第二十章 3
安楽警察署に赴いた美香は、朽縄一族の当主である朽縄正和と対面した。
朽縄正和がこの場にいた理由は、昨夜安楽市絶好町にして、妖怪が出没したためであるという。裏通りの住人と交戦し、朽縄一族はその事情聴取及び後片付けのために出向いたとの事だ。
その出没した妖怪とやらが何であるかを聞き、美香は驚いた。先ほどまで調べていた、絶滅したと思われし妖怪、腕斬り童子と足斬り童子だというのだ。
「大正時代、獣之帝という大妖怪がこの国を脅かした際に、な、朽縄一族、白狐家、銀嵐館、さらには雫野の妖術師までもが加わって、国家存亡をかけた戦いが繰り広げられたんだ、な。その際に帝の配下となった妖怪の中に、腕斬り童子と足斬り童子という奴がいたわけだ、な」
ボサボサの髪に、ヨレヨレの背広姿の、ひどく小汚くだらしない印象の中年男が、美香を前にして眠そうな顔で言う。
この男が、日本国の霊的国防の片翼を担うという、朽縄の一族のトップ朽縄正和だと聞いて、美香は最初信じられなかった。強者のオーラは全く見えず、そんな重要な役割を務める者の威厳は、微塵も感じられない。
「殺された朽縄は分家だ、な。知っているだろうけど、うちら本家とは大した繋がりは無い、な。殺された朽縄忠は婿養子で、朽縄の血は引いていないし、面識は無い、な。嫁の方は俺の再従兄弟にあたるらしいが、こちらも面識は無い、な。というか、この嫁の朽縄寛子、ルーツが驚きだ、な。朽縄と双璧である霊的国防を担う大家、白狐家の血も引いている、な。オマケに銀嵐館の者の血縁者でもある、な」
朽縄、白狐、銀嵐。共通するのは、獣之帝と戦った者達であるという事は、美香もすぐ察した。
「そして殺害方法は、獣之帝の配下の妖、足斬り童子と腕斬り童子の仕業をなぞらえた代物か! それは関連性があるということか!?」
「あるいはその妖怪そのものの仕業かも、な。奴等は滅びた妖怪と思われていたにも関わらず、実は数を増やして生きていた事が、昨夜わかったし、な」
「昨夜出没した妖怪とやらがそれか!?」
「だな。実際に死体もこの目で見たし、な。伝承そのものだった、な。しかもその妖怪達に襲撃されたのは、裏通りの始末屋の樋口麗魅と、銀嵐館の当主であるシルヴィア丹下だし、な。樋口はともかく、丹下はその妖怪と因縁がある、な。時を越えた復讐かもしれない、な」
正和の話を聞きながら、美香にも構図が見えてきた。
「自分達の主を殺された妖怪が、殺した相手の子孫への復讐を企ててると!? これだけ時間が経ってから!?」
「時間をかけて、力を蓄えてたのかも、な。そういうケースは、世界各地の闇の歴史で、よくあることだ、な」
正和が言うが、しかし奇妙な点も多いように、美香には思える。
「しかし朽縄の本家ではなく分家を襲ったのは何故だ!?」
「たまたま間違えたか、何か向こうにも事情があったか、かな? まだまだ推測の段階でしかない、な。わからないことが多すぎる、な」
確かに不明点は多い。時を越えた妖怪の復讐劇だとして、どうして朽縄の分家を襲ったのか。朽縄寛子の両手足だけは切断し、胴体だけがその場に無かった理由は? その生死は? 生きているのならどこにいるのか? 次男は殺されたというのに、使用人も全て殺されたというのに、長男だけ行方不明という理由は?
「こちらで何かわかり次第、教えるから、な。そっちで何かわかったら、こちらに教えてくれ、な」
「わかった! 貴重な情報、感謝する!」
「サインもくれ、な。六人分ほど、な」
「応! 任せろ!」
正和に出された色紙にサインを書きつつ、美香は頭を巡らせる。
(やはり行方不明の長男――朽縄明彦が怪しくないか? 十一号の話では、両親に冷遇されていたらしいし、十一号に気があって、口説きもしていたというしな! それに、白狐と銀嵐の血も引くという、行方不明の朽縄寛子! これにも謎が有りそうだ!)
美香はそれまで朽縄一家殺人事件の犯人は、長男の明彦ではないかとすら思っていた。外部の人間を雇い、自分を虐げていた両親に復讐を果たしたのではないかと。
十一号に惚れていたらしいし、使用人も全て殺しておきながら十一号は殺さなかった事も、犯人が明彦なら合点がいく。
しかしはるか昔の妖怪どうこうという話が真実味を帯びてきてしまって、わけがわからなくなってしまった美香である。
「間違えて襲われたわけじゃない、な」
空中に投影した電話のディスプレイを見つつ、朽縄が言った。
「新しい情報が入った、な。朽縄の分家は、銀嵐館に警護されていたそうだ、な。でもその契約が解除された翌日に、襲撃されたという話だ、な」
「銀嵐館に警護を依頼している時点で、何者かに狙われていると察知していたのだろう!?」
「そうなる、な」
さらに奇妙な話になったと、美香は思う。
「なのに突然契約解除! そして契約が解除された事を知ったかのように襲撃!」
「疑いたくは無いが、犯人は身内か、な。失踪した長男と母親を疑ってしまう、な。しかし母親の方は足を切断されているときた、な」
銀嵐館の関係者にも話を聞いてみた方がいいと、美香は判断する。
「銀嵐館と話がしたい! 朽縄は彼等と懇意だと聞くが! そちらで口を利いてもらえないか!?」
「お安い御用だ、な。それと、な。もう一つ詳しい情報を知ってそうな者がいる、な」
「誰だ!?」
「獣之帝を仕留めたのは雫野累だ、な。奴ならより詳しい情報を知っているかも、な」
「そちらは私の友人だ! 後で聞いてみる!」
「どちらにせよ、話の内容は後で聞かせてくれ、な」
とりあえずの方針は決まった。累に尋ねるか、銀嵐館を訪ねるか。どちらも行うとして、どちらを先にするかだ。
(先に銀嵐館だな!)
