第十七章 エピローグ

 川崎家から川崎辰好が姿を消して、二週間が経った。


 働きもせず部屋にこもってネトゲばかりしている一人息子が行方知れずになり、一応は警察に届け出た、辰好の父――川崎辰夫であるが、その後音沙汰はない。

 息子が女の子を連れて来て、男の子が上がってきて乱暴を働いてと、あからさまにおかしな事態があったし、それら二人組が事件に関与しているのではないかとも川崎辰夫は考えたが、それを警察に問いただすこともしなかった。


 そんなある日のこと、川崎家に意外な人物が訪れた。

 辰好がかつて勤めていた職場の上司である。


「ずっと気になっていた事があって、川崎君に謝りたくて、ここに来ました」

「辰好に謝る?」


 意外な言葉を耳にし、辰夫は訝る。あの馬鹿息子の事だから、こちらが謝るようなことは散々しでかしただろうが、上司から謝られるようなことなどあるのだろうかと。


「あの時、私は川崎君の前で泣き出すという、何とも無様な失態を見せてしまいましてね。その時からなんです。川崎君が社に来なくなったのは」

「ああ、それなら息子から聞きました。お気持ちは察します」


 どこか他人事のように辰夫は言う。

 そもそも上司が泣き出した理由も辰夫は理解している。馬鹿息子のあのあまりの馬鹿さ加減を目の当たりにしたら――あんなものに付きあわされたら、大の男とて泣きたくもなるだろうと。


「私のせいで、彼の人生を狂わせたのではないかと、ずっと気に病んでいました。で、半年前に私も退社しましてね。今は独立して小さな会社で細々とやっています。もし良かったら、辰好君、私の所でどうかなと思いまして」

「お心遣いはありがたいのですが、辰好はいません。行方不明になっています。二週間ほど前から」


 冷めた口調で告げる辰夫。


「それに息子を雇ったとしても、また泣きたくなるような迷惑をかける事になるだけですよ。我々とて匙を投げているというのに」

「……」


 父親のあまり関心の無さそうな態度に、辰好の上司は唖然とするが、考えてみて納得もする。こんな父親では息子がおかしくなってしまうのも無理は無いと。今は息子の性格に愛想をつかして関心がなくなったのかもしれないが、いずれにせよ親の責任であろうと。


「わかりました。失礼します。息子さんが見つかったら、是非……」


 名刺を渡され、息子の上司が去るのを見送り、辰夫は大きく息を吐いてこう呟いた。


「見つからない方が、誰にとっても幸せなんだよ。あんなのは」


***


 その日、純子は真に連れられて絶好町の繁華街に訪れた。と言っても、雪岡研究所があるカンドービルから出たそこが、すでに繁華街であるが。


「ねえ、どこに行くの?」

「いいから付いて来いと言っただろう」


 尋ねる純子に、先をすたすたと歩きながら、真は振り返りもせずに答える。


(どこに連れて行くんだろう。何の用なんだろう)


 わくわくしながら、後を付いていく純子であった。目的こそわからないが、そもそも真からこうして声をかけてきて、外に連れ出すなどという事自体、とても稀だ。


(誘ってもらって、一緒に歩いているだけでも嬉しいけど、全然声かけてくれないのはちょっと……)


 わくわくする一方で、不安や戸惑いも覚えながら歩く純子。


「着いた」

 真が立ち止まり、やっと純子の方を向き、告げる。


「え?」

 目の前にある店を見て、純子は固まる。駄菓子屋だった。


(まさか……まさか……)

 どうしても、先日の出来事を思い出してしまう純子。


「僕が奢るから何でも買っていいぞ」

 純子の顔をじっと見て、いつも通りの無表情で促す真。


「あ、ありが……とう……」


 ぎこちない口調で純子は礼を述べ、並べられているお菓子に目を落とす。

 どう考えても、タツヨシに会いに行った時のことを意識した行いであるが故、素直には喜びがたい純子であった。


(まさかと思うけど、あてつけているとか、そういうんじゃないよね? いや、対抗意識くらい持っているとしたら、可愛いもんだけど……それにしても……何か凄く……)


