第十七章 1

 客達は今日の宴を特に楽しみにしていた。


 宴の内容は幼女百人を集めて鬼ごっこをして、捕まえた者を好きにしていいという代物だ。

 少女や幼女の強姦ショー程度なら、彼等は常日頃から経験済みだ。しかし百人も集めて手当たり次第の陵辱乱交パーティーは、鬼畜の宴の常連達からみても、中々ありつけない壮大かつ愉快なイベントであるし、ありふれた虐待ショーや陵辱イベントでは物足りなくなった彼等は、この日を心待ちにしていた。


 三台の覆面バスに乗って、仮面を被った数十人の客達が赴いたのは、どう見ても経営していると思えない一軒のホテルであった。

 仮面の客達は期待に胸を膨らませる。きっとこのホテルの中に裸の幼女百人がいて、それらと無差別鬼ごっこをするのだろうと。


 幼女の人数は客の人数の倍以上なので、客同士で奪い合いになることもない。しかし広いスペースで行うかと思いきや、ホテルという狭く入り組んだ場所で実行されるというのは意外であり、同時に期待と妄想も膨らまされた。


「鬼ごっこだけではなく、かくれんぼ要素もありますな」


 般若の仮面を被った紳士が、隣にいる狐のお面を被った知り合いに声をかける。どちらもそれなりに高い社会的地位にある者だ。そうでなければ、ここの客にはなれない。


「気に入った子を見つけるまでのお楽しみという所もあると思います」


 狐のお面をかぶった男が、肥満体をそわそわと揺らす。


「どうぞ、こちらへ」


 客達の顔馴染みの組織の幹部が、神妙な顔つきでホテルの中へ入るよう促す。彼は面を隠していない。表通りに見切りをつけて、裏通りのみで――『ホルマリン漬け大統領』の幹部として、生きていくことを決めたからだ。

 幹部の様子が微妙におかしいことに客の何名かは気がついたが、それよりも今日のイベントの期待の方が上で、深く考えようとする者はおらず、問いただそうとする者もいなかった。


 古く汚いホテルの、決して広いとは言えないロビーへと、ぞろぞろと入っていく客達。中は暗い。何も見えないほど真っ暗というわけではないが、限られた照明しかついていない。


「全員入りました」


 幹部が誰かに向かって声をかける。その声が微かに震えていた事に気がついた者もいて、怪訝に思いはしたが、照明がついて別のことに気を取られる。

 ホテルの扉の真向かいに、大きな絵が飾ってあった。ファンタジー世界の剣士や魔法使いが、ヤシガニやら兎やらトンボといった、巨大な生き物相手に戦っている絵。


「あれ? これって……オススメ11じゃ……?」


 客の中の一人が、絵の中の人物の服装や生き物を見て、ぽつりと呟く。彼はヴァーチャルトリップ式ネットゲームの経験者だった。


 絵の前には、一人の子供が佇んでいた。歳は十代前半。黄色いパーカーに青いハーフパンツという格好の、金髪翠眼の白人。その容姿は息を呑むほど整っており、少女にも少年にも見える。


 次の瞬間、数十人の客達は別の世界にいた。

 絵の中にあった光景が自分達の前で繰り広げられている。ファンタジー風の格好の男女がすぐ側で、ぽかぽかと蟹を殴っている。


 客達を連れてきた幹部は、全身から冷や汗を垂らし、息を呑んだ。見ている前で、全ての客が一斉に倒れたのだ。


「彼等を電霊化する処置は、また後ほどですね。まずは暫定的に絵の中に霊魂を封じておきます」


 パーカー姿の白人の少年――雫野累は、倒れた客達を見下ろしながら誰ともなく呟く。


 累は元々、人間の霊魂を絵の中に封じ込める術を編みだしている。絵を見せた者を、絵と同じ光景の亜空間へと封じる術であるが、体の方が生きているのなら、生霊として生かしたままの状態で封じ、体の方の自由を奪うだけに留める事も可能だ。さらには、歩かせる、座らせるなどといった、簡単な動作の命令であれば、霊魂を抜かれた体を操ることもできる。

 どんな人間にもこの術がかかるわけではない。抵抗力の無い人間に限られる。強力な超常の力を備えた者や、古き魂を持つ者や、強大な守護霊に守られた者、何らかの条件で強い霊的加護を備えた者、相当な個性を持つ者、強烈な我を持つ者等にはこの術は通じない。しかし一般人はおろか、裏通りの住人であろうと、大抵はこの術に抗えない。


