第十六章 27
眠気をこらえつつ、累はバトルコンテンツへと参加していた。目的は主に装備取りだ。
このゲームには装備に大きく依存しないジョブも、多少は存在している。回復役の白魔法使いは比較的ヌルい方で、装備を揃えるのも楽であったが、だからといって、装備の手抜きが許されるわけではない。
回復魔法の回復量を上げ、魔法の詠唱速度を速め、敵のヘイトができるだけ上がらずに済ませるようにしないといけない。それらの効果がついている装備をゲーム中に集めるのが、白魔法使いの重要な目的だ。さらに極めるなら、万が一ダメージを受ける状況になった際、ダメージを抑えることのできる、防具の堅固さも必要となる。
累は睡眠時間を削って様々なジョブを上げているし、ハイエンドコンテンツにも狂ったように参加しているが、それでもまだまだ駆け出しだ。装備もまるで揃っていないし、レベル上げ以外でのステータス上昇も極めてはいない。それでも参加できる手持ちのジョブは白魔法使い程度だ。装備も大事だが、それ以上にプレイヤースキルが要求される。
これが近接アタッカーとなると全く逆になる。何も考えずぽかぽか殴っているだけでいいが、装備はしっかりと優秀な物を揃えなくてはならない。中の人の性能はともかく、ゲームをする時間だけは腐るほどあるプレイヤー向けであると、累は判断した。
「あれ? 君は」
「どうも」
PTに最後に入ってきたのはマキヒメだった。累は軽く会釈をする。
「他の子達は?」
「僕は彼等がログアウトしている際も、単独で野良活動していますから」
「そうなんだ。このゲームは気に入った?」
「はい、物凄く」
真顔でそう返答する累に、マキヒメは嬉しさを覚える。
「君、新規なの? 装備も微妙にちぐはぐだけど」
大きな尻と長い首が特徴的な、低脳高慢首長奇猿の女性プレイヤーが、累の装備をチェックして突っ込んでくる。
「はい。でも足を引っ張らないように頑張ります」
「いや、ケチをつけたわけじゃないよ。珍しいなと思ってさ」
気合いを入れて答える累に向かって、低脳高慢首長奇猿の女性が言った。
(それなら装備どうこうなんて言わなければいいのにね)
マキヒメがテルで累のみに直接声をかける。
(僕もそう思いました。本心は頼りないと思っているのでしょう)
と、マキヒメにテルを返す累。
「まあそんなに難しいコンテンツするわけじゃないから、気楽にいこう。楽しければおっけーだ」
禿頭の男色岩男のリーダーが、微妙な空気を和らげるようとする。
「では行こう」
リーダーの言葉に応じて、PTメンバーは、これから挑むバトルコンテンツの入り口へと移動した。
定番の六人PTである。編成は近接アタッカー三人、支援係の後衛二人、回復の白魔法使い一人だ。ヌルいコンテンツということで、盾役はいない。敵から受けるダメージは、近接アタッカーでも問題無く耐えられるという話であった。
内容はごくシンプルかつオーソドックスで、広いダンジョンエリアを駆け巡り、その中にいる敵を殲滅していくというもの。時間内に全ての敵を倒しきれるかどうかという内容だが、後半に戦う敵が強化されるので、敵を倒す順番を考えないといけない。PTによって得意な敵を後半にまわせば、敵が強化しても比較的難なく倒すことができる。
累からしてみると、いまいち張り合いの無い単調なコンテンツであった。回復も適当にまいていればいい。状態異常の回復もあるが、それほど面倒でもない。
「大型バージョンアップが再開して、また新しいバトルコンテンツ増やしてくれるなら、こういうコンテンツいっぱい欲しいよな」
しかし飛蝗騎士という名のジョブをしている低脳高慢首長奇猿♀プレイヤーは、このコンテンツがお気に入りのようだった。
飛蝗騎士は文字通り飛蝗のモンスターを呼び出し、共にぴょんぴょん跳びはねながら戦うというコンセプトの近接アタッカーだが、飛蝗の攻撃は弱く、しかも激しく跳びまわる飛蝗がPTメンバーの視界を遮り鬱陶しくて邪魔という理由で、飛蝗を出す事がコンセプントなのに、PTでは飛蝗を出すことは禁じ手とされているという、とても気の毒なジョブであった。
「近接が輝くコンテンツだしね」
同様に近接アタッカーである、万国騎士の男色岩男のリーダーが同意を示す。
「リーダー、少しは絆パワーを使ってもいいですよ。僕、ちゃんと回復しますから」
累が万国騎士の男色岩男リーダーに声をかける。
