第十七章 ネトゲ廃人を量産して遊ぼう

第十七章 二つのプロローグ

 とある匿名掲示板。ヴァーチャルトリップ式のネットゲーム、オススメ11関連の、とあるスレッド。


『チムポニエバトルが発生しました』

『マラッ、マラッ!』

『最近人増えてる?』

『人口増えてオススメ11復活夢見ちゃってる奴~w』

『いつまで11豚はオススメ11にしがみついてるんだよ。ま、お前等じゃシュウキョウ14にはついてこれないだろうけどな』

『マスゲームお疲れ様。死ぬまでマスかいてろ』

『DPSをアタッカーと間違えて覚えたあげく、その言葉の使い方がスタンダードだと勝手に決める奴等には、確かについていけそうにないw』


『人数報告見た限り、何年かぶりの上昇傾向。突然のバージョンアップ告知効果で、復帰組がいるからだろ。ピンク鯖が特に多くて、久々の四桁っていう』

『どうせすぐ辞めますし』

『だろうな。バージョンアップ内容もろくでもないさ』

『でも久しぶりに熱中できる新たな苦行も味わってみたいw』

『謎の超巨大生物マラソンに期待してるおめでたい奴なんているの?』

『おるでw』

『いい加減にしてください!』

『名前からして核地雷臭が漂う糞イベントの悪寒』

『ピンク鯖って電霊がいる分、人が多いんだからな』


『だからその電霊って何よ?』

『ピンク鯖のアホ共は本気でそんなオカルト信じてるの?』

『いや、実際にいるから』

『霊がプレイしているとかいう噂のあれか? 霊が課金してドリームバンドかぶってるのか?』

『うちの鯖の最強廃人が何人も電霊プレイヤーを従えているんだよ。鯖住人は皆知ってる』

『電霊にも二種類あるって話だ。ただ電脳世界を漂う電霊と、生身がある状態で霊体が電脳世界に入ったままの電霊』

『どこでそんな話聞いた?』

『ほら、これが電霊の証拠画像。生気に欠けたツラしてるし、ゾンビみたいだろ。動きはもっと凄いぞ。完全に機械的』

『動画だって結構出回ってるし、疑う奴はこれ見ろよ』


 人数やバージョンアップの話は、いつしか電霊の話へと移る。この流れは以前も何度かあった。


『電霊そのものは都市伝説で結構いろんなエピソードあるけど、ゲームしているって話は、これが初耳だな』

『電霊の件でフォーラムに何度か凸されたが、運営もノーコメントだ』

『当たり前だろw そんなこと真面目に書き込んだ奴いるのかw 本当フォーラム戦士ってアホだなw』

『頭おかしくなきゃフォーラムに書き込むとか無理w』

『電霊を操っているプレイヤーの話とか、他の鯖の奴等は絶対信じないだろ』

『ニャントンとかいう奴のことか? 中々の廃のようだが、うちの鯖のスーパー廃神アリスイ様には劣るな』

『動画見たけど、こんなのいくらでも捏造できるじゃん』

『ほら、こういう反応返ってくる。同じ鯖でプレイしていればわかるけど、ニャントンとかタツヨシとか、いつも電霊を何人も従えているんだぞ。で、連れている電霊の動きが全部同じ。これが複数のプレイヤーの悪戯だっていうんなら、そっちの方が凄いわ』


「そっちの方が凄いわ――と」


 電霊関連の話を無理に振った張本人が、呟きながら書き込みを終え、小さく溜息をついて、ホログラフィーディスプレイを消す。


「へーい、純姉。そんなことして何の意味があるのぉ~?」

「いつものことだけど、意味が生じるかどうかは運任せの種まきだよー」


 質問するみどりに、純子は微笑をこぼして答える。


「ガチガチに計算してシナリオを作っても、面白くないんだよねえ。ランダム要素が無いと」


 真はもちろんのこと、誰の前でも純子はそう語っている。

 噂を拡大していく明確な意図はない。ただ、何かしら効果が生じるかもしれない。布石となりうるかもしれない。そんなぼんやりとした狙いである。いつもの純子のやり方だった。


