第十六章 19
純子の言いつけ通り、晒し行為を終えたみどりは、真と累と共に野良のプレイヤーも混ぜて、PTで遊んでいた。野良と言ってもPTメンバー六人のうち、半分は固定の組み合わせだ。
こちらが初心者であることも前もって伝えてある。ビッグマウスからも純子からも、それは先にはっきりと告げた方が良いと念押しされた。そうでなければ、他のメンバーからの扱いも変わってしまう。ベテランと見なされたら、そういう動きを要求されるし、前もってアドバイスもされないので、失敗したりギスギスしたりする元だとの事だ。
「この『死急兎(しにいそぎうさぎ)』というバトルコンテンツは、三回出てくる敵との戦いです。出てくる敵はランダムですが、一回目の敵は皆弱く、二回目には相手によっては癖のある敵も出てきて、三回目はどれも強敵です」
新規ということを明かしたので、リーダーが懇切丁寧に説明してくれる。
「敵の攻撃は熾烈なので、盾役のホーリーナイトが崩れると、ほぼそれでおしまいです。白魔法使いさんは大変でしょうが、しっかり守ってください」
「はい」
回復役の累の方を向き、リーダーが念押ししてくる。
盾役は文字通り敵の攻撃を一身に引き受けるのが役目である。盾専門のジョブは当然その防御や生存力の高さが群を抜いており、加えて様々な方法を用いて敵のヘイトを取り、敵の攻撃を自分に引きつける事にも長けている。
このゲームの重要要素は、敵の攻撃対象候補を数値化したヘイトという概念である。防御力やHPの乏しい後衛がヘイトを上昇しすぎて、敵の攻撃のターゲットがそちらに向かわないように、盾役なり近接アタッカーなりがヘイトを稼ぎ、回復役や補助役はできるだけヘイトを抑える努力をしなくてはならない。
そしてリーダーが告げたように、盾役専門ジョブが必要なコンテンツはそれなりに難易度が高く、盾役の死亡はそのまま敗北へと繋がる。その盾役が死なないように支えるのが、回復役の累である。その責任の重さは十分にわかっている。
「敵がどんな攻撃をしてくるか、白魔法使いさんは予習しておいた方がいいですね。それに合わせて様々な行動が要求されますから、例えばこのエンシェント兎の台詞つきの凶悪な必殺技ですが――」
「事前に調べて知っています。盾役のHPが激減しても、反射的にすぐに回復してはいけないんですよね? その技の特殊効果で、盾のヘイトが抜けているので、それをすると回復役に敵が飛んできて、殺されてしまうので、盾のホーリーナイトが薬ガブ飲みで自己回復しつつ、薬パワーでヘイトを稼ぐのを待たないと。各種状態異常技の名前と効果も全て覚えてあります」
すらすらと喋る累に、真とみどりは驚いていた。予習もばっちりだし、いつものように途切れ途切れの喋り方ではなく、本気モードになっている。
「新人なのに有望な白さんですね」
人懐こい感じの顔をした低脳高慢首長奇猿の盾役プレイヤーが、累を見下ろして褒める。
「では行きましょう」
リーダーがインスタンスエリアの入り口を操作し、PTメンバー全員がインスタンスエリアへと転送される。
戦闘専用の狭いフィールド。空中に浮かぶ直径20メートル程の丸い床。下は液体か気体かの判断もできない、黒く禍々しい巨大な渦がゆっくりと回転している。
「ふえぇ……落ちたらどうなるの?」
「見えない壁があるから、落ちるってことはないよ。見た目だけさ」
フィールドの下を覗くみどりに、盾役であるホーリーナイトの低脳高慢首長奇猿が笑いながら、フィールドの端にある見えない壁をポンポンと叩く。
累と、もう一人の支援強化役の後衛が、味方に強化魔法をかけていると、フィールドの中心に敵が現れた。
「また兎かよ」
思わずぼやく真。このゲームの敵は何故か、小動物や昆虫といったものが大きくなって敵として出現することが多い。特に兎は頻繁にお目にかかり、兎のくせに厄介な攻撃が多くて、非常に手強い。純子曰く「同じレベルならドラゴンや魔王より兎の方がずっと強い」らしい。
しかしリーダーが言ったように、最初に現れる敵は兎タイプといえど、弱かった。
二番目に現れた敵は複数だった。所謂ファンタジーでは非常にポピュラーな武装した骸骨モンスター、スケルトンである。
「また骨かよ」
思わずぼやく真。このゲームの稼ぎはスケルトンが選ばれることが多い。理由は単純。弱いからだ。多くのゲームと同様で、打撃属性の攻撃が特に有効であり、プレイヤーを苛立たせる攻撃も少ない。少なくとも兎よりはよほど好まれる獲物だ。
しかし通常のレベル上げで出てくる骨と違い、バトルコンテンツで出てくる骨は一味違った。厄介な弱体魔法を連発し、プレイヤーの足を止めたり魔法を封じたりしてくるうえに、ヘイトの上限が低いという設定のため、次々後衛にも向かっていって、大混戦になってしまった。
「メロンパイさん、ちゃんとタゲ取ってください」
リーダーが盾役の名を呼び、無茶を言う。それが無茶であることは、まだ新規の真達三人にも理解できた。敵がヘイトリセットという性質を持った技を多用し、せっかく盾役であるホーリーナイトが上げたヘイトも、全て蒸発して無駄にしてしまう。しかもそれが複数となって、メロンパイという名の盾役は、とてもじゃないがヘイト維持などできない。
(このリーダーが戦術を間違えてるんじゃないか?)
