第十六章 28

 公式フォーラム――それはオススメ11のプレイヤー達の議論と不満と怒りと呪詛が渦巻く、公式掲示板。オススメ11にどっぷりと浸かった者達が、我こそは正しいと互いに主張しあい、議論とも口喧嘩ともつかぬ不毛な言い合いを続ける場所。

 フォーラムに常駐して持論をぶつ彼等はフォーラム戦士と呼ばれ、多くのプレイヤーから揶揄されていたが、実際に人目につく場所で発言し、己の訴えをぶつける彼等の言い分は、ゲームの開発者達に取り上げられる事も多々あったが故、何も主張できない者達からやっかみを受けているという側面も強い。


 タツヨシもまた、フォーラム戦士の一人であったが、タツヨシはメインキャラクターを出さない。予備に作った倉庫キャラで登録し、意見や主張を投稿していた。公式フォーラムでは、倉庫キャラで登録して利用も可能であるため、実質的に匿名での投稿も可能となっている。

 自分が嫌われている自覚くらいはある。タツヨシのキャラクターを出した時点で、ブラックリスト入りされて、多くのプレイヤーが見なくなり、さらには叩かれることも予想がつく。それ故、正体を隠して倉庫キャラで登録したのだ。


 意外とフォーラムではタツヨシは嫌われることもなく、他のフォーラム戦士に比べて目立たぬ存在だった。それはジョブ調整やバトルコンテンツなど、ホットな議論にあまり参加することがなかったからだ。他者と議論する事も含めて、もう争いはうんざりという気持ちが働き、タツヨシは議論する事自体を自然と避けている。

 フォーラムへの投稿はメインキャラのタツヨシからでも問題無く行える。もちろんリアルからでもだ。


 その日タツヨシは、フォーラムの比較的温和な雑談スレッドを閲覧していたが、そこで見たくないプレイヤーの一人を見てしまった。


(ネナベオージ……こいつ、フォーラムの方にも復帰しやがったのか)


 げんなりするタツヨシ。見たくないならブラックリストに入れれば、それでもう相手の書き込みが見られないはずだが、そうしてしまうと逃げたような気がして、それもできない。

 タツヨシはフォーラムでのネナベオージの主張も、好きではなかった。以前倉庫キャラでの匿名の登録をしている者達は、匿名であるが故に質の低い書き込みをしていると主張したからだ。


「あ、フォーラム見てる」

「うわっ!?」


 いきなり後ろから声をかけられ、タツヨシは思わず声をあげてのけぞる。

 現れたのはジュンコだった。慌てて画面を消すタツヨシ。


「フォーラムっておかしい所だよね。匿名と非匿名が混在してるってさ」

「なっ……!?」


 現れるなり、ネナベオージと似たようなことを主張するジュンコに、タツヨシはカッとなる。


「メインキャラ出してる人はちゃんと責任や覚悟を踏まえて意見しているけど、実質上の匿名の倉庫キャラで書いてる人って、その匿名性に隠れて好き勝手言ってる感じだよねえ。まあ、匿名なら匿名でもいいんだけど、問題は両者が混じってる事だと思うんだよ。私は堂々と姿を出した人が発言している場で、自分だけはお面を被って隠れて発言するって、ちょっと卑怯な行為だと思うんだよねえ」

「弱い人だっているよ……」


 ジュンコの持論がかつてのネナベオージと全く同じものだった事に、強烈に不快感を覚え、タツヨシは小声で、しかし力を込めて言い返す。

 フォーラムではあまり人と対立せぬように心がけていたタツヨシだが、昔同じ議論が出た際、タツヨシはそう言って反論した。


『弱いということを免罪符にしたら、仮面を被るのも許されちゃうのか?』

『発言は同じでも、人によって重みは異なるものだということをわからないのかな? 社会に出て人と混じっていれば、それくらいは理解できそうなもんだが』

『みっともなくて卑怯な行為だと認めず、肯定して自己防衛。わかりやすいな。卑怯な自称弱者のお子様理論はw』


 あの時は他のフォーラム戦士に一斉に反論され、叩かれたものだ。タツヨシはそこで反論し返す気力もなかった。


「確かにね。そういう弱い人達にも安心して発言できるとあれば、それでいいと思うし、それは否定しないよー。でも実際は、本当は弱い人達が匿名を利用して、匿名掲示板と違わない振る舞いをしているって事なんだよねえ」


 ジュンコから返ってきた言葉を聞いて、タツヨシは何故かとてもホッとした。自分が救われた気がした。


「俺も匿名で書いてるけど、そんなことはしていないから」


 言いつつ、タツヨシは画面を出して、自分の書き込みを見せる。


「え? それ私に見せちゃっていいの?」

「いいよ。証明したい。倉庫で書き込むことイコール卑怯者には、繋がらないってことを」


 ムキになっている事はタツヨシも自覚しているが、止められない。カッとなって失敗した事は今まで散々あったし、今もきっとそうなのだろうとわかっている。


「随分と穏やかな書き込みばかりだねえ。ゲームのシステムに文句言うとか全然無くて、ネタや雑談ばかりって感じで。んー、すまんこ。タツヨシさんみたい人は別に匿名でも構わないと思うよー」


