第十九章 14

 午後九時。ポール・ワーナー、キャサリンとロッドのクリスタル兄弟が、安楽市絶好町繁華街に到着した。


「グリムペニスの素人共、まともに隠れることもできんのか」


 元々人相の悪い顔をさらに歪めて、ワーナーが吐き捨てる。


「戦闘にさえもちこめば、一応は戦力になるだろう」


 ロッドが言うものの、さほど期待はしていない。肉体的に強化されようと、命がけのドンパチの経験はもちろんのこと、戦闘訓練自体の経験も無いような学生連中では、大した働きはできないとして、最初からある程度見切りをつけている。


「本当に彼等と接触しなくていいの?」

 キャサリンがワーナーに問う。


「ジャップと協力して倒せと? 冗談はやめてくれ」

 唾を吐くワーナー。


「何度も言わすな。こっちはこっちで好きにやればいいんだ。奴等もターゲットの気を逸らす程度には、役に立つだろうしな」


 ワーナーの答えを聞いて、くだらない確認をしたとキャサリンは嘆息した。


「ところで、いつまで待てばいいんだ? ずっと出てこないようなら、ここでずっと張り込むのか? 俺達で研究所とやらに乗り込めばいいだろう?」


 グレネードランチャーつきの自動小銃を構え、ワーナーが言う。


「一人で乗り込むなら止めはしない。俺はついていかねーけどな」


 冷たい口調で告げたロッドに、ワーナーは目を剥く。


「また放射線とは言わなくても、爆発物や毒ガスのトラップがある可能性もあるじゃない」

「向こうだってこちらの存在に気がついているに違いない。いつまでも閉じこもっているわけにもいかないし、焦らした後で出てくるだろう」


 キャサリンとロッドの言葉に対し、ワーナーは舌打ちでもって答えた。


***


 深夜――午前零時。

 みどりが精神分裂体を飛ばして、カンドービル周辺を探り、視界をそのまま映像化して雪岡研究所に送る。


「ずーっと張り込んでいるとはねえ。途中で飽きて帰るかと思ったけど。まあ、緊張状態維持させて、心身共に疲弊させ、通行人も少なくなって、いい塩梅だね」


 ホログラフィーディスプレイに映った、グリムペニス学生メンバーの面々と海チワワの面々を見て、純子は言った。


「バイパーとよっしーも来てるんだよね~。そっちを待たしているのは何か悪い気がするぜィ」

 と、みどり。


「雪岡が出る事無く、警察に通報して退場してもらうとかしたら、それはそれで面白そうだな。雪岡の目論見も壊せそうだし」

「えー、やめてよー。せっかく実験台が手に入るかもしれない機会なのにー」


 真の言葉に、純子が笑いながら言う。真が本気だとは思っていない。真も暴れられる機会を、そんな形で失いたいとは思っていないだろうと見ている。


「つーか純姉って、研究所出るのは数日に一回とかじゃんよ。その間ずっと放置プレイくらわすのも面白そうだよね~。あぶあぶあぶ」


 みどりが奇怪な声で笑う。


「わかりきっていた事だけど、素人集団て感じだな。隠れるのも下手だし。しかし……あれは多分、人じゃあない。少なくとも体の構造は」


 真は夕方頃にコンビニに出る傍ら、潜んでいる者達の様子を見て、一目見てそれがわかってしまった。改造人間やら妖怪やらバトルクリーチャーやら、人では無くなった者を散々見てきたおかげで、大体わかるようになってしまった。


「こないだのデモ隊にいた子達の中で有志を募って、グリムペニスの暴力部門担当として作り変えたんだろうねー」

「で、どうする? また放射線ばらまくか?」


 皮肉る真に、純子が微笑む。


「もうあっちこっちに怒られるのは勘弁だよー。時刻的に通行人も減ったし、そろそろ出るよ。真君、なるべく殺さないでねー」

「わかった。皆殺しコースだな」


 何度も繰り返されているやりとりを行う純子と真。


「バイパーに知らせておこ。今から出るって」

 みどりが電話をかける。


「へーい、バイパーちゃん。お待たせー。今から純姉出るよ~」

『俺が来てたの知ってたのか。つーか、随分待たせてくれたなあ。俺も海チワワの奴を狙っているんだが、そっちは姿隠して出てこないのか、それともまだ到着してねーのか、いずれにせよ、見かけねー』

「来てるぜィ。あたしが精神分裂体を出して、ちゃんと確認済みィ~。ていうか来てんなら、そっちから連絡してくれりゃいいじゃん」

『雪岡や相沢とはいろいろあったから、協力してくれって言いづらいんだ』


 バイパーのアンニュイな声は、みどりだけではなく、その場にいる純子と真にも聴こえていた。


『特に相沢とは会いたくねえなあ……』

「真兄と会いたくないってさ。何かあったん?」

『おい、そこにいるのかよ』


 みどりが真の方を向いて尋ね、バイパーが少し狼狽気味の声を漏らす。純子も興味深そうに真を見る。


「負けたのは悔しいけど、もう僕の方に変なわだかまりは無いって伝えてくれ。その辺は負けて綺麗さっぱり消えた」


 正直に言えば負けて彼に対する怒りのではなく、戦い終わった後にバイパーの事情を聞いたせいであるが、それはバイパーも触れてほしくないであろうと真も判断し、口にはしないでおく。