知り合いである累よりも、縁の薄い相手の方から先に済ました方が気楽であるが故、美香はそちらを先にする事にした。
***
十一号は買い物をしに、絶好町の繁華街に出ていた。もちろん見た目が月那美香なので、オリジナル同様に、軽く変装をして出歩いている。
「あ、十一号ちゃん」
その変装している十一号に、しかも何人もいるクローンの中から自分のことをピンポイントで当てて、声をかけてくる者がいた。
「純子。久しぶり」
照れくさそうに笑って、白衣の美少女に挨拶をする十一号。
「テレビ……見たよね?」
照れている理由はそれだ。
「うん、見たよー」
頬をかいて微笑を浮かべる純子。
「七号ちゃん、助け出された頃に比べて大分良くなったって聞いてたけど、変なスイッチが入っちゃったみたいだねー」
「完全には治りきってなくて、それがよりによってあの場面で出てしまって……」
「美香ちゃん、落ち込んでた?」
「そんな暇も無いわ……」
言いづらそうに十一号は言った。
「私のために動いてくれているの。例の件で……。何か手かがリが見つかるかもしれないって、警察に行った」
「へー、何かわかるといいねえ」
他愛無い会話を交わしてから、十一号は純子と別れ、買い物へと向かった。
***
美香は警察に、十一号は買い物へと行き、美香の事務所には二号、七号、十三号が残っている。
つい十数分程前まで三人で楽器の練習をしていたが、今はそれぞれ自由に時間を潰している。
「うひっ、ふひひっ、オリジナルの趣味、ファンの子らに教えてやりてえなあ。うひひひ……」
耽美系な男二人が身を寄せ合う表紙の漫画を読みながら、不気味な笑い声をあげる二号。彼女が読んでいるのは、所謂BLものの漫画であった。
「薄い本もいっぱい持ってますね。私には理解できない趣味ですが……。性癖や嗜好まではコピーされないのは面白いです」
ネットを閲覧しながら十三号が言う。
「普段はエロい話するなーっとか、下ネタは大嫌いだーっとか言っておいて、これだよ。ぐへへへ……」
「でもBLネタだけはするなと言いませんよね」
「ふひひ、オリジナルの中じゃ、BLは下ネタに入らないっていう、おかしな区分けなんだろ。純子と電話で腐れ話題で盛り上ってるのを、こないだ聞いちまったんだぜ」
「オリジナルだって完璧超人ではありませんっ。限りなく女神に近くても人間ですっ。多少の欠点や歪な趣味だってありますよっ。それだけでオリジナルを悪く見てはいけませんっ」
いい加減、二号の毒舌にうんざりしてきて、そして同時にイラついて、十三号はいささかむきになって反論した。
(これで反論のつもりかいな……)
呆れる二号。
「別に悪く見ちゃいねーよ。ただ、愉快だなーと。ふひっ」
十三号をこれ以上怒らすのもどうかと思い、適当に言葉を濁しておくことにする。
「できたにゃーっ」
ミシンで裁縫をしていた七号が、嬉しそうに声をあげた。七号は手芸が趣味で、日頃から服をいろいろ作ったり刺繍を施したりしている。
「ふひっ、何ですかそりゃあ」
「にゃー達がバンド組んで歌ってるところにゃ」
満面の笑顔で刺繍のついたエブロンを広げる七号。
「ふひひひ……虐殺と陵辱の後にしか見えねーよ……」
「あ、あんまりだにゃあっ」
素直な感想を述べる二号に、七号は泣きそうな顔になる。
「二号はもうちょっと言葉を選びなさいっ」
十三号が軽く叱ったその時、事務所の窓が大きな音と共に叩かれた。
「おいおい。ここ二階だぞい。そして防弾ガラスだぞい」
音のした窓の方を見て、二号が言う。
窓の外出は、全身コートを纏って帽子とマフラーで顔をかくした長身の男が、窓に斧を叩きつけているという、シュールな光景が展開されていた。
何度も男が窓を斧で叩き、やがて防弾仕様の窓にヒビが入る。しかし派手に割れて砕ける事は無い。ヒビだけは派手に入るが、それでも簡単には砕け散らないようにできている。
しかし窓が割れて男が入ってくるのも、時間の問題だと思われる。
「何者なんでしょう?」
「うへへへ、知らねーけど招かれざる客なのは確かだろ」
窓の外の怪人を見て顔をしかめる十三号と、面白そうに笑う二号。二人共、すでにこの謎の襲撃者と戦う覚悟を決めていた。
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