第十六章 15

 みどりの報告は以下のようなものだった。ニャントンは電霊使いであり、電霊育夫の下僕で確定。他の電霊使いは詳しくはわからない。依頼者である電霊明日香は、育夫の監視の目が合って思うように動けない。明日香との会話途中で乱入してきた育夫に、累とみどりの二人がかりで浄化の術をかけるも、あまり効果が無かったこと。


「それは生霊だった? 私はこのゲームで一部の廃人達に使われている電霊って、生霊じゃないかなーって、私は見ているんだけど」

 純子が尋ねる。


「いいえ……あれは完全な死者であり、悪霊そのもの……でした。かなり強力な力を保有している霊です」

「明日香って人も死霊だったわ」


 累とみどりが答える。


「電脳世界でうまく術が発揮しなかったとはいえ、みどりと御先祖様二人がかりなら、ただの霊であれば、浄化できたはずだって、御先祖様は言うんだよね。なのに二人がかりでも術が効かなかったし、いろいろ規格外だわさ」

 肩をすくめてみせるみどり。


「その電霊は力霊か、あるいは力霊同様に霊となっても超常の力を保持したままってことなんだろうねえ。その明日香ちゃんていう電霊がくれたメールを見た時も思ったけど、電霊を増やしてゲームに閉じ込めるなんて芸当、普通の霊には無理があるでしょー」

 純子が言う。


「電霊って、ひっくるめて全て同じ存在ではないわけか」

「話を聞いている限り、諸悪の根源みたいな電霊育夫君と、私を呼んだ子の明日香ちゃんの二人は、自由意志を持つ死霊だよ。すでに体は死んでいる。でもこの世界にプレイヤーとして招かれた電霊ってのは、霊魂だけがこちらに捕らわれているけど、生身はちゃんと存在する、生霊の類じゃないかと推測しているの」


 真の言葉に対し、純子が改めて自分の考えを述べる。


「理由は、生身の肉体が無ければ、ドリームバンドを通じてプレイヤーをログインさせて動かすことはできないから。死霊じゃこのゲームを動かすのは無理なんだよ。いや、死霊でもドリームバンドに取り憑いて、プレイヤーを動かすことはできるかもしれないけど、肝心の月額課金は誰がやるのっていう疑問もあるし、ドリームバンドの充電も死霊がしているのかっていう疑問も出てくるからね。電霊化された生身の肉体は、霊体を電脳世界に捕らわれて、文字通りの廃人同然になっていて、その状態で常にドリームバンドを装着したまま、どこかにひとまとめに監禁されているんじゃないかなーって思うんだ」


 純子の推測はほぼ当たっていたが、現時点でそれを確かめるまでには至らない。


「もう少し皆がこの世界に慣れたら、電霊を使役しているっていう廃人さん達を探ってみたいところだねえ。一番の謎は、ゲームをどこで起動しているのかっていう所。ゲーム内だけでの活動じゃなく、リアルも探ってみる必要が有るかも」

「あのさあ、純姉。電霊を捕まえて研究なり実験なりしようと目論んでいるんだろうけど、あれを捕獲ってのは難しいんじゃないかなーって思うんだわさ。ただの電霊はどうかわからないけど、あたし達と交戦した電霊育夫はね」


 みどりが言いづらそうな口調で、否定的意見を口にする。


「それは霊の性質を解き明かしてない……からですよ。最初は手探りから始まるのです」

 電霊捕獲に否定的なみどりに、累が異を唱える。


「でもさァ、通常空間ならともかく、ここは奴のテリトリーで、奴はここから出ることはないんだよォ~? あの育夫は、電脳空間があるが故の独自の力を持っているんじゃないかな?」

「みどり、諦めてはいけません。霊に敗れたままとあっては、雫野の沽券に関わりますよ。何としてでも、彼の霊の存在の理を解かねばなりません」


 いつもネガティヴな発言が多い累が、この時に限って、しっかりとした喋り方でポジティヴな発言をしていることに、他の三人は意外に思う。


「珍しく累に火がついたみたいだな。妖術師としての意地か」

「これでも開祖ですし、継承者の手前ですから」


 真の指摘に、頬をかいてはにかむ累。


「霊的な作用を及ぼす術とはいえ、この世界で超常の力の行使が働きにくいのなら、リアルに電霊を引きずり出す手段を考えた方がいいかなー」


 そう呟きくものの、現時点で純子に具体的な考えは何も無かった。


***


 リビングにて、ソファーに腰かけて目を瞑ったままの四人の少年少女。全員ドリームバンドを装着し、意識は現実を離れて仮想世界にダイブしたままだ。

 正直蔵の目からは異様な光景に映った。静かでいいが、暇とも言える。鉢植え少女のせつなともう一名は、共にうるさすぎるし空気の読めない発言が多いという理由で、リビングから脳だけの教授達がいる部屋へと移された。


 蔵が一人で報道サイトを閲覧していると、それまで静かにしていた四人が急に動き出した。


「お帰り」

「へーい、蔵さん来てたんだ」

「ただいまんこー」


 ドリームバンドを外しながら挨拶するみどりと純子。


「早速茶を淹れるとするか。四人してずっと大人しいままで、どうも違和感のある光景だよ」

「蔵さんひょっとして話し相手いなくて暇だったー? 蔵さんも一緒にやるー?」

「いや、私もゲームはするが、どうもトリップゲームの類は生理的に受け付けない。脳に直接映像を見せ、脳の指令で直接操作というのが、気持ち悪くてね」


 純子の誘いをやんわりと断る蔵。

 現在の科学力では、脳波による機械操作も可能であるはずだが、拒絶反応を示す人が多いことと、科学を敵視する環境保護派もそれに便乗する形で反対しているため、そのシステムはドリームバンド以外には用いられていないのが現状である。