万国騎士はPTメンバーのHPを奪って絆パワーに変え、敵に大ダメージを与えるというコンセプトのアタッカーだが、その能力を使えば当然回復の負担が増えるし、回復役には嫌がられる。そもそも仲間のHPを奪うという行為自体に、非常に反感を抱かれている。故に、その能力を使うことが禁じ手となっているという、実に可哀想なジョブだった。
「いや、いいよ。使っても使わなくても、クリアできる事に変わりは無い。君の余計な手間を増やすだけの話さ。気遣ってくれてありがとうね」
そう言ってリーダーは微笑んでみせるが、累の目には、その微笑が実に痛ましいものと映る。
(確かにこのゲームって、近接アタッカーはいろいろと扱いがひどい……)
近接アタッカーが不遇を訴えているだの、中の人に難があるだのと言われているが、そういう問題以前に、近接アタッカーに得手不得手がはっきりと有り、彼等にとって有利な場所とは、比較的難易度の低いものに限られるという事だと、累は見てとった。
所謂難易度の高い遊び――ハイエンドコンテンツは、どうしても敵の攻撃が熾烈になりがちで、盾役は必須になるし、無駄なダメージを食らう近接アタッカーはお邪魔虫になるし、盾役と遠隔アタッカーや魔法アタッカーの方が有利となる。
近接アタッカーは遠隔アタッカーとの共存が難しいうえに、盾役とも相性が悪い。そのうえ回復役他後衛にも疎まれる。
今やっているコンテンツのような場所でこそ近接アタッカーは輝くのだが、何故かこのオススメ11というゲーム、近接アタッカーの種類もやたら豊富で、近接アタッカー同士で席の取り合いがひどい。種類だけではなく、単純に近接アタッカーをしたがるプレイヤーも多い事が、泥沼な状況に拍車をかけている。
(戦士やってる真が可哀想ですね。かといって、好きで使っているのに、そのジョブは使えないからやめて別のジョブにしろとは言えないですし)
特に問題も無く、二時間ほどかけて五回ほど連戦し、PTは解散した。
「君、優しいのね。そういう気遣いをPTの会話で聞くなんて、久しぶりかも」
他の四人が去ってから、マキヒメが累に声をかける。
「皆、野良PTであまり喋りませんね。僕達は固定であれこれ喋りながらプレイしてるのに」
「昔はそんなことなかったんだけどね。いつしか凄く作業的になって、会話とかしなくなっちゃった」
累の言葉を聞いて、マキヒメは寂しげな表情を見せた。
「実は僕、対人恐怖症なんです。そのうえヒキコモリで。でもこのゲームの中だと、何故か平気なんですよね。だからもっと人と話したいと思いますし、もしかしたらリアルの方も平気になるんじゃないかって、そんな期待をしているんですが、喋ってくれる人、たまにしかいなくて」
累の事情を聞いて、マキヒメは驚きの表情を見せ、次いで露骨な憐憫の視線を向ける。
「それでも会話し続ければ、話すのが好きな人とも巡りあえるかもしれないし、新しいフレンドも作れるかもよ?」
「そうですね。マキヒメさんとも仲良くなれそうですし」
臆面もなくそんな台詞を吐く累に、本当にこの子は対人恐怖症なのかと、疑ってしまうマキヒメ。気を惹く口実なのではないかと。いろいろと嫌な経験もこのゲームでしまくっているマキヒメは、疑ってかかる習性が身についてしまっている。
「じゃあお約束のフレ登録しておこうか。フレ登録とか久しぶりよ。何年ぶりかな」
「メロンパイも同じこと言ってましたよ」
フレンド登録しあう二人。
「累はどうしてこのゲームを始めたの?」
「リアルの友人の付き合いです。一緒にいた彼等とね。ビッグマウスも一応、リアルの知り合いです」
ビッグマウスともリアルで知り合いと聞いて、マキヒメは少し驚いた。ビッグマウスはリアル情報を一切口にしない人物なので、自分と同様に、あまり良いリアルではないのだろうと、勝手に決めてかかっていたマキヒメであった。それなのに、リアルで接点のある人物が、同じ鯖に現れるとは。
「累?」
突然累の姿がぼやけはじめる。トリップゲームにおける、プレイヤーキャラクターのこのぼやけ方が何を意味するか、マキヒメは知っている。今までにも何度も見た。
「寝落ちか」
累の姿が完全に消えたのを見て、マキヒメはポツリと呟いた。
マキヒメの顔に自然と笑みがこぼれる。それは嬉しい出会いであり、嬉しい出来事であった。
オススメ11に新しいプレイヤーが来たこと、そのブレイヤーが物凄くこのゲームを気に入って寝落ちするほどやりこんでいたこと、そのブレイヤーとフレになれたこと、そのプレイヤーが自分同様に重い事情をリアルで抱えていたこと。全てがマキヒメにとって嬉しかった。
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