真はそう思いつつ、累の方に向かう骨を必死に殴りつけ、自分に対する骨のヘイトを上げて、骨のターゲットが自分へと向けられるよう仕向ける。
流石に敵複数ということもあって、一体一体は弱かった。骨の攻撃は戦士をやっている真が受けても、持ちこたえることができる。
かなり際どかったが、二回目の敵も倒すことができた。いよいよ最後の戦いだ。さらに強い敵が出るという話で、このコンテンツに初めて臨む真達三人は緊張を覚える。
やがて現れたのは、白い兎だった。
「また兎かよ」
思わずぼやく真。色を変えただけの白い兎だが、初めて見るタイプのモンスターだ。
「戦士さん、下がってください」
「え?」
リーダーの指示に、真はきょとんとする。
「そいつの範囲攻撃は半端じゃないんです。盾以外が近づくと死にます。いや、例え死ななくても、余計な回復の手間を増やして不利になります。下がってください」
下がったら攻撃できないだろうと思いつつも、真はリーダーの指示に従った。ようするに真が攻撃するよりかは、何もしないで後ろで見物している方がいいというタイプの敵だと、リーダーの説明で理解した。
(リーダーは狩人して弓矢で攻撃しているし、近接アタッカーは確かに不遇な局面多そうだな)
そう考えつつ、真はフォーラム戦士という連中が騒いでいたことを思い出す。
白兎との戦いが始まった。
一見、みどりは短い詠唱で弱めの威力の魔法攻撃を、ひたすら連打しているかのように見えるが、物理アタッカー攻撃に合わせて魔法を当てることで、低ヘイトで済ませる特殊な魔法を使用しているというので、うまくそのタイミングを狙って連打している。
物理アタッカーは合体攻撃をして大ダメージを狙っている。しかし合体攻撃しようにも、今まで攻撃していた真が外れた事により、遠隔攻撃をしているリーダーと、盾役をしているメロンパイというプレイヤーの二人で、合体攻撃をしなくてはならなくなったが、メロンパイはヘイト維持にあれこれ忙しく、合体攻撃をする暇が無い。
そのため中々敵のHPを削ることができず、戦闘は長引いた。累はひっきりなしに回復魔法と状態異常の回復に追われ、さらには敵の特殊攻撃で、メロンパイにかけた強化魔法を打ち消される度に、強化魔法のかけ直しまで行う。
やがて累のMPが尽きてきて、盾役の回復がおぼつかなくなり、盾のメロンパイが死亡。その先は一匹の小さな兎にひたすらPTメンバーが蹂躙され、あっという間に敗退した。
(このジョブが僕にあってないわけではないと思うけど、僕に与えられた役割がなあ……この間は敵の動きを止めるオンリーだったし。今度は邪魔だから前に出るなと言われて後ろで棒立ちだし、このゲームちょっとおかしくないか?)
やるせない気分で、真剣に疑問を覚える真。
「メロンパイさん、ちゃんと防具鍛えてあります? 盾として機能するステータスの底上げは? 敵対心上昇する装備も揃えてありますか? ていうか、防御力上げるアビリティの使用、少し怠り気味でしたよね? 何よりもっと合体もしてくれないと、削りきれずにこちらが枯渇してしまうのも当然でしょう?」
敗退したことでかなり頭にきているらしいリーダーが、まるで全責任が盾役であるメロンパイにあるかのような言い草で、嫌味ったらしい口調で文句をぶつける。それを聞いて真はカチンとくる。
「すみません。これでも精一杯頑張ったんですけど、力が及ばずでした」
言われたメロンパイはと言えば、ヘコヘコと謝る。それを見て真はムカッとする。
「ふざけるなよ。ホーリーナイトの人が悪いんじゃなくて、リーダーの采配ミスだろ。盾役が忙しくて中々合体できないなんて、僕にだってわかる。しかも六人前提の戦闘なのに、僕が外れて五人で戦っているようなもんだったから、押し切れなかったのも当然だろ」
真に堂々と噛みつかれ、リーダーは動揺して言葉を失くす。
「あんたも卑屈になって謝ることはない。精一杯やってたし」
その後でメロンパイに向かって告げる真。
「何だよ……全部俺のせいだってのかよ。大体新人ばかりの固定が半分の時点で……いや、もういいわ。気分悪いし抜ける」
リーダーが一方的に宣言すると、PTが解散された。
さっさとリーダーが転移し、支援役の後衛も言葉少なにお疲れ様の挨拶をしてから転移した。
「かばってくれてありがとうね。そしてごめん」
「謝ることないって~」
真に向かって頭を下げるメロンパイに、みどりが言う。
「正直あたしもリーダーの采配が間違ってたと思うわ。真兄が前出て戦っても、範囲攻撃一撃で殺されるって程でもなかったし、御先祖様の回復で間に合ったんじゃね?」
「多分あのリーダーは、強烈な範囲攻撃を持つ敵に対し、近接アタッカーはお邪魔虫という固定観念に捉われていたではないでしょうか。それは確かに一理ありますし、場合によっては下がらせないと不味いでしょうけど、その判断が逆に敗北へと導いた形になったのが、今の結果です」
みどりの意見に、累も同意を示す。
「一番いいのは、僕が遠距離攻撃できるジョブだったら……って事なんだろうけどな」
「それはそうかもしれませんが、そのままでもいけましたよ。真が食らっていたダメージ量からはそう判断できます」
皮肉っぽく言う真の言葉を、累が否定した。
「ありがとうね。君達にそうやってかばってもらって、凄く報われた気分。もしよかったら、フレンド登録しない?」
メロンパイのその申し込みを、三人とも断る理由は無かった。
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