「へーい、だってさあ、バイパーちゃ~ん。聞こえたあ?」

『ああ、聞こえた。それでもちょっと抵抗あるけどな……あいつの腕を追った時の感触とか、今でも生々しく残ってやがる』


 散々素手で人体を破壊しつくしているバイパーであるが、相手が子供となると、トラウマが刺激されてしまう。そして新たなトラウマを作ってしまった。


「私も折られたんだけど」

 純子がバイパーに聞こえるように言う。


『そっちも抵抗は多少あったぞ。しかし相沢の方がもっと嫌だった。雪岡は……中味のおぞましさが俺の心を麻痺させた感じがあって、それで大分助かったな』

「えー? 私の中味のどの辺りがおぞましいんだろうねえ」


 にやにや笑う純子。


『では改めて今回は共闘ってことで一つよろしく頼む』

「ああ」


 バイパーの言葉に真が頷き、電話が切れる。


「じゃあ行こっかー」

「イェア~、みどりも行くわ~」


 純子が立ち上がり、みどりも名乗りをあげる。


「ま、あたしはただの見物だけどね」

「私もそのつもりだよ。真君に全部お任せするよー」


 純子とみどりが真に視線を注ぐ。真は無反応で立ち上がり、先に部屋を出た。


***


 長時間、同じ場所に待機してひたすらターゲットが出るのを待ち続けるのは、中々堪える代物だった。最初にあった緊張も次第に薄れていき、今自分達がしていることに疑問を覚える者も多い。


 勝浦の指示によると、相手もグリムペニスが張っている事に気がついているし、絶対に出てくるので、辛抱強く待つようにとのことである。焦らして疲弊させ、人気の無い時刻に現れるだろうと。ひょっとしたら数日掛かりになる可能性もあると言われた。

 ただ相手を待ち構えるだけではなく、どうにかして誘き出すなど、もっとよい手段があるのではないかとも思ったが、その手段を誰も思いつかなかったので、指示に従い続ける。


「出てきたぞっ」


 見張りをしていた一名が、歓喜の混じった声で報告した時、同じ班にいたメンバーもやっとこの地獄から解放される喜びと、これから始まる戦いへの緊張に、全身を粟立たせた。

 他の班もその報告を受け、一瞬で身を引き締め、カンドービルの前に立つ白衣の少女と、制服姿の少年に視線を集中させる。


「改めてみると、ただの女の子だよな。しかも可愛い」

「赤い目綺麗だし……って、敵だぞ」

「もう一人が裏通りで有名な殺し屋ってのも信じられない。子供で殺し屋とか、ラノベの馬鹿げた設定じゃあるまいし」

「つーか、あの子夕方にいたのに、何で誰も反応しなかったんだよ」

「そーかなーと思ったけど、誰も反応しないから人違いかもと思って……」

「海チワワの戦士とやらはもう来てるの?」

「どこかに隠れて機会伺ってるのかな?」

「俺達とは接触しようとしないのは変だろ。俺達を盾にして、美味しいところをもってくつもりなんじゃないのか?」


 離れて待機している四つの班で、様々な会話が交わされる。


「つーか、桃子、どうするんだ? 海チワワとか無関係に、一斉に攻撃しかけるのか?」

「そもそも街中で本当にドンパチが起こるのかな……。それがまず現実味無い」


 深夜で店も閉まっていて人通りも少ないとはいえ、それでも繁華街のド真ん中だ。

 真が堂々と銃を抜いて発砲する。最も近く――トラックの陰に潜んでいたメンバーが撃たれた。ほんの少し頭を出しただけで、悟られて撃たれた。


「ひぃぃっ!」


 間近で仲間が速攻で射殺されたのを目の当たりにし、同じ班の学生が腰を抜かして悲鳴をあげる。


「お前達がこっちに堕ちてきて、僕達と同じ土俵で戦うというなら、僕は歓迎するし、敬意と共に殺してやる」


 凶暴な殺気を撒き散らしながら、真は宣言する。


「えーっと、隠れているグリムペニスの人達、はじめましてー。一応自己紹介しとくねー」


 人気の無い夜の街ということも手伝って、よく通る弾んだ声で純子が告げた。


「私が――君達が敵視するマッドサイエンティストの雪岡純子だよー。そしてこっちは、私の専属の殺し屋の相沢真君」


 そう言って純子が真の背後に回って、その両肩に手を置く。


「いいでしょー? 可愛い男の子の専属殺し屋を持つって、女の子なら誰でも一度は心に抱く夢であり憧れだもんねー。でも大抵はかなわぬ夢。それをかなえた私は、ひょっとしなくても、世界で一番幸せな女の子だと思うんだー」


 朗らかな表情と声で純子が語る。


「ねーよ……」

 呆れきった顔で呟く桃子。


「相変わらず頭おかしいな」

 別の場所で聞いていたバイパーも苦笑する。


「くっ……う、羨ましい……」

 一方でキャサリンは純子の言葉を聞いて、嫉妬に震えていた。


「んー、まだ出てくる気ないのかな?」


 真が撃ったメンバーの仲間が潜むトラックの陰を向いて、純子が声をかける。


「海チワワとかもうどうでもいいし、皆で一斉に攻撃よ。私が飛び出たら皆も行って」


 桃子が全員にメッセージを送る。


 少し間を置いてから、桃子は深呼吸をすると、潜んでいる場所から勢いよく躍り出た。


 その桃子に仲間達が反応するよりも早く、真が反応し、再び引き金を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る