 ジュンコがあっさりと謝罪したのを見て、タツヨシの頭から急速に熱が引いていく。謝ったら負け、謝らせたら勝ちという価値観が、子供の頃から染み付いているタツヨシであるが、だからこそ、ここでクールダウンしてしまった。


(ちょっとドキッとしたけど、これでこの女への好感度がアップしたかな)


 そして頭の中で都合のいい方へと解釈するタツヨシ。


「ミッションの続き、行こうか」

「うん」


 タツヨシが愛想笑いを浮かべて促し、ジュンコも屈託のない笑みをひろげてみせる。


(笑顔が凄く素敵な子だな。リアルもこんなに可愛い子だったら最高だけど。うん、有り得ないな)


 ジュンコの笑顔を見てときめく。ゲーム内で親しくなった女性プレイヤーと、リアルで会った事も何度もあるタツヨシであるが、ゲームの中での美少女が、リアルも同様に美少女だったということは、一度も無い。


「それにしても可愛いキャラ作ったよね」

 移動しながらタツヨシが褒める。


「んー? これリアルの顔そのままだよー」

「え……マジで?」


 流石に冗談だろうと思って軽く流そうとしたタツヨシだが、ジュンコは空中に画像を出し、タツヨシに見せる。そこには白衣を身に纏った、目の前と同じ容姿の美少女が映っていた。背後の風景を見ると、ちゃんとリアルの町のそれだ。


「これ本当にリアル? こっちの顔と同じだけど」

「何だったら映像も見せようかー? ちゃんと街中で映っているのを。加工したものじゃないよー?」


 疑うタツヨシに、ジュンコは動画を見せる。確かに実物だ。本当に赤い目の少女だ。その笑顔も、今目の前にいるプレイヤーと全く変わらない。


(ヤベー、こんな可愛い子がこんなゲームやってるなんて、そして俺の前に現れるなんて、しかも仲良くなりかけてるなんて、夢みたいだし嘘みたいだ。これは絶対にリアルでも会いたいし、仲良くなりたいっ。これはきっと神様が俺にもたらした、人生最初で最後の大チャンスに違いないっ)


 信じられないくらいウマい話に興奮しまくって、強烈な欲求がタツヨシの中で鎌首をもたげる。必死にその興奮を顔に出さないように努める、タツヨシであった。


「いやー、これは是非とももっと仲良くなって、リアルでもお知り合いになりたいくらいの可愛さだね」


 余裕ぶった笑みを見せながらも、タツヨシは本心を意識的にさらっと告げる。


「あ、ありがと」


 一方ジュンコは面と向かって可愛いと言われ、相手がタツヨシでも、素で照れていた。


(このリアクション、これは絶対いけるっ。経験を積んできた俺にはわかるっ)


 それを見てすっかり調子にのるタツヨシ。


「ま、それは今後に期待ってことで、ミッションとクエスト消化していこう」


 ここで押しまくるのはタツヨシの趣味ではないので、ゲームの方に集中する。

 他の直結厨の話を聞くと、最初から下心丸出しで、リアルで会いたいとしつこく言いまくった方がいいくらいだという話だが、タツヨシとしては、ゲーム内で時間をかけて楽しい時間を共有してから、次第に仲良くなってからリアルで会う形の方が良い。下半身だけではなく、メンタルの部分も育みたいという気持ちがある。

 もっともタツヨシがオススメ11の女性プレイヤーとリアルで会って以降、肉体関係にまで進展したことは、ただの一度も無い。そこら辺でいつも失敗している。だから今回こそは、という気持ちも強くある。


(俺の童貞はこの子に捧げたい。いや、捧げるっ。今回こそはやり遂げる! 絶対! これは一生に一度、ラストチャンスだ! 絶対にものにする!)


 心の中で高らかに叫び、タツヨシは決心する。


(うーん……やりにくいなあ……)


 一方で純子は、タツヨシという人物に落胆を覚えていた。


(ネナベオージで会った時のやりとりといい、さっきのフォーラムでの件といい、噂で聞いているほど悪い子でもない感じだよ。もっとどうしょうもない子で、リアルでも敵対してくれれば、実験台にもできるんだけど、これじゃあその望みは薄いかなあ……)


 純子の落胆の理由は、以上のような代物であった。


(あいつ……やっぱりこういうことか)


 そこに真が現れ、純子とタツヨシの様子を遠巻きに伺い、呆れる。


(柄でも無い真似をして……ていうか、凄くムカつくんだが、これは僕が嫉妬してるのか? どうせフェイクだとわかっているのに?)


 自分の感情の変化に、真は忌々しさを覚える。

 ふと純子が振り返り、真と目が合った。


(うわ……真君に見つかっちゃった。しかも超不機嫌そうだし、不味いなあ……。でも超不機嫌そうな真君の顔、可愛いなあ。何かジト目に拍車がかかってるし)


 一方で純子はそんなことを考えながら、自然とニヤけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る