第十七章 7

 ネナベオージが店を出て行った後、ほぼ入れ替わりに累が入ってきて、マキヒメの向かいの席に座った。


「仲睦まじく喋っておられるようなので、外で待ってました」

「気遣いありがと」


 何となくマキヒメは、累の言葉に刺を感じる。


「ネナベオージと知り合い?」


 勘であったが、マキヒメはそんな気がして質問をぶつけてみる。


「仲間に嘘はつきたくないですし、黙秘しても肯定になってしまいますし、困った質問ですね」


 冗談めかして微笑みながら、累はそんな台詞を口にする。


「知り合いであることを知られたくないってこと?」

「リアルの知り合いですし、今喧嘩中ですからね。僕と一緒にビッグマウスのところでお世話になっていた者達とも、喧嘩中です。彼等もリアフレでして」


 これくらいなら差し支えないだろうと勝手に判断し、累はぺらぺらとリアル事情を喋る。


(それでちょっと刺々しい感じだったのね)

 納得するマキヒメ。


「ようするに、累一人がリアフレ複数にハブかれたってこと?」

「別にハブかれてはいません。オススメ11のプレイスタイルに関して言い合いになったんです。彼等と僕とで、考え方が合わなかっただけです。まあ、喧嘩してしまったことにショボくれてるのは確かですけど」


 溜息をつく累。


「よかったら愚痴くらい聞くよ。今さっきまでネナベオージに愚痴を吐いていたし、累がネナベオージのリアフレなら、累の気を楽にすれば間接的恩返しになるしね」

「いや……気持ちはありがたいのですが、僕が悪いのはわかりきっているので、話したくはないです。誰かに訴えて楽になる類の話でもないですしね」


 厚意で声をかけたマキヒメであったが、累はやんわりと断る。


「それより本題に入りましょう。ニャントンは今回の件であてにならないので、マキヒメに頼みたい例の件ですが」

「新規プレイヤーにゲームを教授することね。確かにニャントンが頼れなくて、私なら平気だけど」


 おかしそうに微笑むマキヒメ。


「どこからその人達を集めてくるの?」

「まず囚人です」


 累の答えに、マキヒメは絶句してしまった。


「次に中国人です。こちらは通訳を入れるのでより難しいでしょうが」

「一体どういうコネなのよ……」

「でも僕のアテはこれくらいです。他にも一応アテはありますが、こちらはできれば使いたくないですし」


 娘の綾音の事を思い浮かべながら、累は言った。


***


 マキヒメと別れた純子は、ログアウトしてリアルへと戻る。


 夜の十二時半。雪岡研究所のリビングにて、ゲームから戻ってきた純子と、すでに何十分か先に戻った真、みどりの三人が向かい合う。深夜組はともかくとして、ほとんどのプレイヤーは深夜十二時を境にしてログアウトする。


「累のことで話がしたいんだ」


 蔵に代わって茶を沸かしている純子に、真が声をかけた。

 真が情報組織に累の居場所を探ってもらうよう依頼していた事は、純子もすでに知っている。


「累は結構派手に動いているようで、情報組織の網に簡単に引っかかった」


 ホルマリン漬け大統領の下位幹部を脅迫し、組織の客の一部をまるごと拉致した事も、情報組織『凍結の太陽』が調査報告してくれた。

 真がその調査報告データを純子の携帯電話に転送する。目の前にホログラフィーの画面を投影し、報告に目を通す純子。


「んー、このホテルに潜伏してるのかな?」


 看板すら無い古びたホテルと、その中へと入って行く累を撮影した動画を見ながら、純子は言った。


「書いてあると思うが、そのホテルには結構な人数が出入りしているらしい。移民の労働者を斡旋している裏通りの組織が絡んでいる。労働者にワイロを渡して聞き出すか否かと、凍結の太陽から言われたけど、万が一を考えて断っておいた。情報はこれだけで十分だろう」

「うんうん、いい判断だよ」


 真の報告に、純子は満足げに頷き、ティーポットとティーカッブと砂糖とミルクをお盆の上に乗せた。


「それとあたし、見ちゃったんだよね。御先祖様が育夫やニャントンと接触している所をさァ」

「へえ」


 みどりの報告に、純子は興味を示して微笑をこぼす。


「ようするに累君、電霊の側にまわっちゃったわけだね」


 接触していたという報告だけで、純子はそう判断し、テーブルの上にティーポットとティーカップを置きながら喋る。


「電霊が一気に増えたし、タイミングからしてみると、累君がホルマリン漬け大統領の客を電霊化したんだろうねえ」

「雪岡の淹れた茶、久しぶりに飲むな」


 ミルクも砂糖もいれずに紅茶をすすり、真が言う。


「蔵さんのとどっちが美味しい?」

「そりゃ蔵さんの方が美味しいに決まってるが、雪岡のは雪岡ので独特の味があるし、比べるのも無粋だな」


 にやにやしながら尋ねた純子であったが、真顔でそう返す真。


「んー、いろんな意味で嬉しい答えだねえ。そんなこと言われると、蔵さんクビにして今度から私がずっとお茶淹れ係でもいいよねー」

「いや、どうしてそうなるんよ……」

「蔵さんの方がいいと言ってるのに、その解釈はおかしいだろ」


 浮かれた顔でズレたことを口走る純子に、みどりと真が続け様に突っこむ。


(もしこのホテルが、電霊の生身が置かれている本拠地なら、私が知ろうとしていた情報――タツヨシ君相手に私が頑張って聞きだそうとしていた情報が、累君経由でげっとできちゃった事になるねー。まあ……電霊使いそのものも得られる機会だから、タツヨシ君には会いに行くけど)


