第十七章 28
「ネナベオージ。貴方は昔、自信満々に人を見る目はあると言っていたけど、節穴だったよね。私がそれを証明しちゃったよ? こんなろくでもない女を友達にしたんだから」
自虐を混ぜた冗談と共に、マキヒメは電撃の渦を発生させる。
「ぱっと見、電気に見えるけど、生体エネルギーだね、これは。星炭流妖術のあの奥義にちょっと似てるかなあ」
マキヒメが発生させる電撃を一目見てその正体を見抜き、純子は呟く。
電撃の渦を見ても観察するような顔しかしていないネナベオージを見て、マキヒメは安堵してしまう。この場に来て、自分を成敗すると宣言したほどであるから、きっと只者ではないのだろうと思ったからだ。
渦の範囲が拡大し、純子に電撃が降り注ぐ。
「んー、中々いい感じだね」
電撃に似た性質のエネルギーの奔流の直撃を受け、純子は心地よさそうに笑う。
「もっと出力をアップしていいぞ。もっと君の気持ちを乗せろ。僕に叩きつけろ。言ったはずだ。君の気持ちを全て僕が受け止めると」
その身に電撃を浴び続けながらも、まるでダメージを受けた素振りを見せずに言い放つネナベオージに、マキヒメは感動すらしていた。心底格好いいと思い、打ち震えていた。
「凄いよ……私、最期にこんな気持ちになれるなんて……」
相手の言葉に従い、出力を上げる。電撃の渦が激しさを増すかのように、輝きと音が増し、数も増える。
(数を増やすのは悪手なんだけど、マキヒメちゃんは気付いてないのかなあ)
純子は思った。すでに相手の攻撃の術理を解析し終えているし、一見マキヒメの攻撃をそのまま受け続けているように見せているが、食らったのは最初の2~3秒あまりの時間だけで、その後は密かに防いでいた。
マキヒメの放つ電撃を密かに両手の掌で受け、周囲に飛散させて、肉体から霊体を分離せしめんとする力を無力化させている。力の法則を理解した純子に、最早この能力はほぼ通じない。
不意打ちをして、掌で受ける前に体の別の場所に浴びせ続けるなどすれば、効果はあるだろうが、純子が防いでいる事にすら気がついていないマキヒメには、そのようなことを思いつきもしないであろう。
(死に至らしめるまで時間がかかるしね。意志の力や存在の個性が強い人間だと、抵抗力も強いし、さらに時間がかかるし、戦闘に用いるにはあまりにも燃費の悪い力だよー)
相手の攻撃を気の済むまで――マキヒメの命が果てるまで受けるという、ただそれだけの暇な時間が流れるため、あれこれと考えてしまう純子。
マキヒメの電撃が止む。まだ余力はあると思われるのにどうしたことかと、不審がる純子。
「一方的にそんなに浴び続けないで、私とちゃんと戦ってよ」
不満そうな顔でマキヒメは言う。
「ふむ、こんな具合にか?」
ネナベオージがマキヒメに向かって手をかざし、マキヒメが発していたのと同じ電撃を放つ。ただし、渦状ではなく一直線にマキヒメめがけて放たれた。
電撃が体を駆け抜けたのは一瞬ではあったが、それでも今のマキヒメには十分に堪えた。
「君は能力の使い方にロスが多い。渦巻き状に放射するのは、周囲を敵に囲まれた時にすべきだ。今は僕一人しかいないから、それに合わせた使い方をすべきだが、コントロールが効かないのかい?」
「私の精神状態を表しているのかもしれないけど、どうしてもこういう形になってしまうのよ」
指摘され、マキヒメは言いにくそうに答える。
「私の力をコピーしたあげく、上手な使い方見せるとか、本当ネナベオージって何者なのよ……」
「フッ、マッドサイエンティストなら、この程度はできて当然のことだ。能力を解析して術理を解明すれば、ある程度の代物であれば扱える」
ネナベオージが嘯くのを見て、マキヒメはくすくすと笑う。
