第十六章 35

 ダークゲーマーとの会談を終えたニャントンは、中心都市のスラム街地区へと赴いた。


 会談が終わった後、ある人物から会って話をしたいとテルを入れられ、了承したのだが、何故その人物に声をかけられたのか、理由がわからない。

 そのプレイヤーの名はもちろん知っている。かつては名を馳せた有名な廃人だ。大分昔に引退したが、最近また復帰したことや、女性プレイヤーを巡ってタツヨシと一悶着あったという話も晒しスレで見た。何度かPTを組んだ覚えもある。キザったらしい口調で喋る変な奴だが、中々プレイヤースキルは高いという記憶が残っている。


「話に応じてくれたこと、感謝する」


 低脳発情猫の美少年が恭しい動作でお辞儀をし、気取った喋り方でそう告げた。ネナベオージだった。


「で、話は?」


 前置きも社交辞令も一切しない男であるニャントンは、すぐに用件を求める。プレイヤー同士相互でどこにいてでも会話が出来るテルではなく、直接面と向かっての会話を求めるからには、それなりに重要な会話であるというのが、お約束となっている。


「電霊なるものについて話が知りたい。そもそも電霊とは何なのか? また、君は複数の電霊を従えているようだが、如何なる方法で意のままに操っているのか」


 ストレートな質問にニャントンは面食らったが、不機嫌そうな面持ちになってネナベオージを半眼で睨む。


「それはギルドの連中にも教えていない事だし、教える気も無い」


 ネナベオージが何故電霊のことに興味を覚えたか、気にはなる。もし彼が筋金入りの廃人で、この世界の維持のために協力してくれそうなら、誘ってもいいかとも思うニャントンであるが、一度引退して戻ってきたという事が気に入らない。


「話はそれだけか? なら忙しいからこれで」

「教えられないことか? それとも教えたくないことかね? 不正の類ではないのだな?」

「ふざけるな。不正ならとっくに俺はBANされている。それに俺はチートやデュープの類を心から軽蔑する」


 ネナベオージの言葉を受け、ニャントンの声に怒気が宿る。BANとは、重大な違反行為をしたプレイヤーに対して、運営によるアカウント剥奪という厳しい処置の事を指す。キャラクターも抹消され、ゲームができなくなる。

 例えば、違法ツールによってゲーム内で有り得ない動きをする、チートと呼ばれる行為。あるいはデュープと呼ばれる、不具合や違法ツールを利用してアイテムの無限増殖。これらを行うとBANの対象になりうる。

 さらに言えば、ネットゲームの運営会社にもよるが、チートツールの使用や配布を行うと警察に訴えられ、電子計算機損壊等業務妨害の容疑により刑事罰で御用となる事も有りうる。

 オススメ11ではチートやデュープが判明した場合、警察沙汰にこそなった例は無いが、問答無用で速攻BANとなる。


「ほう。では電霊とはチートではないと? 君しか扱えず、他は扱えないものを利用し、それによって他のプレイヤーより圧倒的に優位に立っているのは、チートとは言わないのかい?」

「運営が判断することだ。もしそれがチートだと言われるのであれば、俺は素直にやめる。俺はチートだとは思っていないがな」


 挑発的なネナベオージの物言いに、しかしニャントンは悪びれることなく堂々と言い返した。


 実際ニャントンは自分の行いをチートだという意識など無い。電霊をプレイヤー化してちゃんと人数分のドリームバンドを買い揃え、アカウントも購入し、毎月課金もしているのである。そのうえで自分の能力を利用して動かしているのだから、これが違法行為であるなどとは、露ほども思わないニャントンである。


「気分が悪いっ。俺はチーターもRMTも大嫌いだというのに」


 RMTとはリアルマネートレードの略で、ゲーム内の通過を文字通りリアルマネーで売買する行為だ。ネットゲームにおいては、市場バランスを破壊するうえに、ゲーム内通過を量産してリアルマネーと取引する業者を呼び込む等といった、様々な悪影響を及ぼすため、良識あるプレイヤー達からは当然忌み嫌われている。もちろん発覚すれば重い処分が与えられる違法行為である。


 それ以上は何も言葉を発さず、ニャントンはさっさと転移して姿を消した。


(探りを入れるにはカードが足りなかったかなー。でもまあ、一応挨拶代わりに接触も出来たし、電霊を探っている者がいるって事も相手に伝えられたから。布石にできるかもね)


 ネナベオージ――純子は今のやりとりを振り返り、一応の成果はあげたと判断した。


***


 マキヒメの中の人である厚木真紀はとりわけ美人でもないし、リアルにおいては、結婚するまでに一度しか、男女の付き合いをしたことがない。それも自分から積極的に付き合ったわけでもないし、リアルで恋人が欲しいと思ったこともない。

