第十九章 12
犬飼の家に滞在しつつ、バイパーは犬飼に紹介されたフリーの情報屋を雇い、キャサリン・クリスタル及び、キャサリンが接触する可能性があると見なした、チャイニーズマフィアの同行を探らせていた。
『キャサリン・クリスタルは安楽市にはいないんじゃないか? 一時期安楽市内に姿を見せてはいたし、カメラにも映ってるが、今はまるで見かけない。マフィアの方はさらに動き無し。チャイニーズマフィアに聞き込みしてみたが、海チワワとの取引の話は無いって言われたよ』
「堂々と奴等に聞き込みしたのかよ……」
電話での情報屋の報告に、バイパーは呆れる。ちなみに現在、犬飼の家にいるのはバイパー一人だけで、犬飼は出かけている。
『組織に属しながら、組織に不満抱いている下っ端のチンピラに、金つかませたんだ。後で経費上乗せよろしく~』
「それにしたって、真実を喋るとは限らねーし、組織の方にも何か嗅ぎまわっている奴がいると報告しないとも限らないだろ」
『大丈夫だって。これでも人を見る目は確かだし、あの手のタイプは大丈夫』
根拠が情報屋自身の人物観だけで、安心できるわけもない。
『それより、俺の勘だとキャサリン・クリスタルは、グリムペニスの日本支部ビルにいるんじゃないかと思うぜ? あの組織は今別の意味で物々しいし、兵隊が必要な状態だ。ほら、雪岡純子との件もあるし』
高田義久という名の情報屋の言葉を受け、バイパーは思案する。
「なら、そのビルにまで調査の足を伸ばしてくれ」
『あいよ。早速行ってくる』
電話が切れた。
その三秒後、電話が鳴った
『グリムペニスのビルに着いたぞー』
「おい……」
義久の報告に、思わず笑ってしまうバイパー。
『こっちでも堂々と聞き込みするけどいいな? キャサリンのあのなりは目立つし、すぐわかる』
「ああ、いるかいないかの確認だけでいからな。突っこんだ調査はいらねえよ。メールで教えてくれ。その後の指示は……ちょっと考えさせてくれ」
電話を切るバイパー。こちらの方針も決めあぐねている所だ。
(犬飼の言うとおりか。キャサリン・クリスタル、雪岡純子と一戦交える可能性が高い)
裏通りのサイトを検索しながら、バイパーは考える。
ふと、義久の言葉を思い出して、グリムペニスの学生デモが雪岡研究所まで押しかけて、放射線で撃退された話題を見る。
(もしかして、グリムペニスは初めからこうするつもりだったのか?)
グリムペニスは表通りの住人を用いて、純子を表舞台に晒そうとしたが、失敗した。そうなれば次の出番は、グリムペニスの汚れ仕事を一手に引き受ける海チワワであろう。そうなる可能性も見越して、海チワワにも召集をかけていたとも考えられる。
(雪岡と共闘する方向性でいいな、こりゃ。高田にはカンドービルの方を張ってもらうか)
そう考え、バイパーはメールで義久に方針を伝えた。
***
その日、ヴァンダムは安楽市内にまでわざわざ出向いていた。
ヴァンダムが協力を請う組織の中でも、特に重要な一つと接触し、相手の組織のトップと直に会って交渉を試みるためだ。
相手の組織に指定された場所へと車で赴く。十階建ての綺麗なビルだ。地下へと車で入ると、エレベーターのすぐ隣へと止まり、車が止まると同時にエレベーターのドアがすぐに開く。
「襲撃防止に備えて、念には念をという事か。悪い意味で気が利いているな」
徹底した配慮に、ヴァンダムは思わず笑ってしまう。一応ボディーガードとして、海チワワの幹部、ロッド・クリスタルを同行させている。
「どう考えても俺の出番は無さそうだ」
「うむ。まあ気晴らしのドライブをしたと思ってくれ」
つまらなさそうに言うロッドに、ヴァンダムが笑いかける。