「凄いよ、ネナベオージ。本当に宇宙人もやっつけられそうね」
この間ネナベオージがマキヒメに向かって言ったあの台詞が、その場の勢いによるものだけではなく、確固たる自信の裏づけだった事が痛快に感じられた。
「親しい人が大魔王になっちゃったらどうするかって話、覚えてる?」
「ああ、説得する余裕は無かったな」
「そうね……あの時、貴方に助けを求めれば……こんなことにはならなかったのかな……」
「ああ、そうだな」
あっさり断言するネナベオージの言葉を聞いて、マキヒメは再度吹いてしまう。
「こんな醜い姿にもならなくて済んだのね。言っておくけど、私もっと若いのよ。そりゃ貴方みたいに可愛くは無かったけど」
「いや、君は可愛いよ、マキヒメ。全てにおいて可愛い」
臆面無く言い放つネナベオージに、マキヒメは顔をひきつらせる。
「こんな……身も心も醜い私を前にして、そんな言葉がよく言えたものね」
「醜いとは誰のことだい? 僕の目に映っているのは、ゲームの中のマキヒメだよ。ずっとさっきから目の前にいるのは、マキヒメ以外の何者でもない」
ネナベオージならこういう台詞しか吐かないし、そのスタイルを崩さないこともわかっているが、喜んでいいのか嘆いていいのか怒っていいのか呆れていいのか、複雑な気持ちになるマキヒメであった。
「さあ、お喋りしてないで、君の全てを僕に力いっぱいぶつけてみろ」
「そうね……ぶつけても効かないみたいだけど、ぶつけてみるっ」
自分の命全てを力に変える意気込みで、マキヒメは電撃の渦を放出する。今までで最も巨大で、電撃の数も多い。
ネナベオージはたちまち渦の中に飲み込まれる。
(流石にこれだけ大きくて、数が多いと、全ては防ぎきれないかな)
純子が微苦笑をこぼす。側面から襲ってくる電撃を片っ端からガードしまくり、その力を霧散させるものの、二本しか無い手ではガードしきれないと判断し、空間の扉を開いた。
(ちょっとズルだけど、しょーがないよねー)
電撃は純子の直前に生じた空間の扉へと注がれ、亜空間の中へと消えていく。
やがて力を使い果たし、渦が消え、マキヒメが荒い息をつきながら崩れ落ちた。
純子がマキヒメに歩み寄り、しゃがみこむと、その体を抱き起こす。先ほどよりさらに老化が進行している。
「ひどい死に様ね……」
赤い目の少女の顔を見上げ、ぽつりと呟く。
「これがバッドエンドだと思うか? 君は今不幸か?」
あくまでゲームの中の気障な猫耳少年の口調と表情で、赤目の少女は問う。
「僕は君を不幸なまま終わらせないために来たんだ。最期は幸せな気分で逝けるために。幸せな気分で送ってやるためにな」
「貴方に看取られて死ねば私は幸福だと、他ならぬ貴方が言うの?」
力強い声で断言するネナベオージがまたおかしくて、笑ってしまう。しかし同時に嬉しくもあるし、ネナベオージの言葉を否定する気も無い。
「私、いっぱい人を殺したけど、罪悪感は無い」
嘲るような口ぶりでマキヒメは言う。
「私達のやってることって、理解できない人から見れば、本当に理解できなくて馬鹿馬鹿しいものだと思う。ものすごくショボいことに命がけ。くだらないことに必死になってる。でも、わかってくれない人達がどんなにわかってくれなくても、私のこの感情そのものは、確かに私の中に存在しているんだから、それを否定されたくもないし、笑われたくもない。でも、きっと皆、嘲り、笑うんだよね。そうに決まってる。だから、そんな人たちをどうしようと、何の罪悪感も無い。皆、私の敵だもん。私を苦しめてる人達、私が苦しんでいる様を見て、私が必死になっている姿を見て、嘲笑うようなひどい人達だもん。どうなったっていい。そう思って、殺して殺して殺しまくった」
「気持ちよかったか?」
