第十六章 29

 タツヨシと別れた純子は、早速真に捕まった。


「まあ、やりたいことはわかる。理屈ではどういうことかもわかる。僕が文句言う筋合いに無い事もわかっている」


 純子を前にして、いつにも増して淡々と語る真。


「いやあ、別に文句言ってくれてもいいんだよー。むしろ全然何とも思われない方が寂しいかなー、なんて。あははは……」

「そういうのは感心できない。ていうか……お前、色恋沙汰とか苦手そうだったのに、あんなに露骨に誘惑するんだな……」

「あれくらいは私だってできるよー」

「正直凄く嫌だ」


 ゲームの中であるが故の表情ストレート効果ではあるが、かつて一度だけ見た、本気で悲しそうな顔の真をまた見ることになり、純子は思いっきり動揺する。


「う……わかった、今回の件が片付いたら、もうしない……」

「今回はあくまでやり続けるのか」


 なおも追求する真。純子は押し黙って、渋面になって真から視線を逸らす。


 会話が途切れ、気まずくなる二人。

 純子に至っては、自分の背後にいる存在も意識してしまうので、余計に気まずい


「それともう一つ。累がトイレの前で倒れてた。漏らしてはいない。とうとう限界がきたって感じだ」

 真の報告を受け、純子が驚いて目を見開く。


「んー、意外だったねえ。累君、今までゲームなんて全然しなかったのに、そこまでやりこむなんて……」

「僕らが寝ている間も、こっそり別行動していたらしい。何がそこまであいつをのめりこませているんだか、僕には理解できないが」

「思うに、ゲームとかアニメとかフイギュアとか特撮とか、オタク系の趣味ってさ、そういう興味をもたない人でも、いざやってみると、強烈にのめりこむ要素があるんだよー。オタク趣味だからっていうだけで、悪いイメージだけに惑わされてハマらないけど、実際の面白さは物凄く強烈でしょ? 累君はたまたま今までゲームにあまり興味無かっただけで、実際は相性が良かったってこと。何も不思議じゃないよ」


 純子の解説を受け、真は何となく納得した。


「しっかりと皆で話し合うとか言っていたが、累のゲーム時間を制限していく方向でいいんだよな?」

「そんな念押ししなくても……。私ってそんなに信用できないー? 今までに、そういう場面で見当違いのおかしなこと言ったりしたりはしなかったと思うけど」


 純子に苦笑しながら言われ、真は今までを振り返る。


「ちょっと~、そんな真面目に考えて記憶掘り起こさないでよー」

「まあ、そういうことにしてやるよ」


 小さく息を吐き、引き下がる真。


「累が素直に応じるかな。あいつ、変なところで意地を張るタチだろ」

「確かにそういう所はあるけど、私達が累君の身を案じているってことがわかれば、累君にもちゃんと伝わると思うよー」

「どうかな」


 純子が気楽に構えていることも、真には理解できない。累ははっきりと反発すると予想している。


***


 ここ最近のニャントンは、ずっと電霊と行動を共にしているが、一応はギルドに所属している。それも選りすぐりの廃人だけが所属している集団にだ。

 常に尊大な態度で人と接し、いささか社交性にも欠けるニャントンだが、わりと面倒見はいいので、誰も逆らわない。


「もうすぐ五年ぶりの大型バージョンアップがある。そして謎の巨大生物マラソンというイベントが、その目玉になるらしい。イベントが目玉になるなんて、かつてのオススメ11にはなかったが、それを強調してくるということは、余程の凄いイベントなんだろう」


 ギルド専用会話で、ニャントンは語る。メンバーは別にニャントンの前で静聴しているわけではない。それぞれが別々の場所で別々の行動をし、ゲームをプレイしながら聞いている。


「如何なるイベントになるか、その詳細が事前に出る気配が全く無い。これはつまり、プレイヤー同士の取り合いを前提としたイベントである可能性が高いと見ていい。そうなるとしゃしゃり出てくるのが、あの忌まわしい管理組合だ」


