第十七章 5

 正直な所純子は現時点ですでに、リアルでタツヨシに会いに行く事に、気が重くなっていた。


「なあ、次の日曜日でいいから、会おうよ。な? 本当にジュンコがリアルもその顔か確かめたいって気持ちもあるし……。いやいや、ごめん、失言。疑っているわけじゃないんだ。でも俺君のこと凄く気に入っちゃって。うん、君もまんざらじゃないんだろう?」


 タツヨシのこのリアルで会いたいアタックは、当初の純子にとっては願ってもかなってもない、都合のいい展開のはずである。このためにジュンコのキャラでタツヨシに接近したのであるが、今の純子は、その目的を達したくないという気持ちに陥っている。


「んー、いや、その……」


 顔を背け、逡巡を露わにする純子であるが、この態度はタツヨシの目には照れていると映っている。

 純子がその場凌ぎで、照れるからと言ったおかげで、タツヨシはジュンコが露骨に嫌そうな素振りをしても、全て照れていると見てとるようになってしまった。


「君、この前、口では親しくなったらリアルで会うのも当然有りだって言ってたろ? それともいざとなったら抵抗ある? 人との繋がりは、ネットの中だけじゃ駄目さ。リアルで接して、相手の本当の顔を見て、声を聞き、そこから深く大きく固くなっていくものさ。俺はそれを知っている。試しにだけでも会ってみないかい? ね? ね?」


 タツヨシ自身は己の台詞が、相手の心を惹くものと信じて疑っていなかった。下劣な欲望を出さずに、謙虚であることも守っているつもりであった。


(この人、最初の頃は普通な感じだったのに、今はもう露骨に欲望丸出しだねえ。あるいは、本性剥き出しと言った方がいいかなあ。どっちも同じか)


 しかし純子の受け取り方は全く違った。

 もしかしたら、こういう押しの強さに弱い女の子もいるのかもしれないと、純子は考える。実際純子も別の意味で強引なタイプは嫌いじゃない。


(例えば、大雑把な考えで無理矢理人を引っ張る一方で、人を振り回しもするタイプは、付き合っていて楽しいんだけど。いや、例えばじゃなくて、真君のことだけど。ていうか、人を振り回すタイプは私も同じかー)


 しかしタツヨシの押し込み方は、どうにも卑屈というか、下品というか、純子の好みからすると、受け付けない代物である。


(同じことするにしても、黙って俺についてこーいみたいな、真君のノリは好感度マックスなのにねえ。うーん……どうしてこんなに感じ方が違うのやら)


 などといくら分析しても、行き着く所は「嫌なものは嫌」にしかならないことは、純子にもわかっている。


(でも避けていたんじゃ、これまでの苦労も何だったんだって話になるし、まあここは一つ、清水の舞台から飛び降りる気分で……)


 さっさと踏ん切りをつけた方が、この歪なやり取りもやらずに済むとして、純子は決心する。


「じゃあ……明日会おう」


 意を決したジュンコの言葉に、タツヨシは頬をつねってみる。痛くない。当然だ。仮想世界なのだから。後でログアウトしてからつねろうと心に決める。


「ついに……おおおお……ついにっ……いや、明日でいいの? うん、う、嬉しい。いや、その、必ず会おう!」


 嬉しさのあまり混乱して、何を言っているかわからない状態になり、ジュンコの両手を取り、顔を間近まで接近させて念押しするタツヨシ。もちろん純子はドン引きしている。


「あ、そうだ。謎の巨大生物マラソンも一緒に回ろうぜ」


 すっかり有頂天になったタツヨシが、さらなる要求をしてくる。

 ここは嘘でいいから、相手に合わせる形で「うん」と言っておくべきだし、その程度の嘘をつくなど普段の純子にしてみれば、何の抵抗も無い所だが、このタツヨシ相手では、嘘でも承諾したくないという気持ちが働いてしまう。


(気分的、生理的な問題だけじゃなくて、理屈としても、ね……。あまりいい顔し続けると、調子にのってさらに上乗せしてくるタイプっぽいし)


 そう計算もしたうえで、純子は拒否することにした。


「えっと……それはちょっと。すでに先約があるっていうか……。すまんこ」


 演技ではなく、素で言いづらそうにやんわりと拒絶してみる。


「いやいや、別にイベントは一日だけとか、一時間だけとかじゃないよ? 二週間くらい続いているんだから、その間の予定がずっと埋まっているわけじゃないだろ? 俺だって別に、イベント期間をずっと俺とだけ一緒に過ごしてくれって、そんなこと言ってるわけじゃないんだしさ」


 しかしタツヨシには通じなかった。いや、それ以前に自分の断り方が不味かったことを、タツヨシの台詞で思い知る。混乱と動揺のあまり、駄目な断り方をしてしまったと、純子は自身に対して呆れる。

 純子にしては珍しいことに、完全に相手のペースでかき乱されている。どうもこの相手とはひどく相性が悪い。


(ていうか、今回の件でつくづくわかっちゃった。私にはこういうの無理だよ。うん。徹底的に向いてない。気持ちを殺しきれないし)


