第十七章 14

 朝食の後、純子とみどりはオススメ11にインしたが、真は累の対策に備えると言い、本日はインしない方針だ。


(みどりの時みたいに卑怯な手は通用しないよ、真兄。ただ屈服させるだけってわけじゃないんだからさぁ)


 前もってみどりは真に注意しておいたが、真もそれはわかっているようであった。

 オススメ11にインした純子とみどりは、ダークゲーマーに会いに行く。


「ケッ、タツヨシざまーねーな。あいつもきっとイベント楽しみにしていただろうに、純子に目つけられて実験台にされて台無しか。さっさと切り刻んで殺しておけよ」


 純子が輝明――ダークゲーマーに、タツヨシをリアルで捕獲したと報告すると、ダークゲーマーは小気味を誘うに笑う。どうやって捕獲したかや、その間に何があったかなどは、一切口にしていない。


「まあ彼にはそれなりに役に立ってもらうつもりでいるから、当分は生かしておくよー。特にニャントン君との交渉には役に立ってもらうし」

 と、純子。


「ニャントンはともかくとして、だ。問題は電霊育夫の方だろう。奴を止める方法や捕獲する方法なんてあるのか? この中ではリアルの妖術が効果薄いって時点で詰みだぞ。かといって奴は霊魂をプログラム化されているわけでもない。あくまでこの世界そのものに憑いた霊なんだぜ?」


 ダークゲーマーの言い分をもっともだと思うみどり。てっとり早い方法としては、このオススメ11のサービスを終了することではないかと考えるが、純子はそれを望まないだろうし、それを純子が実行するとしたら、相当ひどい手段を用いる事になるのは、みどりにもわかる。


「必ず方法はあると思うんだよねえ」


 顎に手をあてて思案するポーズを取る純子であるが、実際には何も考えていない。いや、散々考えつくしたが、いい手段が思い浮かばない。

 みどりが考えたように、サービス終了させて、育夫を無理矢理この世界から追い払った所で捕獲するというのが、最良の手だということは、純子もわかっている。しかしそれを回避して別の手となると、全くお手上げの状態だ。


「雫野の術でも何でもいいけど、リアルな除霊や浄霊の術をさァ、この世界でも使える方法ってないんかね? あたしと御先祖様で試した時も、全く効き目が無かったってわけでもないのよ」

「うーん……対霊流派としては最高クラスの、雫野の妖術師が二人がかりで駄目だったってことは、単純にパワーを増幅させればいいとか、そういう問題じゃねーだろうなあ」


 みどりの言葉を受け、ダークゲーマーは自分の考えを述べた。


「輝明君の家に伝わっている魔道具や秘宝に、何かいいものはないかな?」

「そんな都合のいいもんあるわけねーし、俺は中立だから有っても貸さないぞ。始末屋としての仕事として、正式に依頼となれば話は別になるけどよ。でもそんな依頼されても、俺も困るわ。鯖ぶっ壊す以外にどんな方法があるってんだ」

「サーバー……」


 ふと、純子は思い至った。


「すごく単純な見落としをしていたかも。育夫君はこの世界に取り憑いているんじゃなくて、取り憑いているのはサーバーなんじゃない?」


 純子が口にした言葉の意味を、みどりもダークゲーマーも瞬時に理解する。


「つまり鯖壊しちまえばいいって話か」

「ううん、壊すまでもないかも。メンテナンスの時って、電霊はどうなってるの?」

「そりゃあ……世界そのものが閉ざされている状態だから……ああ、そうか」


 純子に言われ、ダークゲーマーがぽんと手を叩く。


「この鯖が稼動している間は、奴等はゲームの中に現れる。でもメンテナンス中の時は、奴等はリアルに地縛霊として移っている可能性がたけえな。生身をもった生霊は生身の方に帰る、と。死霊である育夫や明日香はおそらく、鯖周辺に沸いてるのか?」


 ダークゲーマーが口にした台詞と同様の事を、純子も考えていた。


「バージョンアップする際は必ずメンテナンスを行う。その時が狙い目か」

「サーバーが設置されている場所を突き止めて、侵入して試してみる価値はあるねー。それ以前に明日香ちゃんと接触して、メンテ中はどうなっているのか確かめてみるのがいいんだけど」


