第十七章 13
徹夜には慣れている純子だが、マキヒメと深夜まで話し込んでしまい、気持ちよくぐっすり寝る事ができたため、その日の朝は大分寝坊してしまった。
(真君と顔合わせるの、抵抗あるなあ……)
マキヒメ相手に愚痴って少し気は楽になったが、根本的な問題が解決したわけではない。
食事を作りに行くと、リビングにて、無表情ながらもどんよりとしたオーラを放つ真の姿があった。そのダークな気にあてられて、純子の表情も暗く沈む。
その板ばさみになっているのがみどりである。蔵は最近自宅通いとなったので、正午にならないと雪岡研究所に姿を見せない。
「さーて、今日も元気にネトゲ三昧ですかねぇ~」
みどりが重い空気を何とかしようとして、声をかける。
「へーい、少しは何か喋ったら? お二人さぁ~ん」
それでも一言も発そうとせず黙々と朝食をとる純子と真に向かって、苛立ちをこめた口調で
言うみどり。
「二人共さァ、いい加減仲直りしろって」
「すまんこ……」
純子が申し訳無さそうに頭を下げる
「ああ、純姉は最初から謝罪モードな感じなわけね。じゃあ真兄、純姉を許してやれ。何があった知らねーけど、こうやって空気重くしてるの、いい加減うんざりだわ」
「わかった。でももう二度と同じことしないと誓ってくれ」
真が今日初めて純子に視線を向け、静かに要求する。
「うん。誓う。ていうか凄く懲りた。」
素直に頷く純子。
二人のやりとりを意外そうに見るみどり。もっとこじれるかと思っていたが、すんなりと仲直りしてしまった。
「んで、一体何で真兄は怒ってたのォ~? いや、純姉は何やらかしたのって聞く方がいいかな」
真が怒っている理由も、真の精神を通じて大体知っているみどりであるが、あえて知らない振りをして聞いて見る。
「ちょっとタツヨシ君を誘惑してみたんだけど、失敗してピンチだったんだよー。まさか私の一番気にしている部分を触れてくるとは……」
「気にしている部分て?」
真が尋ねる。実は真も不思議だった。あんな軟弱男如きに純子が押し倒される格好でパニくるなど、余程の何かがあったと思われたが。
「腕。私のコンプレックスだし、触られたくも見られたくもないし、撫でられて感触を確かめられるとかされると、もうね……ぞわぞわーっとなって、軽くパニック起こしちゃった。ちょっと触れるとか、そんなのは平気だけど、あんなに意識的にエロ目的で撫で撫でされるのは、たまらないよー」
「ああ、そういえば……」
昔のことを思い出す真。
(筋トレしているから、普通の女より筋肉ついてて太いとかどうとか気にしてたな。気にするほどのものでも無かったし、むしろやたら細くて華奢な体よりは、あれくらいでいいと思うけどな)
真はそう思ったものの、口にしても純子のコンプレックスを和らげる事はできなさそうだと思った。ああまで取り乱して無力化するというのは、本人にしかわからない領域である。
「まあ、慣れないことはするもんじゃないっていう教訓だねー。こんなこといつまで経っても、慣れないまんまでいいし。さて、じゃあ仲直りできてすごくホッとしたところで、今後の方針を練ろうかー」
いつもの笑顔を復活させて、純子があからさまに御機嫌になった声で切り出す。その豹変ぶりがおかしくて、みどりもつられて微笑む。
「そんなわけで、ネトゲの中ではどうにも手も足も出ない私達だったけど、リアルへの干渉がやっとかなって、電霊使いを一人げっとしたことにより、飛躍的な進展ができるよー」
慣れない努力の成果は、すでにこの研究所へと運び込まれている。
「手っ取り早くゲームの運営スタッフ脅迫なり洗脳なりして、ニャントンの居場所割り出しゃいいのに~」
「それは私の美学からするとできないなあ。私に敵対行為を働いてない人に直接危害は加えないのが、私のポリシーだし。それにさ、累君のいるホテルがニャントン君の居場所だと思うしね」
「間接的な被害は相当なもんだろ。しかも間接的に被害が出るとわかっていながら、承知のうえでやるからな」
みどりの言葉を純子が否定し、純子の言葉に真が突っこんだ。
「昨日届いた荷物がそのままだったねー。御飯食べたら早速見に行こうかー」
すっかり上機嫌になった純子が弾んだ声で言った。
(へーい、見てみなよう、真兄。純姉の可愛いこと。真兄と仲直りできただけで、すっかり立ち直ってあのはしゃぎようだよォ~)
みどりがテレパシーで声をかけてからかうが、真は憮然として無反応。
食事を終えた三人は、荷物が届いている部屋へと移った。実験室の一つにあるのは、大きな箱だ。
