第十七章 4
その日、マキヒメはニャントンのホテルへと訪れた。リアルで打ち合わせをするとの話だ。マキヒメの後にさらに同志が一人加わったという事で、その顔合わせもあるという。
もちろんタツヨシは来ていない。やる気の無いタツヨシはずっと無視する事に決めたので、安心して来ていいと、ニャントンに言われたマキヒメである。
ホテルのロビーにて、ニャントンともう一人がすでにいたのだが、そのもう一人を見て驚いた。ゲームで見た顔そのままの、非常に美麗な容姿の少年が、ソファーに腰かけていたのである。
「累……」
最近フレになったばかりのプレイヤーの名を呟くマキヒメ。
「どうも。こちらでははじめましてですね、マキヒメ」
ゲームの中の容姿とは当然異なるマキヒメに向かって、累は挨拶をする。
「驚いた……。リアルでもその顔なんだ……」
累の顔をまじまじと見つめ、マキヒメは言った。ゲームの中では美男美女などもう見飽きたが、流石にリアルと同じというのはインパクトがある。
「僕はマキヒメが電霊使いになっていた事に驚いています」
電霊などという胡散臭いものを必要とするような、そんな人物だとは思わなかったというニュアンスをこめる累であった。
「つい最近の話よ。あなたもそうみたいだけど」
一方でマキヒメは、ゲームを始めて日の浅い累が、何故この話に乗ったのか、興味を覚えていた。
「二人が凄い勢いで俺の何倍も電霊を増やしてくれて、ありがたく思う」
社交辞令も、人に礼を言うことさえも苦手としているニャントンが、精一杯頑張って礼を述べる。
累がどんな方法で、凄い勢いで電霊を集めているのかにも、マキヒメは興味を抱く。
「できれば電霊の操作もしてほしかったが、それはまああいい。プレイヤーが増えたというだけでもよしとしよう」
ニャントンが言った。累とマキヒメは、ニャントンやタツヨシとは違い、ゲーム内で電霊を連れて歩く真似はしていない。少なくともマキヒメは、ただリアルで電霊を作り、送り込むだけだ。
「いろいろ問題があると思いませんか? 今現在、電霊は158人。たったこれだけ程度では、焼け石に水です」
ニャントンに対し、全く物怖じせず本音を口にする累。
「それでも二人が来るまでは、50人もいなかったしな。凄い増え方だぞ」
「そして電霊の肉体を世話している組織の人にも、文句を言われました。こんなに増やしてどうするのかと。人手が全然足りないと。」
累の話を聞いて、ニャントンは思わず舌打ちした。
組織というのは、ニャントンが作った組織のことではない。電霊の生身を世話するために、安い移民の労働力を貸してくれる組織のことだ。彼等は口が堅いという話であるし、今まで文句も言わなかったが、自分の預かり知らぬ所で、せっかく貢献してくれた新人である累に対して文句をぶつけるなど、よくもやってくれたなという気分になる。
「注意しておく。すまなかった」
「いや、その組織の方の方が正しいです。人手が足りないだけではなく、スペースも徐々にキツくなっています」
累に対して申し訳ないと思って謝罪したにも関わらず、累がまるで自分を非難するかのような言い草であったため、ニャントンはカチンとくる。
「人手は増やす。金はちゃんとあるんだ」
新たにここに連れて来られた者達の臓器や四肢を売り飛ばしたのはもちろんのこと、昏睡状態の女達を使っての売春業も新たに始めた。そして効率よくハイペースで妊娠堕胎させて人工子宮に移し変える、胎児のまま人身売買組織に売る方針に切り替えたので、わりと実入りがよくなった。
「そのお金も、このまま人を増やして維持費がかかるようなら、足りなくなりそうですが」
確かに累の言う通りだと、ニャントンも認める。このペースではそう遠くないうちに収入より支出が上回る。
「この方法には限界が来ていると思います。他の方法を模索していきませんか?」
(顔は可愛いが生意気な奴だな……。しかしこいつの言うことには一理あるし、こいつが多大な成果をあげているのも事実。有能なのは認めないといけないし、こいつの意見はできるだけ聞いた方がいい)
累に対して不快感を覚えるニャントンであるが、自分の好みかどうかより、使える者かどうかを考える。
オススメ11の中でもニャントンはずっとそうだった。多少性格的に難のあるプレイヤーであろうと、装備が良い者やプレイヤースキルの高い廃人らと、積極的に交流をはかった。もっともコミュニケーション能力の乏しいニャントンの交流の仕方は、相手をひたすら目的で釣り、相手に対して自分の存在も有益であると印象付けるだけであったが。
「で、その方法は何だ?」
「運営会社そのものを支配し、奴隷化するのです。それが一番手っ取り早いでしょう?」
累の提案に、ニャントンは苦笑いを浮かべた。
「それは俺も大電霊に言ったが、奴の美学の問題で許可が下りない。そして、奴の気持ちも俺にも多少わかる。とはいえ、いい加減このままで不味いと思って会社に投資した。オススメ11のバージョンアップもしてくれるならという条件つきでという内容と、育夫に知られないためにそれを内密にしてほしいという条件で、あっさりと通った。だがその時点で俺も理解した。会社が今、相当苦しいということを」
