第二十章 4
「何にゃっ? 悪い人にゃー?」
帽子を目深にかぶり、マフラーで顔をぐるぐる巻きにして、斧を窓に向けて振るうコート姿ののっぽの怪人を見て、七号は顔を輝かす。
「悪い人に違いないでしょうが、七号は……」
戦わない方がいい――と告げようとした十三号であったが、その言葉は続かなかった。何かが爆ぜる音によってかき消された。
ヒビが入るだけで、一気に砕け散ることは無い防弾ガラスが、建物の内側より激しく砕け散り、粉々になって侵入しようとする怪人に至近距離より降り注いだのだ。
それが七号の仕業ということは、二号にも十三号にもわかるが、具体的に何が起こったのかは、二人共わからない。いや、七号自身にもわからない。
ガラス片の散弾を至近距離から嫌というほど浴びた怪人が、窓から吹き飛ばされるようにして落ちていく。
「こっちの出番無し……ってわけでもないか」
二号が不敵に笑う。まだ殺気は消えていない。敵は複数いると見た。
最初の怪人とは入れ替わりになるような形で、さらに二人、同じような格好をした背の高い怪人が窓から現れ、事務所の中へと入ってくる。彼等もやはり斧を手にしている。
事務所に入るなり、彼等は帽子もマフラーもコートも脱ぎ捨てた。そして二人してもう一本の斧を出し、手に取る。
その姿を見て三人とも驚いた。青白い肌、四本の手、額から伸びた角と、明らかに人間ではない。
「うへ? 純子のマウス? 怪人タイプの」
二号が真っ先に疑問に思ったのはそれだった。
「純子の刺客にゃ……? つまり、にゃー達はもう用済みということで、純子に始末されるのにゃっ。新型の怪人マウスの実験台にされてしまうにゃっ」
二号が口にした言葉を、七号がおかしな方向へと広げて解釈する
「純子はそんなことしません。純子は嘘をつきますけど、裏切りもします。悪い人ではあります。でもそんなことしません」
純子へ疑いが向く流れになろうとしているのを止めるべく、十三号がきっぱりと否定する。
「うへへ……十三号、説得力皆無。つか日本語の文章としておかしい」
へらへら笑いながら突っこむ二号。
「十一号とやらはどいつだ?」
のっぽ青肌四本腕怪人の一人が、窓の内側に入って問う。もう一人はまだ窓の外で何かしているようだが、何をしているか、三人のクローンの角度からはわからない。
「いねーっスよ。出直しておいで。うひひひ」
挑発気味に笑う二号。
(十一号が狙い? 彼女にまつわる事件の関係者でしょうか?)
いきなり十一号の名を出されたことで、十三号は、美香が今追っている件と結びつけて考える。
「同じ顔で判別つかん……うっかり殺してしまうわけにもいかないし。大人しくついてきてもらえないか?」
怪人が静かに言い放つ。
「十一号にどのような用があるのですか? 貴方達は何者ですか? どうしてドアからではなく、窓を破って侵入してきたのですか? 最後が特に気になって、はい、そうですかとは言えませんっ」
怪人を見上げ、十三号が矢継ぎ早に質問した後、きっぱりと拒絶する。
「ドアからベル押して来れば、そっちの話くらい聞いたのににゃー……」
七号ももっともな台詞を口にする。
「さらってこいと言われたし、こちらの事情を告げても、はいそうですかとついて来るとも思えなかった。まあ、さらってくる気で窓を破って入って、大人しくついてこいと言う俺も、おかしいな……確かに」
苦笑して空いている手で頭をかく怪人。
喋っている内に、やっともう一人の怪人が室内に入る。さらにはガラスの破片まみれの怪人も入ってきた。こちらもコートを脱いでいる。同じ四本腕の青肌だ。
「時間稼ぎされましたっ」
その事実に気付いてはっとする十三号。
「別にいいにゃー。三対三で丁度いいのにゃー」
わくわく顔でリズミカルに体を揺らし、準備運動がてらのストレッチなどしている七号。
「そんなこと言われても私の能力は支援系ですから、二号と七号で三人斃す計算ですよっ」
「元よりそのつもりっス」
十三号に言われ、へらへら笑ったまま二号が答える。
「余裕ぶっていられげっ!?」
主に二号と七号の態度を見てイラついた怪人の一人が何か言おうとしたが、言葉が続かなかった。
信じられない出来事が起こった。窓の脇に飾ってあった観葉植物の葉っぱが三枚伸び、先端が鋭利な刃物のような状態となって、口を開いた怪人の首と腕と腹に突き刺さったのだ。
刺さった葉はそこから左右に動き、怪人の体を切り裂く。青い血が事務所の床に撒き散らされる。