(電霊化の術理も、基本的にはこの術とそう大差は無い。でも電霊化の術は、仮想世界の中で、より複雑な動作もできる)


 そういう意味では、電脳空間限定ではあるが、自分の術よりも高度だと、累は思う。


 すでに累は電霊化の力を、術という形で会得していた。ニャントンやタツヨシやマキヒメのように、育夫によってドリームバンドを通じて脳をいじられて、超常の力を与えられたわけではない。彼等が電霊を作るプロセスを目の当たりにしたうえで、たった一日半で、己の新たな術として編みだしたのである。


 育夫と手を組むことを決めた累は、手っ取り早く電霊プレイヤーを増やすにあたって、幾つかの心当たりがあった。

 その一つは、ホルマリン漬け大統領の客である。人を嬲り者にする鬼畜の宴に酔いしれている彼等なら、どんな扱いをした所で良心は痛まないという、ただそれだけの理由で、彼等を電霊にすることに決めた。

 ホルマリン漬け大統領の幹部を脅迫し、でっちあげのイベントに大量の客を連れて来させ、一気に霊魂を奪い去る計画。それはあっさりうまくいった。


「こ、これから私はどうすればいい……」


 累に脅迫されて客を連れてきた幹部が、ロビーに倒れた大量の客を見渡し、震えながら呻く。

 脅迫されたとはいえ、大々的にイベントがあることを訴え、組織の客を大勢騙して廃人にして失ったのである。このまま組織にいられるはずがない。


「海外に逃亡すればいいのではないですか?」

 他人事のように言う累。いや、実際他人事だ。


「お、俺には家族だっているんだぞ!」

「家族と一緒に逃げればいいでしょう?」


 涙声で訴える幹部を、白けた目で見る累。


(ホルマリン漬け大統領に殺された者にだって、家族はいたでしょうに。この男によって死へ追いやられた者にもね。それなのに、よくこんなことをぬけぬけと言えたものです)


 累の中にふつふつと怒りの感情がこみあげてくる。


「今の一言で、頭にきました。今の台詞が無ければ、約束は守るつもりでしたが」

「ま、まさ……」


 冷たい口調で言い放つ累に、男はさらに恐怖して何か言おうとしたが、すぐにその体が崩れ落ちる。絵の中に霊魂を吸い取られたのだ。


「半分だけ約束は守ってあげますよ。あなたの家族には手出しはしません。僕は、ね」


 床に倒れた幹部を見下ろし、累は邪悪な微笑みをこぼす。


 それから累は携帯電話を取り出し、このホテルの持ち主へとメールを送る。内容は、電霊の生身の確保が済んだという報告だ。

 メールの相手はどうせ今もネトゲに熱中しているし、相当後になって処理をしにくるだろうと累は思ったが、意外にもすぐに返信があり、ロビーへと降りてきた。


「すごいな……」


 三十代と思しき小柄な男がロビーに現れ、倒れている数十人を見下ろして呻く。

 男の名は鎌倉陽介。だが累はその名よりも、ゲーム内の名前の方で認識している。オススメ11のピンク鯖のトップ廃人、ニャントンの方で。


「彼等はまだ電霊化していません。部屋に運んでオムツをはかせてドリームバンドをつけてから、電霊化しようと思っています」

「わかった。組織の者を呼んでおく。いや、先に呼んでおけばよかったな。それまでオススメ11していていい。お疲れ様」


 社交辞令のできない人だという噂であったし、リアルで初めて会った時も、ぶっきらぼうな挨拶しかしなかったが、気遣いある発言をし、ねぎらいの言葉も一応かけてくれたので、累は意外に思った。


「この組織の者はもう使えません。流石に同じ手は何度も通じないでしょうから。次の仕入れには少々時間がかかります」

「任せるよ」


 短く告げ、ニャントンは自分の部屋へと帰る。


 累はロビーに倒れている客達を改めて見渡し、再び微笑む。今度は邪悪な笑みではなく、少し寂しげな笑みであった。


「やっとヒキコモリを脱出したと思ったら……純子と会う前の僕に、戻ってしまうのでしょうか? 純子達を裏切って……」


 裏切りという言葉を口にしてから、それを改めて自覚し、累の胸が激しく痛んだ。

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