ロッドとヴァンダムは出迎えた組織の構成員に、ビルの中の応接室へと通される。そこですでに待っていた相手の姿を見て、二人して眉をひそめた。
「そのマスクは信用してない証かね」
鳥の仮面で顔を隠した、スーツ姿の年配の男に向かって、挨拶もせずに、まず胡散臭そうに声をかけるヴァンダム。
「世界を席巻する大組織の棟梁が相手ということで、大幹部である私が直に出向いただけでは不服かな。ちなみに我々の組織では、大幹部同士でも仮面をつけて、正体は明かさないのが常だ」
鳥の仮面の男も挨拶をせず、座ったままヴァンダムを見上げて、淡々とした口調で告げた。
「中々ユニークな組織のようだな。そちらのトップに会う気はないと言われても、別に不服とは言わないよ。話を聞いてくれるだけでもありがたい」
相手の向かいの席に座り、手を差し出すヴァンダム。鳥の仮面の男は素直に応じ、ヴァンダムと握手をした。
「一応断っておくが、見くびっているわけではない。会わせたくても会わせられない。我々のボスはここ数年ほど、組織に顔を見せていないからな。もちろん探せば見つかるだろうが、実質上、組織と疎遠になっているボスを引っ張り出す意味は無いと思わないか?」
「なるほど」
裏通りでもトップクラスの巨大組織である『ホルマリン漬け大統領』の大幹部の言葉に、ヴァンダムは納得して頷く。
「雪岡純子に迂闊に手を出して、とんだ火傷をしたようだな。そのうえ協力をこぎつけた多くの者に背を向けられた、と。それを踏まえたうえで、我々に話とは何だね?」
鳥仮面の男の遠慮の無い言い方に、ヴァンダムは苦笑を禁じえなかった。
「そちらの組織にとっても損はさせない。うまく商売に利用できるはずだ。イベント興行のサプライズとしてでも使ってくれ。それに上手くいけば、雪岡純子にやられっぱなしの君の組織も溜飲は下がるというもの」
そう前置きをしてから、ヴァンダムは本題へと入った。
ヴァンダムの話の内容を聞いて、鳥の仮面の男は明らかに絶句していた。
(まだ諦めてないのか。そして俺達の役割は……)
後ろで聞いていたロッドも呆れつつ、ヴァンダムが自分達荒事組をどういう意図で用いるのかも看破した。
(まあ俺は暴れられれば不服は無い)
海チワワのボスのポール・ワーナーには、ヴァンダムの真意を告げまいと心に決めるロッド。キャサリンにも言わない方がいい。それはヴァンダムとて望まないことであろうし、話してもワーナーが荒れるだけだ。
「その諦めの悪さ、呆れたな。いや、聞いて呆れるくらいだからこそ丁度いいのか」
話を聞き終えた鳥仮面の男は、そう感想を漏らす。
「その通り。瞬時にその道理を理解できるのは流石だね」
ヴァンダムが微笑む。
「上から目線で言ってくれる……。しかし我々は後から様子を見て合わせればよいだけだから、楽な作業だな。失敗したら何もしなくてもよいし、成功したら映像を売るだけか」
「カメラマンもそちらで用意してくれるとありがたい。もちろん別口にも用意するが、そちらはそちらで用意しておいた方がよい」
「それはイベントとして商売に使うのだから、当然のことだ。了解した。上手くいくといいな」
社交辞令ではなく、かなり本気で鳥仮面は言った。
用件を済ませ、ヴァンダムは応接室を出てビルの地下へと向かう。
「とんでもない計画だったが、俺にも聞かせてよかったのか?」
ロッドがヴァンダムに声をかける。
「君は私がお願いすれば、ワーナーには喋らないでいてくれるだろう? いや、お願いするまでもなくか?」
「かなわねえな」
全てを見透かしたかのようなヴァンダムの物言いであるが、不快感を覚えることもなく、ロッドは微笑をこぼす。
車に乗り、ホルマリン漬け大統領のビルから出た所で、ヴァンダムの携帯電話が鳴る。
(脈有りかな?)