「あああ~、初めて人を殺しちゃった~。あひゃひゃひゃ、でも罪悪感なんてやっぱり無かったぞ。あ、この超月並みな台詞、オリジナルの前で言いたかったのにぃ。最初に殺した時に言う予定だった台詞なのにぃ。でもこいつらって、人に勘定していいのか? うへへへ」
体を腕一本と脇腹と首を深く切り裂かれて、大量の血を撒き散らして崩れ落ち、しかしまだ生きている怪人を見下ろして、二号が小気味良さそうにおどけている。
「おのれ!」
仲間の死と、仲間を殺して嘲る二号の態度に激昂し、最初に窓を壊して侵入しようとした、ガラス破片まみれの怪人が、二号に向かって突進する。
四本の腕のうちの二本に斧をそれぞれ持った怪人は、斧をもっていない手で、二号に詰め寄る最中に、事務所の机に置いてあった書類を掴むと、目くらまし代わりに二号へと投げつける。
書類が舞い、一瞬ではあるが、二号と怪人の間が遮られた。
そのタイミングを見計らって怪人がフェイントをかけ、横へと回る。
(ちょっとヤバいかね? いや、間に合うかね)
意表をつかれた二号ではあったが、それでも完全に余裕を失う事も無かった。自分に接近しようとしている時点で、敵は自分の能力に気付いておらず、文字通りの罠に、自ら飛び込んでこようとしている状況だからだ。
二号の周囲の足元には、大量の骨が落ちている。正体は鳥の骨。フライドチキンについていた骨だ。普段は亜空間に置いてある代物であり、少しずつ貯めておき、自分の能力を付与し続けていたが、それをこっそりばらまいておいた。自分の身を守る結界として。敵を殺害する罠として。
もう一体の怪人も少し遅れて動く。狙いは七号だ。
「かかってこいにゃー。いや、やっぱりくんにゃーっ」
七号が能力を発動させる。
「ぶぷっ!?」
七号に届くより前に、怪人が見えない壁に派手に衝突し、ひしゃげた顔になって動きが止まる。
見えない壁が解除され、怪人は鼻を押さえて、再度七号へと向かおうとしたが、動きが止まった瞬間に、十三号が銃を抜いて、自分に向けているのを見ていなかった。
銃声が二つ響き、怪人が倒れる。
その大きな体に似合わぬ素早い動きで、ガラス破片まみれの怪人が二号の横へと回る。
(うひっ、無駄だって)
ほくそ笑む二号。
アタックレンジに入った怪人が、二号の肩口めがけて、二本の斧を振り下ろさんとする。
怪人は斧を振り下ろすことはできなかった。怪人の全ての動きが止まった。
二号の足元から無数に伸びた、細長く白い物質によって、怪人の腕、胸、腹、喉、頭、脚が、串刺しにされていた。
怪人を貫いたものは、二号が足元に撒いた骨だ。それらの先が尖り、さらには硬質化して凄まじい速度で伸び、槍と化して怪人を串刺しにした。
「無念……獣之帝の復活を……目にできず……逝くとは……」
「ケモノノミカド?」
今際の際に口にした言葉に、二号が訝る。
「お、そっちも終わったね。うへへ。おやおや~、十三号も記念すべき初殺人っスかあ。震えちゃって、可愛いのぉ~。うひゃひゃひゃ」
銃を構えて震える十三号を見て、二号がおかしそうに笑う。
「大丈夫かにゃー? 十三号」
「ありがとう、七号。私は大丈夫です」
気遣って後ろから抱きつく七号に、十三号は無理して微笑み、七号の手を握る。
「しっかし、貴重な罠、二つも使っちゃった。これ、威力こそ抜群だけど、こしらえるのは大変なんだよ。痛い思いもするし」
怪人三名の死体を見下ろし、二号が顔をしかめた。
「まさか事務所内に仕掛けているとは思いませんでした」
観葉植物を一瞥した後、二号の方を向いて、十三号が感心したように言う。観葉植物はすでに元に戻っている。ガラスまみれの怪人を串刺しにした骨も、ただの鶏の骨になっていた。
「あらゆる事態を想定していた、あたしの抜け目の無さを見習いな。ぐへへへ」
二号が勝ち誇ったように笑う。
「オリジナルの奴、妖怪の仕業かもしれんとか、わけのわからんこと言ってたよなあ。こいつらがそうなんかねえ。うひひひ」
「朽縄に恨みを持つ者をあたっていくと、人間だけではなく妖怪の候補も数多く出てきたということです」
「朽縄で飼われていた十一号が狙いだったみたいだし、関係アリアリですなあ」
「飼われていたとか、そんな言い方やめてくださいっ」
十三号が怒った顔になり、二号の台詞を注意する。
「ケッ、いい子ちゃんが。それよりこの死体どーすんの?」
「オリジナルが戻るまではこのままにしておきましょう。オリジナルにも見ていただかないと」
「やっぱり?」
さっさと始末屋組織に頼んで処理してもらいたいと思った二号であるが、十三号に言われて嘆息した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます