第二十章 2
裏通りの情報サイトでは、超常関係の情報や知識も多く手に入る。
それは日本の闇の歴史と呼ばれる類の代物で、様々な逸話が、神話さながらに記されている。その多くは、表通りでは知られざる話だ。
「足斬り童子と腕斬り童子……」
サイトに載っていた名を、小声で口にする美香。
裏通りの始末屋として使用している事務所にて、美香はネットで調べものをしていた。
ここしばらくずっと手がかりを追っていた事件。どんな小さな手がかりでもいいと思い、警察にも情報屋にも相談し、さらには超常関係まであたった所で、美香はある妖怪の話を聞かされた。
『腕と足を切断して人を殺す妖怪が、実在したって話だぜ。大正時代のほんの一時期にだけ、確認されてるわ』
裏通りの超常関係専門の始末屋として最も名が知れている、星炭流妖術二十七代目継承者星炭輝明が、電話で美香にその存在を記した。
しかしその妖怪のエピソードを見て、無関係であると美香は判断する。かつて足斬り童子と腕斬り童子は、獣之帝という名の妖怪達の王に仕えていたが、獣之帝が大妖術師雫野累によって討たれ、足斬り童子と腕斬り童子は逃げだしたという。
さらに安楽市の僻地に伝わる伝説では、この二種類の妖怪は獣之帝が討伐された後、かつて安楽市に併合されるまでは日の出町と呼ばれ、さらに昔には平井村と呼ばれた土地へと逃げのび、その土地で人を殺してまわっていたものの、妖怪退治を生業とする妖術師によって討たれ、絶滅したというのだ。
(無駄だったな! 妖怪の仕業など有りえん! 荒唐無稽! いや、可能性が全く無いというわけでもないが! しかし限りなく有りえん!)
美香はそう判断し、サイトをそっと閉じた。
美香の追っている事件は、朽縄一家惨殺事件として、裏通りにのみ知れ渡っている事件の真相であった。
表通りでこの事件は伝えられていない。報道されていない。それというのも、惨殺されたのは、朽縄の一族というこの国の霊的国防を担う大家の、分家だったからである。朽縄とは血筋と名前だけの繋がりで、本家の生業ともほぼ無関係ではあったが、それでも朽縄の名が世に出るのは好ましくないと判断され、事件は闇へ葬られた。
事件の概要はこうだ。朽縄家に何者かが押し入り、家長の朽縄忠と次男の朽縄博が両手足を切断されて失血死もしくはショック死。使用人も全て同様の手口で殺害。朽縄忠の妻の朽縄寛子と、長男の朽縄明彦が行方不明であるが、妻の朽縄寛子のものと思われる手足は切断された状態で、朽縄忠と朽縄博の遺体の側に残されていた。
生存者は一人だけいる。事件が起こったと思われる時刻に、トイレに入っていた人物。
その人物は、今、美香の視界内にいる。美香と同じ顔をした彼女こそが、美香に事件の真相を解くよう頼んだ依頼者張本人である。
「どうしたの? オリジナル?」
自分を見つめる美香に、ソファーに腰かけてギターの練習をしていた美香クローンの一人――十一号は、訝しげに美香を見つめる。
彼女は美香の結成したバンド『ツクナミカーズ』の中ではキーボードの役割だったが、ギターに変更しようという話になった。クローンに備わった吸収力と学習力の早さがあれば、すぐに習得するであろうと、美香は見ている。
「いや――例の事件を調べていた所だが、壁に当たってしまってな!」
「そう……。ありがとう」
互いに申し訳無さそうな顔をする美香と十一号。顔も同じなら、表情も全く同じだ。
かつて美香は、『ホルマリン漬け大統領』という組織のクローン販売事業を潰した件に携わり、その後も彼の組織が販売したクローン達の居場所を突き止め、解放してまわる事に力を注いでいた。それは自分のクローンだけに限らず、製造され、販売された全てのクローンに対してだ。
売られ先を突き止めたクローンは、全て純子に一時的に預け、寿命の短さを補うために、不老化の改造処置をしてもらった。
だがそれらのクローンは、全て自由を手にしたわけではない。いや、望んだわけではない。
クローンの大半は、自由を望まず、売られた主人の元で暮らす事を、自らの意志で選択したのである。ほとんどのクローンは、売られ先で大事に扱われており、買い手である主を慕っていたからだ。
中には虐待されていた者もいたし、純子に力を求めて改造されることを望む者もいた。あるいは特殊な事情から、自由を手に入れた者もいる。
買い手である主人を殺害されるという形で失った十一号は、正にその特殊ケースであった。
警察で事情聴衆を受けていた十一号は、オリジナルである美香とも話し合い、美香と共に暮らす事を承諾し、同時に、美香に事件の真相解明を頼んだのである。
それ以来、美香はミュージシャンとしての仕事、裏通りの始末屋としての仕事、自分のクローン達の面倒、クローン達の販売先を突き止めて解放する作業、十一号の主の一家惨殺事件解明という、超多忙な日々を送っている。
単に犯人を突き止めるだけではなく、消息を絶った朽縄明彦と、朽縄寛子の居場所を突き止めるという目的もある。
「十一号の事件はさ、別の所に任せた方がいいんじゃないのぉ?」
ネチっこい声でそう言ったのは、オリジナルの美香が絶対に作らないような、歪なしかめっ面をしたクローンであった。彼女は二号。美香と共に暮らす四人のクローンの中で、問題児双璧の一人である。
「オリジナル大変すぎだろーがよ。あ、これでも一応あたし、気遣ってあげてるんだからね。ぐへへへへ」
「黙れ!」
これまたオリジナルが浮かべないような歪んだ笑みを浮かべ、気色悪い声で笑う二号を、美香は一喝する。
「余計な気遣いだ! それに十一号の前でわざわざ言うな! そっちを気遣え!」
「はいはい。わるーござんした。せっかくオリジナルを気遣ったのに、あたしは悪者扱い。いつもこんなん。あひゃひゃひゃ」
卑屈な態度で頭を下げると、聞こえよがしに愚痴る二号。
「私は気にしてないし、二号の言う事もわかる。負担になるくらいならやめて」
十一号が控えめな口調で言うが――
「ふざけるな! 私は確かにお前に約束したぞ! お前の大事な主を奪った犯人を突き止め、罪を償わせると! 私を嘘吐きにする気か!」
美香は十一号を心配させまいと、真剣な眼差しで十一号を見つめ、力強く叫ぶ。
「うっわー、また始まったわ。オリジナルの体育会系押しきりモード。ちょーあつくるしー」
それを茶化す二号だが、美香は無視した。いちいち反応していたらきりがないし、二号はいくら怒っても、この手の皮肉や嫌味を決してやめない。そういうキャラなのだと諦めている。
「二号、いい加減にしなさい。オリジナルはオリジナルなりに不器用ながらも、十一号の気持ちを和らげようとしているのです。それをからかうのはどうかと思いますよ」
穏やかな口調で注意したのは、十三号だった。クローンの中では最古参であり、美香と暮らす四人のクローンの中では、リーダー的なポジションである。性格は温和であるが、言うことははっきり言う。美香を最も慕っており、崇拝すらしているかのように見受けられた。
「へっ、いい子ちゃんがっ」
思いっきり顔をしかめて吐き捨てる二号。美香にも不遜かつ反抗的な態度を隠さない二号であるが、十三号に対してはどうも苦手意識を持っているようで、あまり噛み付かない。十三号が出てくると引く傾向にある。
美香の電話が鳴る。相手は懇意にしている警察官だ。
「梅津さんか!」
『あのさ、例の朽縄一家の惨殺の件だけどよ、朽縄一族の御当主様が、直接話してくれるって言ってるぜ? 今、安楽警察署に丁度用事で来てるんだよ』
「本当か!? すぐ行く! 知らせてくれてありがとう!」
雲上人とも取れる大物と接触できる機会を知らせてもらい、美香の顔が輝く。
「ひょっとしたら進展があるかもしれん! 行ってくる!」
十一号の方を向いて叫ぶと、美香は窓際にいるクローンの方に顔を向ける。
「七号! いい加減立ち直れ!」
「そらきれい……。そら……きれいだにゃあ……」
美香に声をかけられても反応せず、窓から灰色の曇天を虚ろな目つきで見上げ、ぶつぶつと呟いているのは七号だ。
「いつまでそうやってんでげすか~?」
美香が事務所を出ていったのを見計らって、二号が七号に声をかける。
「あんたのおかげで、あたし達ツクナミカーズデビューの晴れの舞台が、台無しになったんだぞ。本当にわかってんの?」
「よしなよ、二号」
七号に絡む二号を、十一号が制する。
「十一号は何とも思わんの? あたし達の努力もよー、オリジナルの想いもよー、こいつが全部踏みにじってくれたんだぜ? 本当最悪だわ。なのに反省の色も見受けられず、現実逃避しっぱなしでよー」
「だからといって七号を責めてどうなるの? 彼女だって悪意があってわざとああいうことをしたんじゃないのよ?」
「悪意が無ければ何してもいいってかぁ? 十一号は七号の代わりにギター練習始めてるのに、その原因を作った七号は、十一号の代わりのキーボの練習にも取り掛かろうとせず、一人でずーっとこの有様。あたしは見てて腹立ちますがねぇぇぇ~~~」
嫌味全快のネチっこい口調の中に、強い怒りを滲ませる二号。
美香はかねてから、クローン達と一緒にユニットを組んで音楽をやるつもりで、クローン達に楽器の練習をさせていた。
そして昨夜ついにツクナミカーズとして、音楽番組の生放送でデビューを飾ったわけだが、七号が突然暴走を始め、雪岡研究所で授かった能力さえ発動してスタジオを滅茶苦茶にして、番組の続行自体をできなくするという、最悪の事態を引き起こしてしまった。
七号は売られ先でひどい虐待をされていたせいで、躁鬱が激しく、極めて精神が不安定であった。幻覚、幻聴などの症状もある。
メンタルヘルスに定期的に通い、ドリームバンドによる精神疾患治療も続けた結果、美香と出会った頃に比べて大分落ち着いてきたが、それでも完治したわけではない。
感情が昂ぶると異常なハイテンションになる事があり、幻覚や幻聴も併発する。昨夜は演奏中にそれが出てしまった。しかもただ暴れるだけではなく、雪岡研究所で得た超常の力も暴走させる、危険な代物でもあった。
そして今の七号は、昨夜とは逆に欝へと陥っている。
「ごめんなさいにゃあ……」
涙を一筋こぼし、その場に崩れ落ちる七号。その七号を後ろから十三号がそっと抱きしめ、七号も体を入れ替えて十三号に力いっぱい抱きつき、泣きじゃくり始める。
「へっ。悪いと思ってるなら、落ち込んでないで練習しろよなあ。他の奴等は甘やかしすぎなのよ。こいつには厳しさこそが必要なんだって」
「七号、二号は貴女のことを責めはしますが、気も遣っているのですっ。貴女をちゃんと仲間だと思っているから、対等に扱おうとしているんですよ? 厳しくあたるのもそのためだと受け取り、頑張りましょうっ」
二号がねちっこい声でさらに追い討ちをかけ、十三号がはきはきとした声で励ます。
「わかってますにゃあ……。にゃーは幸せにゃ……でもにゃーは恩を仇で返した極悪人にゃ……。死んでしまえばいいんじゃないかと思うにゃ……」
七号が語尾ににゃーをつけ、自分のこともにゃーと呼ぶのは、かつての主人の意向であり、今もそれが残っているからだ。
「死ぬ死ぬ言ってる奴は絶対死なねーって。つーかね、生きたくても生きられない奴もいるのよ。容易く死ぬとか言うなっ」
怒りを露わにする二号に、七号ははっとした。何故彼女が怒ったか、その理由を知っているからだ。
「ごめんにゃ……練習……するにゃ。キーボなら、ギターの時みたいに変な声聞こえないと思うにゃ……」
様々な楽器を試したが、ギターやドラムだと、七号の頭の中でおかしな声が聞こえ始め、そこからテンションが上がりまくって、やがて破壊衝動へといざなわれ、自分でも制御ができなくなるとの事である。
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