かけてきた相手の名前を見て、期待しながら電話を取る。
「ハロウ。諦めの悪い男と、ここでも言われてしまうかな?」
『メッセージは拝読しましたー。安楽市で起こった事件も知ってまーす。全く純子は……最近大人しくしていたかと思ったら、まーたやってくれましたねー。ぷんぷんでーす。お尻ぺんぺんしに行きたいでーす』
電話の相手――シスターの声には、子供を叱る教師のような可愛らしい怒りの声音が混じっていた。
「直接電話をくれたといいうことは、私のプランに協力していただけるのかな?」
『そのつもりでーす。今回に限って、純子を懲らしめるために、貴方の計画にのってあげまーす。わずかな期間に過ぎませんが、各機関の圧力をしないよう呼びかけておきましたー』
「先に貴女の方で手を回してくれたのか。ありがたい」
ヴァンダムがにんまりと笑う。
『長続きはしないと思いますので、その辺は御承知の程を~。そして貴方の方で、私以外の権力者達にもそれぞれお声をかけておくように~。では、頑張ってくださいなー』
気の無い応援の言葉をかけると、シスターが電話を切る。
(尻持ちをしてくれそうな者達に、話をつけていくとするか。シスターの御威光を借りれば、承知せざるをえまい)
表舞台に立たない裏の権力者達、さらにはその下にいる為政者や財団等の知り合いに、片っ端からメールを送って連絡を入れまくるヴァンダム。
返事は次々と返ってきた。早い返事と見事な掌返しに、ヴァンダムは笑ってしまう。
(これがシスターの……人類史のフィクサーの一人が持つ影響力か。国家元首達をも越える最高位の権力者達――私もいずれはその地位に登りつめたい所ではあるが)
それにはまずオーバーライフと呼ばれる存在にならないと不可能と、聞いたことがある。不老にして、多少どころではない強力な超常の能力を有することで、その域に辿りつけるという話だが、そんな化け物になりたいなどと、ヴァンダムは望まない。限りある命の中でどこまでできるか、その領域の中で勝負すべきだと考えている。
(これでテレビ局や新聞社も動かせる。彼等にももう一度連絡を入れないとな。彼等の説得は、ここまでスムーズにはいかないかもしれないが、必要不可欠だ。要だしな)
そう思いつつ、ヴァンダムは知り合いのテレビ局の人間に電話をかける。
『またあんたですか』
電話に出た相手が露骨に嫌な声で応じる。
「貴方達を安心させる後ろ盾を複数つけた。リストを送る。さらに増やすつもりでいる。裏の権力者達だけではなく、懇意にしていた政治屋達も、何人か説得するつもりだ」
言いつつ、後ろ盾のリストを送る。シスターではない。シスターの存在など、一般人が知るわけが無い。シスターが根回ししてくれた者達が、さらに根回ししたであろう、各界のVIP達だ。
『尻持ちリストが本当かどうか確認させてくれ』
電話が一旦切られる。
十分後、安楽市から首都圏へと向かう中央高速道路の中で、先程のテレビ局の人間から電話がかかってきた。
『確認できた。どんな魔法を使ったんだ?』
「彼等の上にいる人達の、そのさらに上の人と、私は仲良しなのだよ」
あえて自慢げな口調で言ってのけるヴァンダム。
(しかし彼女の首を縦に振らせたのは、他ならぬ雪岡純子だ。皮肉かつ愚かしい話であるな)
そう思い、ヴァンダムは微笑をこぼす。
「貴方方とて、本心はこの話に乗りたいだろう? 歴史的瞬間を映像に納められるのだぞ? 生放送で既成事実さえ作ってしまえばいいのだ。もちろん、私の友人が抑えてくれた者達が、身の安全は保障する。立場が失墜することもない。そういう力の持ち主達である事は知っていよう?」
彼等の上の上にいる私の友人は、世界の一部を裏から支配するフィクサーなのだ――と言いかけて、ヴァンダムは自重した。おそらくこの相手には、あまりに現実味の無い話として、胡散臭がられると思われるからだ。
『わかった。やろう。あんたの言うとおり、俺達もこいつは是非とも映像に収めたい』
悦びと興奮に震える声で、テレビ局の人間は応じた。
(意外とスムーズにいったな。報道規制にうんざりしていたせいか? 彼も乗り気だったような気がする)
ヴァンダムの予想ではもっと説得が大変かと思っていたが、そうでもなかった。
(さて、準備が整ってきたものの、最も大事な一手がまだだな。これはどうしたものか……)
思案するヴァンダム。
(雪岡純子をどうやって、私の前に引きずり出すか。それも……私の要望に応じさせたうえで、だ。これができなければ、全ては始まらない)
一番肝心なことが棚上げという状態である。舞台の準備は整えられていき、主演女優へのオファーがまだという有様であるが、ヴァンダムはこの状況を楽しみながら、思索に耽っていた。
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