 それが現在の話。


***


 オススメ11というネットゲームがサービス開始されてから、二ヶ月が経った。


 ネナベオージはサービス開始初日からプレイしているが、まだ最高レベルであるレベル999には至っていない。今やっと850だ。しかしレベル808台でも、廃プレイヤーと見なされるには十分すぎる高レベルである。


「よろしくー」

「あ、ニャントンさん、よろしくー」

「メロンパイさん、さっきも一緒だったね」

「さて、深夜の部といきましょうか」


 レベル上げPTが組まれ、PTメンバーが挨拶をしあう。初めて組むという人もいれば、わりと見知った間柄の顔も多い。

 時刻は深夜零時半。ゴールデンタイムの八時から零時あたりまでのレベル上げが、夜のレベル上げの定番時刻となっているが、サラリーマンや学生の稼ぎは、その時刻で終わる。しかし時間制限の無い者達は、そこからさらにレベル上げPTの第二幕を始めるのが定番であった。


「ようやくレベル999が見えてきたな」


 ネナベオージが言った。今組んでいるPTは皆レベル850前後である。経験値補正というものがあるため、レベル上げ目的でPTを組む場合、大体同じくらいのレベルの者で集まる事になる。あまりレベルが離れていると、低いレベルの者には経験値が少ししか入らない。


「うんうん、やっとだよ」

「憧れのレベル999になったら、世界が変わるのかなあ」

「今まで敵が強すぎて行けなかった場所とか、できなかったクエもできるかもねー」

「前、レベル999に声かけたら中指立てられたよ。俺等は下に優しいレベル999になろうぜ」


 和気藹々と先のことを語り合うPTメンバー。

 すでにレベル999になったスーパー廃人は何人かいる。プレイヤー達から見てレベル999という数字は、極めし者達として、憧れと羨望の的であった。そのレベル999に近づきつつある事に、彼等は期待と喜びに震えている。


「レベル999になってそれでおしまいじゃないぞ」


 PTメンバーの一人、ニャントンという低脳発情猫のプレイヤーが言う。一応女性キャラであるが、口調は完全に男のものであった。必要以上のことをあまり喋らず、雑談などにもほとんど交わらなかった人物であったので、はっきりと口を開いたことに、彼と何度かPTを組んだプレイヤーは少々驚いた。


「たった一つのジョブが999になっただけだ。他に幾つもジョブはある。今後、新しいジョブが実装されるって噂もある。レベルキャップだって解放されるかもしれない。ずっと続いていくんだぞ。レベル999はこのゲームのゴールじゃない。あくまで取りあえずの到達点だ」

「そんな果てしない話にまで頭が回らないよ」


 プレイヤーの一人が苦笑する。他のプレイヤーも大体同じ気持ちであったが、ネナベオージだけは別だった。


「俺はその先もその先もずっと見てみたい。この一つの世界の初めから終わりまで、全部見届けたい。そして俺はこの世界の中で、一番のプレイヤーになりたい。一番有名で、一番やりこんでいて、一番強いプレイヤーにだ。今は出遅れてしまったが、そのうち、絶対にな」


 真剣な口調で語るニャントンに、PTメンバーは全員聞き入っていた。


「馬鹿なこと言ってる変な奴だと、思ってるだろうな。実際俺は馬鹿だし。馬鹿で結構だ。でもこのゲームはどれだけやりこむかという競争意識や格差意識があるし、そこで上を目指すのは意義がある」

「フッ、僕ははっきりと宣言する所に好感が持てるね。トップを目指すことを公言するには、それなりに度胸と覚悟がいるよ」


 ネナベオージが優雅な微笑をたたえて、ニャントンを支持する発言を口にする。


「上を目指したいと思っているのは、ここにいる人なら全員同じでしょ? こんな時間に必死にレベル上げしてるんだしさ」


 メロンパイという名のプレイヤーも笑顔でそう言い、他のプレイヤー達も頷いた。


 その時のやりとりは、ネナベオージの記憶に焼きついていた。例えどんな世界であろうと、ひたむきに熱中する者の姿勢は馬鹿にはできないし、本人に告げたように、好ましく思う。


 それが十数年前の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る