第十六章 20

 その後、飯屋でメロンパイと共に雑談しながら、味とかりそめの満腹感だけのヴァーチャル食事をとる真、累、みどり。

 メロンパイの話を聞き、彼もビッグマウスのギルドの一員だということが判明した。


「へー、君達ビッグマウスさんとリアルでも知り合いなんだー」

「偶然だと思うけどな。多分」


 軽く驚くメロンパイに向かって、真が言う。純子も同じネトゲをしているのであるから、実際には偶然ではなく、どちらかが誘ったという可能性もある。


「盾役やら回復役は責任重要でやりがいのある役割なんだけどね。でも好んでやりたがる人は少ないよ。皆アタッカーばかりやりたがるから」


 メロンパイの話は、三人共、前にも聞いた覚えがあるような気がした。


「僕は回復役を楽しんでやっています。確かにやりがいもありますし。どうして敬遠されるのでしょう」

 累は純粋に疑問に思っているようだ。


「責任あるうえに、失敗があるとヒーラーや盾役(タンク)のせいにされて責められまくるからね。でもね、どこのネトゲも大体そうだっていう話だよ」

 メロンパイが苦笑をこぼし、肩をすくめる。


「フォーラムでも声がでかいのも、いつもアタッカー連中だしねえ。自分のジョブのDPSを強くしろ、自分だけ出番があればいい、自分だけ一番になりたいと、いつも大騒ぎさ。特に近接アタッカーはひどいもんだよ」

(まるでアタッカーやる奴が悪者みたいな感じだな)


 ふと、そんなことを思う真。少なくともメロンパイは、あまりいい感情を抱いていないようだ。表面上は笑顔であっても、先ほどのやりとりで結構頭にきているのかもしれない。


「DPSって何だ?」

 真が尋ねる。前にもそんな単語を聞いた覚えがあった。


「ああ、秒単位内に与えられるダメージ量のことね。一回の攻撃のダメージの火力を見るのではなく、時間内での攻撃の強さを表す用語だよ」


 メロンパイの説明は、真にはすぐに伝わった。


「ちなみにDPSという言葉をネット上で見た時は注意してね。シュウキョウ14っていうネットゲームで、開発がDPSをアタッカーの役割の意味と間違えて発言しちゃったせいで、シュキョウ14プレイヤーが皆間違えて覚えちゃって、アタッカーの意味で使っているからややこしいんだ。まあ明らかに間違った意味でDPSって言葉を使っている人を見たら、シュウキョウ14プレイヤーだと思えばいい」


 開発サイドが間違えたからといって、プレイヤーも皆誤った意味で言葉を用いるとは、何ともおかしな話だと真は思う。


「それより、フォーラムで騒いだからって、どうかなるのか? 皆で騒げば、ゲームの開発陣がそれを聞き入れてくれるのか?」

 不思議そうに尋ねる真。


「聞くこともあるし、無視することもあるかな。いずれにしても、近接アタッカーのフォーラム戦士は特にタチが悪いよ。勇者丸出しのお子様ばかりというか。幸いにも彼等の『得手不得手など失くして、ありとあらゆる場所でどこでも自分を活躍させろ』という、身勝手な要求だけは聞き入れられていないかな。さっき真君も殴れなくなる状況があったけど、黒魔法使いや狩人が不要になって、近接アタッカーが有利になる戦闘だって、ちゃんとあるんだからさ」

「有利不利になるのはまだしも、離れて棒立ちで完全に役立たずになるのはキツいもんがあるな」


 先ほどの苦い体験を思い出し、真は顔をしかめる。そしてメロンパイの言い分は、個人的な近接アタッカーへの私怨が、かなり入っているように聞こえてしまった。


「あのコンテンツはちょっと特殊だからね。出てくる敵がランダムで、近接アタッカーがお荷物になる敵もいれば、魔法が全く効かない敵とかも出てくる。得手不得手がランダムであるからこそ、それに合わせるようにして、どのジョブにも参加する席が与えられているんだよ。そのせいで、戦闘中に突然役立たずになるというデメリットがあるけど」


