第十六章 34

 ニャントンとダークゲーマー。鯖のトップ廃人として名高く、しかも長らく犬猿の仲として知られていた二人が公開会談を行うということで、会場には相当な人だかりが出来ていた。

 会場として選ばれた場所は、中心都市の公園噴水前。人垣に囲まれる中、ニャントンとダークゲーマーが向かい合っている。


 ニャントンも流石に、この場に電霊を引き連れてくるようなことはなかった。


「排他的で行き過ぎた秩序と、声だけは大きい望まれぬ幼稚な混沌の戦いだねえ」


 会談が始まる前に、純子はそう呟いた。


「ふえぇ、みどりとしては管理組合アンチなニャントンを応援したいけど、やっぱ望まれないわけなのね」


 純子の呟きを聞き、みどりは小さく息を吐く。みどりは根っからの反体制思想の持ち主であり、何より混沌を好むため、管理組合のような組織は好きになれないし、それに逆らう者のほうに自然と肩入れしてしまう。


「じゃ、始めろよ。まずてめーから言いたいこと言っていいぞ。許す」

 尊大極まりない口ぶりで告げるダークゲーマー。


「その許すという言葉からしてどうかと思うんだがな」

 腕組みし、不機嫌そうな顔でニャントン。


「あん? 冗談のつもりで言ったんだが、てめーはあれか? 最近やたら多い、一番関わりたくないアレか? 物事を額面通りにしか受け取れないアスペ糞脳みそか? 冗談も皮肉も通じなくて、洞察力も想像力も無い、周囲をシラけさせる糞才能の持ち主か?」

「冗談にしても品が無いし面白くない。面白いつもりで言ったのか?」


 最初から挑発しあい、改めて仲の悪さを周囲に印象づける両者。


「何こいつら。いきなり喧嘩腰じゃんよ~」

「どっちかっていうと輝明――ダークゲーマーが悪いんだけどな。あいつはいつもあんなノリだし、誰彼構わず噛み付く狂犬みたいな奴だ。他人を罵るのがデフォになっている人格破綻者だ」


 おかしそうに言うみどりに、真がダークゲーマーの人物を語る。


「こちらの要求はただ一つ。五年ぶりのイベントを皆楽しみにしている。管理組合がしゃしゃり出て、皆我楽しみにしているイベントに水を差すような真似をするな。このゲームは誰であろうと遊ぶ権利が平等にある」


 厳粛と言ってもいい口調で、ニャントンが告げる。


「もうそれ何度も聞いたし、俺が言い返すことも同じなんだよバーカ。電車の前に列作って並ぶ。野球場をいろんなチームが事前に予約して使う。俺らがしている事はそういうことだ。限られたスペースに、限られた人間しか遊べないのなら、できるだけ平等に順番こに譲り合いして使いましょうと。そういう協定を取り決めて、その協定を受け入れた者達の間でまわしているだけだ。協定に同意しない奴は知らん。こっちのルールを押し付ける気は無いが、守る気も譲る気もねーな」

「こっちのルールを押し付ける気が無いだと? 白々しいっ!」


 ニャントンが目を剥き、声を荒げた。


「管理組合の協定に従わない者に対して、お前達は今までどれだけ乱暴な行為を働いてきたか、知らないとは言わせないぞ!」

「知らねーとまでは言わねーが、知ったことではねーな」


 不敵な笑みを満面にたたえ、ダークゲーマーは傲然と言い放つ。


「別に俺がそんな指示だして、管理組合に属さない奴に嫌がらせしているわけじゃねーもん。俺が指示してはいない証拠が欲しいのか? 悪魔の証明しろってか? まあ言わせてもらえば……だ。この鯖に何十個もあるギルドの集団が、管理組合という、本来の意味でのギルド組織を信頼して、所属しているんだぞ? その組織の長が、自分達に従わない相手には嫌がらせするような悪党だったら、組織に属する数多くの人間が放っておくと思うか? 良識ある声が必ず出て、こんなひどいことする奴は信用できない、他人を貶めるような行為を指示する人間は許せないと言って、引きずりおろしにかかると思うけどね」