 真に対して形容しがたい恐怖にも似た感情を覚え、同時に背後から冷たい霊気も感じる。守護霊の冷たい視線が突き刺さるのを、びんびんと感じる。


「じゃあ、これ……」

 ボンタンアメを手に取る純子。


「一つだけとか、どういうつもりだ? こういう場面では遠慮せずあれもこれも取るのがお前のキャラだろ? 奢るって言ってるんだからもっと買いまくれよ」

「あ、はいはい」


 少し怒ったような口調で真に促され、物凄く既視感を覚えながら、純子は手当たり次第に駄菓子を取りまくる。


「じゃあ帰ろうか」

 駄菓子を買ったところで、真が言った。それを聞いてまた固まる純子。


「あの……このためだけに連れてきたの?」

「何か不服か? 気に障ることでもあるのか?」


 恐る恐る尋ねた純子に対し、真は驚いたような目で見る。それどころか、不安そうな表情さえ、はっきりと浮かべている。


(真面目に喜ばせようと思って連れてきたんだ……。だとしたら、悪いこと言っちゃったかなあ。でももう少し前置きというか、コミュニケーションとってほしいというか、昔はここまでぶっきらぼうな子じゃなかったのに……)


 これ以上余計なことは言わず無難にやりすごすか、はっきりと注意した方がいいか、純子が迷っているうちに、真はさっさと駄菓子屋を出て、帰路につく。


(付き合い長いはずなのに、たまに何考えてるのか、いまいちわからなくなる……)


 肩を落として真の後を追いながら、複雑な気分になる純子であった。


***


 育夫と明日香の二人は再びオススメ11の中に、電霊として入っていた。


 研究と実験が中座した状態で、このままでは暇だろうからという事で、純子がゲームの中に戻してくれたのである。ただし、研究したくなったらすぐにリアルに呼び戻すという話で。


 ただゲームの中にいるだけでも暇だと思う明日香であるが、以前と変わらない幽霊生活に戻っただけなので、特に苦痛ではない。


「このゲームがサービス終了するまでは、成仏したくないぞ」


 プレイヤー達が遊ぶ様子を見ながら、育夫はぽつりと呟く。


「付き合わされる私の身とか考えて欲しいんだけどな。それに、もし死後の世界で天国と地獄があったら、私を殺したことも含めていろいろ悪いことしでかした貴方は、当然地獄行きなのよ? その時私はどうすればいいの? ちゃんと一緒に地獄に行けるの? その辺だって現時点ではわからなくて、不安なのに」

「じっ、地獄にまで一緒に来てくれとは、流石に言えないぞっ」


 明日香の言葉を聞いて、育夫は狼狽し、照れくさそうにそっぽを向く。そんな育夫の仕草を見て、微笑む明日香。


「あ……。おい、明日香。あれを見ろ」


 育夫がそっぽを向いた先の空を指す。育夫の指す先に、見覚えのある顔があった。


「マキヒメさん……」


 電霊となったマキヒメが二人を見下ろし、小さく微笑むと、そのままどこか遠くへと飛び去ってしまう。


「今のマキヒメ……電霊と言っても、僕達とは違うぞ。自由意志や思考能力に欠けるタイプの霊だぞ」


 いわば感情だけの塊のような形での、一般的なイメージでの霊に近い代物であると、育夫は見抜いた。地縛霊の一種であるにも関わらず、生前と同じ思考能力を残した育夫や明日香の方が、稀なケースだ。


「きっと純子がケリをつけたんだぞ」


 マキヒメのいなくなった空を見上げたまま、育夫が言う。


「マキヒメさん、笑ってた。これで……よかったのかな?」

「いろいろとダメだと思うぞ」


 物憂げに問う明日香に、育夫は半眼になってきっぱりと言った。



第十七章 ネトゲ廃人を量産して遊ぼう 終

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