 最後の台詞で苦笑気味になるメロンパイ。


「つーか、フォーラム戦士って奴等、キモいな~。今見てるけどさァ」


 目の前にディスプレイを浮かべ、げんなりした顔でみどりが言った。


「全員がキモいってわけじゃねーし、ちゃんとまともな正論吐いてる奴もいるけどね。例えばこの人の意見」

 と、みどりが画面を反転して、真達に見せる。


「難しい敵が実装されて、自分達がヘマこいて負けたからって、難しすぎるからもっと簡単にしろとギャーギャー騒いでるキチガイクレーマーがいるんだけど、そいつに向かって『もっと編成や戦法を考えよう。最初からうまくいくわけもないので、試行錯誤して臨もう。それでも勝てないなら、力不足なので、レベルアップやステータスアップに励み、他のコンテンツで強装備を揃えよう』って言ってる。全くその通りとしか思えないんだよね」


 みどりに促され、真とメロンパイと累も、画面の中の意見を見て頷いた。フォーラムに書き込んでいる人間にも、まともな者はいるということを知った。


「ゲームを攻略するって、本来そういうことだけどね。でもフォーラム戦士は違う。フォーラムで開発に文句を言って、無理矢理難易度を下げさせる。難易度に限った話だけじゃない。入手困難なアイテムなどに関しても取ろうとする努力をせず、文句を言うことで、緩和してもらって取りやすくしようとする。それが彼等のゲームスタイル、彼等にとってのゲームの攻略法だよ」


 みどりの言葉に満足げに頷いてから、メロンパイもフォーラム戦士への侮蔑をまくしたてる。かなり彼等のことを嫌っているようだ。


「しかもさー、正論言われたキチガイクレーマーの方は、それですっかり発狂しちゃって、余計なお世話だの何だのと、ひどい言い草だよ。で、そのキチガイにも支持する『いいね』マークが幾つも押されてるのが、みどりには信じられないわ~」

「イカレた奴には、同じレベルのイカれた支持者がいるってことだろ」


 溜息をつくみどりに、真が言う。


「でもあの穴一つのもぐら叩きは、文句言っていいと思うぞ。壮絶につまらん」


 ひたすら敵の動きをスタンブレードで止める作業をしていた事を思い出し、真も小さく溜息をついた。


***


 メロンパイと別れ、真達三人はその後もゲームの内容でいろいろと喋っていた。

 それからしばらくして、また遊びに行こうかという話になり、何で遊ぼうかと三人で下調べをしつつ話しあっている所に、純子が現れる。


「純姉、タツヨシってのと遭遇できたんだね。ネナベオージが晒しスレで、物凄い勢いで晒されまくってるよぉ~」

「んー、わかりやすいねえ」


 みどりの報告に、苦笑いを浮かべる純子。


「やっと電霊と遭遇できたんだけれどねー、PKされちゃった」

「PK?」


 純子の言葉に訝る真。


(外したこともないし、通したこともないな)

(真兄、そのPKと違~う)


 真の考えが頭の中に流れこんできて、みどりが否定する。


「プレイヤーキルの略だよ。ようするにプレイヤーが他のプレイヤーを攻撃することね。んー、すっかり失念して油断してたよー。このゲーム、私が現役の頃にはPKなんてできない仕様だったからね。私が引退して、最後のバージョンアップと同時に、PK解禁したらしいけど。私がいる時は、せいぜい試合形式でのPvPがあった程度なのに」


 思案顔で語る純子。


「うまいこと餌にはかかってくれたし、確証も得たけれど、正直ゲーム内ではかなわないなあ。ブランクがあるっていうだけじゃなくて、電霊を何人も引き連れていて、その電霊一人一人の装備もレベルも相当なものみたいだからさ」

