第十七章 16

 夜、真は一人で、累が出入りしているとされるホテルへと向かった


 真は巨大なトランクを持参していた。子供なら余裕で入りそうなくらいの大きさである。真自身も簡単に中に入れるだろう。用途が何であるかは明白だ。


 凍結の太陽から送られてきた画像と同じ外観だが、送られてきた画像は昼のものだ。夜見ると違和感がある。ホテルであるというのに、灯りがほとんどついていない。パッと見、ホテルにも見えない。


 正面入り口から堂々と入る。自動ドアは反応することなく閉まっていたが、他の侵入口を見つけるのも面倒なので、手榴弾で爆破してから中に入った。中に人がいれば、間違いなく音は聞こえたであろうが、構うことは無いとする。

 中は真っ暗だったので、堂々とペンライトをつける。もし中にいる者が真に襲いかかるとしたら、灯りをつけると的になるであろうが、それも構うことは無いとする。


 トランクを転がしながらホテル二階の廊下を歩いていると、人の気配を感じた。


(部屋の中に誰かいるな。しかもこれは……複数か)


 中の様子を見るため、ドアノブにゆっくりと触れて、すぐに手を離す。


(トラップの類も無さそうだな)


 ドアノブを回した瞬間、電流を流す類の罠を警戒したが、そのような事は無かった。

 さらに念を入れて、銃を抜き、空いた手でドアノブを回した直後、扉を勢いよく蹴り開けて、部屋の中に銃口を向けて構える。


「なるほど……これが……」

 中の光景を見て、真は納得するように呟いた。


 数人の四肢の無い男達が、ドリームバンドをかぶって、大人用オムツをはいた状態で並べて床に寝かされている。風呂の類には入れられていないようで、部屋の中が彼等の体臭と汚臭でひどい臭いだ。果たして床ずれもちゃんと考えて管理されているのだろうかと、真は漠然と考える。


「電霊の本体か」


 特にどうしようという気も起きず、真はそのまま部屋を出た。助けようにも、迂闊に手を出してどういう作用があるかわからない。もし助けるとしたら、累を説得した後だ。


 さらに隣の扉を開くと、同じように男達が並べて寝かされていた。さらにその隣も同じだった。


 二階の部屋は全て同じであったので、三階を調べに行く。

 三階の部屋には、やはりドリームバンドとオムツ姿で寝かされている者達がいた。ただしこちらは、男ではない。全員女だ。やはり四肢が付け根から切断されている。しかもその中の半分以上が、腹の膨らんでいる状態だった。


「人間畑か」


 小さく呟く真。見るのは初めてではない。ニャントンだけがこのような事をしているわけでもない。実は世界中で同様の事がなされている。胎児や赤子を専門に販売する人身売買は、わりとポピュラーな闇の商売だ。その際に効率化をはかり、女は完全に身動きの取れない状態にされている。それが人間畑と呼ばれる。


「日本では珍しいけどな」


 闇のビジネスの中でもかなり非道な部類に入るし、知られたら警察も黙ってはいない。ホルマリン漬け大統領のように、政治家達に関与して国家権力をも封じる力があるのであれば、話は別だが。


 三階も調べ終わり、四階の最初の部屋のドアノブに手をかけた時、ドアに鍵がかかっていた。

 中には誰かがいる。鍵がかかっているという事は、余程重要な部屋か。あるいは廃人ではなく正常な人間がいるか、どちらかであろうと真は判断する。


(さっきの爆発音を耳にして、警戒している可能性は高いな)


 そう思いつつ、ドアノブを銃で撃ち抜き、扉を蹴り開けて銃を構えた。


「この騒々しい登場は、いかにも真らしいですね」

 ベッドに腰かけた累が、銃を構えている真に向かって微笑む。


「それは?」

 真の後ろにあるトランクを見て訝る累。


「これならお前も多分入るだろう。ぼこぼこにして動けなくしてから、折りたたんで縛って研究所に連れて帰る」

「そんなことが出来ると思っているのも御目出度いですが、仮に僕を無理矢理連れ帰ったとして、それでは無意味でしょう? 順番としては、まず僕を説得してから連れ帰るべきではないですか?」


 いつも通りの淡々とした口調で宣言する真に、累はおかしそうに微笑みながら言った。


「累、少し明るくなったな。それはいいことだけどさ。やっぱりお前のしている事はおかしいよ」


 銃を懐に収め、真はじっと累を見つめながら話す。


「お前のしていることは、僕達に背を向けるほど大事なのか? そんなにあんな世界が大事なのか? 僕には理解できない」

「おかしいのはそっちですよ。たかだかネトゲにハマった程度で、話をややこしくして。せっかく僕が熱中できるものを見つけたのに、何でそれを取り上げようとするんですか。それこそ理解できません」

