第十六章 18
みどりが鯖スレに晒し行為という形で報告するまでもなく、タツヨシは少し離れた場所で、マキヒメとネナベオージの様子を遠巻きに伺い、知っていた。ただの偶然の悪戯であるが、もしここで遭遇しなくても、後々知ることとなったであろう。
それに加えて、タツヨシは二人の様子を遠巻きに伺いながら鯖スレのチェックも行い、何者かに二人のことを晒され、あげく自分を引き合いにだされて嘲笑されているのを見て、その怒りは頂点に達した。
(許さねえ……。絶対に……許さねえ! 二人とも許さねえ! つーか……周囲に人いねーし、晒してるのはネナベオージ本人じゃねーのか!? 女たらしのあいつならやりかねねえ! いや、そうに違いねえ! あの女神の如く優しいマキヒメちゃんがそんなことするわけないしなっ!)
周囲に人がいないのに晒されていることへの不審には気がついたものの、ネナベオージ自身はディスプレイも開いていないし、現在進行形で晒せるわけがないのだが、興奮した今のタツヨシの脳ではそれがわからない。
マキヒメはタツヨシが付き合った異性プレイヤーの中でも、特にお気に入りである。
基本は優しくて他人思いであり、タツヨシの我侭にも多少は多めに見てくれた。たまに欝っぽくなるメンヘラじみた所が、特にそそる。保護欲と嗜虐欲が同時にそそられ、優越感と安心感が保てる。
しかしその付き合いも長くは続かず、結局タツヨシが全て壊してしまった。その後、ストーカー行為他様々な振る舞いを経て、徹底的に嫌われるに至った。
(俺だって……俺だって昔はあんな風に、あれくらいの距離で、マキヒメと楽しそうに会話してたんだぞっ。今はもう俺の顔見るだけで顔背けるし、一緒の方向に歩いただけで別方向に行っちまうけど……。畜生……何でこんなことになったんだ。あの頃に戻りてーよ……)
楽しげに喋るネナベオージとマキヒメの二人を、羨ましそうに、かつ恨めしそうに見つめるタツヨシ。
(む、どこ行く気だ? もしかして人気の無い所に行ってエロいことする気か? もしそうだったらこっそり撮影して晒す! 絶対に晒す! 俺が見ている前でそんなことをするなんて、絶対に許せないし、罰が必要だからな! マキヒメちゃん、間違ってもそんなことしてくれるなよっ。そうしたら俺は罰を与えないといけなくなるからな!)
心の中で懇願しつつ、タツヨシは二人の後を追った。
***
その後ネナベオージとマキヒメは、二人でもできるようなバトルコンテンツを沢山巡った。
「このコンテンツって、ネナベオージがいる時は数十人用の廃コンテンツだったでしょう。今はもう人もいなくて、そんな人数も集められないってことで、ソロでもできるようになったんだ。でもそのせいで必死に取った装備品の価値が下がるって、準廃の人達が凄く怒って、フォーラム戦士達もフォーラムで散々抗議して――」
「ふむふむ」
「あ、小人数でできるようになったのは、ミッションもだよ。どのミッションもラスボスまで一人でクリア可能だからね。でも私は、誰かと一緒にミッション回っていたあの時代が良かったから、そうなっちゃったのも複雑な気分。人口減少がひどいから、ソロで何でもできないことには、プレイヤーが辛くなるっていう理屈も、わかるんだけどさ」
その間、ゲームの良くなった部分や悪くなった部分を、凄く楽しそうに語るマキヒメ。
「マキヒメ、君はまだこの世界が大好きなんだね」
それを微笑ましく思いながら、ネナベオージは行った。
「最初は現実逃避みたいなもんだったけれどね。皆にチヤホヤされていい気になって、いろいろひどいことしちゃった時期もあったし、それで叩かれて……もちろん反省もしてるけど。だから最近私が晒されまくっている内容も、全部嘘とは否定できない。ここに来たばかりの頃の私は、確かにそんな風だったもの。痛い目にあってすぐ心を改めたけどさ。まあ、それもこれも含めて、ここでいいことも悪いこともいっぱいあったからこそ、とっても思い入れ深い場所になっちゃった。フレは何人も別のゲームにいっちゃったけど、私はここを離れられないな」
遠くを見るような面持ちで語るマキヒメの話を、ネナベオージはじっと耳を傾けて聞いていた。