「つまり……ゲーム会社を支配しても解決にはならないと?」
「そうだ。別のゲーム会社に吸収合併されるかもしれない状態らしい。そうしたら現在は実りの悪いネトゲ部門がどうなるかわからない。だから人を増やすしか手がない。俺の懐事情だってある。多額の投資をした事で、人身売買や臓器密売で溜め込んだ金をごっそり使ってしまったしな」
金が有ると言ったり無いと言ったり、言うことがころころ変わると、累は呆れたが、そのままそれをストレートには突っこまなかった。
「臓器密売や胎児の人身売買ビジネスだけでは、いい加減キツいのではないですか?」
正直累からすると、ニャントンのしていることが不快で仕方が無い。自分もかつて悪行三昧を働き、それを悔いているからこそ尚更だ。その不快感を押し殺しながら、冷静に計算し、今のやり方に無理があると訴える。
「それ以外に何かいい方法はあるのか?」
ニャントンが問う。
「一応、考えは……というか、アテは二つほどあります。プレイヤー人口を爆発的に増やせる保障はありませんが……。ただしそれは、電霊化を用いない方法です」
累が言った。
「電霊化にはこだわらない。ゲームのシステムそのものに干渉しない方法なら、構わないからやってくれ」
相手がどんな方法を使うかも聞かずに促すニャントン。
何故ニャントンが質問してこなかったのか、累にはわかっていた。話がこじれるのが面倒だと思ったからだろう。ここでまた異の唱えあいになるよりかは、思いきって相手任せにしてしまえと放り投げたのだと、見抜いていた。
「他に何か無いか? 無いなら俺はオススメ11に戻る」
一方的に告げ、ニャントンはエレベーターへと向かった。
「お手伝い、お願いしてもらってよろしいでしょうか? 僕一人では大変な事なので」
マキヒメの方を向いて、累が声をかける。
「何をすればいいの?」
好奇心とともに尋ねるマキヒメ。
「アテの一つですが、単純にプレイヤーを増やします。その新規プレイヤー達に、ゲームの教授をして欲しいんです。僕よりも、熟練プレイヤーの方が適しているでしょうし」
アテというよりコネのようなものかと、マキヒメは勘ぐる。電霊による量産を否定して、それ以上に増やせるコネがどこにあるのだろうか。また、そんなコネを持つ累とは、一体何者なのだろうか。つくづく謎が多い。
「はっきり言って、僕にとって面倒な、やりたくない役目をマキヒメに頼んでいます」
マキヒメを真っ直ぐ見据えて、累は真面目な口調で言う。
「それを侮辱的ととられても仕方がないですし、失礼な話であるともわかっていますが」
「面白そうな話だし、失礼なんて思わないよ」
累の気持ちを和らげるかのように、マキヒメが微笑む。
「私達はもう同志なんでしょ? 苦手なことは補い合えばいいじゃない。適材適所よ」
ニャントンに対しては、自分のやりたいことだけをやって面倒なことは人任せと思ったマキヒメであるが、事前にそれを承知のうえで断りを入れてくる累には、そのような感情は沸かなかった。
「そう言っていただけると、助かります。苦手な所をズルして押し付けるようで、引け目に感じていましたから」
「そうやって礼を尽くしてくれる人と、リアルで接するの、どれくらいぶりかな」
しかもこんな子供が、ちゃんと相手の事を考えて発言している。いい歳した恥ずかしい大人達に、爪の垢を飲ましてやりたいと、心の中で旦那や姑を唾棄するマキヒメ。
「マキヒメさんは、不安ではないのですか?」
脈絡も無く、本心を見透かした問いを投げかける累に、マキヒメはギクリとする。
「僕は正直言うと、自分が今ここにいることが不安でもあります。自分で決めたことなのに」
「私も不安よ」
不安でないはずがないと、心の中で付け加える。そして自分だけではなく、累も不安な気持ちを引きずりながら、今この場にいるという事を口にしてきたことに、マキヒメは安堵した。
累が不安である理由は、雪岡研究所を飛び出してきてしまった事に対してだ。家族同然の真や純子に反発してまで、自分の新たな居場所と信じる場所を守ろうとする事が、果たして正しいことなのかどうか。はっきりとそれを正しいとも言い切れない。後ろめたさをずっと引きずっている。自分が間違ったことをしているのではないかと考え、不安になっている。
マキヒメの不安は、犯罪的な領域と人外の領域の二つに、同時に入ってしまった事に対してだ。そこで開き直って自分は選ばれた者だ、特別な力を手に入れたなどと、素直に喜ぶことができない。元々ネガティヴな思考にばかり陥る性格だが、ここに来てそのネガティヴマインドがフルに発揮されている。これは破滅への伏線ではないかと。
「不安だけど――」
何か言おうとして、マキヒメは言葉を止める。いや、止めたのではなく、自然と止まった。それ以上出なかった。言いたいことはあったのに。
(不安だけど、もう一線を越えちゃったから、戻れないでしょ?)
こんな台詞を子供の前で口にするのは、情けなくもあり、そして残酷な気がして。
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