「詭弁だ。何とでも言える」

「ああん? 今のちゃんと論理的な説明に対して、そんな低脳感溢れる非論理的脊髄反射クソ返ししかできねーのかよ? 現実的に考えて有りえねーだろ。そもそもだ、管理組合としては、組合に所属していない人間も、積極的に組合の中に取りこみたいと思っているんだぞ? なのに所属していない奴等に、晒しやらPKらして嫌がらせして、そいつらの信用も失うような真似は、不利益でしかねーんだよ。嫌がらせする野郎は、俺らにとっても邪魔な存在だ」


 今度はダークゲーマーの声に怒気がこもった。


「例え管理組合に最初は反発を抱いていたとしても、何度かバッティングしているうちに、組合に所属した方がいいと、心変わりだってするかもしれねーんだ。それなのに管理組合に未所属のプレイヤーに変な嫌がらせをしたら、そういう可能性の芽だって摘み取っちまうだろ。そんな馬鹿なこと、俺がするかよっ。見損なうなってのっ」

「その理屈はわかるが、実際過去幾度となく、管理組合に未所属のプレイヤーは、管理組合を名乗る者達に嫌がらせをされてきたぞ。晒しの仕方もひどいものだ。管理組合に楯突いたプレイヤーだけではなく、それらが所属するギルドのメンバーまで巻き添えに晒す悪辣さ。あれは一体誰の仕業だ?」

「二つ、考えられるな」


 ニャントンの追求に、ダークゲーマーは渋面になって声を潜める。


「一つは管理組合に所属する者の暴走。もう一つは管理組合を貶めようとする者の工作。俺の立場としては、後者だと断言したいし、前者は否定したいが……。俺がもしも政治屋だったり経営者だったりして、マスゴミの蝿にマイクつきつけられて喋るとしたら、毅然として有りえないと否定しなくちゃなんねーんだろーが……。まあ、否定しきれねーな。そういう行為はやめろと厳しく制し続けてはきたが……」


 今まで強気だったダークゲーマーが、ここで初めて言葉を濁し始めた。


「いつまでそんな話してるんだよ」

 不意に聴衆の中から野次がとばされる。


「だよな。そんな言い合いしてても、平行線なだけじゃん。ニャントン氏が要求した。ダークゲーマー氏は突っぱねた。どんなに言葉をこね回しても、今、話の進行はたったこれだけだぞ」

「確かにそうだな」


 別のプレイヤーからも突っ込みが入り、ダークゲーマーもそれを認めた。


「謎の超巨大生物マラソンがどんな代物になるかわからないが、それが取り合い要素になる代物だったら、管理組合はしっかりと管理させてもらう。しかし折衷案もあるぞ」


 嫌そうな表情でダークゲーマーは告げる。


「管理組合が関知しない時間帯を作る。その時間帯では、管理組合アンチの幼稚な反権力思想糞虫共が好き勝手やっても、俺達は関知しない。それで折り合いつけようぜ?」

「その折衷案とやらも、お前達が勝手に決めたルールの押し付けにしかなってないぞ」

「あれも嫌、これも嫌と、駄々こねるためだけに、この会談とやらをおっぱじめたのか? ま、いいけどな。俺達は勝手にこの方針を打ち立てる。これが最大限の譲歩だ。それに合わせるも合わせないも自由だ」


 忌々しげな口調で最終通告をするダークゲーマーに、しばらくの間、押し黙るニャントン。


「わかった……。少なくとも俺はそれでいい。だが……」

 やがてニャントンが口を開く。


「他の管理組合アンチはどう出るかはわからんぞ。俺は別にアンチ代表というわけでもないからな」


 それだけ言い残すと、後は何の挨拶も無く、ニャントンはその場を歩いて立ち去ろうとする。

 転移ではなく、徒歩で立ち去るには理由があった。ニャントンはここに来る前に、ある人物からテルを入れられていた。会談の後に会いたいと告げられていた。


「ふわぁ~、大して面白くもなかったわ」

 みどりが軽く伸びをして言った。


「僕は輝明の意外な一面を見たような気がして、中々興味深く感じたよ」

 みどりと逆の意見を口にする真。


「あれ? 純姉ログアウトした?」


 いつの間にか純子が消えていたのを見て、みどりが怪訝な声をあげる。


「多分キャラを変えに行ったんだろう。ニャントンと接触するようなことを話してたし」

「なるる~」


 真の言葉に、みどりは納得した。

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