「何か臭わね?」
みどりが顔をしかめる。臭いが何であるかは察している。
純子が構わず箱を開けると、中からボールギャグの嵌口具を嵌められ、縄で拘束されたタツヨシが出てくる。臭いの元は箱の中で堪えきれずに失禁したためだ。
恐怖に震えるタツヨシに、純子は消臭スプレーを浴びせる。失禁程度は人体実験の際に散々見ているので、純子は何とも思わないが、みどりや真の手前、臭いだけ消しておく。
服を剥ぎ取り、手術台の上に貧相な裸体を大の字に縛り付けてから、純子はタツヨシの嵌口具を外してやる。
「こ、こ、これは何の冗談なんな、な、なんだっ」
「んー、言ったでしょ? 私マッドサイエンティストしてるって」
恐怖に満ちた顔で自分を見上げるタツヨシに、純子は笑顔で告げる。
「他の電霊使いのリアルでの居場所を聞きたいんだけど、教えてくれたら多少は扱いを考えてあげてもいいよー?」
「ほほほ本当だな!?」
「信じるしか選択は無いんじゃないかなー?」
言いつつ純子はカメラを回しはじめ、タツヨシを映す。
「俺が知る限り、他の電霊使いはニャントンしかいない。奴がいる場所は――」
その後タツヨシは、ニャントンのいるホテルと、そこでニャントンが電霊の本体となる人間を管理している事も、全て包み隠さず話した。
タツヨシの言うホテルの場所は、累が出入りしていたというホテルであった。これでほぼ確証が得られた。
「俺は自分の手足となって働いてくれる者しか扱ってない。生身の方の管理はニャントンに任してあるし」
最後に自己弁護するかのように言うタツヨシ。
「そっか。ありがとさままま」
「これで帰してくれるんだよな?」
「んー? それは無いよ? この先君が家に戻れることは無いから。君の残りの生涯は、私の実験台として捧げられるんだよー? まあ、約束だから、一番苦しい無間地獄コースはしないであげるけど、残りの命は大して長くは無いと思うから、大事に過ごそうねー」
屈託の無い笑顔で告げると、純子は拘束されたままのタツヨシに背を向けて、実験室を出て行く。真とみどりもそれに習う。タツヨシはいろいろと喚いていたが、誰も聞く耳はもたなかった。
「タツヨシ君からもいろいろ情報を聞けたけど、やっぱり本命はニャントン君だねえ」
部屋を出た所で純子が言う。その本命の場所も聞き出せたのだから、どうやってニャントンのことを実験台にするかなど、もうさほど難しい問題ではないとしている。
「タツヨシ君の時はとんだヘマしちゃったけど、今度はちゃんと、カードを揃えていかないとね。ま、タツヨシ君にもう少し協力してもらおうかなー」
純子の言うカードとは、ニャントンをゆするためのネタだろうと、真とみどりは察する。
「お前はそれでいいんじゃないか? で、僕らは? できれば累を何とかしたいんだが」
と、真。
「累は尾行をかなり警戒しているし、二度もまいているらしい。一度の動きは不明だが、もう一度は途中までは判明した。国外に行ったそうだ。で、シンガポールで飛行機の乗り換えをしようとしている所まではわかったが、その先は尾行しきれなかったらしい。中国便に乗ったらしいが」
真が凍結の太陽に依頼しておいた、累の追跡報告をする。
「なるほどねえ。どこに何をしに行ったかは大体見当つくけど」
純子が口元に手をあてて、にやにやと笑う。
「ふえぇ~、外国の知り合いにネトゲ廃人量産頼んだとか? 例えば御先祖様の知り合いの権力者とかにさァ」
みどりの言葉に、純子は感心の眼差しを向ける。
「みどりちゃん、いい線ついてるねえ。確かめたわけじゃないけど、間違いなくそれだよ。累君がここまでアクティヴに動くってことからしてみてもね」
「なははは、このタイミングで外国行くとか、それくらいしか考えられないでしょ~」
純子に褒められ、みどりは両手を頭の裏に回して笑う。
「いっそ累も実験台にするか?」
皮肉る真。
「それは流石にねえ。その理屈だったら、真君だって私の実験台にしないといけなくなるしさ」
研究所の面々は特別というニュアンスをこめて、純子が言った。
「累が出入りしていたホテルに、僕が行ってくる」
「真兄一人で?」
「ぞろぞろ行くより、そっちの方が効果的だし、説得できる一番可能性が高いのは僕だろう」
真のその言葉を聞き、純子とみどりが顔を見合わせた。確かに一番適任とも言えるが、同時に一番不適なような気もした二人であった。
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