 世の中には、苦手な相手や嫌いな相手でも、誘惑をかけられる女性は沢山いるだろうが、どうやって気持ちの整理をしているのか、純子には不思議に思えた。少なくとも自分には心を抑えきることができない。


(まあ長生きしているけど、これまでの人生で、こんなのやった事がそもそも一度も無いしね。もうこれっきりにしよう。慣れない事はするもんじゃない――と言っていて避けていたら、一向に慣れないけど、向かない事はすべきじゃないねー。そして向かない事を慣れる必要も無いしー)


 そう自分に言い訳しつつ、純子は無理に笑顔を作ってタツヨシの方を向く。


「よ、予定が詰まってるけど、何とか空けてみるね?」

「予定が詰まってる? もしかして、もうそんなにフレいっぱい作ったの? その中に女の子のフレもいる? ていうか俺以外の男のプレイヤーと一緒にイベントまわってほしくないけど。もし女の子のフレいるなら紹介してよ」


 純子の言葉を変な具合に解釈して、べらべらと喋りまくるタツヨシ。


(か、帰りたい……)

 心底そう思う純子。


(明日リアルで会うことでケリをつけられるし、今日と明日だけの我慢だから……)


 タツヨシとリアルで会うことにより、電霊使いの情報を得る。特にタツヨシ以外の電霊使い――ニャントンの居場所を抑えたい。電霊の本体がどこにあるかも知ることができれば、なおいい。当然、電霊育夫の情報も得られればそれに越したことが無い。

 最も良い展開は、タツヨシそのものを実験台にすることだ。リアルで純子に危害を加えようとすれば、純子の定めたルールでは、それが可能となる。電霊使いのサンプルを一つゲットできる。その可能性もかねてより期待している。だからこそ、リアルで会おうとしているのだ。


(私に危害を加えないにしても、うまいこと言いくるめれば、力を得るために実験台になってくれるかもしれないし、それも含めて頑張ってみるかー)


 自分とは激しく相性が悪く苦手とはいえ、タツヨシの性格自体は極めて単純なものなので、うまくできるだろうと踏んでいる純子であった。


***


 オススメ11の中において、みどりはほとんどの時間を真と共に行動していたが、たまに別行動をする事もある。

 その別行動の際、偶然、みどりはその人物の姿を確認した。


「へーい、御先祖様発見~」


 便利な機能が集約しているため、拠点として大量のプレイヤーが集まる中心都市にて、みどりは累を見つけて、にかっと笑う。

 累の方はみどりに気がついていないようであった。累は真やみどりをブラックリストに入れているようだが、このゲームでは例え相手をブラックリストに入れても、姿まで消すことはできない。声が聞こえなくなるだけだ。気がつけば、一瞥くらいはしてきそうなものだが、全く無反応だ。


 何とはなしに、累の後をつけてみるみどり。尾行した所で、何か面白いものが見られるわけもないとは思う。累はただゲームにどっぷりとハマっているだけなのだ。


(でも何か有りそうな気がする。ただの勘だけどね)


 その勘に従い、みどりはしばらく累を追ってみる事にした。


 累が途中で転移したので、エリアサーチして、どこに転移したかを探る。

 エリア単位での転移は、出現場所がわりと決まっている。ゲーム内のどこにでも自由にワープできるわけではない。バトルコンテンツがある場所の前への転移なら尚更だ。そしてプレイヤー検索機能により、相手の転移先もすぐにわかるようになっている。例えブラックリストに入れた相手でも、だ。


(変わった場所に行くね)


 サーチの結果、累が転移した先は、ゲームを初めた際に訪れる都市の一つから出たエリアのであり、レベル一桁のプレイヤーが稼ぐような場所だった。今やほとんど人気の無いエリアだ。

 一応そんな場所にも、過疎エリアの再利用として、高レベル向けのバトルコンテンツは用意されているものの、それでも人気の無い場所に違いは無い。


 みどりも累のいるエリアに転移する。転移先候補は一箇所なので、すぐに後を追えば、見失うことはない。こちらが見つかる可能性はあるが。


 転移先でみどりはすぐに累の後姿を見つけ、その後を追っていく。

 ふと、みどりは覚えのある霊気を感じた。


(まさか……)


 辺鄙な場所にて、累が立ち止まる。その辺鄙な場所には先客がいた。複数のプレイヤーと、プレイヤーならざる者。

 その中には、見覚えのある人物も二人いた。その見覚えのある二人以外は、見覚えのある一人のプレイヤーの後ろに従うようにして、不自然なまでに綺麗に整列している。


(ニャントン……電霊……それに育夫も)

 累と向かい合っている相手を見て、みどりは驚いた。


(御先祖様、あっちに寝返っちゃったのかよぉ~。うっひゃあ、こりゃ傑作だァ)


 何やら話し込んでいる、累とニャントンと育夫の会話が聞こえる距離への接近はできなかったが、この事実だけでも十分すぎるほど愉快な情報だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る