ネナベオージの問いに、マキヒメは静かに首を横に振った。
「気持ちよさより、自己憐憫でいっぱいだった。殺せば殺すほど、自分の心が削られていく気持ちだった。でもそれをあえて無視してた。感じない振りをしてた。ただずっと、一線を踏み越えた自分を嘆いていただけで……」
「僕に言わせれば、君は別にとりわけおかしなことをしたわけでもない。君のような子が力を手に入れて暴走して人を殺しまくって、今の君のようになったケースは何度も見たことがある。そうなってしまうように、人はできているんだ。君はたまたまそのパターンにハマってしまっただけだ」
「それって慰めてるつもりなの?」
「人の法則について語っている。だから君が悪いのではない。誰であろうと、君と同じような境遇で苦しみ、そのうえで力を手に入れれば、大抵が君のようになる。そう言いたかっただけだ」
実の所、今の台詞は純子の本心ではないが、己の運命を嘆いているマキヒメの悲痛を少しでも和らげようと、それこそマキヒメの指摘通り、慰めのつもりで口にした台詞であった。
「だがあえて、言うとしよう。君と同じパターンにハマった人達と、君との唯一にして大きな違いは、君の前には僕がいるという事だ。これは全くもって大きな違いだ。君だけのスペシャルだ」
「そうだね。ていうか、私、中々死ねないね……」
力は尽きて、立ってることもできないほどだが、意識が薄れる感覚は無い。
(ここで死んだ方が美談だけど、そこまで力を使いきらなかったってことだね)
純子はそう判断する。正直、純子はマキヒメを殺すためにここに来たし、死なせる方が救いだと思っていた。だが結果的には、そうはならなかった。
(ダメ押しに私が殺すっていうのも何だかねえ……。せっかく生き残れたんなら、別のことに使う方がいいしね)
別のことを考えて、にんまりと笑う純子。
「ドリームバンドを通じて超常の力を覚醒させられたから、脳に悪影響が出ているのは厄介だけどさあ、何とか救ってみせるよ。ただし、そのためにはいろいろと君の体で、実験する必要もあるけど、いいかなあ?」
純子の喋り方に戻って、やや詭弁じみた言葉選びでもって、実験台になるかどうかの承認を取る。
ネナベオージが消えてしまったので、ちょっとがっかりとしてしまうマキヒメ。
「いいや、殺して……。もう生きてるのは苦痛」
大きく息を吐き、マキヒメは言った。
「私のリアルは全て最低最悪だった。もう未練は無い。オススメ11の中だけが幸せだった。殺して電霊にでもなって、育夫達みたいにあの中で漂っている方がずっといい」
「オススメ11だって、現実さ」
マキヒメが不服そうなのを見てとり、またすぐにネナベオージを復活させる。
「ネトゲは夢でもファンタジーではないんだ。それもリアルの中にある、一つの世界。それもまた現実の一部に過ぎないのだから、その一つの世界に思い入れを抱くのも、守りたいと思うのも、そこで好きな人ができるのも、何も不思議なことではあるまい?」
正直言えば、ゲームの中でならともかく、現実でネナベオージのRPをするのは、結構気疲れする純子であった。
「すまないな。いくら口調を真似てみても、今の僕は女の子で、ネナベオージではないから、どうにも滑稽だな。だが、僕は確かにここにいる」
「わかったから無理してネナベオージしなくていいよ」
マキヒメもそれを見抜いて、微笑みながら目を閉じた。
(結局当初の予定通りかー)
純子がマキヒメの頭部に手をかざす。
電撃に似た生体エネルギーを直接マキヒメの頭部に浴びせ続ける。これで彼女の望みはかなうであろうと思い、純子は小さく息を吐いた。
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