


 美香が声のトーンを落として尋ねた。


「もちろーん。あ、手術で強引に取り出そうとすると、爆発して死ぬように仕掛けてあるから、取り出さないでねー」

「何故そんな仕掛けをする!?」


 冗談で言っていると思いたいが、断じて冗談ではないと、美香にはわかる。


「マウスは全部私の所有物だと思ってるし、管理下から外れてもらって困るからさー」

「話を戻そう……」


 諦めきった表情になる美香。


「いや、話を戻す前に、真のことも重要だ! さっさと探しに行った方がよくないか!?」

「さらわれたとかなら、多分安心だと思う。そして真君をさらうほどの手練れなら、それなりの相手と見ていいよー。夜に行って探るよりかは、昼の方がいいし。明日に行こう」


 行方不明になって、おかしな場所にいる事もわかっていながら、夜になるまで放っておく純子の神経も、いまいち理解しがたい美香であった。


「僕も……行きますよ。無関係ではありませんし……」

「へーい、もちろんみどりも行くよォ~」


 累とみどりが名乗り出る。


「雪岡研究所総進撃だねえ」

「総出撃ではないのか!?」


 純子の言葉に突っこむ美香。


「総進撃の方が、ワクワク感があるんだよー」

 と、純子。


「総進撃して何するかって言ったら、アホな宇宙人の使いッパの空飛ぶ黄金の三つ首怪獣をふるぼっこじゃんよぉ~」


 累と純子は、みどりが口にしていた言葉の意味を理解していたが、美香には何のことかさっぱりわからなかった。

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