 育夫に監視されて中々動きが取れず、こちらと接触しづらいのだろうと、純子は察する。


「もしそれでビンゴだったら、哀れ育夫もイベントを楽しめず、か。あいつはプレイヤーが和気藹々としている雰囲気を見ているだけで楽しいっていう、可哀想な奴だったがな」


 そう言って笑うダークゲーマーであったが、純子は笑わなかった。ダークゲーマーから聞いた育夫のスタンスを聞いて、考え込む。


「ま、どーせ渾身の糞イベントになるだけだろー。何で皆期待して騒いでるのかねえ。他のバージョンアップ内容の方がよほど気になるぜ。昔からこのゲーム、イベントなんてゴミばかりだったのによ。今回に限って話が異様に膨らんじまってる感があるわ」


 シニカルな物言いばかりするダークゲーマーに対し、みどりは度々不快感を覚える。みどりもどちらかというと口の悪い方であるが、自分以外で口の悪い人間があまり好きでもないのと、ダークゲーマーのように、一線下がった所で冷笑しているような言い草をする者は、かなり嫌いなタイプであった。


(所謂、よくいる評論家タイプの悪いヲタなのかなー。無能のくせにプライドだけは人一倍、馬鹿のくせに自分は頭がいいと思って、他者をけなすのが習性化しているっていう)


 とはいえ、彼のリアルは星炭流妖術の継承者であるし、喋っていても頭の悪い感じはしないし、純子や真がわりと親しげなので、それほど腐った奴でも無いのかもしれないが、現時点でのみどりの評価としては、あまり良い印象の無い人物であった。


***


「累がさらにプレイヤーを増やしたそうだぞ。増えたのはこの鯖だけではないから、その様子は僕には見えないのが残念だぞ」


 定期的な打ち合わせに訪れたニャントンを前にして、育夫は嬉しそうに言った。


「知っての通り、あいつは電霊ではなく、生身のプレイヤーを増やしたようだぞ。しかもそれまでの数倍規模でだぞ」


 累を高く評価する育夫に、ちょっとだけムッとするニャントン


(電霊の本体の管理は俺がしているんだぞ。とはいえ、生身のプレイヤーを何百人も勧誘したとあれば、それはもっと凄いこと言えるか)


 気に食わないながらもその実績は認めてはいるし、累に感謝の気持ちもあるニャントンである。


「しかし電霊とあわせても千人もいかないぞ。もっと増やさないと意味が無いぞ。決定打が欲しいぞ」


 育夫の言うことにニャントンは同意しつつも、その決定打とやらは皆目見当もつかない。少なくとも育夫がお気に召すやり方では、不可能だと思える。


「流石にもう手はないんじゃないか? 累も自分のアテはもう無いといっていた。何度も言っているが、電霊は増やせば増やすほどコストがかさむという問題がある。電霊自体が生霊であり、ゲームをプレイしている生身の存在が必要な、効率の悪いシステムだからな」


 完全に死霊にした状態でゲームの中に入れることもできるが、それでは育夫のようにプレイヤーとすることはできない。


「累がやったように、電霊化以外の方法がそろそろ必要だろう?」

「そうだな。じゃあマキヒメに電霊化以外の能力を付与するぞ」

(マキヒメに……か。今度は何を企んでいるのやら)


 しかし企むも何も、確か電霊化の能力以外の覚醒はランダムだったはずだ。ニャントンも一応、念動力を得ているが、電霊化を行う前に相手を気絶させるために用いている。


「もう俺はお役目御免かな? その方がいいけどな。ゲームに集中したい」


 ニャントンのその台詞は本心だった。自分に出来る事が無くなり、育夫にとって用済みな存在になってもらった方が、好都合である。


「まだお前の力も必要な時がくるかもしれないぞ。世の中何が起こるかわからない、どう転ぶかわからないんだからな」


 その理屈はニャントンにもかわる。育夫の敵としてこのゲームに来た累を取り込むことから見ても、自分の力になりそうなものは全て手元に置くし、唾もつけるやり方だ。ニャントンもずっとこのゲームをし続けている間、そうしてきた。


「でもタツヨシはいらないよな?」

「うん、どう転んでもあいつはいらないぞ。それどころか、あいつはいずれ足を引っ張りそうな気もするし、力を与えた事を後悔しているくらいだぞ」


 しかしその二人からしても、不用と断じられてしまう人物。彼の身がどうなっているかを知れば、育夫の後悔はさらに増したことであろう。

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