 ニャントンの声音に憎悪の響きがこもる。


「イベントで管理組合に属する者と、属さぬ者で衝突があるのは避けられない。管理組合の横暴を訴え、管理組合が悪であるということを、もっと鯖中に知らしめて賛同者を募りたい。プレイヤー全てが管理組合に屈しているわけでもないしな。皆もそれに協力してくれ」


 ニャントンの呼びかけに、呼応するギルドメンバーは誰もいなかった。全員一人の例外もなく、面倒臭いと思っている。しかし反対だとはっきりと口にする者も一人もいない。

 皆考えることは同じだ。余計な発言をして、目をつけられたくはない。だからなるべくだんまりを決め込む。それでいて美味しい果実だけを欲しがる。あるいは黙ってついていくばかり。そんな人間ばかりが集団の九割を占める。


 そんなことはニャントンとて百も承知のうえである。この反応も予想はできていた。だから前もって告げておいて、いざとなったら強引に引っ張っていくつもりでいた。


「ダークゲーマーは、今回のイベントを管理すると宣言してはいないでしょう?」


 しかしメンバーの一人が、露骨に面倒臭そうな口調で尋ねてきた。管理組合との衝突などしたくもないし、管理組合が必ず敵対するわけでもないし、敵対したとしてどうでもいいという本音を隠そうともしない構えのように、ニャントンには受けとれた。

 例えそれが反発であろうと、はっきりと意見を口にするメンバーこそ、ニャントンは好ましく思う。イエスマンばかり、無言でどっちつかずの態度の人間ばかりよりは、よほどいい。


「事前に宣言したとなると、反発も強まるし、反対勢力が拡大するまでの時間を与えてしまうから、ギリギリまで粘っているんだろう」

「それは勘繰りすぎですよ。そもそもどういうイベントになるかも現時点ではわからないんですけどね。だから管理組合も声明を出そうとしないんですよ」


 ニャントンは自分の考えを述べたが、そのメンバーはなおも反論した。


「しかし管理組合に所属する者としては、さっさと管理することを宣言してもらいたいわけだ。そして組合に属する者で、なかよしこよしの順番こ。組合に所属しない者はイベント参加お断りだと勝手なことを言われ、無視して参加しようとしたら、ありとあらゆる方法で嫌がらせをされる。集団でのPKも含めてな。いつものパターンだ」


 管理組合が指示を出しているかどうかは不明であるし、管理組合はそうした行為について糾弾されると、一部の者が暴走したと釈明している。いずれにしても陰険なやり口であり、ニャントン以外のメンバーも、管理組合の独裁的かつ暴力的な一面には腹を立てていた。


「いっそ、ダークゲーマーに会談を申し込むか」


 ニャントンが口にしたその台詞に、ギルドのメンバー達は驚愕した。ニャントンがあれだけ嫌っていた、管理組合のトップと話し合いなど、想像もできない事態だ。


「面白そうな話だけど、マジで言ってるの?」

 メンバーの一人が問う。


「驚くことでもない。今までだって何度も話し合いをしたし、お互いどういう考えかぐらいはわかりあっている。わかりあっていても歩み寄りはしないがな」


 この言葉も初耳であり、意外な代物であった。ニャントンの性格からすると、完全に敵視して拒絶し、一切無視している相手だと思っていたからだ。


「それなら公開会談にでもすればいいんじゃないか?」

 別のメンバーが提案した。


「面白そうですね」

「いいんじゃない? 流れによってはニャントン君の味方も増えるかも」


 他のメンバー達も賛同の意を示す。ピンクサーバーでも超有名な廃人であるニャントンと、これまた有名人である管理組合の長ダークゲーマー。両者の公開会談とあれば、同鯖のプレイヤー達の気を惹くには十分な、センセーショナルな話題となろう。


「確かにいいな。その路線でいってみよう。ダークゲーマーに公開会談を申し込む所から、ちゃんと発表する形でな」


 メンバーの提案が気に入ったニャントンは、その路線でいくことに決めた。ダークゲーマーの性格は知っている。この提案を向こうがはねつけることは絶対に無いと、ニャントンは確信していた。

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