「へーい、そんなこと言って、若者と混ざるのに抵抗あるとかじゃないのぉ~?」

「そんな抵抗があるなら、そもそも私がここにいるのもおかしいだろう」


 からかうみどりに、蔵は笑顔で言い返す。

 蔵の淹れた紅茶を飲みながら、純子はディスプレイを三つほど目の前に浮かべ、オススメ11関連の情報を漁り始める。特に電霊の噂と、鯖の廃人の噂関連だ。


「ビッグマウス――朱美ちゃんの言ってた通り、電霊を連れているのは、廃プレイヤーに噂が集中しているけど、動画つきで晒されているのは二人しかいないねえ。ニャントン、タツヨシの二人の廃人だけかな。確かに、見るからにおかしな動きのプレイヤーが列を作って、この二名に寄り添って動いてるし」

「電霊ってのは必ずその廃プレイヤーの傘下にいるのか?」


 真が純子に尋ねる。


「そういうわけじゃないみたいだよ。下僕化されているのは一部だけみたい。コミュニケーションが取れず、ゾンビみたいに徘徊しているプレイヤーがオススメ11のピンク鯖の中にいて、それらが電霊だという噂が、どこからか広まったみたいだねえ」

「おかしな話だぞ。一体誰がそれを電霊だと指摘したんだ? ただのゾンビみたいな変なプレイヤーを見て、それが電霊であると見抜いた者がいたんじゃないのか?」

「真君、中々鋭いねえ。でももう少し深く考えても良かったかなあ。それとも気付いている? それを見抜き、噂を広めたのが誰であるか」

「確証があるわけじゃないけど、前にあいつがオススメ11をプレイしているって言ってたじゃないか」


 にやにやとからかうように笑っていた純子であったが、真の言葉を聞き、その洞察力に対して、満足げな笑みへと変わった


「うん、輝明君だよ」

「ふぇ~、なるほどねえ、星炭輝明か」


 純子が口にした名前に、みどりが納得する。妖術流派としては名家である星炭流妖術の継承者であれば、そのおかしなプレイヤーとやらが、歪な生霊たる電霊が操っている代物であることも、当然見ぬけるであろうと。


「ニャントン君は明日香ちゃん経由で確定していたとはいえ、タツヨシ君も電霊を従えているんだねえ」

 タツヨシ関連の噂を集中して調べだす純子。


「タツヨシってのも有名廃人?」

 みどりが尋ねる。


「悪い意味での有名廃人だねえ。とはいえ私が現役の頃は、装備はいまいちだったけど。何しろPTプレイが一切できなくなっちゃったからさあ。電霊を従えている今なら、話は別かもしれないけどねえ」

「PTができなくなったとは?」


 今度は累が尋ねた。


「このタツヨシって人はあまりに傍若無人で、自分勝手ばかりしていて、オフ会にも何度か出てトラブル起こしまくってるんだよねえ。所謂直結厨って呼ばれているタイプでもあってね。下半身的な意味で直結したがるっていう意味ね。で、祭りが起こって、鯖中に名前が知れ渡って、誰からも相手にされなくなっちゃったんだ」

「祭り?」


 みどり、累ときたので、今度は真が尋ねる。


「このネトゲの運営って、悪質プレイヤーが現れて、周囲に迷惑かけるような行為しても、何も取り締まろうとはしないからねえ。だからプレイヤーで団結して注意喚起する行動に出るんだよ。それが所謂祭りっていうんだよ。ゲームの中でデモ行進して大声で叫んでさ」

「その手の運動は大嫌いだ、僕は」


 吐き捨てる真。真はデモという行為自体、くだらない代物だと思っている。力の無い者が集団という殻をかぶって、何かを主張しているつもりになって自己満足はしているが、実際には何もしていないのと同じで無駄な時間を過ごし、せいぜい恥を晒して騒音を撒き散らしているとしか、真の目には見えない。


「政治運動のデモは私も好きじゃないけど、それとはちょっと目的が違うかなあ。大勢でもって、一人の悪いプレイヤーを、この人は悪人ですから注意してと、告発、宣伝しているわけだからねえ。ネトゲじゃよくあることだし、リアルの政治運動っぽいデモよりはずっと効果があるよ」


 それでPT組めなくなったのかと、真と累は納得する。


「おやおや、しかもマキヒメちゃんにもしつこく絡んでストーカーとか……あ、マキヒメちゃんてのは私の古いフレなんだけど、この子も廃プレイヤーで、姫ちゃんとして叩かれていてねえ」

「姫ちゃんとして叩かれる?」


 またわけのわからない専門用語が出たと思いつつも、真は尋ねた。


「その言葉のままだよー。お姫様扱いで周りにチヤホヤされるタイプって言えばわかるかなー。ネトゲに限られずそれはいるでしょー。でもマキヒメちゃん、廃だけどそんな悪い子でもなかったけどねえ」


 顎に手をあてて思案する純子。マキヒメという人物を直接知っているので、彼女が電霊などというものを従えている可能性は低い。しかし――


(マキヒメちゃん経由で、まずこのタツヨシ君からあたってみようかなー)


 純子の頭の中で、タツヨシというプレイヤーに接近するためのおおまかなプランが、組み立てられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る