「ふわあぁ~、リアルじゃ無敵のこの四人組が、ゲームの中ではのーなしかー」


 みどりがおどけた口調で言い、歯を見せて笑う。


「てなわけで、ゲーム内ではうまいこと策をめぐらして、リアルでは力押しという展開がいいかなー。タツヨシっていうプレイヤーのリアルを突き止めて乗り込むって感じね。みどりちゃんにこんなお願いするのも気が引けるけど、タツヨシ君と会ってもらって、彼の頭の中を覗いて、リアル情報得られないかなあ」


 みどりが人の心に触れる力を無闇に使うのは避けている事は知っているので、純子としてもこれは頼みづらかった。


「ふえぇ……それがさァ、みどりの力、除霊と同じで、仮想世界の中じゃどういうわけか、いまいちうまく働かないんだよね。全然機能しないわけでもないけど」


 真との精神連結は機能しているままだが、それは純子には秘密の事柄だ。真の頭の中は見ることができるが、それ以外の人間に対しては、思考も感情も非常に読み取りにくくなっている。


「みどりの能力は物理的な力に縛られないから、理屈のうえでは影響受けるはずもないし、第一、電霊とやらはあの世界で好き勝手暴れてるのにさァ。どうしてなんだろぉ~」

 みどりの言葉を受け、さらに考えこむ純子。


「オススメ11のサーバーそのものに、極めて特殊で強力な霊的磁場が発生してしまっているんだと思う。電霊に憑かれている影響もあるけど、ゲームに対する思い入れそのものが、ゲームの法則を無視した力を拒絶している感じじゃないかなあ?」

「それを言うなら……そもそも電霊の存在自体が、ゲームの世界にとってイレギュラーと言えます。それは有りとするのは、電霊のイマージュ支配が……オススメ11に彼等にとっての都合のよい形で、影響しているのでしょう」


 推測を述べる純子に対し、累が意見する。


「正攻法でいくしかないかー。時期が来たら、二手に分かれて、リアルとネトゲの双方から攻めていく形にしよう」

「そうですね……。リアルの側からなら、電霊とやらも浄化できるかもしれませんし。僕と真でリアル担当、純子とみどりは永久に……ネトゲ担当というのはどうでしょうか?」


 方針を打ち出す純子に、さらに意見する累。


「いやいや、御先祖様、その組み合わせは御先祖様の私欲じゃんよ。しかも今永久とか言った?」

 みどりが突っこむ。


「え……? 僕そんなこと……言いました?」

「どう考えてもあたしら雫野の妖術師二人が、除霊係としてリアル担当した方がいいでしょーが」

「そんなことしたら……ネットの方の組み合わせは、純子と真になってしまいます……。嫌です」

「御先祖様、どんだけ直球なのよ……」


 不満げに言う累に、さしものみどりも苦笑いを浮かべる。


「じゃあ間を取って、私と累君でネトゲ組、真君とみどりちゃんでリアル組にしよう。でもこれはすぐに二手に別れろってことじゃなくて、時期が来たらってことだよー」

「純姉、間を取る必要なんかないよ。御先祖様を甘やかさない方がいいって。我侭言えばなんでも通ると受けとられちゃうよォ? 分担する際は、雫野コンビをリアルで、真兄と純姉をネット組にしようぜィ」

「僕もみどりに同感。こいつの言い分はあまり聞かない方がいい。聞いてやるとどんどん図々しくなる」

「ひどいです……。皆して……」


 他三名の言葉を聞いて、恨みがましい目つきになる累。


「御先祖様、こないだはちょっとかっこよかったのに、すぐに駄目な子になるよね。あんまりみどりを失望させないで欲しいかな~」

「こないだというのが何時の事かも……わかりませんし、別にみどりにどう思われようが、僕は……どうでもいいです」


 完全に不貞腐れてそっぽを向く累を見て、それ以上責めないでおこうと思う真とみどりであったが――


(これだけヘソ曲げてからじゃ遅いか)


 口に出さずそう付け加える真の呟きは、当然みどりにも聞こえた。

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