第十七章 8
「累という奴は、得体が知れないな。底が見えないと言った方がいいか」
オススメ11内にて、ニャントンはいつもの場所で育夫と接触し、そう切り出した。
「見た目は子供なのに、妙に大人びているし、裏通りの組織を手玉に取るような真似までしやがる。調べてみたら有名な妖術師だとか。リアルにおいてファンタジーの領域にいる存在だ」
「信用できなくて警戒しているのか?」
「俺は基本的に誰も信じないから。信ずるに値する者なんてこの世に一人もいないし、現れる事もない」
育夫の問いに、ニャントンは面白くもなさそうにそう言ってのける。
(哀しい奴だぞ。しかしだからこそ、孤高と言えるのか)
育夫は思う。ニャントンの普段の不遜な態度も、今の台詞からよくわかる。ニャントンの中では、この世には自分と、自分を見上げる者だけという構図なのだろう。あるいは彼に匹敵ないし凌駕する廃人がいても、競争相手程度にしか認識できないと思われる。
(周囲から見れば哀しいかもしれないが、こいつ自身は自分をそんなものだと認識していないぞ。一つの世界を極めようとしているんだぞ)
だからこそ育夫はニャントンに惹かれ、彼なら同志となってくれると踏んだし、その読みも正しかった。それどころか育夫の想像以上に働いてくれた。
「その累のことでお前だけには話しておくことがあるぞ。あれは元々僕の敵だったんだぞ」
不審がっているニャントンに話して大丈夫だろうかと、不安も覚えつつも、累の事情を明かす。
「敵であったにも関わらず、僕に協力する姿勢を示してくれたんだぞ。だからこそ僕は信用できるぞ」
「信用する振りをして近づいているスパイだとは考えないのか?」
呆れ顔になるニャントン。
「いいや。僕にはわかるぞ。累は本気で僕に肩入れしてくれている」
育夫が力強く断言する。
「そもそも敵って何だ? その話自体初耳だ」
「あ……」
ニャントンに尋ねられ、すでに言ったつもりでいた育夫は思わず口元に手をやる。
「すまん。言ってなかったぞ。僕の元恋人が僕を倒すために、リアルに助けを求めたらしいぞ。詳しいことはわかってないが、それができる可能性があるみたいな連中だぞ。累も何かリアルな除霊だか浄霊の術使ってたぞ。この空間ではあまり効果無いようで、助かったけどな」
「何でそれを先に言わないんだ!」
「わ、忘れてたんだぞ」
声を荒げるニャントンに、育夫はたじろぐ。
「でも、そんな奴を逆に味方に引き込めたのは大きいぞ」
「呑気なこと言ってないで、敵の情報を聞き出せよ。その分じゃ何も聞いてないだろ」
「うぐっ……」
ニャントンの指摘を受け、言葉につまる育夫。
「い、今累を呼ぶぞ。って、インしてないぞ」
ゲームプレイはできない育夫であるが、プレイヤーのサーチ程度であれば可能であった。
「いや、本当に味方になってくれたなら、向こうから敵の情報を口にしてくれるはずだよな? それがないってことは、やっぱり敵なんじゃないか?」
「あー……いや……それは……うぐぐぐ……」
頭を抱える育夫を見て、ニャントンは嘆息する。
「ぼ、僕には累が敵とは思えないぞ。理屈ではニャントンの言うことが正しいように思えるけど、僕は累と実際に接したうえで、信じるぞ。だからお前も疑うな」
動揺しつつも、自分の考えを示して命じる育夫。
(おめでたい奴だ)
育夫に軽く落胆したニャントンであったが、一応立場上は育夫の方が上なので、様子見程度に抑えて、従うことにした。
***
電車を二つほど乗り継いで、マキヒメが累と共に向かったのは刑務所であった。
マキヒメ自身もすでに犯罪まがいの事をしている身であるが故、このような場所に足を踏み入れるのは、非常に居心地が悪い。
二人は刑務所に入ると、応接室へと通され、しばらくの間待たされた。
「集めました」
還暦が近いか過ぎていると見られる刑務所所長が、やたら累にへりくだった様子で、報告してくる。十二歳か十三歳くらいの少年に対し、老人がペコペコと頭を下げて気遣っているという構図が、マキヒメの目にはシュールに映る。
応接室を出て、所長の後に従って刑務所内の廊下を歩く。
「どうぞ」
所長に促されて、扉の一つへと入るマキヒメと累。中はかなり広い広間で、相当な数の囚人が何列にもなって並べられている。全員ドリームバンドを装着した状態だ。
「この刑務所に服役しているのは皆裏通りの住人で、刑期の長い凶悪犯です。そして僕が渡したゲームをし続けることで、刑期を短くするようにしました。また、外部にコネのある者にはプレイヤーを一人増やすごとに、刑期をさらに減らすよう約束しました。これも決定打にはならないと思いますけどね」
刑務所に入る前に、累はマキヒメにそう解説した。
「ではお好きなように」
累に向かってしつこいくらい頭を下げ、所長が広間を出て行く。
「刑務所の所長さん、よく聞き入れてくれたね」
累とどういう関係なのか聞き出すニュアンスも含めて、マキヒメが言った。
ここにマキヒメが来た理由は、この囚人達をオススメ11の新たなプレイヤーにするため、ゲームの知識をマキヒメがリアル側から教授する事だ。
(できればゲームの中でやらせてほしかったんだけど……その方が抵抗無いのに)
見るからに凶悪そうな囚人達を前にして、マキヒメは思う。
累曰く、ゲームに入っていく過程からの説明もあるので、それはリアルの口頭で行った方がわかりやすいとのことだが、マキヒメはいまいち釈然としない。
「もう大分昔、僕が世話をした人ですからね。でも国内で僕のコネで使えそうなのは、これくらいです。後は国外でもう一つ……」
「その国外も私が一緒に行くの?」
不安になって尋ねるマキヒメ。
「いえ、そちらは僕が教えにいきますよ」
「そのもう一つのあてって、中国とか言ってたよね」
マキヒメは疑問を抱いていた。米中大戦以降、中国は日本と関係が冷え切って、国交断絶している間柄である。そんな所からオススメ11にインすることなど、できるのだろうかと。
「政府のお偉いさんに、かつて面倒をみた知り合いがいると思います。もう大分昔なので、現役を退いて、政府中枢にはいないかもしれませんが。そうでなくても僕の力にはなってくれることでしょう。どれだけ人を増やせるかは、全くわかりませんけど」
刑務所所長を従わせるというのも凄いと思ったが、実質上の日本との敵国政府のお偉いさんとも知り合いとは、一体どういうコネの持ち主なのかと、唖然とするマキヒメ。しかしそれ以外はアテが無いというのも、おかしな話だ。
「では、よろしくお願いします」
マキヒメに軽く会釈をして、累が部屋を出て行く。
(いやいや……何でここで帰っちゃうのよ……。何でそこで私一人にするのよ。説明なんて何日もかかるものじゃないし、終わるまで一緒に居てくれてもいいじゃない……)
累の行動が理解できないマキヒメ。女性一人をこんな場所に放置プレイとは、どういう無神経さだろうかと。
後に残されたのは、綺麗に並んでドリームバンドをかぶった凶悪犯の受刑者達。彼等は皆、自分が説明するのを待っている。
囚人達相手にネトゲを教授する事になるとは、人生わからないものだと思いつつ、精一杯頑張ってみようと、腹をくくるマキヒメであった。
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