 ソファーに腰を下ろし、茶をすすりながら、眼前に浮かべたディスプレイを見て、純子は思案する。


(ある意味累君の手柄とも言えるけど、累君自体が敵に回っちゃってるのが、ややこしい所だねえ。あの子は私より、真君かみどりちゃんに説得を任せた方がいいかなあ。まあ、私が言わなくても、真君は自分からそうするだろうけど)


 真がどうやって対処するかも、大体純子には想像がつく。


「ヒキコモリから一変して、これだけ動くのが信じられんが」


 累のことを指し、真が言った。


「累君は元々行動力あったんだよ。三十年前に米中大戦起こした原因も、ほとんど累君だしさあ。私と同じように、世界に無数にいるフィクサー達から警戒されている存在なんだよー。百六十年くらい前には、獣之帝っていう名の妖怪の王も討伐しているし。その本来の累君が、こんな形で復活するとはねえ」

「そんな凄かった奴なのに、ドロップアウトしてヒキになった事の方が驚くべきことなのかな」

「んー、人間てさ、どんな人がどんな所で穴に落ちるかわからないよ? 穴に落ちる前は、そんなこと全く考えられない人の方が多いし。でも誰だって落ちるんだよ。私も、真君も」


 真の言葉を受け、純子は意味深な口調で語る。


「不思議なのは、御先祖様がその気になれば、もっと合理的にプレイヤー増やせるのに、それをやってないことなんだよォ~」

 と、みどり。


「御先祖様、みどりがやったように精神分裂体で人を操っていないのよ。分裂していれば気配で分かるもん。その手段使った方が効率いいのに何でだろぉ~」


 雫野の術の一つに、己の精神を分裂させて、他者の精神に取り憑くような形で影響を与えるというものがある。みどりはかつて、他者の心を覗くという生来の能力とその術を融合させる形で、信者を確保していた。


「三十年前には、それをやってたよー。でも今の累君は、第二の脳を新しく作ってないみたいだから、やりたくても難しいんじゃない? それにさ、累君個人の感情としても、その方法はやりたくないと思ってるかもしれないし」

「なるほどー」


 純子に言われ、みどりは納得する。


「で、どうするんだ? このまま放っておくわけにもいかないだろ」

 真が純子に方針を問う。


「逆だよー。少し放っておいて、好きにさせた方がいいと思う。累君の行動を見た限り、あまり悪いことはしないよう、心がけているみたいだしねえ。電霊化しているのも、悪人に限定しているみたいだし」

「ふぇぇ……何だかなあ……この中じゃ、純姉が一番御先祖様と付き合いが長くて、御先祖様のことも理解しているのは、あたし達にもわかるんだけどさあ。それにしても純姉、気楽すぎね? もうちょっと心配してもよさそうなもんじゃね? みどりと真兄は、ヒキでネクラでネガネガでホモな御先祖様しか知らないんだよね。それが家出しちゃったってことで、結構心配なんスけど」


 みどりに指摘され、純子は言葉に詰まる。みどりがそんな風に考えていたとは、思ってもいなかった。


「えー、私が気楽に見えた? 別にそういうつもりは無かったんだけどねえ」


 みどりは言葉を選んでいるが、その気楽という言葉の裏に、みどりの目にはイコール薄情かのように映っていると、暗に告げていることが伝わり、純子は内心ブルーになる。


「雪岡が心配していないから、僕らも心配しないでいられるってわけではないからな。累が自分から積極的に行動した事なんて、僕はこれまで見たこと無いし、何をするか全く予想できない。それにさ、相手が悪人ばかりだからと言って、放置していい理由にもならないだろう。余計な敵を作るのは雪岡一人で沢山だし、相手がホルマリン漬け大統領とあれば、雪岡がまた喧嘩吹っかけたと見なされるぞ。裏通りでは、お前と累でつるんでいると見られているんだからさ」

「なるほど……」


 真の話を聞いて純子は、みどりと真二人と、自分との間にある齟齬が何であるかを理解した。


「すまんこ。別に私は累君のことなんかどーでもいいからほっとけーみたいな、そんな無責任なノリだったつもりじゃないんだけど……」

「あたしらだってそこまで思ってないけどさァ」


 謝罪する純子に、苦笑いをこぼすみどり。


「問題はね、現時点で私達がどう思っていようと、累君は私達と袂を分かった意識でいる事だから」

 と、純子。


「でも僕らは累を敵だとは思ってない。雪岡はそう割り切っているのか?」

「まさかねえ。でも累君は知っての通り、意地っ張りだからさー」


 真に尋ねられて、純子は軽く手を振って笑いながら否定する。


「あのゲームにそこまで入れ込んでたのかー。純姉や真兄を敵視するほどにさァ」

 腕組みしてみどりが言う。


「だからその辺は累君が意固地になってるって事じゃない? ま、私はじゃれあい程度の認識だし、累君だっていくらなんでも私達を殺しにかかるとかはしないでしょ」

「じゃれあいかー。それ聞いてちょっと安心したよぉ~」


 口を広げ、歯を見せて笑うみどり。


「僕は安心できない。累を放っておいたままでいいとも思えないし、僕があいつを無理にでも連れ戻してくる。それで問題無いよな?」


 真の申し出は、純子の予想していた通りの代物だった。


「私に許可や確認を取る必要も無いよー。いつも通り、真君の好きにすればいいじゃなーい」


 屈託の無い笑みを広げて純子が言うも、真は小さくかぶりを振る。


「今回に限っては、意見があれば聞きたかったし、確認も取りたかった。僕よりお前の方があいつをよく知っているし、僕が強引に連れ戻そうとする事が、間違っているという判断もお前にあるとしたら、それも聞いておきたかった」


 慎重に伺いをたててくる真を好ましく思う一方、純子はこれまでの自分の発言が浅薄だったような気がして、少しだけ恥じ、反省した。

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