第十七章 15
マキヒメにとってオススメ11というネットゲームは、辛い現実の逃避行だけの代物ではない。様々な出会いとドラマを体験できた素晴らしい場所でもある。
新しい場所に行く度に新鮮な気持ちと高揚感に包まれ、まさに冒険そのものの体験が出来る。それも一人ではなく、共通の目的をもった者と行うことで、楽しさは飛躍的に上がる。
さらには気の合う仲間達と行動を共にするようになり、この世界が何物にも変えがたい至福の空間となる。ゲーム内限定の恋人が出来たりしようものなら、幸福の絶頂へと登りつめる。
だが良いことばかりは続かなかった。
ゲームに愛想が尽きて去り行く者達。リアルと変わらぬ男女の衝突。我の張り合い。嫉妬からくる陰口や晒し行為。アイテム取り逃げ詐欺。空気を読めない者への無視。リーダーがブチ切れて泣き喚いてそのままいなくなる事もあった。
人と人が集まる世界であるが故、必ずや苦痛に満ちた出来事も生じてしまう。一皮剥けば、何もリアルと変わらない。それは仕方の無いことだとマキヒメも割り切ろうとしている。
それでもマキヒメは思わずにはいられない。リアルにしても、この仮想世界にしても、人々がもっと思いやりの心を強く持ち、我を抑えれば、皆いがみあうこともなく、嫌な気持ちにもならず、幸せな世界が実現されるのにと。
そんな世界はどこに行っても実現しないと、マキヒメは思い知った。かなわぬ願いだった。必ずどこかで誰かが他者を押しのけてまで我を通し、誰かが悪意の刃で誰かを傷つける。
せめてこのゲームの中においては、自分にはそれらが及ばないようにと祈っていたが、その祈りも虚しく、悪意という名の刃はマキヒメにも襲いかかった。
マキヒメはそのプレイヤー名の通り、所謂姫様扱いされてチヤホヤされていたタイプであったが、彼女に悪意が向けられるのは、姫様扱いされてから相当経ってからだ。
最初は単発程度の晒しだった。マキヒメは晒しどうこうなどという世界の存在自体知らなかったが、ギルドのメンバーからこっそりとテルで教えられて、見るようになった。
そこに渦巻く憎悪と悪意を見て、マキヒメは眩暈すら覚えた。見なければ良かったと激しく後悔した。
その件はそれで終わりということにはならなかった。マキヒメは常に猜疑心に捕らわれるようになり、自分の周囲に悪意に満ちた人間がいる事を意識し続けた。
その後、タツヨシと付き合うようになり、タツヨシのあまりに身勝手さとやらせろアピールにうんざりして別れた後、マキヒメにはさらに辛い日々が待っていた。
度重なるストーカー行為。別アカウントキャラでの罵倒テル。そしてマキヒメの周囲にまで及ぶ晒し行為によって、インするのが嫌になりかけていたが、マキヒメには味方も多く存在していた。
「ネットの晒しを気にしないで済む方法は、一切見ないことだ。そもそもあの手の晒し行為に取りつかれている者は、物事を額面通りに受け止め、深く思案もしないし、穿った見方もできない、人生経験が乏しく思慮の浅い者が多い。何より卑小な者だ。これは悪口で言っているわけではない。実際そうなんだ。少し分析すればわかる」
その中の一人、ネナベオージは冷静にアドバイスをくれた。
「そりゃ私は見なければ済むかもしれないけど、周囲はそうじゃないんだよ」
「なら僕が代わりに、君の周囲とやらに言ってやろうか? あんな空間を見るのが悪い、と。そのうえでマキヒメにその事を訴えるなど、おかしいだろう? 例えば僕が同じ立場なら、黙っておく。ようするに、だ。君に向かって『マキヒメの巻き添えで周りが晒されている』と言って煽っている者は、元々君に嫉妬して晒していた者である可能性が高い。タツヨシの粘着ストーキングに便乗して、この事態を煽り、楽しんでいるのかもな。もちろん確証は無く、可能性の問題だが、何なら僕がカマをかけてみてもいいぞ? そういうのは得意だからな」
ネナベオージの言葉は相変わらず筋が通っていて、男気に溢れているようにマキヒメには感じられた。
「でもそう言うからには、ネナベオージも晒しを見てるわけでしょ」
冗談めかした口調でマキヒメ。
「僕は分析するために見ているし、研究するためにわざといろんな書き込みもしている。例えば、だ。晒しスレでは、僕は女たらしの直結厨だと散々叩かれている。中には親しい者を装って、中傷する者もいる。しかし、だ。僕の中身が女であるという書き込みは、一切されていないぞ。僕と親しくなった者には全て教えてあるのにな。これがどういうことかはわかるだろう? しかしこれは一例に過ぎない。僕はよく喋るし、様々な目立つ行為も行っているから、気に入らない者も周囲にいるかもしれない。しかし僕の身近な者で晒しを行っていたとしたら、どこかでボロが出る」
ようするにネナベオージの身近な周囲には、自分をやっかんで晒す者はいないという自信があると言いたいのだなと、マキヒメは判断した。
「こう見えても僕は人生経験も積んでいるし、人を見る目はあるからね。奢っているわけではない。事実そうなんだ。その自負はあるし、他人から見ても間違いなくそうだ。つまり、友人くらいはちゃんと選ぶ」
最後の言葉だけは引っかかった。
(私みたいなろくでもない女と友達になっている時点で、あまり見る目は無いんじゃないかな……)
その時は皮肉を込めてそう思ったし、その時のネナベオージの言葉も、マキヒメが思い浮かべた言葉も、後々になるまで忘れていない。
人気の無い場所に一人でいる時、仮想世界の夜空に向かって、マキヒメはよく一人で喋って気を紛らわせていた。そうすることで、ストレスを多少なりと発散していた。
「結局私も同じなんだ。リアルでは自分の我を通して、周囲に嫌な思いをさせている。でも、私が折れて、私だけ不幸になれば、それで周囲が幸せになるの? 周囲の幸せのために、私一人嫌な思いしながら我慢して生きろっていうの? 冗談じゃない。もう我慢は十分にしているし、これ以上は御免よ」
何の返事もしてくれない――しかしどんな愚痴も黙って静かに聞いてくれる、優しい夜空。リアルもヴァーチャルも、夜空は大して変わらない。星が多く見えるか見えないか程度の違い。月がやたら大きくて、色が変化するかどうかの違い。
「もうすぐイベントか……」
青い月を見上げながら、マキヒメは一人のプレイヤーのことを思い浮かべる。
「ネナベオージ、誘ってもいいかなあ……? 一緒にイベント回りたいよ。私が誘って、変に思われないかなあ。迷惑じゃないかなあ……」
最近一緒にいる事が多いのだし、変に思われるはずもないだろうとは、マキヒメもわかっている。わかっていて、あえて口にしてみた。
(イベントでいい感じになったら、告白しちゃおうかなー。ゲーム内限定の恋人付き合いってことでさ)
そう考えただけで、にやけ笑いが浮かんでくる。そして自分がにやけていることを自覚し、恥ずかしくなる。
(いろんな意味でキモいな、私。中の人は女だって明言している相手なのに……)
実はそれは嘘で、本当に中の人もプレイヤーキャラ同様にイケメンであればいいと、虚しい願望を抱くマキヒメであった。
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