「難しい話はしていないだろ。家族の一人が明らかにおかしいレベルでゲームに熱中しまくっているのを見たら、心配するのが普通だ。多少のネトゲ漬けならいいけど、お前のハマリ方は過労死しかねない勢いだろ」


 純子も始めに注意していたし、真も調べて知った。バーチャルトリップゲームの長時間継続は、確実に脳の負担となる事や、死亡例も幾つかあるという事を。しかも継続してゲームをしていると、それに気がつきにくい。


「心配して、それを少し抑えろと言ったらヘソ曲げて家出とか、ガキ丸出しで格好悪すぎだ」

「悪口を言って僕を怒らせるために来たんですか?」


 少しムッとした表情になる累。


「毒の一つや二つくらいは吐きたくなる。でも心配して連れ戻しにきたんだ。帰るぞ。それとももう僕らの元には帰らないのか?」

「はい、帰りません。僕ははっきりと純子達を裏切りました。純子が手に入れようとしている、電霊育夫のサイドにつきましたからね。敵です」


 嘲りをこめて言い放つ累を見て、真の表情が曇った。

 いつもの無表情ではなく、完全に表情を見せている真を目にし、内心動揺しまくる累であったが、それを面には出さない。


「一度決めた事をそう簡単に折る方が滑稽ですよ。さらに言わせていただくと、僕は言葉での対話は嫌いです。他人を思い通りに動かせたいなら、力で屈服させるべきです。それが僕の好みです」


 ほとんど意地になって嘲り続けるが、同時に胸に激しく痛みを覚える累。


「さっきは最初に説得からと言っておきながら、今度は逆のこと言ってるぞ。僕は最初からお前のその性質も見抜いていたから、そのつもりできた。でも一応、言葉で想いも伝えておくのもいいかなと、お前に言われたからそうしただけだ」

 元の無表情に戻り、真は言う。


「何度も言うが、僕らを捨てるほどの価値があるのか? 僕をそんな目で見るほどにさ。そこまで取り憑かれているのか? 僕には何もかも理解できない。大して面白くも無いゲームだし。僕はもう飽きかけている」


 真の言葉に、累は再びムッとする。


「こちらも何度も言わせていただきますが、僕がやっとうちこめるものが出来て、人前にも出ることができるようになったのに、何でわかってくれないのですか? 僕にはその方が不思議なんですが?」

「だって所詮は仮想空間だし、紛い物だろ。戦いも安全なお遊びだ。リアルで殺し殺されしていたお前が、安全な空間で満足できるのか? 僕はリアルの方がずっと楽しいよ」


 累の問いに対し、真はいつも以上に冷めた口調で答える。


「こんなの、都合のいい美味しい所取りの世界だ。病気や怪我で苦しむことも無く、面倒な体の汚れやかゆみやトイレの概念も無い、綺麗に冒険気分を味あわせて、綺麗に勇者様気分になれるだけ。ま、所詮娯楽なんだから、それにケチつけようとは思わんが、でもやっぱり所詮は娯楽だろ。人生かけてのめりこむような場所じゃないだろ」

「その考え方は偏狭です。どんな事であろうと、例え娯楽であろうと、ひた向きに打ち込み、のめりこむ者の気持ちは馬鹿にできるものではないでしょう?」

「馬鹿にはしていないし、その理屈はわからない事もないけど、明らかにお前は限度越えているだろ。皆に心配させて、お前は何とも思わないのか?」

「平行線ですね。互いに互いが理解できず、理解しようともしない。言葉の対話はもう無理でしょう」


 累が闘気をまとい、立ち上がる。


「ああ。そうなるとわかっていたから、僕は余計なやりとりを省こうとしていただろ。お前が最初に説得しろとか言ったから、付き合っていたのに、言うことコロコロ変えるってのは、お前なりに混乱しているのか?」


 累に向かって半身になり、左手を腰に添え、右手を顔の横に構える真。


「混乱はしているかもですね。僕は真が来てくれて、煩わしい気持ちと嬉しい気持ちが両方あるのが、本音ですしね。これから君を痛めつけるのも、辛さと楽しさ、同時に覚えると思いますし」


 穏やかな笑みを浮かべて言い放つと、累は無造作な足取りで真の方へと接近していく。


 累が真のアタックレンジまで入った瞬間、真の蹴りが累の顔面めがけて放たれた。

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