「それに、私がここにこうしていれば、ふとこのゲームが懐かしくなって戻ってきた人とも、また遊べるでしょう?」
「フッ、わかるよ。戻ってきた場所に知っている顔があれば、嬉しいものだしね。それがかつて共に過ごした友人とあれば尚更だ」
「まあ、自分でもそういう狙いはあるんだ。もちろん私も、昔一緒に遊んだ人達と再会できるのは嬉しいもん」
照れくさそうに笑うマキヒメ。
「中にはリアルで会った人も何人かいたけどさ、リアルでは全然続かなかったよ。いやらしい目的が多かったみたいだし、私の中身はネナベオージみたいに可愛い女の子じゃないからね」
冗談めかして言うマキヒメ。
純子と付き合った女性プレイヤーは、誰もネナベオージの中味が女性プレイヤーであることを口外してはいない。
もっともマキヒメが可愛い女の子とは言ったのは冗談と自虐だ。実際にはマキヒメは、ネナベオージの顔を見たことはない。口頭で女だと言われただけだ。
「僕にとっては目の前にいるマキヒメが全てだよ」
マキヒメをじっと見つめ、優雅な微笑を浮かべて告げるネナベオージ。
「あはは、そういう台詞をさらっと言うと、ネナベオージ未だ健在って感じだね。結婚してからも、他のネトゲで同じ事し続けてたの?」
「ぶっ……」
マキヒメがとんでもない誤解をしているので、ネナベオージは思わず表情を崩す。
「いやいや……一緒に暮らしてはいるが、結婚とかそんなのは……」
「おっと、まだ同棲しているだけなのね」
「すまん。その話題は控えて欲しい。僕もいろいろと複雑な事情を抱えていてね」
「そっか。ごめん」
本当に複雑な表情で言うネナベオージに、相手とうまくいっていないのかなと勘ぐるマキヒメであった。
そしてネナベオージがリアルでうまくいってなさそうだという事に、マキヒメは密かな悦びと安堵を覚え、その直後、悦びを感じている自身の醜さを自覚し、顔をしかめる。
「どうしたんだい?」
「何でもない……。それより、今日はまだ大丈夫?」
「時間なら沢山あるよ。君が望む限り付き合ってもいい」
「あはっ、じゃあとことん付き合ってもらおうかな」
笑顔を交わしあい、マキヒメとネナベオージは次の遊びへと向かった。
***
夜の十二時半。ネナベオージとマキヒメはたっぷりと遊んでから別れた。
(これだけ長時間一緒にいれば、釣られてくれる可能性も高いかなー)
そう思いつつ、ディスプレイを出して晒しスレをチェックしようとしたネナベオージであったが……
「おや?」
前方から六人のプレイヤーがやってきて、ネナベオージを取り囲む。
そのうちの五人は、生気の無い虚ろな表情をしている。特に目つきがおかしく、まるでこの世のどこも見ていないかのようだ。
そしてそのうちの一人を見て、ネナベオージの中の純子はほくそ笑んだ。誘き出し作戦の対象である、タツヨシだったからだ。
(これが電霊使いによって生み出され、操られている電霊かー。まるでお人形さんだねえ。まあ、だからこそ意のままに操れるんだろうけど)
電霊が動かしているプレイヤーキャラを見渡し、純子は思う。
「何時間もマキヒメとデートとか、復帰早々やってくれるじゃないか」
ネナベオージはタツヨシと面識は無いが、互いにその存在は知っている。主に噂経由で。
「フッ、彼女に散々ストーカーしているという噂は本当だったんだな。今日も長時間、僕達の後を付回していたのか?」
挑発的な言葉を発するネナベオージに、タツヨシはあっさりと切れ、電霊達に無言で指令を送る。
電霊達が完全に同じタイミングで一斉に武器を抜き、五人がかりでネナベオージに殺到し、ふるぼっこにする。
「ははははっ、ざまーみろっ。女垂らしだけあって、貧弱虚弱な野郎だぜ」
(いや、五人がかりで勝てるわけないし、そもそもこのゲームPKできるようになってたこと、忘れてたよ)
小気味良さそうに笑うタツヨシに、純子は心の中で突っ込みを入れつつ、その場から姿を消した。このゲームで死ぬと、自己蘇生魔法がかかっているか、あるいは他人に蘇生魔法をかけてもらわないかぎり、特定の地点に転移して蘇生することになる。
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