第十六章 14

 オススメ11の黎明期より、ピンクサーバーでその名を馳せているエース廃人ニャントンは、誰からもニートだと思われていた。

 実の所ニャントンこと鎌倉陽介は現在、リアルではニートとは呼びがたい。ちゃんと商売をして金を稼いでいるし、その金を使ってあることをしている。


 ニャントンは取り壊し予定だったホテルを買い取り、そこに電霊の生身を住まわせている。

 ドリームバンドをかぶった彼等は、オシメを履かされ、並べて寝転がっていた。


 彼等の食費やら面倒を見るための金はどうやって工面しているのか? そもそもどうやってホテルなど買い取ったのか?

 ニャントンは裏通りの組織と精通し、自らも組織を立ち上げていた。どんな商売をしているかというと、赤子の人身売買だ。最初の頃は成人の人身売買や、臓器密売も行った


 ホテルの各部屋には、何人もの男女がドリームバンドをかぶったまま、寝かされているが、女性の多くは妊娠していた。排卵期に合わせて、ニャントンが意識の無い彼女達を犯して、効率よく孕ませてまわっているのだ。

 ニャントンは当初、ある事のために多額の借金をしていたが、全員の目玉やら、片方の腎臓やら、男性陣の性器やら、摘出しても命に別状の無い臓器を全て売り払い、今はその借金も返しきった。


 しかしもう臓器販売はできないし、まるごと売り飛ばす者もいないし、女達が妊娠して出産するまで時間がかかる。


 堕胎させて人工子宮で育てる方法も考えたが、そちらの方がより経費がかさむことを知り、結局は普通に出産をさせた方がいいという結論に至った。


 このホテルは、ニャントンの畑であり、牧場でもあった。赤子を孕ませ産ませて売るための畑。生霊という形で電霊化させて、ゲームの中で電霊を飼育するための牧場。

 電霊と化した生霊をゲームの世界に放ったまま、意識不明となっている彼等の面倒を見るのは、わりとギリギリだ。彼等の生命維持と代金、そして大した額ではないがオススメ11を行うための月額費用のため、今以上に数を増やすのは困難だ。赤子を孕ませて売るための女性を増やそうにも、その人間畑に種をまくのはニャントンであるし、これ以上の管理は負担が大きい。


 ニャントンは彼が大電霊と崇める育夫の命令に従い、オススメ11のプレイヤーの数を増やすために、このようなことをしている。オススメ11を存続させるためなら、もっと良い方法がいくらでもあるとニャントンは思うが、育夫はあくまでこうした方法でオススメ11を存続させたいと望むので、ニャントンはそれに従っている。


(しかしもう限界だ。俺にはこれ以上増やすことは出来ない。増やしたいとも思わない。何の関係も無い人間を電霊化して、こんな文字通りの廃人にもしたくないし)


 一応、ニャントンにも良心の呵責がある。今ここで電霊となり、ニャントンの畑や家畜となっている者達は、学生時代にニャントンのことをいじめていた連中、及びその時のクラスメイトであった。

 生徒だけではなく、教師もいる。いじめをしていた者だけではなく、全員同罪として、電霊にしてオススメ11へと送りこみ、自分の下僕としている。そしてリアルではこの有様だ。

 その他にも、いじめに加担していた者達の家族も同罪として、念動力で昏倒させて、そっくりそのまま臓器密売組織や人身売買組織に売り飛ばした。資金的に彼等を電霊化する余裕は無かったし、ある目的のために借りた多額の借金を返すため、まるごと売り飛ばして金を稼ぐ必要があった。


 唯一の同志であるタツヨシも、何名かここに連れて来て、電霊化してニャントンに面倒を見てもらっている。タツヨシではとても電霊化した者のリアルの面倒を見ることができないので、これは仕方が無いとしてニャントンも受け入れていた。だがタツヨシは最初に数人連れてきただけで、あとはニャントンに任せてそれっきりだ。


 電霊を作るのも実は相当に手間である。まず相手に予め、ドリームバンドをかぶせないといけない。そのうえ電霊を肉体からゲームへと送るのにも時間がかかる。その間、相手が抵抗できない状態にしておかねばならないのだ。

 ニャントンの場合は、育夫から授かったもう一つの能力――念動力で相手を昏倒させてから行うのが常套手段になっていたが、それとて人目につかないよう行う必要があるので、中々厄介だ。


「いずれにしても、いろんな意味でこれが限界だ」


 ドリームバンドをかぶり、部屋の中に等間隔に並べて寝かされた男女を見下ろし、ニャントンは息を吐く。

 ニャントンの前で南米系の移民達が、今まさに彼等のオシメ交換をしている所だ。リアルで全く意識の無い彼等の食事や排泄や体の洗浄といった世話は、移民の労働者を雇って行われている。

 その気になれば多少は電霊も増やせるだろうし、生身を置くスペース的には全く問題無いが、ニャントン以外に管理をしてくれる者が欲しい所である。移民が世話をする様子も、ちゃんと見届けないといけない。


 タツヨシ以外にも同志を増やしてもらうか、別の手段を用いるかして、この行き詰った状況を打破してもらいたいものだと、ニャントンは考える。しかし育夫は、同志を増やしてくれない。育夫曰く、同志として信用できそうな者が見つからないという話だ。


***


 町に戻った真と純子は、店舗も机もテーブルも食器に至るまでも木で作られて喫茶店にて、茶を飲んでいた。


 飲食もリアルに表現されている。実際に味もするし、喉越しも感じるし、腹が膨れた感覚まであるが、実際に腹が膨れることはない。

 飲食のヴァーチャル体験は、飲食業界によって一部は制限がかかっているが、宣伝目的で解放されているものもある。それらヴァーチャルで飲食を貪る、ヴァーチャルグルメ評論家までいる始末である。