 そんな彼女が、出会い系サイトというものを利用し、異性と接しようとしている。


 慣れない化粧に精を出し、前もって買っておいた扇情的な服に身を包んで、マキヒメは相手の男と会う。

 相手の男と、くだらないお喋りをして、飲みなれない酒を飲んでと、苦痛に満ちた時間が続く。早くゲームの中に戻りたいと、マキヒメは切に思う。


「え、このホテルやってるの?」


 腕組みして密着して歩きながら、薄汚いホテルへと連れてこられ、男は戸惑いの表情となる。一見して、その建物がホテルであることもわからなかったほどだ。


「これでもやってるんっだってば。うちの友達が経営してるんだけど、苦しいらしくてさ。助けると思って。ね?」


 そう言われて、なおも断ることもできず、男はマキヒメに連れられるような形でホテルの中へと入っていく。


 ロビーには誰もいない。照明すらついていない。この時点が男は明らかに不審を覚えたが、もう遅かった。

 マキヒメが哀れみと軽蔑の眼差しで男を見る。男は自分が何でそんな目で見られているか、理解できないまま、霊魂を肉体から引きずり出されていた。


 男の体が崩れる。マキヒメはフロントに予め用意してあったドリームバンドを、男にかぶせて起動させ、男から取り出した霊魂を電脳世界へと送る。

 キャラクターメイキングやら何やらを行うために、マキヒメもドリームバンドを被る。電霊を操るには、自らもヴァーチャルトリップして、ネットに接続して同じ鯖に入らないといけない。


(何やってんだろ……私)


 身内以外での初めての電霊製造を行いながら、マキヒメはふと思う。


(私がこんなひどいことをしていると知ったら、皆どう思うだろ……)


 オススメ11内の友人達を意識して、マキヒメは胸が痛んだ。

 特に鮮烈に意識したのは、ネナベオージの事だった。彼――いや、彼女にだけは知られたくない。


 葛藤する一方で疑問も覚える。こんなペースで少しずつ電霊を作り上げ、プレイヤーの水増しをした程度で、どれほど効果があるのかと。

 もし自分の行為が大した効果が無いのであれば、ただ無闇に他者を傷つけ、ただ無駄に自分が苦しむだけではないかと。


***


 雪岡研究所を飛び出した累は、裏通りの住人御用達のホテル、『ホテルワラビー』の一室に泊まり、そこでオススメ11を続けていた。

 食事も自分で用意しなくてはならないので、その辺が非常に面倒だし、インスタント食品ばかりの不健康な生活だが、それでも構わないとする。


(一人暮らしなんて三十年ぶりですね。純子と共に行動をする前は、ずっと一人だったというのに……)


 カップラーメンをすすりながら、昔のことを思い出す累。

 食事をさっさと終え、ドリームバンドを頭にかぶり、ゲームの中にトリップする。

 ソロで出来る繰り返しクエストを淡々とこなすこと二時間後、累は覚えのある異質な霊気が接近しているのを感じ取った。


「そちらから現れるとは、どういう風の吹き回しです?」


 作業の手を休めることなく、棍棒でひたすら巨大ヤシガニを叩きながら、累は目の前に現れた電霊育夫に尋ねた。


「お前はあいつらの仲間ではないのか?」

 質問し返す育夫。


「どうもお前は……こっち側の人間な気がするぞ。そういう波長を感じるぞ。お前は敵では無さそうだと感じたぞ」


 育夫のその言葉で、彼が何の用で自分の前に現れたか、大体察しがつく累。


「このオススメ11に対する想いが強いプレイヤーを、俺はずっと探しているんだぞ。同時に、俺に協力してくれそうなプレイヤーをだぞ。三人目に続いて四人目も見つけたぞ」


 累が大体想像していた通りの台詞を、育夫は口にした。


「僕にも電霊使いとなって、電霊をこのゲームに呼び込めというのですか?」

「そうだぞ。いつオススメ11がサービス終了してしまうか、わからないんだぞ。俺はそうさせないために、電霊を増やしてプレイヤー数を水増ししているんだぞ」

「増やしているといっても大した人数ではないでしょう。個人が頑張って、ちょっとやそっと増えたところで、流れは変えられませんよ」


 累がそう指摘すると、育夫の表情が険しいものへと変わる。


「では何もするなと言うのか? この世界が好きで、死んでなおここにしがみついている俺の気持ち、お前にはわかってもらえそうだから、こうして来たんだぞ」

「ええ、わかります。僕だって、せっかく見つけた居場所を失くしたくもないです」


 蟹を叩く手は止めなかったが、累は育夫の顔を見上げた。


「断る理由はありません。僕は貴方に協力します。ただし――」

 不敵な微笑みをこぼす累。


「電霊化の力も、他の能力もいりませんよ。そんな力をわざわざもらうまでもなく、今現在電霊を扱える者を調べて、その術理を解明して、雫野の妖術の一つとして電霊化の術を僕の手で完成させればいい話です」


 純子の望みの半分くらいを自分がかなえることになる事が皮肉だと、累は思った。純子は電霊化の術が欲しいのではなく、純粋にしてオリジナルの電霊が欲しいことはわかっている。つまり、育夫か明日香のどちらかだ。


「生霊を作り出して電脳世界に縛りつけることはできます。しかし問題は生身と、生身のプレイヤーのゲームの管理の方です。それはどうすればよいのですか?」

「それはニャントンにやらせているぞ。彼とリアルで接触し、協力しあうがいいぞ」


 確かにすでに管理がなされているからこそ、今の電霊達もあるのだろうと、累は思う。


「愚問でしたね。それに……電霊を用いるのもいいですが、それ以外でも、僕には人集めをするアテがありますよ。僕は僕のやり方でやらせていただきます」

「わかったぞ。同志。よろしく頼むぞ。ニャントンには話をつけておくから、そっちでも挨拶しとくんだぞ」


 そう言い残し、育夫が姿を消す。


「これで純子達とも敵対することになりますか。すごくワクワクしてきました」


 ひたすら蟹を殴りながら、累は言葉通り楽しそうに微笑んだ。



第十六章 ネトゲ廃人になって遊ぼう 終

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