 仮想世界で偽りの満腹感を与えられるのも、制限の一種であると同時に、精神的に歪な作用をもたらさないためにという配慮でもあった。


「この世界にハマる気持ちはわかるな。何もかもすごくリアルに出来ていて、お手軽に別世界を味わえる」


 真が店の中から外を眺めながら言う。緑の多い町。葉の間からこぼれ落ちる陽光。草と木の香。


「ゲームの内容以前に、旅行気分を味わうだけでも来る価値はあるんじゃないかな。そういう目的で仮想世界を楽しむとか」

「んー、でもやっぱりここに来る人の多くは、ゲームを楽しむ目的だからねえ。肝心のゲーム部分が迷走したり、マンネリで飽きられたりしたら、人は離れていくんだよー」


 真の言葉に、困ったような顔になる純子。純子の反応を見て、このゲームの常識的には、自分が相当ズレたことを口にしたのだろうかと、疑問に思う真。


「ヴァーチャル旅行は、他のメーカーがもっと凄いのを出しているしね。でもそれだってリアルには及ばないし、本当に旅行がしたい人はリアルを楽しむよー」

「そういうものか」


 旅行が趣味でもない真には、いまいちわからない。


「もちろんヴァーチャル旅行が好きな人達もいるから、ヴァーチャル旅行というジャンルもあるんだけどね。でも所詮は紛い物でリアルではないっていう意識があるから、本当の旅行好きな人達が、リアルの旅行を放棄してまでハマるってことはないみたいだよ」

「旅行で地方や別の国やらの文化に触れるために旅行するとしても、リアルの文化だって人間の創造の産物。仮想世界も人間の創造の産物。どっちも同じだと思うけど、どこが違うんだろう。僕の考え方がおかしいのかな?」


 リアルの文化も、ネトゲ内の空想の文化も、理屈のうえでは同じ人間の造ったものであるにも関わらず、片方は紛い物のような印象が、真の中にもある。

 自分が普通ではないことはわかっているし諦めているが、納得いかないのでしつこく食いさがる真であった。


「そうだねえ。予備知識一切無しだとしたら、大体同じと受けとることもできるかもね。ヴァーチャル旅行にハマっている人は、少なくとも偏見も無いし、こだわりも無いから。ようするにこだわりの領域と言ってもいいから、深く考えなくていいんじゃないかなあ。私はどっちにも味があると思うけど、どちらか選べと言われたらリアルかなあ。文化というのは実在したドラマと歴史の重みと積み重ねがあってこそだし、それを人の頭の中でこねくりまわしただけの、仮想世界の仮想文化と同列にはできないかなあ」

「言われてみると、僕もリアルの方がいいような気がしてきた」


 照れ笑いを浮かべる真。


(表情豊かな真君を見られるという点では、こっちの世界の方がいいとも言えるんだけどねえ)

 真の笑顔を見て、純子はこっそりと思う。


「今度研究所の五人で旅行行ってみる? 累君は来るかどうかわからないけど」

「累の調子がいい時に誘えば、来るかもしれないな。ネトゲの中とはいえ、自立的に行動を起こしているようだし」

「確かにねー。ま、本心言えば、私は真君と二人っきりで……あ、いや、何でもない」


 調子にのってぺらぺらと喋ってしまい、純子は言いすぎたと思って、慌てて口ごもる。

 真が気を悪くしていないかと様子を伺うが、真は照れくさそうに純子から視線をそらしているが、不機嫌になっているようなことはなくて、ほっとした。


 シキャーン! ポワワワワーン。


「えっ!?」

「何だ?」


 突然効果音が鳴り響き、純子と真の周囲にハートのエフェクトが幾つも出て、さらに調和ポイントアップのロゴが大きく出た。


「二人して調和アップってどういうことだろ。しかも何でハートが……」


 不思議に思い、目の前にディスプレイを出して、調和ポイントが上がるタイミングの詳細を調べる純子。自分が引退してから実装されたシステムが、起動したのだと思われる。


『プレイヤー同士の会話や行動で、互いに心が通じ合った際にも、調和ポイントは上がります。心で通じ合うことで調和が上がる報告が、視覚的に行われる事が恥ずかしいという人は、設定でオフにしておきましょう。片方が調和上昇報告をオフにしておけば、互いに通知が見えることはありません。デフォルトでは調和上昇報告がオンになっているので、くれぐれも御注意を』


 突然の調和ポイント上昇報告に関して、オススメ11ナンデモ辞典というサイトで調べた結果を見て、純子は赤面しながら引きつった笑みを浮かべていた。


「何赤くなってるんだ……?」


 真が不審がり、純子のディスプレイを後ろから覗き込む。


「デフォルトでオフにしておけよ……。何でオンなんだ。デフォルトでオンの時点で製作者に他意ありまくりな気がする」


 その内容を見て、真も気まずさ全開な表情になって、もっともな意見を述べる。


「へーい、ただいま~……って、どうしたのぉ~?」


 そこに丁度みどりと累が現れ、二人の妙な雰囲気を見て訝る。


「んー、何でもないよ~」


 取り繕おうとするも、明らかに失敗している感じの笑顔を見せる純子。


「ま、いいや。それよりたった今、電霊の明日香と育夫ってのに会ってきたのよ」

「ほっほう~?」


 みどりの報告に、純子は気まずさを吹き飛ばし、興味津々な表情になった。

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